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2013年10月22日

理化学研究所

高度な物体認識を担う新たな脳の構造を発見

―高次視覚野はモザイク画のように構成されている―

ポイント

  • 高次視覚野に大きさの異なる2つの機能構造が階層的に存在
  • 霊長類における高度な物体認識の基盤を発見
  • ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の開発に寄与

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、高次視覚野[1]では、物体のさまざまな図形特徴を処理する小さな細胞の塊(コラム[2])が集まって、物体をカテゴリー別に処理する大きな領域を作っていることを発見しました。その構造の様子から「モザイク画構造」と名付けました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)脳統合機能研究チームの佐藤多加之テクニカルスタッフ、谷藤学チームリーダーら、及び東京大学、南カリフォルニア大学からなる研究チームの成果です。

私たちは似た物体の違いを見分けることができます。一方で、わずかな違いに囚われず同一のカテゴリーに属すると認識することもできます。例えば、車をその形や色などの違いから特徴を区別しつつ、車というカテゴリーの乗り物と認識します。研究チームは、臨機応変に物体を認識するメカニズムはどのような脳の構造を基盤としているのか、その解明に挑みました。

実験では、マカクザル[3]にさまざまな物体の画像を見せ、それぞれの画像を見たときの高次視覚野の神経細胞の反応を計測しました。その結果、図形特徴を処理するコラムと呼ばれる構造が集合し、カテゴリーを処理する領域を構成していることが分かりました。研究チームは今回発見した脳の構造を、別々の色を持つ小さなピースから構成され全体として1つの絵になっているモザイク画になぞらえ、「モザイク画構造」と名付けました。

今回の成果は、個々の物体の情報を処理する構造とカテゴリーの情報を処理する領域が、いかにして脳の限られた領域の中に効率的に配置されているかを明らかにした革新的な発見です。この成果は、医療・介護・福祉などで期待されている、視覚的に認識した物体を脳の活動を読み取って推測する技術「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」の開発において、読み取る情報によって(例えば、車か乗り物か)どのような空間分解能を持つデバイスが必要なのか、重要な示唆を与えるものです。

本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Neuroscience』オンライン版(10月16日付け:日本時間10月17日)に掲載されました。

背景

私たちは普段の生活の中で、物体・風景・生物など目に映るさまざまな像を認識しています。例えば、顔の画像を見たとき、目や鼻などの形や毛の生え方などからそれがヒトの顔かサルの顔かを簡単に識別することができます。一方で種の違いに囚われず顔といった大きなカテゴリーで捉えることによって、顔以外の物体像と見分けることができます。このような高度な物体認識のメカニズムは、どのような脳の構造を基盤としているか、詳しく調べられていませんでした。

過去の研究から、物体の細かな図形特徴は高次視覚野に存在する直径0.5mm程のコラムという構造によって処理されていること、カテゴリー情報は同じ高次視覚野に存在する直径5mm程の領域によって処理されていることが分かっていました。しかし、これら大きさの違う2つの構造が同じ高次視覚野でどのように配置されているかについては謎のままでした。研究チームは、マカクザルにさまざまな画像を見せ、その時の高次視覚野の活動を調べることで、その謎の解明に挑みました。

研究手法と成果

研究チームは、顔、動物の体、食べ物など、さまざまなカテゴリーの画像をマカクザルに見せ、高次視覚野内の多数の部位の神経細胞の電気的活動を記録しました。その結果、電気的活動の大きさと反応性は、それぞれの画像や記録部位により異なりました。そこで、画像に対する反応性を基準にして記録部位をグループ分けしたところ、似た反応性を示す記録部位は近くに集まり集団を形成していました(図1)。それらの集団は、「顔」や「動物の体」といった大きなカテゴリーに反応し、直径が約5mmであることから、カテゴリーを処理する領域であると考えられます。

本研究ではさらに踏み込んで、領域に含まれる記録部位の反応性を詳細に調べました。その結果、それぞれの記録部位は「サルの顔」と「ヒトの顔」を区別する図形特徴を処理していることが分かりました。つまり、領域内の各記録部位は、大きなカテゴリーに対しては共通の反応を示すものの、それぞれ異なる図形特徴に反応することが分かりました(図2)。各記録部位は、直径が約0.5mmであったことから以前に報告のあったコラムに相当すると考えられます。

以上の結果から、高次視覚野は、図形特徴を処理する小さなコラムとカテゴリーを処理する大きな領域という、大きさの異なる2つの機能構造が同一平面上に重なりあって存在していることが分かりました。発見した脳の構造の様子は、あたかもモザイク画のように見えることから、研究チームはこの構造を「モザイク画構造」と名付けました(図3)。

今後の期待

本研究によって私たちが持つ高度な物体認識を担うメカニズムは、今回発見した階層的なモザイク画構造が基盤となっている可能性が示されました。

現在、医療・介護・福祉などで「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)技術」が注目されています。BMI技術は、外部の機器と脳を接続する技術のことで、脳の意図を読み取り、考えただけでさまざまなデバイスの操作を可能にするコミュニケーション技術です。この技術を用いることで、事故や病気によって失われた運動機能や、認知感覚機能などを再建し、代償することが可能だと期待されています。今後、今回発見した階層的な処理メカニズムに倣うことで、より優れたBMIの開発が可能になると期待できます。

原論文情報

  • Takayuki Sato, Go Uchida, Mark D. Lescroart, Jun Kitazono, Masato Okada, and Manabu Tanifuji. "Object representation in inferior temporal cortex is organized hierarchically in a mosaic-like structure".
    The Journal of Neuroscience, 2013, doi: 10.1523/JNEUROSCI.5557-12.2013

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 脳統合機能研究チーム
テクニカルスタッフ 佐藤 多加之 (さとう たかゆき)
チームリーダー 谷藤 学 (たにふじ まなぶ)

お問い合わせ先

脳科学研究推進室
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.高次視覚野
    目から入った視覚情報は、物体像の輪郭の抽出などが行われる大脳皮質の初期視覚野に伝えられる。初期視覚野を経由した視覚情報は、高次視覚野において色の処理や物体像に含まれる図形特徴の検出などより高度な処理が行われる。
  • 2.コラム
    大脳皮質では似た反応性を持った神経細胞が直径0.5mm高さ2mmの円柱状の領域に集まり、コラムという機能単位を形成している。
  • 3.マカクザル
    ニホンザル・アカゲザルなどを含む霊長類の一種。広くアジアに分布する。
神経活動の記録部位と反応性に基づいたグループ分けの図

図1 神経活動の記録部位と反応性に基づいたグループ分け

高次視覚野の広い領域から神経細胞の電気的な活動を記録し、視覚刺激に対する反応性から記録部位はいくつかのグループに分けられた(記録部位の色で示す)。黒い点は神経活動の記録部位を、付随するアルファベットは記録部位の名前を表す。縦軸・横軸は記録部位の相対的な位置を表す(単位はmm)。下段は3つのグループのよく反応する物体像とあまり反応しない物体像を表す。例えば、赤のグループは顔によく反応することが分かる。

神経細胞の反応性の例の図

図2 神経細胞の反応性の例

顔カテゴリーを処理する領域内の記録部位で計測された神経細胞の電気的活動の反応性の例。どちらの記録部位でも顔以外のカテゴリーに比べて顔カテゴリーの刺激に対して強い反応を示した。顔カテゴリーをより細かく見てみると、左の例ではヒト顔に比べてサル顔の方がより強い反応を示したが、右の例ではヒト顔の方がサル顔よりも強い反応を示した。横軸は視覚刺激のカテゴリーを、縦軸は神経細胞の電気的活動の大きさを表す。

モザイク画構造の模式図の画像

図3 モザイク画構造の模式図

「サルの顔」と「ヒトの顔」を区別する図形特徴を処理するコラムと「顔」や「動物の体」といった大きなカテゴリーを処理する領域が階層的に重ね合わさった「モザイク画構造」が、高次視覚野で見つかった。

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