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2015年5月12日

理化学研究所

重元素合成の鍵を握る中性子過剰核110個の寿命測定に成功

-r過程の謎の解明に向け大きく前進-

要旨

理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター櫻井RI物理研究室のジュセッペ・ロルッソ客員研究員、西村俊二先任研究員、櫻井博儀主任研究員らの研究チームを中心とするEURICA(ユーリカ)国際共同研究グループ[1]は、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」[2]を利用し、質量数A=100~140の中性子過剰核110個の寿命測定に成功しました。

自然界には、原子番号1の水素(H)から92のウラン(U)までの元素が安定して存在しています。鉄(Fe:原子番号26)より重い元素のうち約半数は、超新星爆発が起こり温度と密度が非常に高い環境になったときに合成されたと考えられています。そこでは、原子核が周辺を飛び交う大量の中性子をどんどん吸収して中性子過剰な原子核(放射性同位元素(RI)[3])になり、ベータ線を放出するベータ崩壊により中性子が陽子に変換されることにより一挙に金(Au:原子番号79)やウランを含む重元素[4]が生成されたとされています。この過程は、高速(rapid)に連続して中性子を捕獲しながらベータ崩壊するため「r過程[5]」と呼ばれています。しかし、超新星爆発ではなく、中性子星同士の融合の際にr過程が起こったという説もあり、r過程は未だに多くの謎に包まれています。

r過程の時間スケールや重元素の生成量を理解するためには、原子核の寿命が重要です。しかし、r過程で生成される中性子過剰な原子核を人工的に作り寿命を測定しようとしても、生成率が非常に低いため、実際に測定するのは困難でした。今回、研究チームは世界最高性能を誇るRIBFを利用して、r過程に関わる中性子過剰な原子核を生成し、寿命測定を試みました。まず、大強度のウランビームをベリリウム(Be:原子番号4)標的に照射し、ルビジウム(Rb:原子番号37)からスズ(Sn:原子番号50)までの中性子過剰な原子核RIを生成しました。そして、それらを高性能寿命測定装置「WAS3ABi(ワサビ)」[6]に打ち込むことにより、中性子魔法数[7]82近傍の110個のRIの寿命を測定することに成功しました。このうち40個の原子核の寿命は世界で初めて測定されたものです。RIBFで得られた高精度のデータをr過程の理論計算に取り込み、太陽系および金属欠乏星[8]の組成比と比較したところ、超新星爆発における原子核の中性子捕獲と光分解反応の平衡環境下における元素合成シナリオと矛盾しない結果を得ました。

この成果は、今後の原子核研究、天体観測における重元素合成の謎の解明において重要な手がかりを与えると期待できます。本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(5月11日付け)に掲載されました。

※研究チーム

理化学研究所 仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室
客員研究員 Giuseppe Lorusso(ジュセッペ・ロルッソ)
先任研究員 西村 俊二(にしむら しゅんじ)(EURICA国際共同研究グループ プロジェクトマネージャー 兼務)
主任研究員 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)

背景

自然界には原子番号1の水素(H)から92のウラン(U)までの元素が安定して存在しています。鉄(Fe:原子番号26)より軽い元素は、星の中で原子核同士の反応により作られますが、鉄より重い元素、例えば金(Au:原子番号79)やウラン(U:原子番号92)はどのように作られたのかは明らかにされていませんでした。それらの重元素のうち約半数の元素の生成の起源として、重い星がその一生を終えるときに起こす超新星爆発などが考えられています。超新星爆発が起きると大量の中性子が作られ、星の中にある鉄より軽い元素の原子核が中性子をどんどん吸収します。その後、中性子を多く吸収した不安定な原子核が放射線としてベータ線を放出するベータ崩壊を起こし、安定な原子核になります。この一連の過程は高速(rapid)に連続して中性子を捕獲しながらベータ崩壊するため「r過程」と呼ばれています。r過程がどのように進むかは、原子核の性質と密接に関連していることが知られています。

原子の中心にある原子核は、陽子と中性子で構成され、これらの数により原子核の性質が決まります。自然界に存在する安定な原子核は、陽子と中性子がほぼ同数でバランスが取れていますが、そのバランスが崩れると不安定になり、自然界には存在しない原子核(不安定核)になります。一方、陽子と中性子のどちらかが2、8、20、28、50、82、126に一致すると、特に安定となります。これが「魔法数」と呼ばれるものです。

実際に、r過程に起因する太陽系の鉄より重い元素の存在比をみると、特異な第1、2、3ピーク構造が質量数A=80、130、195近傍に存在します(図1)。これは、r過程の際に原子核が安定となる中性子魔法数N = 50、82、126において停滞したものがベータ崩壊してできた痕跡と考えられています。一方、天体観測技術の発展により、元素合成があまり進んでいない非常に古い星である金属欠乏星においてもr過程で生成された重元素の観測が報告されています。その重元素存在比は、幾つかの例外を除いて太陽系の重元素組成と驚くべき一致を示しており、r過程が似たような環境で起きている証拠と考えられています。これがr過程における「重元素存在比の普遍性」[9]です。

今回研究チームは、鉄より重い元素の中でも中性子魔法数N=82近傍の非常に中性子を多く含んだ原子核(質量数A=100~140)の寿命(半減期)を調べることにしました。これらの原子核の寿命が分かることにより、質量数A=130近傍の元素(第2ピーク近傍)と、より重い希土類元素[10]の生成量、重元素合成の時間スケールを決定する重要な情報が得られます。しかし、r過程で生成されたこれら中性子過剰な原子核(放射性同位元素(RI))は、生成が非常に困難であるため、その性質は分かっていませんでした。研究チームは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」を利用し、これらRIを生成して寿命を測定することで、重元素存在比の普遍性の検証に挑みました。

研究手法と成果

研究チームは、ウラン-238(238U、元素番号92、質量数238)ビームを超伝導リングサイクロトロン(SRC)[11]で光速の70%まで加速させた1次ビームを、標的であるベリリウム-9(9Be、元素番号4、質量数9)に照射し、核分裂反応で質量数A=100~140の中性子過剰な原子核を生成しました(図2)。

そして、粒子(RI)を分離して2次ビームを作る超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」[12]と、原子核の粒子識別装置「ゼロ度スペクトロメータ(ZDS)」で生成したルビジウム(Rb:原子番号37)からスズ(Sn:原子番号50)のRIビームを、理研が独自開発した高性能寿命測定装置「WAS3ABi(ワサビ)」に打ち込みました。WAS3ABiでは、粒子識別した各RI(図3)の埋め込み時間と停止位置、同じ場所からベータ崩壊に伴って放出されるベータ線の放出時間をそれぞれ精度よく測定します。そして、その結果を統計処理することで寿命を高い精度で決定できます。また、WAS3ABiを欧州のガンマ線検出器委員会が管理する大球形ゲルマニウム半導体検出器「EURICA(ユーリカ)」で囲むことにより、原子核の励起状態から放出されるガンマ線を測定しました。これらの検出器を組み合わせることにより、非常に中性子過剰な原子核(RI)110個の高精度寿命測定に成功しました(図4)。

これら110個の中性子過剰な原子核のうち、40個は世界で初めて寿命(半減期)を測定した原子核でした。特にr過程による重元素の合成過程において鍵を握る中性子数N=82のロジウム(127Rh、原子番号45)、パラジウム(128Pd、原子番号46)、銀(129Ag、原子番号47)、カドミウム(130Cd、原子番号48)、インジウム(131In、原子番号49)の寿命をそれぞれ20+20-7、35±3、52±4、127±2、261±3ms(1,000分の1秒)と高い精度で決定することができ、従来の標準理論予想よりも30~35%程度速く崩壊することが明らかになりました。そこで、得られた110個のRIの寿命データをr過程の理論計算に取り込み、太陽系の組成比と比較しました。その結果、超新星爆発における原子核の中性子捕獲と光分解反応の平衡状態環境下における元素合成シナリオと矛盾しない結果を得ました(図1,5)。

さらに、希土類元素に加え、ハッブル宇宙望遠鏡で観測された第2ピーク上のテルル(Te:原子番号52)の「重元素存在比の普遍性」を検証するために、超新星爆発における膨張速度条件の依存性(r過程における重元素合成の時間スケール依存性)を調べました。その結果、質量数A=130近傍の第2ピークを構成するテルル、キセノン(Xe:原子番号54)、バリウム(Ba:原子番号56)元素、希土類元素の生成量は、爆発条件によらず非常に安定で生成比は大きく変化しませんでした。一方、スズ(Sn:原子番号50)、アンチモン(Sb:原子番号51)、ヨウ素(I:原子番号:53)、セシウム(Cs:原子番号55)元素の生成量はr過程の時間スケールによって大きく変わることが分かりました。これは、「重元素存在比の普遍性」の破れがあることを示す最初の結果となり、今後さまざまな星の第2ピーク元素の組成比を調べることにより、r過程の爆発条件に関する知見を得る可能性をひらきました。

今後の期待

今回、「重元素存在比の普遍性」に関わる重要な結果を得ることに成功しました。今後、古い金属欠乏星におけるr過程・第2ピーク元素組成比の観測によって、スズ、アンチモン、ヨウ素、セシウムで元素の普遍性が破れていることが確認されれば、金やウランの元素合成のメカニズムとその起源に関する知見が得られると期待されます。さらに、今回得られた高精度データによって、質量数A=110~125、140~160領域での元素組成比の理論計算と観測結果の食い違いが改善される傾向がみられました。すでにEURICAプロジェクトでは数百もの中性子過剰・陽子過剰な原子核の崩壊測定実験を行っています。収集したデータの解析をさらに進めることで、核構造や元素合成の解明に関する多くの成果が得られると期待できます。

最近、超新星爆発シナリオ以外に、中性子星同士の融合による高温・高密度環境下で、r過程によって重元素が合成されたとする新たなシナリオも提唱されています。このように、r過程による重元素合成のシナリオには未だ十分に解明されていません。今回の測定、及びEURICA実験で得られた他のデータは、r過程のシナリオとそのメカニズムを特定する上で重要なデータとなります。

原論文情報

  • G. Lorusso, S. Nishimura, Z.Y. Xu, A. Jungclaus, Y. Shimizu, G.S. Simpson, P.-A. Söderström, H. Watanabe, F. Browne, P. Doornenbal, G. Gey, H.S. Jung, B. Meyer, T. Sumikama, J. Taprogge, Zs. Vajta, J. Wu, H. Baba, G. Benzoni, K.Y. Chae, F.C.L. Crespi, N. Fukuda, R. Gernhäuser, N. Inabe, T. Isobe, T. Kajino, D. Kameda, G.D. Kim, Y.-K. Kim, I. Kojouharov, F.G. Kondev, T. Kubo, N. Kurz, Y.K. Kwon, G.J. Lane, Z. Li, A. Montaner-Pizá, K. Moschner, F. Naqvi, M. Niikura, H. Nishibata, A. Odahara, R. Orlandi, Z. Patel, Zs. Poloyák, H. Sakurai, H. Schaffner, P. Schury, S. Shibagaki, K. Steiger, H. Suzuki, H. Takeda, A. Wendt, A. Yagi, and K. Yoshinaga, "β-Decay Half-lives of 110 Neutron-Rich Nuclei across the N = 82 Shell Gap: Implications for the Mechanism and Universality of the Astrophysical r-process", Physical Review Letters, 2015, doi: 10.1103/PhysRevLett.114.192501

発表者

理化学研究所
仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室
客員研究員 Giuseppe Lorusso(ジュセッペ・ロルッソ)
先任研究員 西村 俊二(にしむら しゅんじ)
主任研究員 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.EURICA(ユーリカ)国際共同研究グループ

    理化学研究所、東京大学をはじめとして、今回の研究には世界13カ国(日本、英国、香港、スペイン、フランス、韓国、米国、ハンガリー、中国、イタリア、ドイツ、オーストラリア、ベルギー)から31の大学・研究機関、55名が参加した。理研が開発した寿命測定装置「WAS3ABi」、欧州ガンマ線検出器委員会(Euroball Owners Committee)が管理する7結晶クラスター型の大球形ゲルマニウム半導体検出器「EURICA」を組合せた世界最高性能の核分光測定プロジェクトEURICAは2012年6月から本格的に稼働している。

    2012年3月26日プレス発表(トピックス)
    世界最高水準の核分光研究「EURICA(ユーリカ)」プロジェクトがスタート

  • 2.RIビームファクトリー(RIBF)
    理研が有するRIビーム発生施設と独創的な基幹実験設備群で構成される重イオン加速器施設。RIビーム発生施設は、2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム分離生成装置「BigRIPS」で構成される。これまで生成不可能だったRIも生成でき、世界最多となる約4,000個のRIを生成できる。
  • 3.放射性同位元素(RI)
    物質を構成する原子核には、時間とともに放射線を放出しながら安定核になるまで壊変し続けるものがある。このような原子核を放射性同位元素と呼ぶ。放射性同位体、不安定同位体、不安定原子核、不安定核、ラジオアイソトープ(RI)とも呼ばれる。天然にある物質は寿命が無限かそれに近い安定核(安定同位体)で構成されている。
  • 4.重元素
    物性物理学や宇宙物理学などで使われる用語で、研究の内容によって定義が異なる。本研究では鉄(Fe:原子番号26)より重い元素を指す。
  • 5.r過程
    超新星爆発時に起きると考えられている元素合成過程のモデル。高速(rapid)に連続して中性子を捕獲しながら崩壊(ベータ崩壊)するため、r過程と呼ばれる。鉄以上の重元素のほぼ半分は、このr過程で生成される。重元素を生成するもう一方の支配的なs(slow:低速)過程は、赤色巨星への進化段階でゆっくりした中性子捕獲によって元素合成が行われる。s過程に比べ、r過程は未解明な部分が多い。このr過程が起きる場所の候補として、中性子星同士の融合も提案されている。
  • 6.寿命測定装置「WAS3ABi(ワサビ)」
    理研が開発した高性能寿命測定装置。1mmの位置測定能力を特徴とするシリコン半導体検出器(60 x 40平方mm)8枚を重ね合わせた構造になっており、捕集したRIが崩壊時に放出するベータ線を高感度で検出し位置と時間を決定する。
  • 7.魔法数

    原子核は、原子と同様に殻構造を持ち、陽子または中性子がある決まった数のとき閉殻構造となり、安定化する。この数を魔法数と呼び2、8、20、28、50、82、126が古くから知られている。理研では、新たに16、34の魔法数の発見が報告されている。

    2000年5月29日プレス発表:新しい魔法数(マジックナンバー)の発見
    2013年10月10日プレス発表:重いカルシウムで新しい「魔法数」34を発見
    2013年10月9日プレス発表:「魔法数」を持つ原子核に現れる「特別な核異性体」を発見
    2014年8月29日プレス発表:中性子過剰なニッケルの78Niに2重魔法数が健在

  • 8.金属欠乏星
    重元素のスペクトル線が弱く、その割合が太陽などの標準的なものより少ない恒星。一般に金属が少ないのは、宇宙の初期にできたためと考えられている。
  • 9.重元素存在比の普遍性
    金属欠乏星に観測された重元素組成比(陽子数Z>56)が太陽のr過程成分と酷似しており、個々のパターンが一致していることから重元素存在比に普遍性があると考えられている。
  • 10.希土類元素
    元素番号21のスカンジウム(Sc)、39のイットリウム(Y)と57 ~ 71のランタノイド元素の総称。本研究では希土類元素は重いランタノイド元素を指す。
  • 11.超伝導リングサイクロトロン(SRC)
    サイクロトロンの心臓部に当たる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐ自己漏洩磁気遮断の機能を持っている。総重量は8,300トン。このSRCを使い非常に重い元素であるウランを光速の70%まで加速できる。また、超伝導という方式によって従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。
  • 12.超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」
    ウランなどの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、実験グループにRIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超伝導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べ約10倍の収集効率を持つ。
太陽系の元素存在比の図

図1 太陽系の元素存在比

(a)はr過程に起因する太陽系の鉄より重い元素の存在比を示す。第1、2、3ピークと希土類元素のピーク構造を持つことが分かる。緑線は従来の原子核理論を、赤線はRIBF新データを取り込んだ元素存在比。

実験装置の全体像の図

図2 実験装置の全体像

生成したRIの粒子識別結果の図

図3 生成したRIの粒子識別結果

色は粒子の強度を示す。赤丸は今回初めて寿命(半減期)測定に成功した原子核。

ルビジウムからスズまでの半減期の中性子数依存性の図

図4 ルビジウムからスズまでの半減期の中性子数依存性

太陽系、金属欠乏星、および最新の寿命データを取り込んだ元素存在比スペクトルの図

図5 太陽系、金属欠乏星、および最新の寿命データを取り込んだ元素存在比スペクトル

超新星爆発の膨張時間の条件を変更しても、原子番号Z=64以上の希土類元素とテルル(Te)、キセノン(Xe)、バリウム(Ba)の生成量は安定しており、重元素存在比の普遍性が成り立っている。一方、スズ(Sn)、アンチモン(Sb)、ヨウ素(I)、セシウム(Cs)は普遍性が破れている。

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