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2017年3月6日

理化学研究所

窒素を含む代謝物のメタボローム解析手法を開発

-代謝物の単離・構造決定、遺伝子の機能同定の効率化に有効-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター統合メタボロミクス研究グループの中林亮研究員、斉藤和季グループディレクターらの共同研究チームは、含窒素代謝物[1](窒素を含む代謝物)を標的としたメタボローム[2]解析手法「N-オミクス」を開発しました。そして、薬用植物のニチニチソウ[3]を使った実験で含窒素代謝物の組成や構造の同定、蓄積分布の可視化に成功しました。

アルカロイドなどの含窒素代謝物の多くは、人に有用な活性を持っていることから、医薬品や農薬の原材料として使用されています。含窒素代謝物の組成や構造、蓄積箇所を速やかに解析することができれば、効率的な研究展開につながります。しかし、含窒素代謝物の構造は複雑で多岐にわたるため、これまでそれらをまとめて解析することは困難でした。

共同研究チームはこの課題を解決するため、超高分解能質量分析装置[4]を用いて①液体クロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)[5]、②マトリックス支援レーザー脱離イオン化法-質量分析(MALDI-MS)[6]、③イメージング質量分析(IMS)[7]の3種類の分析基盤を確立しました。

そして、これらの分析基盤を用いて薬用植物のニチニチソウにおけるN-オミクスを行った結果、LC-MSではアジュマリシン、ペリビン、ビンドリンなど既知の代謝物を含む65種類、MALDI-MSでは64種類の含窒素代謝物が特定できました。IMSでは、MALDI-MSで特定した代謝物のうち32種類の含窒素代謝物の蓄積分布を明らかにしました。また、今回同定した含窒素代謝物の組成をデータベースで検索した結果、その多くは未知の代謝物であることが分かりました。

このようにN-オミクスにより、含窒素代謝物を高精度に探索することが可能となりました。一般的に代謝物の蓄積と代謝物の生合成に関連する遺伝子発現には相関があるといわれています。含窒素代謝物に関する生合成遺伝子の探索においても今回のN-オミクスの手法が有効であると考えられます。

本成果は、米国の科学雑誌『Analytical Chemistry』のオンライン版(2月22日付け)に掲載されました。
本研究は、国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)の支援を受けて実施されました。

※共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター
統合メタボロミクス研究グループ
研究員 中林 亮(なかばやし りょう)
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)

質量分析・顕微鏡解析ユニット
テクニカルスタッフ 橋本 恵(はしもと けい)
上級研究員 豊岡 公徳(とよおか きみのり)

背景

細胞内で合成された全ての低分子代謝産物の総体をメタボロームといいます。植物における総代謝物質は20万~100万種と考えられています。このメタボロームを網羅的に測定・解析することをメタボロミクス[2]と呼び、質量分析を基盤としたメタボロミクスは、合成生物学研究、ファイトケミカルゲノミクス(ゲノム植物化学)研究、天然物化学研究、創薬研究において中心的な役割を担っています。

アルカロイドなどの含窒素代謝物(窒素を含む代謝物)の多くは、人に有用な活性を持っていることから医薬品や農薬の原材料として使用されています。含窒素代謝物の組成や構造、蓄積箇所を速やかに解析することができれば、効率的な研究展開につながります。しかし、含窒素代謝物の構造は複雑で多岐にわたるため、これまでそれらをまとめて解析することは困難で、多大な労力と時間が必要でした。

そこで、共同研究チームは含窒素代謝物をまとめて解析するメタボローム解析手法の開発を試みました。

研究手法と成果

通常、メタボロミクスのターゲット分析では、ターゲットとする代謝物群に共通する因子(UVスペクトルやプロダクトイオン[8]など)を指標とします。共同研究チームは窒素(N)の安定同位体[9]14N(精密質量:14.003 Da[10]、天然存在比99.63%)と15N(精密質量:15.0001 Da、天然存在比0.036%)に着目しました。含窒素代謝物を質量分析にかけるとスペクトルとして、含窒素代謝物由来のモノアイソトピックイオン[11]とともに15N同位体イオンが検出されます。この15N同位体イオンを指標とすれば、含窒素代謝物をまとめて解析できると考えました。

この考えのもと超高分解能質量分析装置を用いて、①液体クロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)、②マトリックス支援レーザー脱離イオン化法-質量分析(MALDI-MS)、③イメージング質量分析(IMS)の3種類の分析基盤を確立し、これらを用いて含窒素代謝物をまとめて解析するメタボローム解析手法「N-オミクス」を行いました(図1)。

実験では薬用植物のニチニチソウを用いてN-オミクスを行いました。LC-MSではまず、花弁、花柄(かへい)、葉、葉柄(ようへい)、茎、根における超高分解能なメタボロームデータを15Nで標識したニチニチソウ(15N標識)と非標識のニチニチソウからそれぞれ取得しました。そして、非標識のニチニチソウのメタボロームデータからモノアイソトピックイオンと15N同位体イオンの精密質量とシグナル強度の差を利用し、含窒素代謝物由来のモノアイソトピックイオンを網羅的に抽出しました。次に、15N標識と非標識のメタボロームデータを比較解析し、抽出したモノアイソトピックイオンに含まれる窒素原子の数を同定しました。これを考慮し、最終的に65種類の含窒素代謝物由来のモノアイソトピックイオンの組成を決定しました。この中には、アジュマリシン、ペリビン、ビンドリンなど既知の代謝物が含まれていました。

MALDI-MSでは、LC-MSの結果において代表的な含窒素代謝物を蓄積していた花弁、葉、根における高分解能なメタボロームデータを15N標識と非標識ニチニチソウからそれぞれ取得しました。非標識のニチニチソウのメタボロームデータから精密質量と15N同位体イオンのパターンを用いて窒素を含むモノアイソトピックイオンを抽出し、その組成を推定しました。次に、LC-MSと同様の手法で窒素原子の数を同定し、最終的に64種類の含窒素代謝物由来のモノアイソトピックイオンの組成を決定しました。

IMSでは、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸をマトリクス試薬として噴霧した花弁、葉、茎、根の凍結乾燥切片上で高分解能なメタボロームデータを取得しました。MALDI-MSで同定した窒素代謝物を探索した結果、32種類の窒素代謝物の蓄積分布が明らかとなりました(図2)。

今回、3種類のN-オミクスをニチニチソウで部位別に行うことにより、部位特異的に蓄積している含窒素代謝物の存在が明らかになりました。同定した含窒素代謝物の組成をデータベースで検索した結果、その多くは未知の成分であったことが分かりました。これは古くから研究されているニチニチソウにおいても新しい含窒素代謝物が多く存在している可能性を示しています。

今後の期待

N-オミクスを用いると高精度な代謝物情報を得ることができるため、研究の効率化が期待できます。また、今回得た結果を指標とすることで、効率的な含窒素代謝物の探索が可能となります。

さらに、代謝物の蓄積分布を可視化できるIMSを、トランスクリプトミクス(生体内の遺伝子発現を包括的に分析する手法)との統合メタボロミクス研究に取り入れることで、代謝物の高含有部位および遺伝子の高発現部位の特定が同時に可能になります。これにより、代謝物の単離・構造決定および生合成に関連する遺伝子の機能同定の効率化が期待できます。

原論文情報

  • Ryo Nakabayashi, Kei Hashimoto, Kiminori Toyooka, and Kazuki Saito, "Top-down metabolomic approaches for nitrogen-containing metabolites", Analytical Chemistry, doi: 10.1021/acs.analchem.6b04163

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ
研究員 中林 亮(なかばやし りょう)
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.含窒素代謝物
    ヘテロ原子(窒素、酸素、硫黄、ハロゲン)のうち窒素を含む代謝物の総称。特異的(二次)代謝物ではアルカロイドが知られる。
  • 2.メタボローム、メタボロミクス
    メタボロームは細胞内で合成された低分子代謝産物の総体を指す。植物における総代謝物質は20万~100万種と考えられている。メタボロミクスとは、このメタボロームを網羅的に測定・解析することを意味する。
  • 3.ニチニチソウ
    薬用植物の一種で、モノテルペンインドールアルカロイドを多く含む。学名は Catharanthus roseus
  • 4.超高分解能質量分析装置
    フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴-質量分析装置などを指す。本研究ではこれを用いた。同位体イオンを分離する分解能による質量分析が可能。
  • 5.液体クロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)
    液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせた分析手法。LCはliquid chromatography、MSはmass spectrometryの略。
  • 6.マトリックス支援レーザー脱離イオン化法-質量分析(MALDI-MS)
    質量分析のイオン化法の一種。タンパク質、ペプチド、多糖などの分析に向く。MALDI はmatrix assisted laser desorption/ionizationの略。
  • 7.イメージング質量分析(IMS)
    マトリクス試薬を噴霧した生体試料の切片上でMSスペクトルを取得し、任意のイオンのシグナル強度を可視化する分析手法。IMSはimaging mass spectrometryの略。
  • 8.プロダクトイオン
    MS/MS分析においてモノアイソトピックイオンから派生するイオン。部分的な構造情報を持つ。
  • 9.安定同位体
    原子番号(陽子数)が同じで,質量数(陽子と中性子の数の和)が異なる原子を互いに同位体という。そのうち、安定に存在するものを安定同位体といい、放射線と呼ばれる粒子やエネルギーを放出して他の原子に変わる同位体を放射性同位体という。安定同位体の13C、15N、17O、34Sといった原子核は、天然存在比が低いものの安全な同位体核であるため、これらを含んだ化合物を生物に取り込ませることができる。
  • 10.Da
    ダルトン。微小な質量を示す単位。静止して基底状態にある自由な炭素12(12C)原子の質量の12分の1と定義されている。
  • 11.モノアイソトピックイオン
    天然には、天然存在比が最も多い同位体(主同位体)に、例えば、1Hの99.985%、12Cの98.9%、14Nの99.634%、16Oの99.762%、32Sの95.02%などが存在する。これら主同位体だけで構成される代謝物イオンのことをモノアイソトピックイオンという。
含窒素代謝物を標的としたメタボローム解析手法「N-オミクス」の流れの図

図1 含窒素代謝物を標的としたメタボローム解析手法「N-オミクス」の流れ

A:液体クロマトグラフィー-質量分析(LC-MS)の流れ
有機溶媒による抽出液を用いて超高分解LC-MSを行う。メタボロームデータから含窒素代謝物由来のイオンをモノアイソトピックイオンと15N同位体イオンの精密質量およびシグナル強度の差を利用して特定し、その組成式を推定する。15N標識・非標識データの比較解析からモノアイソトピックイオンの窒素数を同定する。推定組成式と窒素数から組成式を決定する。最終的にMS/MS解析を行い、含窒素代謝物の同定を行う。

B:マトリックス支援レーザー脱離イオン化法-質量分析(MALDI-MS)
抽出物とマトリクス試薬の混合物を用いて高分解能MALDI-MSを行う。メタボロームデータにおける精密質量や同位体パターンから含窒素代謝物由来のイオンを特定し、その組成式を推定する。15N標識・非標識データの比較解析からモノアイソトピックイオンの窒素数を同定する。推定組成式と窒素数から組成式を決定する。

C:イメージング質量分析(IMS)
マトリクス試薬を塗布した植物切片を用いて高分解IMSを行う。メタボロームデータ中の含窒素代謝物由来のモノアイソトピックイオンを探索する。シグナル強度を用いて対象の含窒素代謝物の蓄積分布を可視化する。

ニチニチソウにおける含窒素代謝物のイメージング質量分析(IMS)の図

図2 ニチニチソウにおける含窒素代謝物のイメージング質量分析(IMS)

左:IMSの図。含窒素代謝物由来のイオンのシグナル強度を可視化したもの。赤色になるほどシグナル強度が高く、含窒素代謝物がより多く蓄積していることを示している。上から花弁に含まれるC21H25N2O2、C13H13N6O8、葉に含まれるC21H25N2O2、C24H31N2O5、茎に含まれるC20H25N2O、C13H13N6O8の分布。スケールバーは1mm。

右:上から花弁、葉、茎の光学顕微鏡写真。

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