1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2012

2012年7月11日

独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 東京大学

金属と絶縁体が入り混じる物質で電子応答の測定に成功

-相分離構造を利用した次世代メモリやセンサの実現に期待-

ポイント

  • 測定を困難にしていた「もれ電流」をキャリア空乏層で遮断し、測定可能に
  • マンガン酸化物薄膜の金属領域と絶縁体領域の電子応答を分離して観測
  • 磁場を加えると、電場に対する応答性が1000倍以上高速化

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)と東京大学(濱田純一総長)は、金属と絶縁体領域が入り混じった相分離状態を特徴とするマンガン酸化物薄膜の電子応答をナノスケールで測定することに成功し、相分離状態の電子の挙動を明らかにしました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)強相関量子科学研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授)、強相関界面デバイス研究チームの川崎雅司チームリーダー(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授)、盛志高研究員、交差相関超構造研究チームの中村優男研究員、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の賀川史敬講師らの共同研究による成果です。

性質が異なる複数の電子状態が1つの物質中で安定に存在するとき、しばしばその性質ごとに電子の集団(相)が空間的に分離して共存する「相分離状態」が現れます。ペロブスカイト構造※1を持つマンガン酸化物は、そのような相分離状態がナノスケールで起こる代表的な物質です。この物質中では、金属状態と絶縁体状態がエネルギー的に拮抗することで相分離状態を示します。この状態に微弱な磁場や電場を加えると、物質全体の電子状態が変化して電気抵抗が大きく変化するため、この特徴を利用したメモリやスイッチング素子材料の応用が期待されてきました。しかし、相分離状態にある物質に電場を加えても、一部の電子は金属領域を流れてしまいます。この電流は「もれ電流」と呼ばれ、物質内の電子応答の測定を困難にしていました。

研究グループは、相分離状態を示すマンガン酸化物の薄膜を、ニオブ(Nb)が添加されたチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の基板上に作製しました。この接合界面に形成されるキャリア空乏層※2は、もれ電流を防ぐバリアとして機能するため相分離状態での電子応答の測定が可能になりました。研究グループは、加えた交流電場の周波数に対する静電容量※3の変化を調べ、マンガン酸化物の相分離状態での金属領域と絶縁体領域、および2つの領域の界面からの電子応答を分離して測定することに初めて成功しました。

この成果は、相分離状態の電子の特性を理解する上で基礎研究として重要なだけでなく、相転移現象を利用した革新的な次世代メモリやセンサへの応用にもつながることが期待できます。

研究成果の一部は、総合科学技術会議により制度設計され、日本学術振興会を通して助成する最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」(中心研究者:十倉好紀)の事業の一環として実施され、英国の科学雑誌『Nature Communications』(7月10日号)に掲載されます。

背景

一般的な物質は、温度を変えたり電場や磁場をかけたりしても、金属は金属、絶縁体は絶縁体というように性質が大きく変化することはありません。しかし、ペロブスカイト構造を持つマンガン酸化物では、液体時の水分子(水)のように多数の電子が自由に動き回ることができる金属状態と、逆に固体時の水分子(氷)のように格子を組んでお互いが反発し電荷が整列した絶縁体状態の2つの状態が存在しています。この2つの性質をもった電子の集団(相)がナノスケールで入り混じって安定して存在し、空間的に分離した相分離状態が現れることが知られています(図1)。この状態では、わずかな温度変化や電場、磁場、光などの微弱な刺激を与えると相分離したそれぞれの電子相の安定度を変化させることができます。その結果、物質全体の電子状態を変換させ、相分離状態から金属または絶縁体へ変化させることが可能です。この特性を利用して、相変化メモリやスイッチング素子、センサなどへの産業応用を目指した研究開発が活発に行われています。

メモリやセンサの性能を決める重要な要素の1つが電子の応答速度です。応答速度は、物質中の電子がナノスケールでどのような応答特性を持っているかに依存します。しかし、マンガン酸化物の相分離状態では、異なる電子相が入り混じって存在しているため、物質全体の平均化された応答特性しか得られず、相分離したそれぞれの領域の中や界面で、どのような応答特性を持っているか分かっていませんでした。また、金属と絶縁体領域が存在する相分離状態の物質に電場を加えると、電子は金属領域だけを飛び移って電流が流れてしまいます。この「もれ電流」が大きく、電子応答の測定を困難にするため、ナノスケールの電子の挙動をこれまで明らかにすることができず、相分離現象を利用した産業応用も進んでいませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、試料のもれ電流を極力抑制するために、パルスレーザー堆積法※4を用いてニオブ(Nb)が添加されたチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の基板上(Nb:STO)に、厚さ40nmの高品質なマンガン酸化物Pr0.55(Ca0.75Sr0.25)MnO3薄膜(PCSMO薄膜)を作製しました。PCSMOは、絶縁体状態と金属状態の両方が存在する相分離状態が実現することが知られている物質です。

研究グループは、研究対象であるPCSMO薄膜の物性を乱すことなく、もれ電流を抑制する方法を検討したところ、Nb:STO基板とPCSMO薄膜の界面に形成されるキャリア空乏層が観測したい試料に直列に挿入された絶縁体として働き、もれ電流を劇的に減らせることを見出しました。(図2 a、b)つまり、相分離を示すマンガン酸化物デバイスにおける電子応答を調べることが初めて可能になりました。実験では、100Hzから1MHzに及ぶ幅広い周波数の交流電場を加えて静電容量を測定し、電場周波数に対する応答の違い、特に静電容量の虚部※5の周波数依存性におけるピーク構造の振る舞いを詳細に調べました。すると、特性の異なった3つのピーク構造を見いだしました(図3 a, b, c)。ピーク周波数やピーク強度の温度依存性を詳細に解析することで、それぞれのピークは、(a)絶縁体領域 (b)絶縁体と金属領域の界面(c)隣接した金属領域間での電子応答に対応していることが分かりました。

また、このデバイスに磁場を加えると、絶縁体領域の電子応答(ピークa)が急激に上昇し、9テスラの磁場を加えることで1,000倍以上も速くなることが分かりました(図4)。このような外部磁界に大変敏感な性質は、磁気コンデンサや磁気センサなどへの応用が期待できます。

今後の期待

今回、キャリア空乏層を利用して相分離状態を示すマンガン酸化物の電子応答が明らかになりました。これから得られた知見を元に、応答速度が最も早くなるよう、相分離の領域のサイズや構造を設計することで、消費電力が少なく高速動作の可能な不揮発性メモリや磁気センサの実現が期待できます。

原論文情報

  • “Dynamics of multiple phases in a colossal-magnetoresistive manganite as revealed by dielectric spectroscopy”
    Zhigao Sheng, Masao Nakamura, Fumitaka Kagawa, Masashi Kawasaki, and Yoshinori Tokura, Nature Communications, 2012 DOI 10.1038/ncomms1943

発表者

理化学研究所
基幹研究所 交差相関超構造研究チーム
チームリーダー 川崎 雅司(かわさき まさし)
研究員 中村 優男(なかむら まさお)

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715

(「最先端研究開発支援プログラム」に関する問い合わせ先)
独立行政法人 日本学術振興会 研究事業部
最先端研究助成課 最先端助成係
Tel: 03-3263-1698 / Fax: 03-3237-8307

(研究課題「強相関量子科学」支援全般に関する問い合わせ先)
独立行政法人理化学研究所 基幹研究所
強相関量子科学研究グループ 副グループディレクター兼
強相関研究支援チーム チームリーダー
平林 泉(ひらばやし いずみ)
ホームページ: 強相関量子科学

補足説明

  • 1.ペロブスカイト構造
    遷移金属酸化物の代表的な結晶構造の1つ。酸化物の場合、 R1-x Ax TO3 ( Rはランタノイド、 Aはアルカリ土類金属、 Tは遷移金属)の組成式で表される。電子機器に用いるチップコンデンサでは Tにチタンが入った酸化物が用いられ、高温超伝導は Tに銅が入った酸化物で出現する。
  • 2.キャリア空乏層
    半導体のPN接合部分やショットキー接合、MOS接合において見られる、電子や正孔(キャリア)のほとんど存在しない領域。
  • 3.静電容量
    コンデンサなどの絶縁された導体において、どのくらい電荷が蓄えられるかを表す量。今回の実験では、交流電場の下での静電容量の周波数依存性から、試料内の電子が電場に対してどのような応答をするかを明らかにした。
  • 4.パルスレーザー堆積法
    目的とする薄膜に含めたい元素を混合してペレット状に焼き固め、そこにパルスレーザーを集光して照射すると、ターゲット表面から瞬間的に元素が蒸発する。この蒸発した元素を反対側に置いた基板上に堆積させる製膜法。簡便に高品質薄膜を作製できるため、酸化物の薄膜作製では最も一般的な方法。
  • 5.静電容量の虚部
    交流電圧に対する交流電流の位相の遅れに関連する成分。コンデンサにおけるエネルギー損失に密接に関連した量。
相分離状態の概念図の画像

図1 相分離状態の概念図

ペロブスカイト型マンガン酸化物では、絶縁体領域(青色)と金属領域(黄色)、界面領域(水色)が共存し、ナノメートルスケールでの相分離状態を示す。

作製した薄膜デバイスとその等価回路の図

図2 作製した薄膜デバイスとその等価回路

  • (a) デバイスの概念図
  • (b) デバイスの等価回路
    PCSMOとNb:STOとの接合界面に形成されるキャリア空乏層中には、電流を運ぶキャリアが存在しないため、もれ電流を遮断する絶縁体バリアとなる[(a)]。 等価回路で示すと、これは観測したい薄膜の静電容量Cfに、キャリア空乏層の静電容量Cjが直列に挿入されたことに相当する[(b)]。測定では、CfとCjを一体化した静電容量として測定し、解析によってCfの寄与のみを取り出した。
さまざまな温度における、静電容量の虚部の周波数依存性の図

図3 さまざまな温度における、静電容量の虚部の周波数依存性

a:絶縁体領域、b:金属領域と絶縁体領域の界面、c:金属領域
温度域に応じて、計3種類のピーク構造が現れている。
温度変化に応答し、温度を下げるとピークの周波数が下る(赤矢印)。これらはデバイス内における異なる電子応答を反映している。

電子応答の磁場依存性の図

図4 電子応答の磁場依存性

磁場を加えることによって、電場の変化に電子が追従できる速さ(緩和時間)が1,000倍以上増大している。これは、磁場によって絶縁体領域での電子の応答が急激に速くなっていることを示している。塗りつぶし、および白抜きはそれぞれ磁場の上昇および下降過程での結果を示す。

Top