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2015年11月10日

理化学研究所
海洋研究開発機構
科学技術振興機構

「京」にて現実大気の世界最大規模アンサンブルデータ同化に成功

-天気予報シミュレーションの精度向上へ-

要旨

理化学研究所(理研)計算科学研究機構データ同化研究チームの三好建正チームリーダーらの研究チームは、天気予報シミュレーションの高精度化を目指し、スーパーコンピュータ「京」[1]を使って、現実大気で世界最大規模となる10,240個の「全球大気アンサンブルデータ同化[2]」に成功しました。これにより、数千kmに及ぶ遠方の観測データを活用して天気予報の精度を大幅に改善できる可能性が明らかになりました。

2014年7月23日に発表したプレスリリース「『京』を使い世界最大規模の全球大気アンサンブルデータ同化に成功-天気予報シミュレーションの高精度化に貢献-」では、通常は100個程度に限られるアンサンブルを、10,240個に飛躍的に向上させることに成功したものの、疑似観測データを使ったシミュレーション実験によるものでした。今回、現実大気の観測データと解像度112kmの全球大気モデルNICAM[3]を使って、10,240個のアンサンブルデータ同化に成功しました。その結果、実際の天気予報シミュレーションにおいて数千kmに及ぶ遠方の観測データを活用できる可能性があることが分かりました。全球降水観測GPM[4]による衛星観測データなどさまざまな観測データをより効果的に活用して天気予報の改善に役立てられる可能性があります。

本研究は、IEEE[5]発行の米国の科学雑誌『Computer』(11月号)に掲載されます(デジタル版は11月中旬に定期購読者に公開予定)。

※研究チーム

理化学研究所 計算科学研究機構 データ同化研究チーム
チームリーダー 三好 建正(みよしたけまさ)
特別研究員 近藤 圭一(こんどうけいいち)
研究員 寺崎 康児(てらさきこうじ)

背景

2014年7月23日に発表したプレスリリース「『京』を使い世界最大規模の全球大気アンサンブルデータ同化に成功-天気予報シミュレーションの高精度化に貢献-」注)で紹介した研究では、これまで100個程度、多くても1,000個程度で行われていたアンサンブルデータ同化を、桁違いの10,240個まで増やして実施し、はるか1万km遠方の観測データを活用できる可能性を初めて明らかにしました。しかし、このときの実験は低解像度かつ単純化されたSPEEDYモデル[6]を用いたシミュレーション実験で、現実大気の実際の観測データを用いたものではありませんでした。このため、この成果がそのまま現実大気に適用できるかは明らかではありませんでした。

実際の観測データを使って現実大気について同様の実験を行うためには、SPEEDYモデルのような低解像度かつ単純化されたモデルではなく、現実大気を忠実に再現するモデルが必要です。しかし、そのようなモデルではデータ量や計算量、扱うファイル数が桁違いに大きくなるため、これまで実施することが困難でした。例えば、10,240個のアンサンブル予報[2]の1時刻あたりのデータ量は、SPEEDYモデルで5.66ギガバイト(GB)であるのに対し、解像度112kmの全球大気モデルNICAMを使うと200倍以上の1.21テラバイト(TB、1TBは1,024GB)になります。また「京」における計算量も、1回のデータ同化あたりSPEEDYモデルでは390ノード時間積[7](1ノード時間積は、1ノードを使って1時間かかる計算量)だったのが、NICAMではおよそ22倍の8,600ノード時間積となります。さらに、NICAMは全球の大気状態のデータを40個に分割して扱うため、10,240個のアンサンブル予報のファイル数は、SPEEDYモデルの場合の40倍の41万個になります。6時間毎の観測データを使い、1週間分程度計算する必要があり、このような大規模なデータ量、計算量、ファイル数のすべてに対応するためには、「京」の能力が必要です。

注)2014年7月23日プレスリリース「『京』を使い世界最大規模の全球大気アンサンブルデータ同化に成功-天気予報シミュレーションの高精度化に貢献-」

研究手法と成果

本研究では、「京」を活用することで、現実大気の実際の2011年11月の観測データと、解像度112kmの全球大気モデルNICAMを使った10,240個のアンサンブルデータ同化に成功しました。この結果、北米大陸五大湖付近の観測データの影響が、はるか数千km遠方まで及ぶ相関パターンを発見しました( b)。この相関パターンは、観測データの湿度が高い場合にその影響がどのように空間的に広がるかに対応しており、暖色系は湿度が高く、寒色系は低くなることを示します。80個のアンサンブルでは統計上のランダムノイズが大きく、地球全体に不自然なパターンが広がります( a)。このため、アンサンブルデータ同化では、通常、観測データの影響範囲を半径1,000~2,000km程度に限定して扱います( c)。

今後の期待

本研究により、現実大気で数千km遠方にも及ぶ大気の誤差相関の存在が明らかとなりました。観測データの影響範囲を広げることで、大気状態の推定精度を向上できる可能性があります。将来、計算コストを抑えながら、効果的に観測データの影響範囲を広げる方法を研究するなど、GPMによる衛星観測データなどさまざまな観測データを現在よりさらに効果的に活用することで実際の天気予報シミュレーションの精度向上への貢献が期待できます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「科学的発見・社会的課題解決に向けた各分野のビッグデータ利活用推進のための次世代アプリケーション技術の創出・高度化」(研究総括:北海道大学・田中譲)における研究課題「「ビッグデータ同化」の技術革新の創出によるゲリラ豪雨予測の実証」(研究代表者:三好建正)、「ビッグデータ統合利活用のための次世代基盤技術の創出・体系化」(研究総括:国立情報学研究所・喜連川優)における研究課題「EBD:次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術」(研究代表者:東京工業大学・松岡聡、共同研究者:三好建正)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)降水観測ミッション(PMM)第7回研究公募(RA)における研究課題「TRMM/GPM降水観測データのアンサンブルデータ同化」(研究代表者:三好建正)および文部科学省フラッグシップ2020プロジェクト(ポスト「京」の開発)「ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題」における重点課題④「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境予測の高度化」(課題責任者:海洋研究開発機構・高橋桂子、サブ課題実施者:三好建正)の一環として行われました。

原論文情報

  • Takemasa Miyoshi, Keiichi Kondo, Koji Terasaki, "Big Ensemble Data Assimilation in Numerical Weather Prediction", Computer, doi: 10.1109/MC.2015.332

発表者

理化学研究所
計算科学研究機構 研究部門 データ同化研究チーム
チームリーダー 三好 建正(みよし たけまさ)

三好 建正チームリーダーの写真 三好 建正

お問い合わせ先

理化学研究所 計算科学研究機構 広報国際室
担当 岡田 昭彦(おかだ あきひこ)
Tel: 078-940-5625 / Fax: 078-304-4964
aics-koho [at] riken.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

国立研究開発法人海洋研究開発機構 広報部 報道課
Tel: 046-867-9198 / Fax: 046-867-9055

科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404 / Fax: 03-5214-8432
jstkoho [at] jst.go.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.スーパーコンピュータ「京」
    文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。
  • 2.アンサンブルデータ同化、アンサンブル予報
    アンサンブルとは、フランス語で「一緒に」「一揃い、全体」という意味で、複数のシミュレーションを実行して、同等に確からしい「パラレルワールド」をつくり、予測のばらつきを表現する。例えば、100個のアンサンブル予報では、100個の独立なシミュレーションを並行して実行する。アンサンブルの数が増えるほど統計上のランダム誤差(ランダムノイズ)が減少するが、必要な計算能力も格段に増加する。データ同化とは、シミュレーション結果を、実際の観測結果とつきあわせて修正する手法。シミュレーションで作られた世界は、そのままでは現実世界とかけ離れていくが、実際の観測結果と付きあわせて修正する。アンサンブルデータ同化は、複数のシミュレーションによるアンサンブル予報を用いて、日々変動する誤差を考慮する高度なデータ同化手法。
  • 3.全球大気モデルNICAM
    NICAM はNonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Modelの略。地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することにより高精度の計算を実現した全球気象モデル。従来の全球気象モデルでは、高気圧・低気圧のような大規模な大気循環と雲システムの関係について、なんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていた。NICAMは主に水平解像度870m~14kmの範囲で運用されており、870m~3.5kmの超高解像度を用いる場合は全球雲解像モデル、7km~14kmの解像度を用いる場合は全球雲システム解像モデルと呼ばれる。今回は特に解像度112kmで14kmよりも10倍程度低解像度で動かしている。
  • 4.全球降水観測(GPM)計画
    全球降水観測GPM(Global Precipitation Measurement)計画は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、米国航空宇宙局(NASA)などによる国際計画で、水循環変動観測衛星「しずく」やGPM主衛星などの人工衛星のさまざまなセンサを使って地球上の降水を観測する。GPM計画のプロダクトのひとつの衛星全球降水マップ(GSMaP)により、準リアルタイムで世界中の降水分布を取得できる。
  • 5.IEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers)コンピュータ・ソサイエティ
    IEEEコンピュータ・ソサイエティは、現代コンピューティングのあらゆる分野の専門家のための世界トップの会員組織。会員の技術向上やキャリア・アップ支援として、出版物、オンライン図書館、カンファレンス、業界基準、技術委員会、トレーニングや教育プログラム、最新技術に関するイベント、学会関連の出版、その他多くのサービスを提供している。詳細は、 IEEE Computer Society ホームページ(英語)に掲載。
    連絡先:Katherine Mansfield
    Tel: +1-714-816-2182 Email: k.mansfield [at] computer.org(※[at]は@に置き換えてください。)
  • 6.SPEEDY(スピーディ)モデル
    2003年にMolteniらによって開発された低解像度で単純化された全球大気シミュレーションモデル。全球を東西96×南北48×鉛直7の格子に区切って、各格子の気象要素(水平風、気温、水蒸気量、表面気圧、降水量など)をシミュレーションする。水平格子数は4,608個。
  • 7.ノード時間積
    1ノードを使って1時間かかる計算量を1ノード時間積という。「京」の場合、1ノードは中央演算装置CPU1個(8コア)で構成されており、全部で88,128ノードある。
アンサンブルデータ同化による対流圏界面付近での水蒸気量の相関マップの図

図 アンサンブルデータ同化による対流圏界面付近での水蒸気量の相関マップ

11月8日午前9時(日本時間)。暖色系は正の相関、寒色系は負の相関を示す。
(a)80個のアンサンブルを使った場合、(b)10,240個のアンサンブルを使った場合、(c)80個のアンサンブルを使って観測の影響範囲を半径1,260kmに限定した場合。(c)と比べて(b)の相関パターンが数千kmに及ぶことが分かる。

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