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2012年5月25日

独立行政法人 理化学研究所

絶縁体から高温超伝導体への変化過程を原子分解能で可視化

-「擬ギャップ状態」の正体と超伝導機構の解明に向けて前進-

ポイント

  • 擬ギャップ領域は絶縁体の「海」の中に数nm2の小さな「島」として出現
  • 擬ギャップ状態は超伝導と競合せずにその発現を助けている可能性を示唆
  • 電子相変化メモリーなど新エレクトロニクスデバイス開発の基礎学理を提示

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、銅酸化物高温超伝導体※1が絶縁体から超伝導体へと変化する過程を原子分解能で可視化することに成功しました。「擬ギャップ状態※2」が数平方ナノメートル(nm2)程度の領域で出現し、その増加が超伝導発現に関与している可能性を明らかにしました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)無機電子複雑系研究チームの幸坂祐生基幹研究所研究員、髙木英典チームリーダーらの研究グループによる成果です。

高温超伝導の発現機構解明は、現代物性物理学に残された未解決問題の1つです。今回、研究の対象とした銅酸化物高温超伝導体の特徴の1つは、母物質が絶縁体であることです。この母物質に電気が流れるようにすると超伝導が現れます。この過程で、擬ギャップ状態と呼ばれる絶縁体でも超伝導体でもない正体不明の状態が現れます。超伝導の発現機構解明には、絶縁体から擬ギャップ状態を経て超伝導体へと変化する過程を理解することが重要です。このことは、1986年の高温超伝導発見直後から認識されていましたが、依然として詳細は不明のままでした。

研究グループは、走査型トンネル顕微鏡※3を用いて、銅酸化物高温超伝導体の1つであるCa2-xNaxCuO2Cl2※4の絶縁体から超伝導体への変化過程を測定しました。その結果、擬ギャップ状態は絶縁性領域の「海」の中に数nm2程度の「島」のように出現すること、また、その領域が増加して互いに接続すると超伝導が現れることを突き止めました。

これらの成果は、擬ギャップ状態が、数nm2程度の小さな領域でも存在でき、かつ超伝導の発現を助けている可能性があることを示しています。これまで、擬ギャップは超伝導と競合するものと考えられていましたが、今回の発見はそれを覆すもので、超伝導発現機構の解明に向けた重要な手掛かりとなります。また、電子間の強い反発力を起源とする絶縁体が電気を流すようになる過程を原子レベルで可視化した初めての例でもあり、電子相変化メモリーなど新原理に基づくエレクトロニクス材料や、素子の開発の基礎学理として役立つものと期待できます。

本研究成果は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(5月20日付け:日本時間5月21日)に掲載されました。

背景

銅酸化物の中には、液体窒素温度(-196℃)を超える高い温度で超伝導(高温超伝導)を示すものがあります。1986年にこの銅酸化物高温超伝導体が発見されてから四半世紀が経ちますが、その発現機構はいまだ明らかになっておらず、現代物性物理学における未解決問題の1つとなっています。

銅酸化物高温超伝導の舞台は、銅と酸素からなる二次元四角格子です。高温超伝導体の母物質では電子は互いに強く反発しており、銅・酸素格子上で配列して動けなくなっています。この状態から電子をいくつか抜き去って空席(正孔)を作ると、その空席に飛び移ることで電子は動き回れるようになります(図1)。銅酸化物高温超伝導体では、母物質の絶縁体に化学的な方法で正孔を導入すると超伝導が起きます。

絶縁体から超伝導体へ変化する過程には、擬ギャップ状態と呼ばれる絶縁状態とも超伝導状態とも異なる状態が存在します。擬ギャップ状態は超伝導の発現機構を解明するための鍵であると考えられ、20年以上にわたり最先端の手法を用いながら、その正体を明らかにするための研究が行われてきました。現在、擬ギャップ状態は超伝導状態と競合すると考えられています。しかし、試料全体の特性を測る従来の手法を使った研究では、絶縁体から超伝導体へと変化する過程の詳細や擬ギャップの正体は明らかになっていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、走査型トンネル顕微鏡を用いた分光イメージング※3という手法を用いて、銅酸化物高温超伝導体の1つである「Ca2-xNaxCuO2Cl2」について、銅・酸素格子上の電子励起スペクトルの空間分布を約0.05nm間隔で測定しました。これは、電子が持つエネルギーと密度(局所状態密度)の測定であり、原子分解能で電子の状態の精密な「地図」を作ることに相当します。この精密測定により、擬ギャップ状態は、絶縁体の「海」の中に数nm2程度の小さな「島」として現れることを発見しました。また、擬ギャップ状態の空間分布は2回対称※5であり、その周囲の絶縁性領域(4回対称※5)と明確に区別されることを明らかにしました。これらは、擬ギャップ状態が、結晶の対称性(4回対称)と異なる対称性を持つ独自の電子状態であり、数nm2程度の小さな領域でも存在できることを示しています。さらに研究グループは、正孔の導入によって擬ギャップ領域が増加し、それが互いに接続すると、超伝導が現れることを突き止めました(図2)。このことは、擬ギャップ領域の増加が超伝導の発現を助けている可能性を示しており、競合しているとする従来の見方とは異なる擬ギャップの新たな側面の発見となります。

今後の期待

今回の成果により、未解決だった擬ギャップの正体が明らかになってきました。また、超伝導と擬ギャップの関係は単純に競合的なものではないという知見は、超伝導発現機構を解明するうえで重要な手掛かりとなります。さらに、今回の成果は、電子間の強い反発力を起源とする絶縁体が電気を流すようになる過程を可視化したものでもあり、シリコンなどの半導体に代わる、新原理に基づいたエレクトロニクス材料や素子の開発の基礎学理として役立つことが期待できます。

原論文情報

  • Y. Kohsaka, T. Hanaguri, M. Azuma, M. Takano, J. C. Davis, H. Takagi. “Visualization of the emergence of the pseudogap state and the evolution to superconductivity in a lightly hole-doped Mott insulator”. Nature Physics, 2012, doi: 10.1038/Nphys2321

発表者

理化学研究所
基幹研究所 無機電子複雑系研究チーム
基幹研究所研究員 幸坂 祐生(こうさか ゆうき)
チームリーダー 髙木 英典(たかぎ ひでのり)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.銅酸化物高温超伝導体
    銅と酸素の二次元四角格子を基本構造とし、それが層状に積み重なった構造を持つ化合物で、超伝導を示すものの総称。超伝導とは低温で電気抵抗が消失する現象であり、この化合物群ではそれが液体窒素温度(-196℃)以上でも起こることから、特に高温超伝導と呼ばれる。1986年にJ. G. BednorzとK. A. Mullerが最初の化合物(La2-xBaxCuO4)を発見した。超伝導を示す温度の最高記録は-138℃(HgBa2Ca2Cu3Oy)である。超伝導の標準理論であるBCS理論では、このような高い温度での超伝導は説明できないと考えられている。そのため、超伝導発現機構の解明は現代物性物理学における未解決問題の1つとして研究競争が繰り広げられている。
  • 2.擬ギャップ状態
    銅酸化物高温超伝導体に特徴的な電子状態の1つ。正孔の導入に従い絶縁状態から超伝導状態へと変化する途中に現れる。絶縁状態でも超伝導状態でもない電子状態であり、その起源と超伝導状態発現機構との関連が長い間議論の対象となっている。超伝導状態になると、特定のエネルギー帯の中には電子が存在しなくなる(エネルギーギャップ)。擬ギャップ状態においても、超伝導状態でのエネルギーギャップと類似した電子の存在しないエネルギー帯が観測される。しかし超伝導状態ではないため「擬」ギャップ状態と呼ばれる。現在では、擬ギャップ状態は超伝導状態と競合する電子状態であるとの見方が広まりつつある。
  • 3.走査型トンネル顕微鏡、分光イメージング
    金属探針を試料表面に1nm程度まで接近させた状態で探針と試料の間に電圧をかけると、両者の間に量子力学的なトンネル効果による電流(トンネル電流)が流れる。このトンネル電流を利用することで試料表面の形状を解像する顕微鏡。トンネル電流の大きさは探針と試料表面の距離に指数関数的に依存するので、トンネル電流が一定になるように探針―試料間距離を変えながら探針を走査することで、試料表面の形状を原子1個に至るまで解像することができる。探針と試料の間の電圧を掃引するとトンネル分光ができる。探針を走査する途中の各位置でトンネル分光を行うのが分光イメージングである。単なる形状測定に比べて得られる情報は格段に増えるが、装置の安定性もまた格段に必要とされる。研究グループが理研に建設した世界最高レベルの安定性(1日あたり、0.1nm以下のずれ)を誇る装置がこのような測定を可能とし、今回の成果につながった。
  • 4.Ca2-xNaxCuO2Cl2
    銅酸化物高温超伝導体の1つ。 x=0(母物質)は絶縁体であり、 xの増加に伴い x>0.08で超伝導を示すようになる。絶縁体から超伝導体に至る広い組成範囲で化学的に安定であるが、Naの導入には数万気圧の高圧が要求されるため、研究グループが京都大学に建設した特殊な大型高圧合成装置を用いて単結晶育成を行った。雲母のように良好なへき開性を示すことから、本研究のように走査型トンネル顕微鏡を用いて絶縁体から超伝導体への変化過程を精密測定する目的に最適である。
  • 5.2回対称、4回対称
    あるパターンを中心軸の周りに360/n度回転すると元のパターンと一致する時、そのパターンはn回対称であるという。物理学において、対称性は物事を規定する最も基本的な要素の1つである。また、未知の現象の起源を明らかにする上でも対称性を明らかにすることは重要な意味を持つ。n回対称のような回転対称性もその1つ。
銅・酸素二次元格子内における電子と正孔の図

図1 銅・酸素二次元格子内における電子と正孔

正孔の導入に伴う擬ギャップ状態の出現と発達の概念図の画像

図2 正孔の導入に伴う擬ギャップ状態の出現と発達の概念図

正孔の導入に伴い擬ギャップ領域が増加して、互いに接続すると超伝導が現れることが分かった。

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