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2017年4月12日

理化学研究所
茨城大学
名古屋大学

若い惑星系に残るガスは塵から供給された

-炭素原子ガスの検出で分かったガスの起源-

要旨

理化学研究所(理研)坂井星・惑星形成研究室の樋口あや協力研究員、坂井南美主任研究員、茨城大学の佐藤愛樹大学院生、百瀬宗武教授、名古屋大学大学院理学研究科の小林浩助教らの共同研究グループは、アステ望遠鏡(ASTE)[1]を用いて地球から60光年以上離れた「デブリ円盤[2]」を電波観測し、炭素原子ガスが存在することを発見しました。

星と惑星系は、星と星の間に漂うガス(主成分は水素分子)や塵からなる分子雲が自らの重力で収縮することにより誕生します。形成されたばかりの惑星系[3]には、惑星などの天体ができる際に残った塵や、岩石同士の衝突でまき散らされた塵が円盤状に漂っています。これは「デブリ円盤」と呼ばれ、惑星系形成の最終段階に当たります。これまで、デブリ円盤にはガス成分は含まれないと考えられてきました。しかし近年、一酸化炭素分子ガスなどが検出され注1)、その起源について二つの考え方が提示されました。一つは、惑星系のもとになったガス成分が残存している、すなわち水素分子ガスが大量に含まれるという「残存説」、もう一つは、塵からガス成分が新たに供給されている、すなわち水素分子ガスは非常に少ないという「供給説」です。

今回、共同研究グループはアステ望遠鏡を用いて、くじら座および、がか座方向にあるデブリ円盤49CetiおよびβPictorisを電波観測しました。その結果、両方の円盤で炭素原子のサブミリ波輝線[4]が検出され、炭素原子ガスが一酸化炭素分子ガスの量の数十倍も存在していることが分かりました。星間空間の炭素原子は、一酸化炭素分子が紫外線にさらされ壊された結果生成されますが、水素分子があると一酸化炭素分子に戻る化学反応も同時に進みます。従って、デブリ円盤には水素分子ガスが少なく、主に塵同士の衝突などで新たにガス成分が供給されているという「供給説」を支持する結果が示されました。

今後、本研究のような観測を通じてデブリ円盤のガスがどの時期まで存在するのかを理解することで、太陽系のような惑星系が完成されるまでの時間の解明や、惑星形成最終期に起こるといわれている原始惑星間の衝突に関する情報の取得につながると期待できます。

本研究は米国の科学雑誌『The Astrophysical Journal Letters』(4月12日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(4月12日付け)に掲載されます。

注1)Dent, W. R. F., Wyatt, M. C., Roberge, A., et al. "Molecular gas clumps from the destruction of icy bodies in the β pictoris debris disk" 2014, Science, 343, 1490-1492

背景

星と惑星系は、星と星の間に漂う水素分子を主成分としたガスや塵からなる分子雲が、自らの重力で収縮することにより誕生します。生まれたばかりの星(原始星)の周りにはたくさんのガスが存在し、原始星に向かって落下しています。それと同時に、原始星の周りでは惑星系のもととなる、ガスと塵からなる円盤(原始惑星系円盤[5])が成長していきます。その円盤内で、塵の合体成長や微惑星形成が起き、円盤のガス成分は、惑星系の形成が完了すると消失すると考えられています。形成されたばかりの惑星系では、惑星などの天体ができる際に残った塵や、岩石同士の衝突でまき散らされた塵が円盤状に漂っています。これは「デブリ円盤」と呼ばれ、惑星系形成の最終段階に当たります。現在、太陽系の最縁部にある「オールトの雲[6]」などはその名残ではないかと考えられています。

これまで、デブリ円盤にはガス成分は存在しないと考えられてきました。ところが近年、一酸化炭素分子(CO)、炭素原子イオン(C+)、酸素原子(O)がガスとして存在していることが明らかになり、その起源について二つの考え方が提示されました。一つは、惑星系のもとになったガス成分が残存しているという「残存説」、もう一つは、一度原始惑星系円盤のガスが消失した後、残存した塵や微惑星からガス成分が新たに供給されているという「供給説」です。両者は水素分子ガスが大量に含まれるか、含まれないかで判別できると考えられていますが、決着はまだついていません。

今回、共同研究グループはデブリ円盤のガス成分を明らかにするために、チリのアカタマ砂漠に建設されたアステ望遠鏡(ASTE)を用いた電波観測を試みました。

研究手法と成果

共同研究グループはアステ望遠鏡を用いて、くじら座および、がか座方向にあるデブリ円盤49CetiおよびβPictorisに対して電波観測を行いました。49Cetiは地球から200光年、βPictorisは地球から63光年の位置にあります。

観測の結果、両方のデブリ円盤で炭素原子(C)のサブミリ波輝線を検出しました。電波観測から得られる情報は、ガスの放射強度スペクトルです。この炭素原子ガスと、別途アステ望遠鏡で観測した一酸化炭素分子ガスの運動の様子を比較するとよく似ていることから、デブリ円盤内で炭素原子ガスと一酸化炭素分子ガスは共存していることが分かりました(図1)。また、この一酸化炭素分子ガスと、高空間分解能を誇るアルマ望遠鏡[7]で観測された一酸化炭素分子ガスのスペクトルを比較すると、ほぼ同じ形状をしていました。従って、これらは、デブリ円盤に付随するガスであることが確かめられました(図1上段)。さらに、ガスの放射強度から換算できるガスの総質量から、炭素原子ガスの量は一酸化炭素分子ガスの量の数十倍であることが分かりました。

星間空間の炭素原子は、一酸化炭素分子が紫外線にさらされ壊された結果生成されますが、そこに水素分子があれば、逆に炭素原子から一酸化炭素分子に戻る化学反応も同時に進みます(図2)。実際、星や惑星が誕生するはるか以前、周囲からの紫外線にさらされている希薄な分子雲では、炭素原子ガスの量と一酸化炭素分子ガスの量は同程度であることが知られています注2)。そのため、今回の炭素原子ガスが一酸化炭素分子ガスの量の数十倍も存在するという結果は、デブリ円盤中で炭素原子から一酸化炭素分子に戻る化学反応が進行していないことを示しています。これは水素分子ガスが少ないこと、すなわち主に塵・岩石同士の衝突などで新たにガス成分が供給されているという「供給説」を支持する結果といえます(図3)。

注2)Bensch, F., Leuenhagen, U., Stutzki, J., & Schieder, R. “[C I] 492 GHz Mapping Observations of the High-Latitude Translucent Cloud MCLD 123.5+24.9” 2003, ApJ, 591, 1013-1024

今後の期待

今回の観測により、デブリ円盤では一酸化炭素分子ガスよりも炭素原子ガスの存在量がかなり多いことが明らかになりました。デブリ円盤のガス探査は一酸化炭素分子ガスが放出する電波により行われてきましたが、これまでの観測でガス成分が発見されなかったデブリ円盤でも、今後、炭素原子ガスが見つかる可能性があります。もし他の多くのデブリ円盤においても炭素原子ガスが見つかれば、その起源は「供給説」に基づくことが一般的に支持されるようになると期待できます。

また、世界最高の分解能を持つアルマ望遠鏡による電波観測で、今後これらのデブリ円盤の炭素原子ガスの画像を取得すれば、一酸化炭素分子ガスや塵の分布画像との直接比較により、デブリ円盤内のより詳細な化学反応過程についての知見を得ることが可能です。

さらに今後、多くのデブリ円盤に対して本研究のような観測を行うことで、デブリ円盤のガスがどのくらいの期間存在するのかを知ることができます。それにより、①ガスが散逸して現在の太陽系のような晴れあがった惑星系が完成されるまでの時間の解明、②惑星形成最終期に起こると期待されている原始惑星間の衝突の解明、についての道筋がつくと期待されます。

原論文情報

  • Aya E. Higuchi, Aki Sato, Takashi Tsukagoshi, Nami Sakai, Kazunari Iwasaki, Munetake Momose, Hiroshi Kobayashi, Daisuke Ishihara, Sakae Watanabe, Hidehiro Kaneda, and Satoshi Yamamoto, "Detection of submillimeter-wave [C I] emission in gaseous debris disks of 49Ceti and βPictoris", The Astrophysical Journal Letters, doi: 10.3847/2041-8213/aa67f4

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 坂井星・惑星形成研究室
協力研究員 樋口 あや(ひぐち あや)
主任研究員 坂井 南美(さかい なみ)

茨城大学
大学院理工学研究科(宇宙物理学コース)
大学院生 佐藤 愛樹(さとう あき)
理学部・理工学研究科
教授 百瀬 宗武(ももせ むねたけ)

名古屋大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
助教 小林 浩(こばやし ひろし)

樋口あや協力研究員の写真 樋口 あや

報道担当

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補足説明

  • 1.アステ望遠鏡(ASTE)
    アタカマサブミリ波望遠鏡実験(ASTE: Atacama Submillimeter Telescope Experiment)。 国立天文台が日本の大学やチリ大学との共同研究として、口径10mの高精度ミリ波サブミリ波望遠鏡をALMA建設地に設置して行なったサブミリ波観測の先駆け的プロジェクト。炭素原子ガスが出すスペクトル線の波長の空間分解能は17秒角、一酸化炭素分子ガスのスペクトル線の波長では22秒角である。
  • 2.デブリ円盤
    主系列に至った恒星の周りに形成される塵の円盤。惑星の材料の残骸(デブリ)で形成されているため、デブリ円盤(残骸円盤)と呼ばれる。1984年に可視光で、がか座β星の周りに多量の塵からなる円盤が撮像されたことから、その存在が明らかになった。
  • 3.惑星系
    恒星とその周りを公転している天体の集団。地球がある太陽系も惑星系の一つである。近年、太陽系以外の系にも惑星が存在することが明らかになり、現在その数は3,500個を超える。
  • 4.炭素原子のサブミリ波輝線
    炭素原子の状態によって原子が出すスペクトル線が、スピン軌道相互作用によって微細な分裂を起こす。このスペクトル線を観測すると炭素原子の存在量が分かる。
  • 5.原始惑星系円盤
    太陽の若い頃のような星の周囲を取り巻くガス円盤のこと。惑星系のもとになる。ガス円盤は、恒星や惑星の成長と共に散逸していく。原始惑星系円盤内にはガス成分と塵が共存しており、これらの塵が成長して微惑星となり、微惑星の合体などによって惑星が形成される。その間、ガス成分は恒星のエネルギーを受けて飛ばされる、大気として惑星に閉じ込められる、あるいは恒星に落ち込むなどと考えられている。
  • 6.オールトの雲
    太陽系の外側(太陽と地球間の数万倍の距離に相当)を大きく球状に取り囲む、氷微惑星の集まり。
  • 7.アルマ望遠鏡(ALMA)
    アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array:ALMA、アルマ望遠鏡)は、ヨーロッパ南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設。直径12mのアンテナ54台、7mのアンテナ12台、計66台のアンテナ群をチリ共和国のアンデス山中にある標高5,000mの高原に設置し、一つの超高性能な電波望遠鏡として運用している。2011年から部分運用が開始され、2013年から本格運用が始まった。感度と空間解像度でこれまでの電波望遠鏡を10倍から100倍上回る性能を持つ。本研究で用いたアルマ望遠鏡の一酸化炭素分子ガスの観測の空間分解能は約0.5秒角である。
アステ望遠鏡観測によるデブリ円盤の一酸化炭素分子ガスと炭素原子ガスのスペクトルの図

図1 アステ望遠鏡観測によるデブリ円盤の一酸化炭素分子ガスと炭素原子ガスのスペクトル

左:くじら座方向にあるデブリ円盤49Cetiにおける一酸化炭素分子ガス(上)と炭素原子ガス(下)のスペクトル強度。
右:がか座方向にあるデブリ円盤βPictorisにおける一酸化炭素分子ガス(上)と炭素原子ガス(下)のスペクトル強度。
ガスの運動速度(km/秒)を横軸としたときの、ガススペクトルの形状(ガスの運動の様子)を比較した。49CetiもβPictoris一酸化炭素分子ガスと炭素原子ガスのスペクトル形状がよく似ていることが分かる。そのため、デブリ円盤内の炭素原子ガスと一酸化炭素分子ガスは共存するといえる。なお、上段の一酸化炭素ガスのスペクトルにはアルマ望遠鏡による観測データ(赤線)も含む。二つの望遠鏡によるスペクトルはほぼ同じ形状を示した。運動速度の視線方向成分とは、観測する天体が地球に対してどのように運動しているかを示す。赤の点線は中心速度で、それに対して遠ざかる方向(中心速度より速度が大きい)、近づいてくる方向(中心速度より速度が小さい)に動いていることを示す。

星間空間での一酸化炭素分子ガスの化学反応の経路図の画像

図2 星間空間での一酸化炭素分子ガスの化学反応の経路図

矢印に沿って見ていくと、一酸化炭素分子(CO)は紫外線によって解離されて、炭素原子(C)、炭素原子イオン(C)になる。水素分子がたくさんあれば(ピンクの矢印の反応が進めば)、炭素原子イオンが一酸化炭素分子に再び戻ることが分かる。

デブリ円盤上でガスが供給される様子のイメージ図の画像

図3 デブリ円盤上でガスが供給される様子のイメージ図

円盤内に分布する塵や岩石が衝突して、内部に閉じ込められていたガスがまき散らされ、供給されている様子。

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