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2016年11月11日

理化学研究所

加齢黄斑変性発症に関わる新たな遺伝子型を発見

―頻度が低く、影響の大きい遺伝子型の寄与を解明―

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センターの久保充明副センター長、基盤技術開発研究チームの桃沢幸秀チームリーダー、統計解析研究チームの秋山雅人リサーチアソシエイトらの共同研究グループは、加齢黄斑変性の中でもアジア人に多く認められる滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑変性の発症に関わる遺伝子について、頻度が低く、影響力の大きい遺伝子型[1]を同定しました。

加齢黄斑変性は眼の疾患の一つで、欧米では成人の失明原因の第1位です。日本でも高齢化と生活様式の欧米化により近年著しく増加し、第4位になっています。特にアジアでは欧米に比べて、異常な血管が脈絡膜から網膜色素上皮の下あるいは網膜と網膜色素上皮の間に侵入して網膜が障害を受ける滲出型加齢黄斑変性の割合が高く、対策が急がれています。しかし、その発症メカニズムについては十分に解明されていません。

今回、共同研究グループは11の大学や病院が収集した日本人の滲出型加齢黄斑変性患者群2,886名と対照群9,337名のサンプルを用いて、加齢黄斑変性の関連遺伝子34個のエクソン領域(RNAに転写される部分)の全塩基配列を調べました。基盤技術開発研究チームが開発したターゲットシークエンス法[2]で解析した結果、6番染色体に存在するCFB遺伝子の74番目のアミノ酸がアルギニンからヒスチジンに代わる遺伝子型を持つと、加齢黄斑変性の発症リスクが0.43倍と、発症に抑制的であることが明らかになりました。また、CETP遺伝子に、遺伝子の機能喪失を伴う遺伝子型を一つでも持つ人では、加齢黄斑変性の発症リスクが2.48倍高くなることが分かりました。CETP遺伝子のアミノ酸の機能喪失はHDLコレステロール[3]値を上昇させることが知られており、今後、HDLコレステロールと滲出型加齢黄斑変性の関係を調べる必要があると考えられます。この結果は、これまでに欧米人を対象とした研究で報告された結果とは大きく異なります。今後、日本人における加齢黄斑変性の発症メカニズムの解明や、新たな診断法・治療法の開発につながると期待できます。

本研究は日本医療研究開発機構の「オーダーメイド医療の実現プログラム」および科学研究費補助金基盤研究(A)の「個別化医療を目指した加齢黄斑変性に対するゲノム疫学研究」(代表者:石橋達朗、課題番号:24249083)の一環として行われました。本成果は、英国の科学雑誌『Human Molecular Genetics』のオンライン版(10月3日付け)に掲載されました。

背景

加齢黄斑変性は、光を感じる網膜の中心にある黄斑に異常が起きる疾患です。黄斑は大きさが1.5mm~2mm程度で、視力に最も影響を及ぼすため、異常が起こると視力が低下します。欧米では成人の失明原因の第1位であり、日本でも高齢化と生活様式の欧米化により近年著しく増加し、第4位となっています注1)。網膜の下には網膜色素上皮という一層の細胞群があり、その下には脈絡膜という膜が存在します。加齢黄斑変性には、アジア人に多い滲出(しんしゅつ)型と欧米人に多い萎縮型があります。滲出型加齢黄斑変性では、脈絡膜に発生した新生血管が網膜色素上皮の下、または網膜と網膜色素上皮との間に侵入し、視力が著しく低下します()。

これまで、加齢黄斑変性についてのゲノム解析は、共同研究グループも報告しているゲノムワイド関連解析[4]という手法注2)を中心に行われ、疾患発症と関わる遺伝子領域が20カ所以上同定されてきました。これまでに明らかになった遺伝子型(個々人の塩基配列の違い)は集団の中で頻度が比較的高いものでした。一方、より疾患への影響が大きいと想定される頻度の低い遺伝子型については、ターゲットシークエンス法による解析により、欧米人の複数の遺伝子において疾患への影響が報告されています。しかし、アジア人において同様の手法を用いた解析の報告はありませんでした。

注1) Arch Ophthalmol 2004;122:477-85.
厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班2005年度報告書

注2)2011年9月12日プレスリリース「滲出(しんしゅつ)性加齢黄斑変性発症に関わる新たな遺伝子を発見

研究手法と成果

共同研究グループは、九州大学を中心とする11の大学や病院が収集した日本人の滲出型加齢黄斑変性患者群2,886名と対照群9,337名のサンプルを解析しました。これまでゲノムワイド関連解析によって関連が示唆されている34個の遺伝子のエクソン領域の全塩基配列71,677塩基を解析対象とし、基盤技術開発研究チームが開発したターゲットシークエンス法を用いて解析しました。ターゲットシークエンス法は、数千人規模のゲノムの特定領域の遺伝子配列を高速かつ高精度に解析できます。共同研究グループは、遺伝子ごとにタンパク質を構成するアミノ酸配列に影響を及ぼし、頻度が5%未満の遺伝子型の集積について解析しました。その結果、C2遺伝子とCFB遺伝子は、アミノ酸配列に影響を及ぼし、頻度の低い遺伝子型を一つでも持つとオッズ比[5](発症リスクの大きさの指標)でそれぞれ0.58、0.55倍、つまり1.72、1.81倍病気になりにくいことが分かりました()。一方、CETP遺伝子は疾患群において多く認められ、アミノ酸配列に影響を及ぼし、頻度の低い遺伝子型を一つでも持つと1.57倍病気になりやすいことが明らかになりました。

C2遺伝子とCFB遺伝子は6番染色体の近傍に存在しており、さらに詳細な解析を行ったところ、タンパク質を構成するアミノ酸のうち、74番目のアミノ酸を指定するCFB遺伝子内の塩基配列が、アルギニンを指定する配列からヒスチジンを指定する配列に代わった頻度の低い遺伝子型を持つと発症リスクが0.43倍と、疾患発症に抑制的であることが明らかとなりました。この関連は、これまでゲノムワイド関連解析により同定されたものとは独立したものでした。また、この遺伝子型は、ExACという欧米人を中心とした遺伝子型頻度のデータベース注3)によると、東アジア人に特異的であると考えられました。

一方、CETP遺伝子についてもアミノ酸配列に影響を及ぼし、頻度の低い遺伝子型の集積は、これまでゲノムワイド関連解析により同定されたものと独立して疾患発症に関与していました。CETP遺伝子が、特に遺伝子の機能喪失を伴う遺伝子型を一つでも持つと、発症リスクが2.48倍に上昇することが分かりました。この関連は欧米人では確認されていませんでした。CETP遺伝子のアミノ酸の機能欠失はHDLコレステロール値を上昇させることが知られており、今後、HDLコレステロールと滲出型加齢黄斑変性の関係を調べる必要があると考えられます。

注3)ExAC Browser (Beta)(英語)

今後の期待

本研究により、CFB遺伝子、CETP遺伝子に存在するアミノ酸配列に影響を及ぼし、頻度が低い遺伝子型と、日本人の滲出型加齢黄斑変性の発症の間に関連があることが明らかになりました。これらの遺伝子型の同定は、発症メカニズムの解明に役立つだけでなく、遺伝子型を調べることで、個々人の滲出型加齢黄斑変性発症リスクを予測できると期待できます。

また、アミノ酸配列に影響を及ぼし、頻度が低い遺伝子型の病気への寄与が人種間で大きく異なることが明らかになったことから、今後、他の疾患についても同様の解析が重要であると考えられます。

※共同研究グループ

理化学研究所 統合生命医科学研究センター
副センター長 久保 充明 (くぼ みちあき)

基盤技術開発研究チーム
チームリーダー 桃沢 幸秀 (ももざわ ゆきひで)

統計解析研究チーム
リサーチアソシエイト 秋山 雅人 (あきやま まさと)
客員研究員 高橋 篤 (たかはし あつし)
チームリーダー 鎌谷 洋一郎 (かまたに よういちろう)

九州大学病院
病院長 石橋 達朗 (いしばし たつろう)

九州大学 医学部 眼科
教授 園田 康平 (そのだ こうへい)
准教授 吉田 茂生 (よしだ しげお)
特任准教授 大島 裕司 (おおしま ゆうじ)
特任講師 安田 美穂 (やすだ みほ)

日本大学病院 眼科
診療准教授 森 隆三郎 (もり りゅうさぶろう)
助教 田中 公二 (たなか こうじ)

名古屋大学 医学部 眼科学教室
教授・眼科長 寺崎 浩子 (てらさき ひろこ)
助教 安間 哲宏 (やすま てつひろ)

神戸大学 医学部 眼科学教室
准教授 本田 茂 (ほんだ しげる)
助教 三木 明子 (みき あきこ)

横浜市立大学大学院医学研究科 視覚再生外科学
教授 門之園 一明 (かどのその かずあき)
助教 井上 麻衣子 (いのうえ まいこ)

国際医療福祉大学病院眼科
教授・部長 森 圭介 (もり けいすけ)

埼玉医科大学 ゲノム医学研究センター 遺伝子情報制御部門
部門長 井上 聡 (いのうえ さとし)

九州病院 眼科
診療部長 藤澤 公彦 (ふじさわ きみひこ)
医師 荒川 聡 (あらわか さとし)

関西医科大学 眼科学教室
教授 髙橋 寛二 (たかはし かんじ)

名古屋市立大学大学院 医学研究科 視覚科学
准教授 安川 力 (やすかわ つとむ)

デューク大学-シンガポール国立大学ジョイント医学部大学院
准教授 柳 靖雄 (やなぎ やすお)

原論文情報

  • Yukihide Momozawa*, Masato Akiyama*, Yoichiro Kamatani, Satoshi Arakawa, Miho Yasuda, Shigeo Yoshida, Yuji Oshima, Ryusaburo Mori, Koji Tanaka, Keisuke Mori, Satoshi Inoue, Hiroko Terasaki, Tetsuhiro Yasuma, Shigeru Honda, Akiko Miki, Maiko Inoue, Kimihiko Fujisawa, Kanji Takahashi, Tsutomu Yasukawa, Yasuo Yanagi, Kazuaki Kadonosono, Koh-Hei Sonoda, Tatsuro Ishibashi, Atsushi Takahashi, Michiaki Kubo*These authors equally contributed to this paper., "Low-frequency coding variants in CETP and CFB are associated with susceptibility of exudative age-related macular degeneration in the Japanese population",Human Molecular Genetics, doi: 10.1093/hmg/ddw335

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター
副センター長 久保 充明 (くぼ みちあき)

統合生命医科学研究センター 基盤技術開発研究チーム
チームリーダー 桃沢 幸秀 (ももざわ ゆきひで)

統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム
リサーチアソシエイト 秋山 雅人 (あきやま まさと)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.遺伝子型
    ヒトゲノムは約30億の塩基対から構成されるが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがあり、それを遺伝子型とよぶ。遺伝子型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、その違いにより病気のかかりやすさや医薬品への反応にも違いが生じる。
  • 2.ターゲットシークエンス法
    ゲノムDNAの特定の領域だけを解析する手法。数千人規模の数十遺伝子の解析を高速かつ高精度に行うため、ゲノムの複数の領域を同時に増幅するマルチプレックスポリメラーゼ連鎖反応(PCR:polymerase chain reaction)を応用した。
  • 3.HDLコレステロール
    高密度リポたんぱく質(high density lipoprotein:HDL)と複合したコレステロール。HDLは体内の末梢で酸化して害をなすコレステロールを取り除き、動脈硬化などを防ぐ働きがあることから、この複合体を善玉コレステロールともいう。
  • 4.ゲノムワイド関連解析
    遺伝子型を用いて疾患の感受性遺伝子を見つける方法の一つ。ヒトゲノム全体を網羅する数十万カ所の遺伝子型を用いて、疾患を持つ群と持たない群との間で遺伝子型の頻度に差があるかを統計学的に評価し、その疾患に関連する領域・遺伝子を同定する手法。
  • 5.オッズ比
    発症リスクの大きさの指標。基準とするものに対して、発症するリスクが何倍に上がるかを表す。
滲出型加齢黄斑変性の図

図 滲出型加齢黄斑変性

異常な血管(新生血管)が脈絡膜から網膜色素上皮の下あるいは網膜と網膜色素上皮の間に侵入して網膜に障害が起こる。異常な血管は血液の成分を漏出させたり、破れたりする。血液成分が漏出すると網膜が腫れたり(網膜浮腫)、網膜下に液体が溜まり(網膜下液)、網膜が正常に働かなくなり視力が低下する。血管が破れると出血し、網膜に障害を引き起こす。2013年7月30トピックス「滲出型加齢黄斑変性に対する自家iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植に関する臨床研究」の研究開始について”より転載。

頻度の低い遺伝子型の保有者の比較解析結果の図

表 頻度の低い遺伝子型の保有者の比較解析結果

アミノ酸配列に影響を及ぼし、頻度が5%未満の遺伝子型のみを解析した。その結果、C2遺伝子とCFB遺伝子は、アミノ酸配列に影響を及ぼす遺伝子型を一つでも持つとオッズ比(発症リスクの大きさの指標)でそれぞれ0.58、0.55倍となった。これは1.72、1.81倍病気になりにくいことを示している。一方、CETP遺伝子は疾患群において多く認められ、アミノ酸配列に影響を及ぼす遺伝子型を一つでも持つとオッズ比から1.57倍病気になりやすいことが明らかとなった。P値は偶然に事象が起こる確率。

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