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2013年1月28日

理化学研究所

2頭のサルが無意識的に相手と協調する現象を行動学的に確認

-向かい合ったニホンザルが自然にボタン押しを同期させる-

ポイント

  • 新たな実験手法を確立し、ヒト以外の動物でも無意識的な協調行動を示すことを発見
  • 無意識的な社会適応能力の進化とその脳機能の理解が可能に
  • 動物モデルでの詳細な脳機能計測により、自閉症や脳損傷患者への応用にも期待

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、霊長類であるニホンザルの無意識的な運動を評価する実験手法を確立し、向かい合った2匹のサルが自然に相手の行動と同期しあう現象を行動学的に確認しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)適応知性研究チームの藤井直敬チームリーダー、長坂泰勇研究員、ジーナス・チャオ(Zenas C. Chao)研究員らによる研究成果です。

私たちは普段の生活の中で、無意識に身体コミュニケーションを行っています。例えば対話中のうなずきやジェスチャーといった身体運動は、お互いに自然に同期し、コミュニケーションを円滑に進めています。つまり、ヒトの社会的な行動には、このような無意識的な行動が関与しています。一方で、ヒト以外の多くの動物も社会性を持って生活していますが、動物にもこの無意識的な協調行動が存在するのかについてはよく分かっていませんでした。そこで研究チームは、ニホンザルを用いた実験手法を確立し、この謎の解明に挑みました。

まず、3匹のサルに2つのボタンを交互に片手で押す動作(ボタン押し課題)を個別に訓練しました。次に、訓練したサルをペアにして向かい合わせ、同じボタン押し課題をさせました。その結果、課題開始直後から2匹のボタン押しの速さが同期しました。さらに、予め撮影しておいたボタン押しをするサルの映像と音声(主にボタン押しの音)を見せた場合にも、その映像に合わせるようにサルはボタン押しの速さを変化させました。また、この同期には音よりも映像のほうが重要であることも見いだしました。

今回、ヒトの社会適応能力の一端がサルにも存在していることが行動学的に明らかになりました。この実験手法は、脳の社会的機能の進化過程を理解するために行う、動物研究の共通な実験基盤としての利用が期待できます。今後、より詳細な計測により、社会適応行動に関わる脳機能の解明が期待できます。

本研究は、文部省科学研究費補助金、新学術領域研究(平成21~25年度)「ヘテロ複雑システムによるコミュニケーション理解のための神経機構の解明」からの助成を受けており、ネイチャー・パブリッシング・グループのオンラインジャーナル『Scientific Reports』(1月28日号)に掲載されます。

背景

私たちは社会生活において、さまざまな協調行動をしています。協調行動とは、社会的な場面で相手の行動や意思によって自身の行動を変化させる行為です。このような協調行動は大きく2つに分けられます。

1つは意識的なものです。例えば二人で大きな机を隣の部屋に動かすときには、机を壁にぶつけないようにしたり、相手がどちらの方向に移動しようとしているのかを考えたりする必要があります。従って、「意識的な協調行動」では、行動の最終目的や環境の認識、さらに相手の意思の予測といった高次な認知機能が必要です。

もう1つは無意識的なものです。「無意識的な協調行動」は本人に自覚がなく、意識的な協調行動のような高次な認知機能を必要としません。そのような協調行動の例として自然に沸き起こる「自発的な同期行動」が挙げられます。例えば、コンサートで観客の手拍子が自然と合ってしまったり、会話している二人のうなずきやジェスチャーなどが本人の気づくことなしに同期してしまったりすることがあります。こうした自発的な同期行動は、円滑な社会生活を営む上で欠かせないと考えられますが、まだ未解明な部分が多い状況です。

一方、ヒト以外の多くの生物もそれぞれの社会生活を営んでいます。夏の夜には川のそばでたくさんのホタルが光を同期させて求愛行動をしています。川の中では、小さな魚たちが群れをなして泳いでいますし、空を見れば鳥たちが華麗な編隊を組んで羽ばたいています。これらの生物たちの協調行動は意識的なのでしょうか、あるいは無意識的なのでしょうか?

これまで、生物の同期行動に関する研究は、自然環境での同期行動を観察する手法が主で、同期行動の質や量を実験的に検討した詳細な研究はありませんでした。そこで研究チームは、動物に自発的な同期行動があるのかを確認するため、新しい実験方法の開発に着手し、それをニホンザルに適用して、自発的な同期行動の有無について検証しました。この実験が成功すると、ヒトの社会性の進化をたどる手がかりとなるだけでなく、ヒトが持つ社会適応能力の背後にある、潜在化した、あるいはより基盤的な脳機能の解明が可能と考えました。

研究手法と成果

実験では、頭部、胸部、上肢を自由に動かせるサルが、1匹だけで個室に設置したいすに座ります。サルは、前方に設置したボタンを交互に連続して片手で押す課題(ボタン押し課題)を行います(図1A)。複数回連続して交互にボタンを押すと、褒美としてエサがもらえます。ボタンを押すときのサルの左右の手首、肘、肩の位置をモーションキャプチャー装置(マーカーの位置を光学的に読み取り、そのマーカーの3次元位置を計測する装置)で記録しました。これにより、ボタン押し動作の速さを定量的に解析できるとともに、サルがボタンを押し損ねても正確な評価が可能になりました。

実験には3匹が参加し、各個体が1試行あたり30回程度ボタンを交互に連続して押すようになったところで、その個体ごとにボタンを押すスピードを複数回記録し、その平均をそのサルの基準値としました。3匹のボタン押し課題の基準値が決まったところで、3匹のうちの2匹ずつ、計3通りのペアを向かい合わせに座らせ、ボタン押し課題を行わせました(図1B)。その結果、実験開始直後に、2匹のサルのボタン押しの速さが同期しました。例えばあるペアでは、1匹のサルは自分の基準値よりも速く、別のサルは遅くボタンを押すことで、お互いのボタンを押す速さが同じになりました。また別のペアでは、単純に互いが同じ速さになるのではなく、一方のサルが1秒間に4回(4 Hz)押し、別のサルは1秒間に1回(1 Hz)ボタンを押すように同期しました。

このように、ボタン押しの速さの変化はサルごとに異なりましたが、ボタン押しのタイミングのズレは±20ミリ秒(1ミリ秒は1000分の1秒)と非常に短いズレしか生じず(図2)、3ペアともボタン押しが同期していることが確認できました。また、一方のサルが他方のサルに合わせるのではなく、2頭のサルが共にスピードを変化させて、同期が生じていることも分かりました。個々のサルは、自分がボタンを交互に押しさえすればエサがもらえると学習しているので、向かい合わせに座っていても、相手のボタン押しを意識していないと考えられます。また過去の研究では、サルが意図的にリズムを合わせられるよう訓練するには1年以上要したという報告もあります(J Neurophysiol 102:3191-3202, 2009)。これらにより、この実験では、サルが“無意識的”に相手とボタン押しを同期したと結論付けました。

次に、ボタン押しの様子を予め記録しておいたビデオを、サルの前に設置したモニターへほぼ実物大に提示して、同様な実験を行いました(図1C)。ビデオのサルのボタン押しスピードを課題の途中で変化させたところ、3匹のサル全てが、ビデオのサルの速度変化に応じて自身のスピードを変化させました。例えば、自身のスピードが1.7 Hzでビデオのサルのスピードが4.0 Hzに変化した場合は、自身のスピードを2.0 Hzに速めて同期を維持しました。また、自身のスピードが2.0Hzの場合は、ビデオのサルのスピードが4.0 Hzに変化しても、自身のスピードは変化させずに同期を維持していました。

さらに、ビデオのサルの映像と音声(主にボタン押しの音)を実験的に操作し、ボタン押しのタイミングを統計的に数量化して同期現象の量を比較したところ、どのサルも、音声だけのときよりも映像だけの提示で2.5倍、映像と音声の両方の提示で3.5倍、同期現象の量が多いことが分かりました。これは、自発的な同期行動にとって、相手の動作の視覚的な情報が、より重要であることを示しています。

今後の期待

今回の実験方法は、動物の無意識的な協調行動を生じさせるのに適していると分かりました。また、ニホンザルが人と同じように自発的な同期行動を示すことが実験的に明らかになり、その同期は自身と相手の速さによって変化し、それには相手の視覚情報が重要であると分かりました。

今後は、ボタン押し課題遂行中のサルの脳を対象に、無意識的な協調行動を司る脳の仕組みをより詳細に調べていく予定です。これにより、私たちの社会適応能力がどのような脳の進化をたどって獲得されていったのかを知る、生物脳の進化論的な研究の発展を促すことが可能になります。また、無意識的な協調行動と意識的な協調行動のつながりが明らかにされることにより、「意識や無意識とは何か」といった哲学的あるいは心理学的な議論を、神経科学的な知見から活性化させることも期待できます。

さらに、社会的な適応行動が困難な症状の改善に役立つ可能性があります。自閉症やアルツハイマー病、統合失調症などの症状には、しばしば、相手の発した言葉を意味の理解を伴わずに反復する反響言語(エコラリア: echolalia)や、相手の動作を無意識的に模倣したりする反響動作(エコプラキシア: echopraxia)の症状が報告されており、行動的には自発的な同期行動とよく似ています。こうした症状の治療に基礎的な知見を提供するだけでなく、無意識的な同期行動の特徴である「自覚のない行動の促進」を利用して、肢体まひの症状緩和やリハビリテーションへの応用へと発展させていくことも期待できます。

原論文情報

  • Yasuo Nagasaka, Zenas C. Chao, Naomi Hasegawa, Tomonori Notoya, and Naotaka Fujii "Spontaneous synchronization of arm motion between Japanese macaques",Scientific Reports 2013, doi:10.1038/srep01151

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 心と知性への挑戦コア 適応知性研究チーム
研究員 長坂 泰勇(ながさか やすお)
チームリーダー 藤井 直敬(ふじい なおたか)

お問い合わせ先

脳科学研究推進部 企画課
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715

訓練および実験の概略図

図1 訓練および実験の概略

  • A: 訓練の様子。3匹のサルに、1匹ずつボタン押し課題を訓練した。サルは、左右に設置されたボタンを片手で交互に連続的に押すと、褒美としてエサをもらえる。
  • B: ペア実験の様子。3匹のサルを2匹ずつペアにし(計3通り)、向かい合わせに座らせて、ボタン押し課題を遂行させた。
  • C: ビデオ実験の様子。予め録画しておいたサルのボタン押し映像を、ほぼ実サイズの大きさでサルの前面に投影した。
サル同士が同期しているときのボタン押しタイミングのデータの図

図2 サル同士が同期しているときのボタン押しタイミングのデータ

  • 上段:サルTのボタン押しのタイミング
  • 中段:サルCのボタン押しのタイミング
  • 下段:サルTとCのボタン押しのタイミングの差の累積分布

この試行ではタイミングのズレは0ミリ秒を頂点として、±20ミリ秒の範囲に収まっており、サルのボタン押しのタイミングの差が極めて小さいことが分かる。

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