ポイント
- 日本人川崎病患者1,182人と非患者4,326人を対象に解析
- 川崎病と自己免疫疾患の両方に関連する遺伝子領域が明らかに
- 病態の理解や新たな治療法の開発、東アジア人に発症が多い原因の解明に期待
要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、日本人集団を対象に、川崎病に関するゲノムワイド関連解析(GWAS)※1を行い、発症に関わる3つの遺伝子領域を新たに発見しました。これは、理研ゲノム医科学研究センター(久保充明センター長代行)循環器疾患研究チームの田中敏博チームリーダー(副センター長兼務)、尾内善広客員研究員を中心とする多施設共同研究※2による成果です。
川崎病は、乳幼児を中心に発症する原因不明の発熱性疾患で、1967年に日本赤十字社医療センター小児科医の川崎富作博士(現日本川崎病研究センター理事長)によって、初めて報告されました。大半が自然に治癒しますが、心臓の冠状動脈瘤(りゅう)※3などの合併症が生じることがあり、先進国における小児の後天性心疾患の最大の原因にもなっています。
川崎病は東アジア人に多いことや、家族内での発症が多いことなどから、遺伝的要因が関与していると考えられています。実際に研究グループらは、2007年にITPKC遺伝子、2010年にCASP3遺伝子が川崎病に関わっていることを発見しました。
今回研究グループは、川崎病の発症のしやすさに関わる他の遺伝子を発見するため、日本人の川崎病患者428人と非患者3,379人を対象に、ヒトゲノム全体に分布する約47万個の一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)※4のゲノムワイド関連解析(GWAS)を行いました。さらに、川崎病との関連の傾向が認められたSNPのなかから上位100個を選抜し、別の2集団(患者:計754人、非患者:計947人)で再現性を検証しました。その結果、新たにFAM167A-BLK、CD40、HLAの3つの遺伝子領域が川崎病と強く関連することが分かりました。このうち、FAM167A-BLKとCD40の遺伝子領域は、成人期に見られる関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患とも関連することが知られています。また、2011年に別の研究グループが白人集団で実施したGWASでは、HLAの遺伝子領域と川崎病の関連は見られておらず、人種によって関連する遺伝的要因に違いがあることを示唆しました。
今回の成果は、複数の成人期の自己免疫性疾患に共通な病態が川崎病にも当てはまる可能性を示しており、不明な部分が多い川崎病の病態の理解や新たな治療法の開発に加え、川崎病の発症が東アジア人に多い原因の解明につながると期待できます。
本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(3月25日付け:日本時間3月26日)に掲載されます。
背景
川崎病は、①5日以上続く発熱、②両側眼球結膜の充血、③口唇紅潮や咽頭粘膜の発赤、④不定型発疹、⑤四肢末端の変化、⑥頚部リンパ節腫脹などを主要症状とする疾患で、1歳前後を中心に、主に6カ月~4歳以下の乳幼児が発症します。発症時期が胎盤を通して母体から授かる受動免疫の消退時期と一致することや、これまでに全国規模の大流行が起こったことから、川崎病にはある種の病原体の感染が関連していると考えられていますが、いまだ原因となる菌やウイルスは特定できていません。
川崎病は全身の中小動脈に生じる血管炎ですが、特に心臓の冠状動脈が強く侵されたまま治療を受けないでいると、20~25%の患者に冠状動脈瘤(りゅう)や冠動脈拡張といった合併症が生じます。冠状動脈瘤が血栓で閉塞し、急性心筋梗塞により突然死することもあるため、治療は早期に炎症を抑えて合併症の発生を防ぐことを主眼に行われています。1980年代後半頃からのガンマグロブリンを大量に投与する方法(IVIG※5)の導入により、この合併症の発生率は5%以下に抑えられています。
しかし、川崎病は先進国における小児の後天性心疾患の原因としてトップに位置し、IVIG治療の効果が乏しい患者も約15%見られることから、その予測や対処法の開発が急がれています。特に日本人に発症例が多く、患者数は年間約12,000人にも達しています(出典:第21回川崎病全国調査成績、2011年)。韓国、台湾でも、日本に次いで発症率が高いことや、海外に移り住んだ日系人の発症率が現地の人々に比べて高いこと、さらに、兄弟・姉妹、親子での発症が多いことから、その背景に遺伝的要素が関係すると考えられています。
研究グループらは、これまでに川崎病の発症のしやすさに関連するITPKC遺伝子とCASP3遺伝子のSNPを発見しています。 (2007年12月17日プレスリリース、2010年5月12日プレスリリース)。 今回、ヒトゲノム全体をより網羅的に調べ他の新たな関連遺伝子を発見するために、ゲノムワイド関連解析(GWAS)に挑みました。
研究手法と成果
研究グループは、川崎病の遺伝的要因をさらに明確にするため、日本人の乳幼児から年長児(0歳~12歳)の川崎病患者428人と成人の非患者3,379人について、ヒトゲノム全体に分布する約47万個のSNPのGWASを行い、川崎病の発症と関連しているSNPを検索しました(図1)。次に、関連の傾向を認めたSNPの中から上位100個を選抜し、別に収集した第2の集団(川崎病患者470人、非患者378人)および第3の集団(川崎病患者284人、非患者569人)を用いて関連の再現性を検証しました。その結果、8番染色体短腕※6のFAM167A遺伝子とBLK遺伝子の間(FAM167A-BLK)の領域、20番染色体長腕※6のCD40遺伝子の領域、6番染色体短腕のHLA遺伝子の領域のSNPで強い関連が確認できました(表1)。
FAM167A-BLKとCD40の遺伝子領域については、成人期に見られる関節リウマチや全身性エリテマトーデスなど、自己免疫性疾患の発症との関連が知られている領域と一致していました。また、別の研究グループが2011年に白人集団(オランダ、イギリス、オーストラリア、アメリカ人が対象)で実施したGWASでは、HLA領域に川崎病との関連は見られておらず、同じ疾患でも人種によって関連する遺伝的要因に違いがあることを示唆しました。
今後の期待
今回の成果は、成人期の自己免疫性疾患に共通な病態が川崎病にも当てはまる可能性を示しており、不明な部分が多い川崎病の病態の理解や新たな治療法の開発に役立つと期待できます。また、これまで明確ではなかったHLA領域の関連が確かめられたことで、この領域をより詳細に調べると、川崎病が東アジア人に多い謎の解明につながると期待できます。
原論文情報
- Yoshihiro Onouchi and Kouichi Ozaki et al.“A genome-wide association study identifies three new loci for Kawasaki disease”. Nature Genetics, 2012,doi:10.1038/ng.2220
発表者
理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 循環器疾患研究チーム
チームリーダー 田中 敏博(たなか としひろ)
客員研究員 尾内 善広(おのうち よしひろ)
Tel: 045-503-9347 / Fax: 045-503-9289
お問い合わせ先
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
遺伝子多型を用いて疾患感受型遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者とその疾患にかかっていない被験者の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。検定の結果得られたP値(偶然にそのような事が起こる確率)が低いほど、関連が強いと判定できる。 - 2.多施設共同研究
今回の研究は、東京大学、千葉大学、東京女子医科大学、和歌山県立医科大学、国保旭中央病院、船橋市立医療センター、社会保険紀南病院、橋本市立病院、公立那賀病院、和歌山労災病院、国保日高総合病院、泉大津市立病院、仙台市立病院、東邦大学、藤田保健衛生大学、獨協医科大学、国際医療福祉大学、川崎医科大学、総合太田病院、カリフォルニア大学、日本川崎病遺伝コンソーシアム、アメリカ川崎病遺伝コンソーシアムらと共同で実施。 - 3.冠動脈瘤(りゅう)
心筋に酸素や栄養を供給する冠(状)動脈に生じた動脈瘤。 - 4.一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)
ヒトゲノムの個人間の違いのうち、集団での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。代表的なものとして一塩基(アデニン:A、チミン:T、グアニン:G、シトシン:C)の違いによる一塩基多型がある。 - 5.IVIG
血漿(しょう)由来の完全分子型ガンマグロブリン製剤を、静脈内に大量に点滴投与する治療法。 - 6.染色体短腕、染色体長腕
DNAは細胞分裂の中期に複雑に折りたたまれ染色体という棒状の構造をとる。染色体は動原体と呼ばれる部分を挟む2つの長さの異なる部分からなり、短い方を短腕、長い方を長腕と呼ぶ。種によって数は決まっており、ヒトではサイズの大きい順に1~22番までの常染色体が各2本、性染色体が2本(XYもしくはXX)の合計46本である。
図1 川崎病の発症しやすさに関するゲノムワイド関連解析の結果
日本人の川崎病患者428人と非患者3,379人についてのゲノムワイド関連解析の結果。 横軸をヒトゲノム染色体上の位置、縦軸を各SNPのP値(偶然にそのような事が起こる確率)として解析結果をプロット。上方に行くほど川崎病の発症しやすさとの関連が強いことを示す。研究グループらがこれまでの研究で発見した川崎病の関連遺伝子の領域(赤字)に加え、今回新たに3つの関連遺伝子の領域(青字)を発見した。
拡大図
ゲノムワイド関連解析において関連の強かった上位100個のSNPのうち、3つにおいて別の患者・対照集団でも遺伝子型頻度の違いに再現性があることを確認した。FAM167A-BLK、HLA、CD40の遺伝子領域における危険対立遺伝子を持つと、それぞれ約1.72倍、1.47倍、1.35倍(オッズ比)川崎病を発症しやすくなる。
オッズ比:ある集団での発症リスクを表す指標の1つ。