ポイント
- 文部科学省「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」の成果
- 欧米人の2型糖尿病にも関与、人種を超えた発症の仕組み解明へ
- ANK1と既知の遺伝子領域を組み合わせ、発症しやすい人の予測に貢献
要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と東京大学医学部附属病院(門脇孝病院長)は、日本人集団を対象としたゲノムワイド関連解析を行い、日本人の2型糖尿病※1の発症に関わる新たな遺伝子領域ANK1を発見しました。これは、理研ゲノム医科学研究センター(久保充明センター長代行)内分泌・代謝疾患研究チームの前田士郎チームリーダー、今村美菜子研究員らと、文部科学省「オーダーメイド医療実現化プロジェクト メタボリック・シンドローム関連疾患における個別化医療の実現」実施機関である東京大学大学院医学系研究科/東京大学医学部附属病院の門脇孝教授らとの共同研究グループによる成果です。
現在、日本の糖尿病患者数は1,000万人を超えており、成人の糖尿病有病率※2は11.2%にも上っています(出典:国際糖尿病連合「糖尿病アトラス第5版」2011)。また、糖尿病患者のおよそ9割は2型糖尿病が占めています。2型糖尿病の発症には遺伝要因が関与しており、今までに国内外の研究によって約50の関連遺伝子領域が見つかっていますが、それでも2型糖尿病の遺伝要因の全てを説明するには至っていません。
研究グループは、文部科学省が推進する「オーダーメイド医療実現化プロジェクト※3」で実施された研究で得た日本人の2型糖尿病に関連する約50万個のSNPの遺伝子型を基に「ジェノタイプ インピュテーション(遺伝子型予測)」と呼ばれる手法を用いて、解析対象の一塩基多型(SNP)※4を約220万個に増やしました。そして、ヒトゲノム全体に分布する約220万個のSNPについて、日本人を対象としたゲノムワイド関連解析(GWAS)※5を行い、2型糖尿病に関連する新たな遺伝子領域ANK1を発見しました。さらに詳細に調べると、このANK1領域にある特定の遺伝子型を1つ持つと、1つも持たない人に比べて2型糖尿病発症のリスクが約1.2倍、2つ持つと1.4倍になると推定されることが分かりました。また、欧米人を対象にこの領域を調べたところ、欧米人においても2型糖尿病との関連が認められました。今回の成果は、日本人のみならず人種を超えた2型糖尿病の発症の仕組みの解明につながるとともに、新たな治療薬の開発や予防法の開発にも結びつくと期待できます。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Human Molecular Genetics』に掲載されるに先立ちオンライン版(3月27日付け:日本時間3月28日)に掲載されます。
背景
糖尿病患者数は全世界で3億人を超え、2030年には5億人に達するとされています。また、日本の糖尿病患者数は1,000万人を超えており、成人の糖尿病有病率は11.2%にも上っています(出典:国際糖尿病連合「糖尿病アトラス第5版」2011)。糖尿病患者のおよそ9割は2型糖尿病が占めています。2型糖尿病の発症には遺伝要因が関与しており、今までに国内外の研究によって約50の関連遺伝子領域が見つかっていますが、多くは欧米人を対象とした解析で発見されたものです。欧米人の2型糖尿病患者では肥満の関与が大きいのに対して、日本人をはじめとした東アジア人の2型糖尿病患者では肥満の程度は軽いことが知られており、人種によって2型糖尿病を引き起こす仕組みが異なっていると考えられています。実際、欧米人対象の解析で見つかった遺伝子領域の中には、日本人の2型糖尿病との関連が見られないものも存在します。このため、日本人における2型糖尿病の遺伝要因を解明するためには日本人を対象とした解析を行う必要があります。
2010年に研究グループは、日本人における2型糖尿病の関連遺伝子を見いだすため、オーダーメイド医療実現化プロジェクトで収集した2型糖尿病患者4,470人と対照群3,071人のヒトゲノム全体に分布する約50万個の一塩基多型(SNP)の遺伝子型をもとに、ゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い、2型糖尿病と強い関連があるUBE2E2とC2CD4A-C2CD4Bの2領域を発見しました注1)。
今回は、この研究で得られた日本人の2型糖尿病に関連する約50万個のSNPの遺伝子型を基にして、さらなる新規関連遺伝子領域の探索に挑みました。
注1)東京大学医学部附属病院 2010年09月06日プレス発表「2型糖尿病に関連する2か所の遺伝子領域を新たに発見」
研究手法と成果
研究グループは、前回の研究で得られた日本人の2型糖尿病に関連する約50万個のSNPの遺伝子型を基に「ジェノタイプ インピュテーション(遺伝子型予測)※6」と呼ばれる手法(図1)を用いて、解析対象のSNPを約220万個に増やし、新規の2型糖尿病関連遺伝子領域の検索を行いました。GWASで解析した約220万個のSNPの中から、今までに2型糖尿病との関連が知られていない有力な28遺伝子領域にある30個のSNPを選び、さらに別の日本人のサンプル(2型糖尿病患者7,605人、対照群3,534人)を追加して検証した結果、ゲノムワイド水準(p=5×10-8)※7を超えた2型糖尿病との強い関連を持つ領域を2つ(ANK1, MGC21675)発見しました。ANK1はこれまでに報告のない新規の領域であり、MGC21675領域は、2011年に東アジア人集団を用いた解析で2型糖尿病との強い関連が報告されたMAEA領域と同一であることが分かりました。注2)図2、3)。
さらに詳細に調べたところ、ANK1領域にある特定の遺伝子型を1つ持つと、1つも持たない人に比べて2型糖尿病発症のリスクが約1.2倍、2つ持つと1.4倍になると推定されることが分かりました。また、ANK1領域について、欧米の研究グループとの共同研究によって欧米人22,570人を対象に2型糖尿病との関連について調べたところ、欧米人においても2型糖尿病との関連が認められました(図4)。
注2)2011年12月15日プレスリリース「東アジア人の2型糖尿病発症に関わる遺伝子領域を8つ発見」
今後の期待
今回発見したANK1領域がどのようにして2型糖尿病発症に関わるか、そのメカニズムを解明することで糖尿病に対する新しい治療薬の開発に貢献できる可能性があります。また、今回の成果と、今までに発見された糖尿病に関連する遺伝子多型を組み合わせることで、糖尿病になりやすい人を予測し、積極的な予防対策を講じることによって、糖尿病予防のための生活指導などが可能になってくるものと期待できます。
原論文情報
- Minako Imamura, Shiro Maeda, Toshimasa Yamauchi, Kazuo Hara, Kazuki Yasuda, Takashi Morizono, Atsushi Takahashi, Momoko Horikoshi, Masahiro Nakamura, Hayato Fujita, Tatsuhiko Tsunoda, Michiaki Kubo, Hirotaka Watada, Hiroshi Maegawa, Miki Okada-Iwabu, Masato Iwabu, Nobuhiro Shojima, Toshihiko Ohshige, Shintaro Omori, Minoru Iwata, Hiroshi Hirose, Kohei Kaku, Chikako Ito, Yasushi Tanaka, Kazuyuki Tobe, Atsunori Kashiwagi, Ryuzo Kawamori, Masato Kasuga, Naoyuki Kamatani, Diabetes Genetics Replication and Meta-analysis (DIAGRAM) Consortium, Yusuke Nakamura & Takashi Kadowaki
“A single nucleotide polymorphism in ANK1 is associated with susceptibility to type 2 diabetes in Japanese populations“Human Molecular Genetics、2012 doi: 10.1093/hmg/DDS113
発表者
理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 内分泌・代謝疾患研究チーム
チームリーダー 前田 士郎(まえだ しろう)
研究員 今村 美菜子(いまむら みなこ)
Tel: 045-503-9595 / Fax: 045-503-9567
お問い合わせ先
横浜研究所 研究推進部Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715
東京大学医学部附属病院
パブリック・リレーションセンター
Tel: 03-5800-9188 / Fax: 03-5800-9193
補足説明
- 1.2型糖尿病
糖尿病はインスリン作用の不足により、慢性的に高血糖が持続する病気。正しく治療されないと、さまざまな臓器が侵され合併症をきたす。糖尿病に特有の糖尿病網膜症、腎症、神経障害といった細小血管症に加え全身の太い血管にも動脈硬化が進みやすくなり、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす。糖尿病患者では心筋梗塞や脳梗塞の危険が2~4倍増すとされている。
糖尿病には、大きく分けて①1型②2型③その他の特定の機序や疾患によるもの④妊娠糖尿病の4つがある。2型糖尿病は、インスリン分泌低下とインスリン抵抗性(インスリンの働きが悪くなること)が合わさることによって血糖値が上昇し糖尿病になるタイプ。発症には、遺伝因子(家系)と環境因子(過食、肥満、運動不足などの生活習慣)の両者が深く関わっている。日本の糖尿病患者数は1,067万人で、そのうち90%以上は2型糖尿病であると考えられている。 現在、日本では約29万人(2010年末現在)が人工透析を受けており、そのうちの約3割は糖尿病が原因。透析医療にかかる年間医療費は1人あたり約600万円、日本全体でみると1兆円をこえる医療費の支出があると推計されている。さらに、糖尿病が原因で失明や視力障害、下肢切断に至る例も多く、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)の低下、あるいは健康寿命の短縮の大きな要因となっている。 - 2.有病率
ある時点、ある地域においての特定の疾患を有する患者数を分子とし、その時点におけるその地域の人口を分母として表す。医療統計における疾患の頻度に関する概念。 - 3.オーダーメイド医療実現化プロジェクト
文部科学省リーディングプロジェクトとして2003年から開始。東京大学医科学研究所に設置されているバイオバンクジャパンに収集されたDNAや血清試料、臨床情報を解析し、遺伝子の違いを基に病気や薬の副作用の原因などを明らかにして、新しい治療法や診断法を開発するためのプロジェクト。理研ゲノム医科学研究センターは遺伝子解析の中心的な役割を果たしている。 バイオバンク・ジャパン(BBJ) - 4.一塩基多型(SNP)
ヒトの染色体にある全DNA情報(ヒトゲノム)は、30億にもおよぶ文字の並び(塩基配列)で構成されている。この文字の並びは暗号(遺伝情報)となっており、その99.9%は全人類で共通だが0.1%程度に個人差(遺伝子多型)のあることが分かっている。多くの遺伝子多型は違っていても影響はないが、一部は病気にかかりやすいことなどに関係していると考えられている。一塩基多型(SNP=スニップ)とは、その文字の並びが1つだけ異なっているもので、30億塩基の並びの中におよそ1,000万カ所ある。 - 5.ゲノムワイド関連解析(GWAS:Genome-Wide Association Study)
病気を発症している集団と、発症していない集団との間で、遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる手法。ヒトゲノム全体を網羅するような数100万カ所のSNPを用いて、ゲノム全体から病気と関連する領域・遺伝子を同定する。 - 6.ジェノタイプ インピュテーション(遺伝子型予測)
実際に解析した数十万SNPの遺伝子型情報と、公共データベースに登録されている数百万のSNP情報を基に、専用の遺伝子型予測ソフト(IMPUTE, MACHなど)を用いて、実際に解析したSNPの近くにあるSNPの1人ひとりの遺伝子型を統計学的に推定する手法。さらにゲノムワイド関連解析を専用ソフト(SNPTEST、MACH2DATなど)で行い、解析するSNP数を数百万に増やすことができる( 図1参照)。 - 7.ゲノムワイド水準(p=5×10-8)
通常の解析の有意水準は、0.05未満を使用する。これは関係がない確率が5%未満という意味であり、100個のSNPを調べると全く関係がなくても偶然に5個(5%)は関係があると誤って判断されてしまう可能性がある(偽陽性)。そこでゲノムワイド関連解析では、通常の判定基準である0.05をさらに100万で割った5×10-8未満という厳しい判定基準を採用して、誤った判断をしないように独自に水準を設定している。
図1 ジェノタイプ インピュテーション(遺伝子型予測)を用いた関連解析の流れ
図2 本研究の概要
ステージ1:以前に得られていた日本人の2型糖尿病に関連する約50万個のSNP(患者4,470人と対照群3,071人)を基にジェノタイプ インピュテーション(遺伝子型予測)を行うことで、解析対象のSNPを約220万個に増やした。それらをGWASで解析し、今までに2型糖尿病との関連が知られていない有力な28領域のSNP30個を選んだ。
ステージ2:別の日本人のサンプル(2型糖尿病患者7,605人、対照群3,534人)で検証した結果、ゲノムワイド水準(p=5×10-8)を超えた2型糖尿病との強い関連をもつ領域を2つ(ANK1, MGC21675)を発見した。
MGC21675は以前に報告したMAEA領域と同一であったが、ANK1は、これまでに報告のない新規の領域だった。
図3 2型糖尿病のゲノムワイド関連解析
各SNPと2型糖尿病との関連を調べるゲノムワイド関連解析の結果(一部を抜粋)。横軸にヒトゲノム染色体上の位置、縦軸に各SNPのp値(偶然にそのような事が生じる確率)を示した。グラフの上にあるほど関連が高いことを示す。青文字の遺伝子領域はこれまでに日本人集団を用いたGWASで同定されている遺伝子領域。今回新規に発見した遺伝子領域を赤字で示した。
図4 新規に発見したANK1領域(領域内のSNP;rs515071)の日本人および欧米人集団での2型糖尿病との関連の解析結果
日本人の患者16,902人を解析した結果、2型糖尿病との関連(p値)は、1.37×10-8で、オッズ比は1.18だった。また欧米の研究グループとの共同研究により、欧米人の22,570人を解析した結果、2型糖尿病との関連(p値)は、8.54×10-4で、オッズ比は1.09だった。この結果より、ANK1領域は、欧米人にも関連があることが分かった。
オッズ比:ある集団での疾患リスクをあらわす指標の一つ。オッズ比が2であると危険がおよそ2倍になると推察される。