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2015年10月22日

理化学研究所

閉塞性動脈硬化症に関わる3つの遺伝子領域を発見

-発症メカニズムの解明から臨床応用に向けて-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター循環器疾患研究グループの田中敏博グループディレクター、尾崎浩一上級研究員らの共同研究グループは、閉塞性動脈硬化症(PAD: Peripheral Artery Disease)の発症に関わる新たな3つの遺伝子領域を発見しました。

PADは、特に下肢の血管が慢性的に閉塞する疾患であり、高齢者における罹患率が10%近くと言われています。また、重症の場合には下肢が壊死することもあります。PADの発症には遺伝的要因が関与することは知られていましたが、これまでにPADの発症に直接関連する遺伝子は分かっていませんでした。今回、共同研究グループは一塩基多型(SNP)[1]を用いたPADにおけるゲノムワイド関連解析(GWAS)[2]を通してPADの発症に関わる遺伝子の同定を試みました。

共同研究グループは、まず日本人PAD患者785人、非患者3,383人を対象にヒトゲノム全体をカバーする約43万個のSNPを用いたGWASを行いました。次にこのGWASの結果から上位500個のSNPについてサンプル数を増やし、患者3,164人、非患者20,134人で検証した結果、確かな統計学的有意性を示す3つのSNP (IPO5/RAP2A、EDNRA、HDAC9遺伝子領域)を同定しました。最も強い関連を示した第13番染色体上のIPO5/RAP2A遺伝子領域については詳細な遺伝的地図を作製することにより、原因となりうるSNP群を割り出し、その中の1つのSNPがリスク型[3]の時、IPO5遺伝子の発現が減少することも発見しました。

本研究は、PADの発症に関わる遺伝子領域を世界で初めて同定したものであり、今後、詳細な解析を行うことによりPADの早期診断、治療法の開発につながると考えられます。

この成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLOS ONE』(10月21日付け:日本時間10月22日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 統合生命医科学研究センター
循環器疾患研究グループ
グループディレクター 田中 敏博(たなか としひろ)
上級研究員 尾崎 浩一(おざき こういち)
客員研究員 尾内 善広(おのうち よしひろ)
研修生 松倉 満(まつくら みつる)
統計解析研究チーム
客員研究員 高橋 篤(たかはし あつし)
医科学数理研究グループ
グループディレクター 角田 達彦(つのだ たつひこ)
テクニカルスタッフⅠ 森園 隆(もりぞの たかし)
統合生命医科学研究センター
副センター長 久保 充明(くぼ みちあき)

関西医科大学 滝井病院 末梢血管外科
教授 駒井 宏好(こまい ひろよし)

国際医療福祉大学 臨床医学研究センター
教授 重松 宏(しげまつ ひろし)

東京医科歯科大学 末梢血管外科
准教授 井上 芳徳(いのうえ よしのり)
講師 工藤 敏文(くどう としふみ)

間中病院
外科部長 木村 秀生(きむら ひでお)

東京都多摩総合医療センター 血管外科
医長 保坂 晃弘(ほさか あきひろ)

山王メディカルセンター
血管病センター長 宮田 哲郎(みやた てつろう)

東京大学 腫瘍外科・血管外科
教授 渡邉 聡明(わたなべ そうめい)
講師 重松 邦広(しげまつ くにひろ)

背景

閉塞性動脈硬化症 (PAD)は進行性の動脈硬化により、下肢の血管が慢性的に閉塞する疾患で、高齢者における罹患率が10%近くと言われています。また、重症の場合には下肢の壊死に至ることもあり、早期の診断が治療の鍵となっています。PADのリスク要因としては他の動脈硬化性疾患と同様に、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙などが挙げられますが、遺伝的要因が独立に関係することも疫学的に証明されています注)

これまでにPADの遺伝的要因について大規模に検索された例はなく、PADの発症に関わる遺伝子の同定には至っていませんでした。本研究ではPADの遺伝的要因の同定からPAD発症機構の解明やエビデンス(証拠や検証結果)に基づく疾患の予防、予知、治療法の開発を目的として、全ゲノムに存在する一塩基多型 (SNP)を用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)を用いてPADの発症に関わる遺伝子の同定を試みました。

注)

  • 1.Wahlgren CM, Magnusson PK. Genetic influences on peripheral arterial disease in a twin population. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2011; 31: 678-682.
  • 2.Carmelli D, Fabsitz RR, Swan GE, Reed T, Miller B, Wolf PA. Contribution of genetic and environmental influences to ankle-brachial blood pressure index in the NHLBI Twin Study. National Heart, Lung, and Blood Institute. Am J Epidemiol. 2000; 151: 452-458.
  • 3.Kullo IJ, Turner ST, Kardia SL, Mosley TH, Boerwinkle E, de Andrade M. A genome-wide linkage scan for ankle-brachial index in African American and non-Hispanic white subjects participating in the GENOA study. Atherosclerosis. 2006; 187: 433-438.
  • 4.Murabito JM, Guo CY, Fox CS, D'Agostino RB, Heritability of the ankle-brachial index: the Framingham Offspring study. Am J Epidemiol. 2006; 164: 963-968.

研究手法と成果

共同研究グループは、Biobank Japan(https://biobankjp.org/)で収集されたPAD患者785名、非患者3,383名のDNAを全ゲノムに及ぶ431,666個のSNPを用いてGWASを行いました。統計学的な解析を行った結果、このGWASだけでは統計学的に信頼性の持てるSNPが得られませんでした。そこで異なるケースサンプル1,150例とコントロールサンプル16,752例について上位500個の SNPの再現性を見るための関連解析を進めました。上位500個のSNPの中から連鎖不平衡[4]の関係により335個のSNPに絞り、遺伝子型の判定を行いました。GWASの結果とこの再現性解析を組み合わせることにより統計学的有意差の強い13個のSNPを選び出しました。そして、ケースサンプル数を3,164例まで増やして最終的な関連解析を行いました。その結果、より確かな統計学的有意性を示す3個のSNPを発見しました。この3個のSNPは有意性の強い順にIPO5/RAP2A[5]EDNRA[6]HDAC9[7]という遺伝子の近くに存在していました(図1)。

この中でPADと統計学的に非常に強い関連を示す第13染色体上のSNPの「偶然にそのようなことが起こる確率(P値)」はP < 10-13を示し、近傍にIPO5およびRAP2Aという2つの遺伝子が存在していました。このSNPのゲノム領域(染色体13q32)についてはさらに詳細なSNP地図を作成し関連解析を進めました。その結果、GWASで発見したSNPと連鎖不平衡にある6個のSNPを同定しました。in vitro(試験管など人為的に制御された環境下)の解析により、この7個のSNPの中の1個のSNPがリスク型の時、IPO5遺伝子の発現量が減少する可能性のあることも発見しました。今回の研究結果は、これまでに分子医科学的な原因が分かっていなかったPADの全容解明につながる成果であると考えられます。

今後の期待

今回発見したSNPを臨床応用することにより、PADの発症リスクの予測など、オーダーメイド医療[8]が可能になると考えられます。また、これらの遺伝子を対象にさらなる分子医科学解析により、PADの原因解明が進むことが期待できます。さらに、薬学的アプローチを組み合わせることで新たな治療薬開発につながるの可能性があります。

原論文情報

  • Matsukura M, Ozaki K, Takahashi A, Onouchi Y, Morizono T, Komai H, Shigematsu H, Kudo T, Inoue Y, Kimura H, Hosaka A, Shigematsu K, Miyata T, Watanabe T, Tsunoda T, Kubo M, and Tanaka T, "Genome-wide Association Study of Peripheral Arterial Disease in a Japanese Population", PLOS ONE, doi: 10.1371/journal.pone.0139262

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 循環器疾患研究グループ
グループディレクター 田中 敏博
上級研究員 尾崎 浩一

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報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.一塩基多型(SNP)
    ヒトゲノムの個人間の違いのうち、集団での塩基置換、挿入、欠失頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。一塩基多型(Single nucleotide polymorphism; SNP)とは一塩基(T:チミン、G:グアニン、C:シトシン、A:アデニンのどれか)が他の塩基に置換した遺伝子多型。
  • 2.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
    遺伝子多型を用いて対象形質に関連した遺伝子を見つける方法の1つ。ヒトゲノムを網羅した数十万~数百万の一塩基多型(SNP)を対象に、対象サンプル群における多型頻度と形質値との関連を統計学的に評価する手法。検定の結果、得られたP値(偶然にそのような事が生じる確率)が小さい多型ほど、関連が強いと判断できる。
  • 3.リスク型
    SNPの頻度を疾患集団とコントロール集団で比べた時、疾患集団で多いSNP型をリスク型と呼ぶ。
  • 4.連鎖不平衡
    あるSNPと物理的に近いSNPが同じパターン、すなわちSNP1 (G/C)がGのときはもう一方のSNP2 (C/T)はC、SNP1がCの時、SNP2は必ずTの遺伝子型を示すことで、完全な連鎖不平衡の状態ではその染色体領域が世代を超えて組み替えが起こっていないことを意味する。通常、あるSNPに対して連鎖不平衡を認めるSNPは複数ある。
  • 5.IPO5RAP2A遺伝子
    IPO5遺伝子はimportin-5タンパク質を作り出す。このタンパクは脂質の輸送に関係していることが知られている。 RAP2A遺伝子の作り出すタンパク質はその構造上がん遺伝子ファミリーに属する。詳細な機能は不明。
  • 6.EDNRA遺伝子
    強力な血管収縮作用を持つペプチド(100アミノ酸以下のタンパク質のこと)のエンドセリンの細胞膜レセプターの1つ。血管収縮作用だけではなく、炎症にも深く関与していることが知られている。
  • 7.HDAC9遺伝子
    細胞核に存在するヒストンを脱アセチル化する酵素ファミリーの1つ。このタンパクは他の遺伝子の転写調節(遺伝子発現)や細胞周期の進行に関係している。また、別のSNPが脳梗塞や虚血性心疾患と関連するという報告もある。
  • 8.オーダーメイド医療
    個人の遺伝情報に基づいて行われる医療。疾患のタイプや治療薬の効果、副作用の有無などを事前に見積もり、個々人に合わせた適切な医療を行うことを目標とする。
SNPと疾患の関連の強さおよびSNPの染色体上、遺伝子上の位置の図

図1 SNPと疾患の関連の強さおよびSNPの染色体上、遺伝子上の位置

a; RAP2A/IPO5遺伝子領域、b; EDNRA遺伝子領域、c; HDAC9遺伝子領域
左縦軸;関連解析のP値の-log比でピークが高いほど疾患との関連が強い。
右縦軸;各ゲノム領域における組み換えの割合。ピーク(線)の場所で組み換えが起こっていると考えられる。
横軸;各SNPの染色体上の位置。紫菱型マークが該当SNP。該当SNPと他のSNPとの連鎖不平衡の強さをr2で示す。下段はこれらの領域における遺伝子情報を示す。

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