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2012年2月8日

独立行政法人 理化学研究所

玄米の代謝成分量を決める遺伝型を網羅的解析

-独自開発した高性能のメタボローム分析で玄米の遺伝型と表現型の関連性を詳細分析-

ポイント

  • 玄米が含む759個の代謝物を発見、そのうち131個の同定に成功
  • 代謝成分に影響を与える801個の遺伝子を同定
  • 遺伝子組換えをせずに短期間で品種改良できる技術の開発に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、玄米に含まれる代謝成分をメタボローム分析※1で網羅的に解析して759個の代謝物を検出し、そのうち新たに131個の代謝物の同定に成功しました。また、代謝成分に影響を与える801個の遺伝子も同定しました。これらの発見は、玄米の表現型と遺伝型の関連性の詳細分析が可能なことを実証し、イネの品種改良に役立つ有用なツールとなります。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)メタボローム機能研究グループの斉藤和季グループディレクター、松田史生客員研究員らと農業生物資源研究所との共同研究の成果です。

わが国の主食であるコメには、デンプンの他にもさまざまな有用代謝成分が含まれています。品種によって代謝成分の含有量は異なり、複数の遺伝子が関与して量的形質※2を決定しており、それらの遺伝子は量的形質座位(QTL)※2上に存在すると考えられています。しかし、特定の遺伝子とそれに対応する量的形質の関連性などの詳細は十分には分かっていませんでした。

研究グループは、農業生物資源研究所が作成、整備したイネ実験系統群※3の玄米を、理研植物科学研究センターが開発した世界で最も広範に代謝成分を分析できるメタボローム分析パイプラインを用いて解析しました。その結果、玄米に含まれる759個の代謝物を検出し、そのうち新たに131個の代謝物の同定に成功しました。その結果、アミノ酸、脂質などの栄養成分や、フラボノイドなどの健康機能成分が玄米に含まれていることを明らかにしました。また、アミノ酸や糖などの含有量は、生まれつき持つ「遺伝的要因」だけではなく気候や肥料条件などの育て方による「環境的要因」からも大きく影響を受けるのに対し、フラボノイドや脂質の含有量は、遺伝的要因でほぼ決定されることも明らかにしました。さらに、QTL解析※2を用いて代謝成分含有量に影響を与える801個の遺伝子を同定することにも成功しました。今後、このQTL情報とイネゲノム※4情報を併せて活用することで、遺伝子組換え技術を利用しないで短期間で有用代謝成分を強化した品種改良技術の開発が期待できます。

本研究の一部は、農林水産省「新農業展開ゲノムプロジェクト(課題番号:NVR-0005)」の助成を受け行われ、その成果は英国の科学雑誌『The Plant Journal』に掲載されます。

背景

わが国の主食であるコメには、デンプンの他にもさまざまな代謝成分が含まれています。その中でも栄養成分や抗酸化成分などの有用代謝成分は、私たちの日々の健康にも役立っていると考えられています。さまざまなイネの品種には、遺伝子に多くの自然変異があり、それが原因で有用代謝成分を多く含む形質を持つものがあります。そうした品種と食味の良い品種を交配すれば、有用代謝成分を多く含み、かつ食味が良いイネの新品種を作り出すことができます。

しかし、従来の品種改良法は、複数の品種を幾度も交配させ、目的の形質を持った品種を選び抜いていくため長期間を要することが難点でした。短期間で効率的に目的の品種を作り出すためには、有用代謝成分を多く合成する遺伝子がイネゲノム上のどこにコードされているのかを特定する必要があるからです。また、コメに含まれる代謝物の含有量は、遺伝的要因だけではなく、栽培時の気候や肥料条件などの環境的要因の影響も受けることが知られていますが、その影響の大きさについてもよく分かっていませんでした。

量的形質である代謝成分含有量は、複数の量的形質座位(QTL)に存在する遺伝子の変異が関与しています。このQTLが存在するイネゲノム上の部位を解析するには、実験用に特別に作成されたイネ系統群とその遺伝型のデータが必要です。農業生物資源研究所では、これまで世界に先駆けてQTL解析のためのイネ実験系統群の作成、整備を行い、これを利用して多くの研究成果を挙げてきました。また、コメに含まれるさまざまな種類の代謝産物を一斉に定量するにはメタボローム分析と呼ばれる手法が必要です。理研植物科学研究センターでは、4種の分析装置を組み合わせることで、世界最高の網羅性を持つメタボローム分析パイプラインを構築し、さまざまな農学、植物科学の研究に利用してきました。今回、両者の強みを生かして玄米に含まれる代謝成分の分析と、それらに関連する遺伝子同定に向けてQTL解析に挑みました。

研究手法と成果

研究グループは、QTL解析用のイネ実験系統群を2005年と2007年に2回栽培し、分析サンプルとなる生育環境の異なる玄米を得ました。得られた総計170サンプルの玄米に含まれる代謝成分を、メタボローム分析パイプラインを用いて解析し、759個の代謝成分を検出しました。このうち、新たに131個の代謝成分の化学構造の同定に成功し、玄米にはアミノ酸や糖、脂質、有機酸、フラボノイドなどの多様な成分が含まれていることを明らかにしました(図1)

次いで、2005年と2007年の栽培で得られたサンプル間での代謝成分含有量を比較し、各代謝成分が遺伝的、環境的要因のどちらの影響を受けているのか調べるためにそれぞれの遺伝率※5を見積もりました。その結果、スクロースなどの糖の遺伝率は0.3以下と低く、GABAなどのアミノ酸関連物質は0.4~0.6程度の遺伝率を示しました。また、脂質や抗酸化機能を持つフラボノイドは0.8以上の高い遺伝率を示しました。つまり、糖やアミノ酸などの含有量には栽培条件や気候などの環境的要因が強く影響しており、反対に脂質やフラボノイドは、遺伝的要因が強く影響していることを示唆しています。

さらに研究グループは、759個の代謝成分含有量のデータを用いてQTL解析を行い、代謝成分含有量に影響を与える801個の遺伝子を同定しました(図2)。このなかには、有用代謝成分の含有量の増加に強く寄与しているものが見られました。これらの情報は、予め目的の形質の原因遺伝子の場所を特定し、遺伝マーカーを用いてその遺伝子を持つ系統を短期間で選抜するマーカー育種法に有効です。実際に、ハバタキというイネ品種は、ササニシキやコシヒカリなどの日本の栽培イネにはほとんど含まれない、抗酸化活性を持つ特有のフラボノイドが含まれています。今回の解析から、その原因遺伝子が6番染色体上に存在することを初めて明らかにし、イネゲノム配列情報と比較することで、その原因遺伝子を特定することに成功しました。さらに、ササニシキの6番染色体の該当領域をハバタキのものと置換した自然変異の系統から収穫した玄米には、このフラボノイドが含まれていることを確認しました。(図3)。この結果は、遺伝子組換え技術を利用しなくても、イネゲノムの自然変異を利用した交配によって、有用代謝成分を強化した品種が育成可能であることを実証しています。

今後の期待

今回の成果は、農業生物資源研究所が作成、整備したイネ実験系統群と理研植物科学研究センターが保有するメタボローム分析技術を組み合わせることで初めて得ることができました。取得した代謝成分に関するQTLの情報は、わが国が主導して解読したイネゲノム情報と併せて利用すれば、新たなイネの品種改良、育成へと活用できます。今後、さらに研究が進めば、遺伝子組み換え技術を利用することなく、有用代謝成分を多く含む新品種の育種技術を短期間で開発することにつながると期待できます。

原論文情報

  • Fumio Matsuda, Yozo Okazaki, Akira Oikawa, Miyako Kusano, Ryo Nakabayashi, Jun Kikuchi, Jun-ichi Yonemaru, Kaworu Ebana, Masahiro Yano and Kazuki Saito. “Dissection of genotype-phenotype associations in rice grains using metabolome quantitative trait loci analysis”. The Plant Journal, 2012, DOI: 10.1111/j.1365-313X.2012.04903.x

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター
メタボローム機能研究グループ
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
Tel: 045-503-9488 / Fax: 045-503-9489

客員研究員 松田 史生(まつだ ふみお)
Tel: 045-503-9442 / Fax: 045-503-9489

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.メタボローム分析
    メタボロームは、ある植物組織に含まれる代謝物などの全ての小分子の総体を示す概念。代謝物には異なる物性を持つ多様なものが含まれており、1つの分析手法では一部の代謝物しか分析できない。理研植物科学研究センターでは4種の分析装置を組み合わせた世界で最も広範囲に代謝成分を分析できるメタボローム分析パイプラインを構築している。
  • 2.量的形質座位(QTL)、量的形質、QTL解析
    量的形質とは、人間の身長や木に実る果実数のように、量として示される形質のこと。また量的形質に影響を与える染色体上の遺伝子の位置を量的形質座位(QTL:Quantitative trait loci)と呼ぶ。QTLの原因遺伝子が存在する領域を推定すること(遺伝子マッピング)をQTL解析と呼び、実験系統群が必要となる。
  • 3.イネ実験系統群
    QTL解析用に作成されたイネの集団。本研究では農業生物資源研究所が整備したササニシキ/ハバタキ戻し交雑自殖系統群( ササニシキ/ハバタキ戻し交雑自殖系統群 85系統(S/H BIL85系統))の玄米を解析に用いた。この系統群はササニシキとハバタキのゲノムが混ざった85系統から構成される。また、85系統それぞれについて、ゲノム上の各場所がササニシキ型かハバタキ型かのデータがあり、この遺伝型のデータと、代謝成分含有量のデータを組み合わせることで量的形質と遺伝子の関連性が分かる。
  • 4.イネゲノム
    イネのDNAに含まれる遺伝情報の全体を指す。イネゲノム塩基配列解読は、わが国を含む11の国と地域が国際協力体制で行い、2004年に解読を終了した。
  • 5.遺伝率
    環境要因と遺伝要因の割合。遺伝率は0から1の値をとり、大きいほど遺伝要因から受ける影響が大きいことを示す。
検出した玄米代謝成分の図

図1 検出した玄米代謝成分

代謝物は簡略化した代謝マップ上に示している。広範な代謝成分を測定するために、得意とする代謝成分の異なる4種の質量分析装置(MS)で測定を行った。

  • 青: キャピラリー電気泳動-飛行時間型(TOF)-MS
  • 黄: ガスクロマトグラフィー―TOF-MS
  • 緑: 液体クロマトグラフィー―イオントラップ-MS
  • 赤: 液体クロマトグラフィー―TOF-MS
イネ代謝成分含量に関わる量的形質座位(QTL)のイネゲノム上の位置の図

図2 イネ代謝成分含量に関わる量的形質座位(QTL)のイネゲノム上の位置

検出した759個の代謝物(縦軸)について、量的形質座位(QTL)が、イネの12本の染色体のどの場所にあるかを赤または青で示した。赤は、遺伝型がササニシキ型になると代謝成分含量が増える領域で、反対に青は、ササニシキ型になると代謝成分含量が減る領域を示している。

イネ品種ハバタキ、ササニシキ、およびSL419におけるフラボノイド(apigenin-6,8-di-C-α-L-arabinoside※)の蓄積量と、ゲノムの遺伝型の図

図3 イネ品種ハバタキ、ササニシキ、およびSL419におけるフラボノイド(apigenin-6,8-di-C-α-L-arabinoside※)の蓄積量と、ゲノムの遺伝型

ハバタキではこのフラボノイドが大量に蓄積されるのに対し、ササニシキでは少ない。QTL解析から、このフラボノイドの生合成に関与する遺伝子が6番染色体にあることが示されたことから、ササニシキのゲノムの6番染色体の一部をハバタキ型へと置換された系統(SL419)を調べたところ、このフラボノイドを高含量で蓄積していた。
SL419の特性はほとんどササニシキと同等であるが、ハバタキのフラボノイドの生合成能力を持っている。

  • apigenin-6,8-di-C-α-L-arabinoside:アピゲニン-6,8- ジ-C-アルファ-L-アラビノシド

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