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2015年8月26日

理化学研究所
横浜市立大学大学院

人工的に設計したタンパク質による金属ナノ結晶の生成

-バイオミネラリゼーションを利用したタンパク質の新素材-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター構造バイオインフォマティクス研究チームのケム・ツァンチームリーダー、アルノウト・ヴット国際特別研究員と、横浜市立大学大学院生命医科学研究科のジェレミー・テイム教授らの共同研究グループは、金属と結合するピザ型タンパク質[1]を設計し、規則正しく配列した7個のカドミウムイオンと12個の塩化物イオンから成る世界最小のナノ結晶[2]を作ることに成功しました。

生物が体の内外に鉱物(ミネラル)を作り出すことをバイオミネラリゼーション[3]と呼びます。リン酸カルシウムによる歯や骨、炭酸カルシウムによる貝殻の形成がその例です。近年、バイオミネラリゼーションを模倣することで、ナノスケール(1nmは100万分の1mm)の部品を人工的に合成する試みが進められていますが、タンパク質がどのようにバイオミネラルを形成するかについてはまだ不明な点が多く残されています。

研究グループは2014年に自然界には存在しない完全6回回転対称型構造を持つ「ピザ型タンパク質」を設計し、作製に成功しました。これはタンパク質が自己組織化する性質を利用したもので、予測通りの立体構造を持つタンパク質が実際に作製できたことは、バイオミネラリゼーションによるナノスケール部品の合成の実現にとって大きな意味があります。

今回、ピザ型タンパク質の変種として、金属と結合する性質を持つタンパク質を設計しました。このタンパク質は「ピザ2切れ分」の大きさしかありませんが、塩化カドミウムの添加により3量体を形成し、「1枚のピザ」になることができます。X線結晶構造解析[4]の結果、2つの3量体(2枚の“ピザ”)に挟まれて7個のカドミウムイオンと12個の塩化物イオンが規則正しく配置したナノ結晶が形成されていることが分かりました。このナノ結晶は幅1.3nm×1.2nm、厚さ0.7nmのナット状の形をしており、これまで報告された中で最小のナノ結晶です。これらの結果は、適切な金属結合部位を持つタンパク質を設計することで、金属イオンの有無でタンパク質の自己組織化を制御したり、タンパク質による金属ナノ結晶の作製が可能であることを示します。今後、バイオミネラリゼーションのメカニズムの解明や、タンパク質をナノスケール部品として用いる医薬品やバイオセンサーなどの開発への応用が期待できます。

本研究は、ドイツの科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』(7月1日付け)に掲載されました。

※共同研究チーム

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
構造バイオインフォマティクス研究チーム
チームリーダー Kam Y. J. Zhang(ケム・ツァン)
国際特別研究員 Arnout R. D. Voet(アルノウト・ヴット)

横浜市立大学大学院
生命医科学研究科生命医科学専攻 構造創薬科学研究室
教授 Jeremy R.H. Tame(ジェレミー・テイム)
大学院生 野口 大貴 (のぐち ひろき)
特任助教 Christine Addy(クリスティーン・アディ)

背景

タンパク質はさまざまな生命活動を担い、タンパク質の機能と構造は互いに密接に関連しています。特定の構造を持つタンパク質を自由に設計することができれば、新たな機能を持つタンパク質や、ナノスケールの部品としてタンパク質を利用するなど、さまざまな応用が考えられます。

生物はしばしば、カルシウムなどの金属イオンを生体材料として用いるバイオミネラリゼーションを行います。リン酸カルシウムの歯や骨、炭酸カルシウムの貝殻などがそれにあたります。バイオミネラリゼーションでは、タンパク質の働きにより微小な無機結晶が形成され、複雑な微細構造が組み立てられます。バイオミネラリゼーションを模倣することで、ナノスケール部品を人工的に合成する試みが進められていますが、タンパク質がどのようにバイオミネラルを形成するかについてはまだ不明な点が多く残されています。

研究グループは2014年に6つの完全に同じドメイン[5]構造を持つタンパク質を設計し、これらのドメインが自己組織化により合体して全体として完全6回回転対称型構造の「ピザ型タンパク質(形状がイタリア料理のピザに似ているためこう呼ぶ)」の作製に成功しました(図1)。完全対称型のタンパク質をブロックのように積み上げることで、より大きく複雑な構造も設計できる可能性があり、ピザ型タンパク質はナノスケール部品として有望です。今回、さらに、ピザ型構造の形成の鍵となるタンパク質の自己組織化を金属イオンの添加で制御することを試みました。これが実現すれば、タンパク質に金属を組み込むことで構造の強化や安定性の向上が期待できます。また、組立てや分解が容易に操作できるナノスケール部品の実現につながります。

研究手法と成果

2014年に作製したピザ型タンパク質(Pizza6)は42個のアミノ酸からなるドメインを6つ持ち、これらのドメインが自己組織化することで安定なピザ型構造をとります。一方、ドメインが2つしかないタンパク質(Pizza2)も、自己組織化により3量体を形成して「1枚のピザ」を作ることができます。そこで、この自己組織化を促進する領域を削除し、さらにピザの中心に位置するアミノ酸を金属と結合する性質を持つアミノ酸(ヒスチジン[6])に変えた新しいタンパク質「nvPizza2-S16H58」を設計し、遺伝子組換えにより大腸菌で発現させました(図2)。

nvPizza2-S16H58は溶液中で単量体と3量体の平衡状態[7]にありますが、塩化カドミウム(カドミウムは原子番号48の金属元素)の添加により3量体の比率が大きく高まりました。この条件で結晶化させて、理研の大型放射光施設「SPring-8」でX線結晶構造解析を行ったところ、nvPizza2-S16H58の3量体は3回回転対称型構造を持ち、オリジナルのピザ型タンパク質(Pizza6)と基本的に同じ形をしていました。また塩化カドミウムは、向かい合った2つの3量体に挟まれて存在しており、7個のカドミウムイオンと12個の塩化物イオンが規則正しく配置したナノ結晶を形成していることが分かりました(図3)。19個の原子から成るナノ結晶は、これまで報告された中で最小です。これらの結果は、nvPizza2-S16H58の自己組織化が塩化カドミウムにより促進され、3量体となったタンパク質が塩化カドミウムのナノ結晶を形成するバイオミネラリゼーションを行うことを示します。

今後の期待

タンパク質による人工的な金属ナノ結晶の作成は、生物が行うバイオミネラリゼーションのメカニズムを解明する手がかりとなります。また、金属イオンの添加という簡単な方法でタンパク質の自己組織化を制御できることを実証したことで、理論的に設計された対称型タンパク質をナノスケール部品として用い、医薬品やバイオセンサーなどの開発に応用するナノバイオテクノロジーへの貢献が期待できます。

原論文情報

  • Arnout R. D. Voet, Hiroki Noguchi, Christine Addy, Kam Y. J. Zhang, and Jeremy R. H. Tame, "Biomineralization of a Cadmium Chloride Nanocrystal by a Designed Symmetrical Protein", Angewandte Chemie International Edition, 10.1002/anie.201503575.

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 構造・合成生物学部門 構造生物学グループ 構造バイオインフォマティクス研究チーム
チームリーダー Kam Zhang(ケム・ツァン)
国際特別研究員 Arnout R. D. Voet(アルノウト・ヴット)

ケム・ツァン チームリーダーとアルノウト・ヴット国際特別研究員の写真 ケム・ツァン(左)とアルノウト・ヴット

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦(やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

横浜市立大学 研究推進課
課長 竹内 紀充(たけうち のりみち)
Tel: 045-787-2019
sangaku[at]yokohama-cu.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.ピザ型タンパク質
    研究グループが2014年に設計・製造した、プロペラ型ファミリーと呼ばれるグループに属するタンパク質。完全6回回転対称型の構造を持ち、イタリア料理のピザに似ていることから、「ピザ型」と名付けた。
  • 2.ナノ結晶
    大きさが100ナノメートル(nm)より小さく、結晶構造をとる原子で構成された粒子。
  • 3.バイオミネラリゼーション
    生物による鉱物形成作用。炭酸カルシウムを主成分とする貝殻や、リン酸カルシウムの一種であるハイドロキシアパタイトを主成分とする骨などがバイオミネラルの例。また細菌には、鉄分を取り込んで磁気を持つ結晶を合成するものもいる。
  • 4.X線結晶構造解析法
    タンパク質の結晶を作製し、その結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することにより、タンパク質の内部の原子の立体的な配置を調べる方法。この方法によって、タンパク質のかたち(立体構造)や内部構造を知ることができる。
  • 5.ドメイン
    タンパク質を構成する構造単位の1つ。連続したアミノ酸がまとまりのある立体構造をとり、特定の機能を担う場合が多い。タンパク質は一般的に複数のドメインを持つ。
  • 6.ヒスチジン
    タンパク質を構成する塩基性アミノ酸の1つであり、このアミノ酸により金属と結合をするタンパク質が多数報告されている。
  • 7.平衡状態
    可逆的に進む反応が、釣り合って安定している状態。ここでは、溶液中におけるnvPizza2-S16H58の集合と乖離が釣り合って、見かけ上単量体と3量体の比が一定していること。
2014年に作製したピザ型人工タンパク質の構造の図

図1 2014年に作製したピザ型人工タンパク質の構造

参考)2014年10月8日プレスリリース
世界初!ピザ型人工タンパク質の設計・製造に成功しました

3量体を形成するピザ型タンパク質Pizza2の構造の図

図2 3量体を形成するピザ型タンパク質Pizza2の構造

  • A: ピザ2切れ分のタンパク質が自己組織化により3量体を形成し、完全な3回回転対称型を形成する。3つのタンパク質を色分けして表示した。
  • B: 自己組織化に関わるN末側のアミノ酸を削除したPizza2のバリエーションの1つnvPizza2。
  • C: Bをさらに改変し、ピザの中央に向き合う部分にヒスチジンを導入したnvPizza2-S16H58。
ピザ型タンパク質に挟まれた塩化カドミウムのナノ結晶の図

図3 ピザ型タンパク質に挟まれた塩化カドミウムのナノ結晶

  • A: 2つの向かい合った三量体nvPizza2-S16H58をそれぞれ黄色とピンクのリボンモデルで示す。
  • B: ナノ結晶の拡大図。ヒスチジン(H)を介して塩化カドミウムが結合している。カドミウムイオンを赤、塩化物イオンを緑で表示した。Hの後の数字はnvPizza2-S16H58中でのヒスチジンの位置を示す。
  • C: ナノ結晶をナット状に見立てた場合の大きさ(正確な形状はこのような六角柱構造とは異なる)。

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