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2013年11月14日

独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京大学
慶應義塾大学先端生命科学研究所
独立行政法人科学技術振興機構

腸内細菌が作る酪酸が制御性T細胞への分化誘導のカギ

-炎症性腸疾患の病態解明や新たな治療法の開発に期待-

ポイント

  • 食物繊維が多い食事を摂ると酪酸が増加
  • 酪酸が制御性T細胞への分化誘導に重要なFoxp3遺伝子の発現を高める
  • 酪酸により分化誘導された制御性T細胞が大腸炎を抑制

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)、東京大学(濱田純一総長)、慶應義塾大学先端生命科学研究所(冨田勝所長)は、腸内細菌が作る酪酸[1]が体内に取り込まれて免疫系に作用し、制御性T細胞[2]いう炎症やアレルギーなどを抑える免疫細胞を増やす働きがあることを明らかにしました。これは、理研統合生命医科学研究センター(小安重夫センター長代行)粘膜システム研究グループの大野博司グループディレクター、東京大学医科学研究所(清野宏所長)の長谷耕二特任教授(JSTさきがけ研究者)、慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任准教授を中心とする共同研究グループ[3]による成果です。

ヒトの腸管には500~1,000種類、100兆個以上の腸内細菌が生息し、この腸内細菌が消化液では分解できない食物繊維などを微生物発酵(腸内発酵)により代謝し、有用な代謝産物に作り替える働きをしています。こうした代謝産物は腸管粘膜でエネルギー源として使われるほか、腸の収縮運動を高める働きをしています。これまである種の腸内細菌に炎症やアレルギーを抑える効果があることが知られていましたが、そのメカニズムは分かっていませんでした。

今回、共同研究グループはマウスに食物繊維が多い食事(高繊維食)を与えると、制御性T細胞への分化誘導が起こることを発見しました。高繊維食を与えたマウスでは低繊維食を与えたマウスに比べて腸内細菌の活動が高まっており、代謝産物のひとつである酪酸の生産量が多くなっていました。さらに、この酪酸が制御性T細胞への分化誘導に重要なFoxp3遺伝子[4]の発現を高めていることも明らかになりました。

つまり、食物繊維の多い食事を摂ることで腸内細菌の活動が高まり、その結果多量の酪酸が作られ、この酪酸が炎症抑制作用のある制御性T細胞を増やしていると考えられます。実際に大腸炎を起こす処置をしたマウスに酪酸を与えたところ、制御性T細胞が増え、大腸炎が抑制されました。

クローン病や潰瘍性大腸炎など炎症性腸疾患[5]の患者の腸内でも、酪酸を作る腸内細菌が少ないことが知られています。今回の発見は、腸内細菌が作る酪酸には炎症性腸疾患の発症を防ぐ役割があることを示しており、病態の解明や新たな治療法の開発に役立つと期待できます。本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけとして行われました。本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』に掲載されるに先立ち、オンライン版(11月13日付:日本時間11月14日)に掲載されます。

背景

ヒトの腸管にはおよそ500~1,000種類、100兆個以上の腸内細菌が生息しています。特に大腸は、腸内細菌の増殖に非常に適した環境であり、ビフィズス菌などの腸内細菌が糞便1 gあたり約1,000億個も生息しています。腸内細菌群は互いに影響し合いながら一定の細菌数バランスを保つことで、腸内細菌叢(腸内フローラ)[6]を形成し、食物繊維などを栄養源として発酵分解することで、低分子の代謝産物を産生しています。腸内細菌の代謝産物は、腸上皮細胞のエネルギー源となることや、腸のバリア機能を高める効果があることが知られています。

近年、腸内細菌が存在しない無菌動物や、抗生物質の投与で腸内フローラのバランスを崩した動物を用いた研究から、腸内フローラが免疫系の成熟やその機能維持に寄与していることが報告されています。例えば、無菌状態で飼育したマウス(無菌マウス)では、腸管で免疫系の発達が悪く、関係する腸管関連リンパ組織(パイエル板や孤立リンパ小節)が非常に小さく、数も少ないことが知られています。また、粘膜の主要抗体である免疫グロブリンA(IgA)を作る形質細胞や、制御性T細胞の数も無菌環境では非常に減少しています。これら一連の異常はいずれも、無菌マウスに通常マウス由来のバランスのとれた腸内フローラを定着させることで正常に回復し、免疫系が機能するようになります。しかし、腸内フローラが腸管内で免疫系を調節する分子メカニズムについては不明でした。

研究手法と成果

腸内細菌の一種であるクロストリジウム目[7]に属する細菌群が大腸の制御性T細胞を増やすことが最近明らかにされました。そこで、共同研究グループは、クロストリジウム目の細菌群を無菌マウスに定着させたノトバイオートマウス[8]を作製し、腸内細菌が制御性T細胞を増やすメカニズムを詳しく調べました。クロストリジウム目細菌は、大腸内で制御性T細胞の数を増やすだけでなく、盛んな腸内発酵によりさまざまな代謝産物を作り出すことが知られています。そこで、腸内発酵が制御性T細胞の数の増減にどのような影響を与えるのか調べました。クロストリジウム目細菌群定着マウスを、細菌の栄養源である食物繊維を多く含む食事を与えたマウス(高繊維食群)と、繊維をほとんど含まない食事を与えたマウス(低繊維食群)の2群に分けてその影響を調べたところ、高繊維食群でのみ制御性T細胞の増加が観察されました。この結果から、腸内発酵で作られる代謝産物が制御性T細胞への分化誘導に重要であることが分かりました。

腸内細菌は多種多様な代謝産物を作っています。その中でどの代謝産物が制御性T細胞の数を増加させているのかを特定するために、マウスの盲腸に含まれる代謝産物を、メタボローム解析と呼ばれる手法で網羅的に調べました。その結果、短鎖脂肪酸やアミノ酸などが高繊維食群で上昇していることが分かりました(図1)。

次に、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸を未熟なT細胞の培養液に添加し、制御性T細胞への分化誘導活性を調べました。その結果、酪酸に顕著な誘導活性が認められました(図2)。一方、アミノ酸にはこのような効果はありませんでした。

さらに、大腸の酪酸濃度を高める効果がある酪酸化でんぷんを離乳したばかりのマウスに食べさせたところ、食べていないマウスに比べて、大腸の制御性T細胞の割合が約2倍に増加しました(図3)。また、大腸炎を起こす処置をしたマウスに酪酸化でんぷんを与えたところ、与えていないマウスに比べて、制御性T細胞の数が1.5~2倍に増加し、大腸炎の症状が抑制されました(図4)。

最後に、酪酸がどのように未成熟なT細胞を制御性T細胞へと分化誘導しているかを調べました(図5)。酪酸には、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害作用があることが知られています。DNAは細胞の核内でヒストンというタンパク質に巻き付いており、このヒストンに付く「目印」の有無が遺伝子発現のオン・オフを制御しています。ヒストン脱アセチル化酵素は、アセチル基という目印を除去する酵素ですが、酪酸によりこの酵素が阻害されると、逆にヒストンのアセチル化[9]が促進されます。その結果、DNAがヒストンに巻き付く強さが緩まり、遺伝子の発現がオンに切り替わりやすくなります。そこで、酪酸を未成熟なT細胞の培養液に加える実験を行いました。その結果、未成熟なT細胞のDNAのうち、制御性T細胞への分化誘導に重要なFoxp3遺伝子領域のヒストンのアセチル化が促進されて、遺伝子の発現がオンに切り替わることで制御性T細胞へと分化することが分かりました。このようにヒストンの「目印」の有無によって遺伝子発現のオン・オフが調節され、DNAの塩基配列に変化を起こさない現象は、エピジェネティクス制御と呼ばれています。つまり、腸内細菌が生産した酪酸が、T細胞のエピジェネティクス制御を介して制御性T細胞への分化を誘導していることが示されました(図6)。

今後の期待

難治性疾患である炎症性腸疾患(クローン病や潰瘍性大腸炎)は消化管の慢性炎症であり、その完全な発症メカニズムや発症原因は不明です。近年の食生活の欧米化に伴って日本人の患者数は毎年増加しており、根本的な治療方法が望まれています。炎症性腸疾患の患者の腸内フローラには異常が認められますが、特に酪酸を作る細菌の割合の低下が顕著です。また、酪酸の生体内への取り込みが障害されることも報告されています。炎症性腸疾患における酪酸生産や取り込み低下の意義はよく分かっていませんでしたが、今回の研究により、酪酸が制御性T細胞への分化を誘導し、腸管の炎症を防ぐ重要な因子であることが分かりました。この成果は、炎症性腸疾患の発症メカニズムの解明に寄与するとともに、その治療法の開発にも役立つと期待できます。

なお、本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「エピジェネティクスの制御と生命機能」(研究総括:向井常博)における研究課題「腸内共生系におけるエピジェネティックな免疫修飾」(研究者:長谷耕二)として行われました。

原論文情報

  • *Furusawa, Y., *Obata, Y., *Fukuda, S., Endo, T. A., Nakato, G., Takahashi, D., Nakanishi, Y., Uetake, C., Kato, K., Kato, T., Takahashi, M., Fukuda, N.N., Murakami, S., Miyauchi, E., Hino, S., Atarashi, K., Onawa, S., Fujimura, Y., Lockett, T., Clarke, J.M., Topping, D.L., Tomita, M., Hori, S., Ohara, O., Morita, T., Koseki, H., Kikuchi, J., Honda, K., *Hase, K. ,Ohno, H.
    Commensal microbe-derived butyrate induces colonic regulatory T cells.
    Nature 10.1038/nature12721. 2013. *Contributed equally to this work. † Corresponding authors.

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 粘膜システム研究グループ
グループディレクター 大野 博司 (おおの ひろし)

国立大学法人東京大学医科学研究所
国際粘膜ワクチン研究センター 粘膜バリア学分野
長谷 耕二 (はせ こうじ)

慶應義塾大学先端生命科学研究所
福田 真嗣 (ふくだ しんじ)

お問い合わせ先

統合生命医科学研究推進室
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

慶應義塾大学先端生命科学研究所 渉外担当 塩澤・土屋
Tel: 0235-29-0802 / Fax: 0235-29-0809

独立行政法人科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404 / Fax: 03-5214-8432

補足説明

  • 1.酪酸
    酪酸の化学式の図
    腸内細菌による微生物発酵によって腸管内で産生される主要な最終代謝産物である短鎖脂肪酸のひとつ。ヒト大腸の内腔における短鎖脂肪酸の濃度は100 mM(ミリモーラー)にもなり、そのうち酪酸は10~15 mM程度。酪酸を含む短鎖脂肪酸は大腸上皮細胞のエネルギー源として利用される。酪酸はおならの成分のひとつであり強烈な異臭を発する。銀杏の悪臭の原因物質でもある。
  • 2.制御性T細胞
    炎症やアレルギーの発端となる過度の免疫応答を抑制するT細胞亜集団。Foxp3というマスター転写因子を発現する。一般にT細胞は免疫系の司令塔として免疫活性化に働くが、制御性T細胞は他のT細胞の働きを抑制性に制御することにより(この働きが制御性T細胞の名前の由来である)、過剰なT細胞の働きを抑えることで、炎症の収束や自己免疫疾患発症抑制に重要である。制御性T細胞への細胞分化はエピジェネティックスに制御されている。
  • 3.共同研究グループ
    理化学研究所統合生命医科学研究センター(大野博司、遠藤高帆、中藤学、高橋大輔、上武稚可子、加藤恵子、加藤完、高橋ますみ、宮内栄二、新幸二、大縄悟、堀昌平、小原收、古関明彦、本田賢也)、東京大学医科学研究所(長谷耕二、古澤之裕、尾畑佑樹、藤村由美子)、慶應義塾大学先端生命科学研究所(福田真嗣、中西裕美子、福田紀子、村上慎之介、冨田勝)のほか、理化学研究所環境資源科学研究センター(菊地淳)、オーストラリアCSIRO Food and Nutritional Sciences(Trevor Lockett, Julie M. Clarke, David L. Topping)、静岡大学農学部(日野慎吾、森田達也)の研究者各氏。
  • 4.Foxp3遺伝子
    未成熟なT細胞を制御性T細胞へと分化させるために必須の転写因子Foxp3をコードする遺伝子。
  • 5.炎症性腸疾患
    主としてクローン病と潰瘍性腸疾患に分けられ、どちらも厚生労働省より特定疾患に指定されている。2011年時点の患者数は、クローン病が約3万5千人、潰瘍性大腸炎が約13万4千人であり、年々増加している(出典:難病情報センターホームページ)。クローン病は主として口腔から肛門までの全消化管に、非連続性の慢性炎症を生じる原因不明の疾患である。根治することはなく、発症機序は正確には解明されていない。遺伝的な素因、免疫系の異常の他、腸内の細菌叢、食習慣が複合的に関与している。一方、潰瘍性大腸炎は、若年者に好発する炎症性腸疾患であり、持続性または反復性の下痢、下血、発熱、腹痛を主症状とし、粘血便を呈する。潰瘍性大腸炎の病変は直腸から連続性に存在するが、基本的に大腸に限局する。
  • 6.腸内細菌叢(腸内フローラ)
    ヒトをはじめとする動物の腸内には膨大な数の細菌群が生息しており、これらの細菌群を総称して腸内細菌叢(腸内フローラ)と呼ぶ。
  • 7.クロストリジウム目細菌群
    真正細菌の分類のひとつ。クロストリジウム目(Clostridiales)は偏性嫌気性のグラム陽性桿菌の分類のひとつであり、腸内細菌によく見られる細菌群である。
  • 8.ノトバイオートマウス
    無菌マウスに既知の微生物を定着させたマウス。無菌マウスは、帝王切開により子宮内から無菌的にマウス胎児を取り出し、無菌アイソレーターという特殊な飼育装置で飼育することで、皮膚や腸内などに通常存在する細菌群が全く存在しない。持っている微生物叢が全て知られている動物と定義される。
  • 9.ヒストンのアセチル化
    DNA結合タンパク質であるヒストンがヒストンアセチル化酵素によりアセチル化されると、DNAとの結合が一部弱くなり、転写因子がDNAに結合しやすくなる。結果として、一般的にその領域に存在する遺伝子の転写が活性化される。すなわち、ヒストンアセチル化は遺伝子の転写調節を制御するメカニズムのひとつである。
盲腸内容物に含まれる代謝産物のメタボローム解析の図

図1 盲腸内容物に含まれる代謝産物のメタボローム解析

  • 左図:無菌マウス、低繊維食群、高繊維食群の盲腸内容物から代謝産物を抽出し、メタボローム解析により網羅的に計測したのち、主成分分析を行った結果。個々のマウスの盲腸内代謝産物の特徴を二次元座標上にプロットしており、試験群ごとに代謝産物の特徴が類似していることがわかる。
  • 右図:マウス盲腸内に多く存在する代謝物の二次元座標上へのプロット図。左図と位置関係が対応しており、無菌マウスの盲腸内では糖質が多く、高繊維食群では糖質を代謝して作られる酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸やアミノ酸量が多いことがわかる。
短鎖脂肪酸処理による制御性T細胞への分化誘導の図

図2 短鎖脂肪酸処理による制御性T細胞への分化誘導

未成熟なT細胞を制御性T細胞に必要な分子(TGF-βおよびIL-2)存在下で、短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)で処理したところ、酪酸が最も強く制御性T細胞への分化を誘導した。Foxp3+細胞は制御性T細胞であることを示すマーカーである。

酪酸化でんぷんをマウスに与えた実験結果図

図3 酪酸化でんぷんをマウスに与えた実験結果

離乳したばかりのマウスを酪酸化でんぷん入りの飼料(酪酸化でんぷん群)で4週間飼育すると、通常の合成飼料を与えたマウス(対照群)に比べて制御性T細胞の割合が約2倍に増加した。Neuropilin1−Foxp3+は誘導された制御性T細胞を示すマーカーである。

酪酸化でんぷん摂取による大腸炎抑制の図

図4 酪酸化でんぷん摂取による大腸炎抑制

大腸炎を起こす処置をしたマウスに通常のでんぷん(対照群)または酪酸化でんぷん(酪酸化でんぷん群)を摂取させた後の大腸の病理組織像。酪酸化でんぷん群では大腸粘膜の炎症性細胞(緑色)が抑制されていることが分かる。白線はスケールバー: 200 µm(マイクロメートル)。

酪酸の制御性T細胞への分化誘導の図

図5 酪酸の制御性T細胞への分化誘導

  • 上段:酪酸無処理培養。未成熟なT細胞は、ヒストン脱アセチル化酵素の作用により、Foxp3遺伝子領域のヒストンのアセチル基が除去される。その結果、Foxp3遺伝子の発現はオフのままとなり、制御性T細胞への分化が抑制される。
  • 下段:酪酸処理培養。未成熟なT細胞は、酪酸によりヒストン脱アセチル化酵素の活性が抑制されるため、ヒストンのアセチル化が進む。その結果、Foxp3遺伝子の発現がオンに切り替わり、制御性T細胞への分化が促進される。
腸内細菌が生産する酪酸による制御性T細胞誘導メカニズムの図

図6 腸内細菌が生産する酪酸による制御性T細胞誘導メカニズム

腸内細菌によって生産された酪酸の一部が、未成熟T細胞のFoxp3遺伝子領域のヒストンアセチル化を促進し、Foxp3遺伝子の発現がオンに切り替わる。この作用により制御性T細胞への分化が促進され、腸管の炎症が抑制される。

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