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2015年5月12日

理化学研究所

シロアリは腸内微生物によって高効率にエネルギーと栄養を獲得

-セルロースを分解する原生生物とその細胞内共生細菌が多重機能により共生-

要旨

理化学研究所(理研)バイオリソースセンター微生物材料開発室の大熊盛也室長らの研究チームは、シロアリの腸内に共生するセルロースを分解する原生生物の細胞内共生細菌[1]の多重の機能を解明し、シロアリが腸内微生物によって高効率にエネルギーと栄養を獲得する仕組みを明らかにしました。

シロアリの腸内微生物は、高いセルロースの分解能力を持ち、食料と競合しないセルロース系バイオマス資源[2]を活用する上で有効とされています。これまで、腸内微生物の分解能力や分解後の代謝を調べる場合のほとんどが、シロアリの腸全体を使っていました。しかし、腸内微生物を分離・培養することが難しいことや、原生生物と細菌が複雑な微生物群集をつくっていることから、個々の微生物がどのように働き、どのように相互作用してセルロースを有効に利用しているかは、よく分かっていませんでした。

研究チームは、セルロースを分解する原生生物の細胞内共生細菌に注目し、シロアリの腸内に共生する細菌に特徴的な機能の活性の測定や、細胞内共生細菌のゲノム解析を行いました。その結果、原生生物の細胞内共生細菌は、セルロース分解時に副産物として生じた二酸化炭素と水素を使って、シロアリのエネルギー源である酢酸をつくり出す機能(還元的酢酸生成[3])があることを突き止めました。また、細胞内共生細菌は、セルロースには乏しい窒素源を空中の窒素を窒素固定[4]して獲得し、固定した窒素を栄養価の高いアミノ酸などに変換する機能があることも明らかにしました。これらの機能は、原生生物の代謝と密接に協調することで高い活性を示し、原生生物自身の代謝にも有利に働くことが分かりました。

シロアリにとって重要な働きをする原生生物と細菌が細胞内での共生関係を進化させることで、セルロース資源を有効利用し、足りないものを効果的に補うという高効率な生物システムが、シロアリ腸内につくられてきたと考えられます。今後、こうした効率的なシステムがセルロース資源の有効利用につながっていくと考えられます。また、細胞内共生細菌のような培養が困難な微生物の機能の解明によって、自然界に生息する多様な微生物の遺伝資源を活用する道が拓けると期待できます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究、新学術領域研究)などの研究助成を受けて行いました。成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月11日(日本時間5月12日)の週)に掲載されます。

※研究チーム

理化学研究所
バイオリソースセンター 微生物材料開発室
室長 大熊 盛也(おおくま もりや)
客員研究員 野田 悟子(のだ さとこ)(山梨大学医学工学総合研究部 准教授)
専任研究員 飯田 敏也(いいだ としや)
国際プログラムアソシエイト David Starns(デイビッド スターンズ)(リバプール大学 統合生物学研究所 大学院生)
客員研究員 井上 潤一(いのうえ じゅんいち)(シナプテック(株)最高技術責任者)
客員研究員 本郷 裕一(ほんごう ゆういち)(東京工業大学生命理工学研究科 教授)

環境資源科学研究センター バイオマス研究基盤チーム
特別研究員 雪 真弘(ゆき まさひろ)

山形大学 農学部
准教授 服部 聡(はっとり さとし)

リバプール大学 統合生物学研究所
講師 Alistair C. Darby(アリステア ダービー)

背景

シロアリは、木材家屋などに被害をもたらす害虫ですが、生態学上は、森林における枯れ木の分解者として重要な生物に位置づけられています。シロアリの木質主成分であるセルロースの強力な分解能力は、食料と競合しないセルロース系バイオマス資源の利用という観点から注目を集めています。

セルロースの分解能力は、主に腸内に共生する微生物群によるもので、これまでの研究では、分解能力や分解に関わる遺伝子、および、セルロースが分解された後の代謝活性などが、腸内微生物群全体を用いて調べられていました。しかし、腸内微生物は10数種の原生生物と数百種の細菌からなる複雑な微生物群集となっていて、ほとんどが培養できないので、腸内の微生物群全体を調べるだけでは、個々の微生物の働きや微生物間の相互作用についてはよく分かりませんでした。

これまでに、一部の微生物種で、培養を介さない方法でのゲノム解読がなされ注1)、窒素栄養源の獲得・変換についての機能が推定されてきましたが、実際の活性の有無は確認されておらず、それぞれの微生物種が、腸内でどの程度の役割を果たしているかも不明でした。

注1)2008年11月14日プレス発表「シロアリの強力な木質分解能を支える驚異の腸内共生機構を解明

研究手法と成果

研究チームは、オオシロアリ(図1上左)の腸内でセルロースの分解に最も重要な働きをする大型の原生生物の細胞内に共生する細菌に注目して、シロアリ腸内の細菌に特徴的な働きである、還元的酢酸生成と窒素固定の2つの機能を調べました。腸内でセルロースが分解されて代謝されると、酢酸、二酸化炭素、水素が生じます。還元的酢酸生成は、生じた二酸化炭素を水素を使って還元し酢酸を作る働きです。生じた酢酸はシロアリのエネルギー源として吸収利用されるので、シロアリはこの働きでセルロースに含まれる炭素源のほとんどをエネルギーとして回収することができます。また、シロアリが食べる木材は、窒素源がきわめて乏しいですが、腸内の細菌が空中の窒素を固定して、生物が利用できるアンモニアに変換してくれます。シロアリでは、これら2つの細菌の機能が、他の環境中の微生物や他の動物の腸内細菌に比べてとても活性が高いことが知られています。

腸内微生物群から、セルロース分解に最も重要な働きをする大型のEucomonympha属の原生生物(図1中左)を取り分けて調べたところ、いずれの機能も高い活性がみられました。その活性は、腸内微生物群全体の活性の、還元的酢酸生成は約6割、窒素固定ではほぼ全ての活性に相当するものでした。

Eucomonympha属の原生生物には、1細胞に1万以上ものスピロヘータ[5]という細菌の1種が細胞内に生息し(図1中・下)、腸内の細菌種のなかでも最も数の多い細菌であることが分かりました。還元的酢酸生成と窒素固定の2つの機能は細菌のみが持つ機能で、実際に細胞内共生細菌を培養せずに解析するシングルセルゲノム解析[6]でゲノム配列を決定したところ、2つの機能に関係した遺伝子群を持つことが確認され、それらの遺伝子が腸内で高発現していることも分かりました。これらの発見により、シロアリに大きな恩恵をもたらす2つの機能について、腸内で最も重要な働きをしている細菌が原生生物の細胞内に共生することが、はじめて明らかにされました。

ゲノム解読により、細胞内共生細菌は還元的酢酸生成に加えてセルロース分解・代謝の中間物質である糖も同時に利用(混合栄養[7])することで、窒素固定に必要なエネルギーを補っていることが分かりました。また、固定した窒素を使ってほとんど全てのアミノ酸や多くのビタミンといった栄養価の高い窒素化合物を生合成して、シロアリや他の腸内微生物に供給していると考えられます。

一般に、細胞内共生細菌のゲノムはサイズが小さく、共生によりゲノムを縮小化していくと言われていましたが、本研究で対象とした細胞内共生細菌のゲノムはサイズが大きく、細胞内共生はまだ始まったばかりであると推定されました。本研究で見いだした細胞内共生細菌は、細胞内共生の進化[8]を考える上でも大変興味深い研究対象であると言えます。

今後の期待

セルロース系バイオマス資源の活用においては、多くの研究がセルロースの分解に注目していますが、本研究で解明したようなシロアリ腸内における高効率の共生システムを解明していくことで、今後のセルロース資源の効率的な利用が期待できます。

自然界の微生物の99%は培養されていないと言われており、多種多様な自然界の微生物は、未開拓の莫大な生物遺伝資源と考えられています。本研究で用いたシングルセルのゲノム解析の手法を応用することによって、自然界では培養できない未知・未解明の微生物の機能を知ることができます。シングルセルから増幅したゲノムDNAが解析に用いられますが、その増幅ゲノムは、微生物の遺伝資源として今後、利用されていくことが期待されます。

原論文情報

  • Moriya Ohkuma, Satoko Noda, Satoshi Hattori, Toshiya Iida, Masahiro Yuki, David Starns, Jun-ichi Inoue, Alistair C. Darby, and Yuichi Hongoh, "Acetogenesis from H2 plus CO2 and nitrogen fixation by an endosymbiotic spirochete of a termite-gut cellulolytic protist", Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, doi:10.1073/pnas.1423979112

発表者

理化学研究所
バイオリソースセンター 微生物材料開発室
室長 大熊 盛也(おおくま もりや)

お問い合わせ先

バイオリソースセンター研究推進室
Tel: 029-836-9058 / Fax: 029-836-9100

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.原生生物の細胞内共生細菌
    単細胞の真核生物である原生生物には、その細胞の中に細菌が生息していることが頻繁に観察され、細胞内共生細菌と呼ばれる。原生生物が細胞分裂で増殖する際に、細胞内共生細菌も原生生物の細胞に分配されて、世代を超えて受け継がれて行き、原生生物にとって大切な役割を果たしていると考えられている。しかし、細胞内共生細菌は原生生物細胞から取り出して培養することが難しく、その働きがわかっているものは少ない。
  • 2.セルロース系バイオマス資源
    バイオマス資源は、植物が大気中の二酸化炭素を固定したもので、利用しても地球温暖化をもたらさないカーボンニュートラルな資源とされている。昨今、石油代替資源として利活用が盛んになっているが、利用が容易な植物体の部分である実や塊茎は、人類や家畜などがもともと食料としてきたもので、資源として競合して経済的に深刻な影響が出ている。そこで、食料と競合しない植物体の有効利用に大きな期待がかかっているが、それらは植物細胞壁の主成分でもあるセルロースからなる資源で、セルロース系バイオマス資源と呼ばれている。しかし、分解利用が決して容易ではなく、高い分解能力をもった酵素の開発などが課題となっている。
  • 3.還元的酢酸生成
    還元的酢酸生成は、二酸化炭素を水素で還元して酢酸を生成する反応で、嫌気的環境下でのみ起きる。嫌気的環境で生きる細菌のうち一部のものだけがこの機能を持つ。光合成と同じように二酸化炭素を有機物に固定する反応だが、光合成と異なり光エネルギーを必要とせず、この反応によってエネルギーを得ることができる。家畜の腸内や水田土壌などの嫌気的環境では、一般に有機物が分解して生じる二酸化炭素や水素は、地球温暖化ガスであるメタンに変換されて大気中に放出される。家畜や水田からのメタンの放出は量が大きく、メタンではなく、シロアリの場合のように還元的酢酸生成反応によって酢酸に変換することができれば、温暖化防止に役立つと考えられている。家畜の場合、酢酸を利用して生産性も向上すると考えられる。高い活性をもつシロアリの共生細菌の利用などが期待されている。
  • 4.窒素固定
    窒素は空気の主要な成分だが、そのままでは生物は窒素源として利用できない。窒素をアンモニアに変換する窒素固定が必要となる。窒素固定はマメ科植物で根粒をつくる細菌の機能として知られているが、動物ではシロアリ腸内に共生する細菌がきわめて高い活性を示し、シロアリが木材などの窒素源に乏しいセルロースのみで生きていくための重要な機能となっている。窒素固定反応では、アンモニアに加えて水素が生成し、クリーンエネルギーである水素生産への応用が試みられている。一方で一般の窒素固定酵素は水素によって強く阻害されることが知られている。シロアリの腸内では、セルロースの分解・代謝が盛んで、その結果、高い水素分圧となっていることが確かめられているが、本研究において、細胞内共生細菌による窒素固定は、高分圧の水素によって阻害されないことも明らかにした。今後、効率的な水素生産への応用も期待される。
  • 5.スピロヘータ
    スピロヘータは、螺旋状の形態を示して、螺旋の細胞を回転させて活発に運動する細菌として知られている。実際に、シロアリの腸内微生物を顕微鏡観察すると活発に運動する多数のスピロヘータが観察される。本研究で明らかにしたシロアリ腸内の原生生物の細胞内のものは桿菌で、細胞内にのみ生息することで運動性が不要になり、運動に必要な形態も変わったものと考えられた。解読したゲノムには、運動性に必要な鞭毛に対する遺伝子群が見られず、細胞内共生した後に欠失したものと推定された。
  • 6.シングルセルゲノム解析
    自然界の微生物群集については、メタゲノムという群集丸ごとゲノム解析をする手法がよく使われている。しかし、メタゲノムでは群集内にある微生物機能を推定することができても、その機能をもつ微生物を特定することが一般的にはきわめて難しい。そこで、微生物細胞を単一の細胞(シングルセル)として分離して、ゲノム全体を一細胞から増幅して、ゲノム配列を解読する手法が最近導入され始めている。これにより、どの種の微生物がどのような機能を持つのかが明確になる。細胞自動分離装置(セルソーター)を利用することで、ハイスループットにシングルセルの分離ができるようになったが、たった1つの細胞からゲノムを増幅するために、ゲノム増幅効率は決して高くなく、今後の技術開発の進展に期待されている。
  • 7.混合栄養
    糖の代謝と還元的酢酸生成など2つの異なるエネルギー獲得代謝を同時に行うことができる状態をいう。窒素固定反応やアミノ酸の生合成にはたくさんのエネルギーが必要とされ、細胞内共生細菌が還元的酢酸生成のみで得られるエネルギーでは不十分と考えられる。しかし、原生生物の細胞内にはセルロース分解によって生じる糖が豊富で、細胞内共生細菌がこの糖を利用することで必要なエネルギーが充足されると考えられる。
  • 8.細胞内共生の進化

    人類をはじめとした真核生物の細胞は、膜で囲まれた細胞内小器官が構造上の特徴となっている。その中で、ミトコンドリアと葉緑体については、太古に細胞内共生した細菌が起源であるという証拠が得られており、その細胞内共生は真核生物の細胞が出現して進化していく過程で大変重要な出来事であったとされている。しかし、太古の細胞内共生の痕跡は少なく、どのような共生関係が引き金となってどのように進化をしてきたのか、などについては、分からないことが多く残されている。現在、さまざまな生物種でみられる細胞内共生の例を探求することで、その共生関係や進化過程を理解しようという試みがなされている注2)。シロアリの腸内には、セルロース分解性の原生生物の種に特異的な細胞内共生細菌や細胞表層で共生する細菌が認められ、今後の比較研究も注目されている。

    注2)2014年7月22日プレス発表「世界初、動物とバクテリアの融合機構の一端を解明

オオシロアリと腸内の原生生物、その細胞内共生細菌の図

図1 オオシロアリと腸内の原生生物、その細胞内共生細菌

  • 上左:体長約1cmのオオシロアリ
  • 中左:腸内のセルロース分解性のEucomonympha属原生生物の位相差顕微鏡像。スケールは50µm
  • 中右:Eucomonympha属原生生物の細胞内共生細菌の検出。緑の小さな粒子が特異的に検出された細胞内共生細菌。黄色い不定形のものは原生生物が取り込んだ木片(セルロース)
  • 下左:共焦点レーザー顕微鏡で検出した細胞内共生細菌。緑に検出された細胞内共生細菌が高密度に細胞内に共生している。スケールは5µm
  • 下右:細胞内共生細菌の電子顕微鏡像。スケールは0.5µm
本研究で明らかになった細胞内共生細菌の役割の図

図2 本研究で明らかになった細胞内共生細菌の役割

シロアリが摂取したセルロースは、腸内の原生生物に取り込まれて分解され、酢酸、二酸化炭素、水素を生じる。酢酸はシロアリのエネルギー源として吸収・利用される。二酸化炭素と水素は、Eucomonympha属原生生物の細胞内共生細菌(スピロヘータの1種)の場合、還元的酢酸生成の働きで酢酸に変換されてシロアリに利用される。細胞内共生細菌は、セルロース分解の中間産物である糖も利用して必要なエネルギーを得つつ、代謝産物として酢酸を生成していると推定された。細胞内共生細菌には、窒素固定の働きもあり、固定されたアンモニアはさらに、アミノ酸やビタミンなど栄養価の高い窒素化合物の生合成に用いられる。それらの窒素栄養は、原生生物に優先的に利用されると考えられるが、腸内での窒素固定活性のほとんどがこの細胞内共生細菌によるものなので、腸内の他の微生物やシロアリにも供給されると考えられる。

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