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2017年2月14日

理化学研究所
大阪市立大学

炎症から脳神経を保護するグリア細胞

-中枢神経疾患の予防・治療法の開発に期待-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター細胞機能評価研究チームの片岡洋祐チームリーダー(大阪市立大学客員教授)、中野真行研修生(大阪市立大学大学院特別研究員DC2)、田村泰久上級研究員らの研究チームは、グリア細胞の一種である中枢神経前駆細胞(NG2グリア)[1]が脳内の神経炎症を抑制し、海馬[2]の神経細胞を保護していることを、遺伝子改変ラットを用いて明らかにしました。

神経炎症は、アルツハイマー型認知症などの中枢神経疾患[3]の発症や進行に深く関わっていることが明らかになってきています。脳をはじめとする中枢神経組織では、免疫を担うミクログリア[4]が主に炎症反応を引き起こしますが、この炎症反応を制御し、炎症から神経細胞を保護している細胞群の存在は知られていませんでした。

研究チームは、神経細胞を炎症から保護している細胞として、子供から大人まで中枢神経系全体に幅広く分布し、高い増殖活性を持つNG2グリアに着目しました。NG2グリアは細胞を供給する前駆細胞としての役割がよく知られていますが、細胞自体の機能はほとんど明らかにされていませんでした。そこで、NG2グリアが加齢に伴ってその機能を低下させることから、老化によるNG2グリアの機能低下が神経炎症を引き起こし中枢神経疾患の発症や進行に関与する、という仮説を立て、その検証を試みました。

研究チームは遺伝子改変ラットを用いて、脳内からNG2グリアを除去することで起きる影響を調べました。その結果、ミクログリアが活性化し、過剰な神経炎症が引き起こされました。この神経炎症により海馬の神経細胞は傷害を受け、海馬組織が著しく萎縮していました。さらに詳しく解析した結果、NG2グリアが肝細胞増殖因子(HGF)[5]を供給することで、神経炎症を抑制し、海馬の神経細胞を保護していることが示唆されました。

これらの結果は、NG2グリアの機能低下が中枢神経疾患の発症および進行に関わる可能性を示しています。今後、NG2グリアをターゲットとする中枢神経疾患の新たな予防法・治療法の開発に貢献すると期待できます。

本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(2月14日号)に掲載されます。

※研究チーム

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
生命機能動的イメージング部門 イメージング基盤・応用グループ
細胞機能評価研究チーム
チームリーダー 片岡 洋祐(かたおか ようすけ)(大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学 客員教授)
研修生 中野 真行(なかの まさゆき)(大阪市立大学大学院医学研究科 日本学術振興会 特別研究員-DC2)
上級研究員 田村 泰久(たむら やすひさ)
研究員 大和 正典(やまと まさのり)
研究員 久米 慧嗣(くめ さとし)
テクニカルスタッフⅡ 江口 麻美(えぐち あさみ)
テクニカルスタッフⅠ 高田 孔美(たかた くみ)

健康・病態科学研究チーム
チームリーダー 渡邊 恭良(わたなべ やすよし)(大阪市立大学 名誉教授)

背景

日本を含め先進国は超高齢社会を迎え、加齢に伴って発症リスクが高まるアルツハイマー型認知症などの中枢神経疾患の患者数が急増しています。中枢神経疾患の患者の脳内では神経炎症が観察され、神経炎症が疾患の発症や重篤化に関与することが明らかになってきています。脳をはじめとする中枢神経組織では、自然免疫を担うミクログリアが主に炎症反応を引き起こします。一方、ミクログリアによる過剰な炎症反応を制御し、炎症から神経細胞を保護している細胞群の存在は知られていませんでした。

今回、研究チームは、神経細胞を炎症から保護する細胞の候補として、子供から大人まで中枢神経系全体に幅広く分布し、高い増殖活性を持つ中枢神経前駆細胞(NG2グリア)に着目しました。これまでNG2グリアは、主にグリア細胞や神経細胞を供給する前駆細胞としての役割について研究され、加齢に伴いその機能が低下することが知られていました。しかし、NG2グリア細胞そのものが担っている機能はほとんど明らかにされていませんでした。

そこで研究チームは、老化によるNG2グリアの細胞機能の低下が神経炎症を引き起こし、中枢神経疾患の発症や進行に関与するという仮説を立て、検証を試みました。

研究手法と成果

特定の細胞の機能を明らかにする方法として、その細胞を除去したとき、個体にどのような影響が現れるかを調べる実験があります。NG2グリアの細胞供給以外の機能を明らかにするためには、NG2グリアから既に生まれて分化した細胞には影響を与えることなく、NG2グリアそのものだけを除去する必要があります。

そこで研究チームは、ラット脳内からNG2グリアだけを特異的に除去できる遺伝子改変ラットを作製しました。この遺伝子改変ラットのゲノムには、NG2グリアだけで発現するように組換えられた「自殺遺伝子(単純ヘルペスウイルス由来のチミジンキナーゼ)」が導入されています。このラットは正常に成長しますが、抗ウイルス剤であるガンシクロビルを脳内に投与するとチミジンキナーゼの作用により細胞毒が生成され、NG2グリアだけが除去されるようにできています。この細胞除去システムを用いて、成体ラット(12~35週齢)にガンシクロビルを投与してNG2グリアを脳内から除去したところ、海馬組織の著しい萎縮が観察されました(図1)。

さらに、免疫組織化学染色法[6]および遺伝子発現解析を行ったところ、NG2グリア除去に伴い、海馬組織では活性化型ミクログリア[4]が過剰に炎症性サイトカイン[7]を産生していました。その結果、海馬の神経細胞が傷害を受けて変性し、海馬組織が著しく萎縮していることが明らかとなりました(図2)。

NG2グリア除去により炎症反応が亢進することから、NG2グリアは炎症を抑える分子を産生している可能性があります。そこで、研究チームはマイクロアレイ[8]を用いて、NG2グリア除去後の海馬組織で発現が低下している遺伝子を解析し、複数の候補分子の中から肝細胞増殖因子(HGF)に注目し、調べました。その結果、NG2グリアは海馬組織でHGFタンパク質を発現しており、NG2グリアの除去に伴い海馬組織からHGFタンパク質が失われることが分かりました。さらに、NG2グリアが除去された海馬組織にHGFタンパク質を補うことにより、活性化型ミクログリアによる炎症反応は鎮静化され、海馬での神経細胞傷害が軽減されることも分かりました(図2)。

以上の結果から、NG2グリアはHGFを供給することによって神経炎症を抑制し、海馬神経細胞を保護していることが示唆されました。

今後の期待

神経炎症を抑制するNG2グリアの機能が示されたことにより、本来、脳内に備わっている神経保護機能と中枢神経疾患の発症との関係が解明され、新たな予防・治療法の開発へとつながるものと期待されます。

本研究で神経炎症抑制効果がみられたHGFは、中枢神経疾患に対する治療効果が他の研究グループからも報告されており注1)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの難治性神経疾患の治療への有効性を評価する臨床試験が進められています。

また本成果から、もともと脳に存在しているHGF産生細胞の機能を高めることで、中枢神経疾患の発症や進展を予防・軽減できる可能性も考えられます。今後、研究チームは、中枢神経におけるNG2グリアの細胞機能を高める食薬成分・薬剤を探索し、中枢神経疾患の予防・治療法の開発へとつなげたいと考えています。

注1)Sun, W., J. Neurosci., (2002) / Koike, H., Gene. Ther., (2006) / Kitamura, K., et al., J. Neurosci. Res. (2007) / Takeuchi, D., Gene Ther., (2008)

原論文情報

  • Masayuki Nakano, Yasuhisa Tamura, Masanori Yamato, Satoshi Kume, Asami Eguchi, Kumi Takata, Yasuyoshi Watanabe, Yosky Kataoka, "NG2 glial cells regulate neuroimmunological responses to maintain neuronal function and survival", Scientific Reports, doi: 10.1038/srep42041

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 イメージング基盤・応用グループ 細胞機能評価研究チーム
チームリーダー 片岡 洋祐(かたおか ようすけ)
(大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学 客員教授)
研修生 中野 真行(なかの まさゆき)
(大阪市立大学大学院医学研究科 日本学術振興会 特別研究員-DC2)
上級研究員 田村 泰久(たむら やすひさ)

片岡洋祐チームリーダーの写真 片岡洋祐チームリーダー
中野真行研修生の写真 中野真行研修生
田村泰久上級研究員の写真 田村泰久上級研究員

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦(やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

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補足説明

  • 1.中枢神経前駆細胞(NG2グリア)
    神経系を構成するグリア細胞であるオリゴデンドロサイトを主に供給し、自己複製により中枢神経前駆細胞を増やす能力を併せ持つ細胞。病態時には、神経細胞や別のグリア細胞であるアストロサイトにも分化することができる。
  • 2.海馬
    大脳側頭葉の内下部にあり、記憶や学習に関与すると考えられている部位。両側を合わせた形がギリシャ神話の海神がまたがる海馬に似ていることから、この名が付いた。
  • 3.中枢神経疾患
    中枢神経系(脳・脊髄)の機能異常や変性によって起きる疾患の総称。うつ病などの神経機能の異常や、アルツハイマー型認知症・パーキンソン病・プリオン病・筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患、脳卒中などが知られる。
  • 4.ミクログリア、活性化型ミクログリア
    脳や脊髄などの中枢神経系に存在するグリア細胞の一種で、中枢神経系における自然免疫担当細胞であると考えられている。神経細胞の損傷、細菌や毒素などの外部刺激を素早く探知して活性化される。活性化型ミクログリアは炎症性サイトカインを産生して神経炎症を引き起こしたり、貪食作用によって傷害された細胞を除去したりするが、こうした効果は時に神経の機能障害を助長するため、その制御が重要であると考えられている。
  • 5.肝細胞増殖因子(HGF)
    生体内の再生修復因子。神経炎症の抑制や神経細胞の保護に関わる機能を持ち、さまざまな難治性神経疾患の治療薬として期待されている。
  • 6.免疫組織化学染色法
    組織切片中の標的分子に対する抗体を使い、その組織内での分子の局在を可視化する手法。
  • 7.炎症性サイトカイン
    サイトカインは、細胞同士の情報伝達に関わるさまざまな生理活性を持つタンパク質の総称。炎症性サイトカインとは、体内への病原体の侵入や細胞の傷害などを受けて産生されるサイトカインで、生体防御に関与する多種類の細胞に働き、炎症反応を引き起こす。
  • 8.マイクロアレイ
    既知の遺伝子の1本鎖DNA断片を高密度にスライドガラスなどに並べ、貼り付けたものをマイクロアレイと呼ぶ。これに、組織や細胞から抽出したmRNAから調製した相補鎖RNAを結合させることで、その結合量から、組織や細胞中の個々の遺伝子の発現量を評価することができる。
中枢神経前駆細胞(NG2グリア)除去による海馬組織への影響の図

図1 中枢神経前駆細胞(NG2グリア)除去による海馬組織への影響

上段:遺伝子改変ラットに抗ウイルス剤のガンシクロビルを脳内投与したときの海馬組織の免疫染色像。NG2グリアは、NG2(紫の細胞染色像)とOlig2(緑の核染色像)を共発現する細胞(白の核染色像=黄色矢印)として定義される。ガンシクロビル投与(右上)により、NG2グリアがほぼ除去されたことが分かる。

下段:黒の破線領域は海馬組織を示している。NG2グリアの除去に伴い、海馬組織の著しい萎縮が観察された。

肝細胞増殖因子(HGF)による神経炎症の抑制と神経細胞の保護の図

図2 肝細胞増殖因子(HGF)による神経炎症の抑制と神経細胞の保護

遺伝子改変ラットに抗ウイルス剤のガンシクロビル、さらには肝細胞増殖因子(HGF)を脳内投与したときの海馬組織の免疫染色像。

上段:ガンシクロビル投与により、NG2グリアはほぼ除去されており、HGFの同時投与によってもNG2グリアそのものは影響を受けなかった。

中段:ミクログリアのマーカー(Iba1:緑)を発現している細胞。ガンシクロビル投与により、形態が変化し、神経炎症を引き起こす活性化型ミクログリアになった。一方、ガンシクロビルとHGFを同時に投与すると活性化ミクログリアへの形態変化は抑制された。

下段:神経細胞のマーカー(NeuN:茶)を発現している細胞。ガンシクロビル投与により、神経細胞が傷害を受け、脱落した。一方、ガンシクロビルとHGFを同時に投与すると神経細胞の傷害が抑制された。

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