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2017年5月24日

理化学研究所
東京大学

固体中の相対論的電子による新しい相転移現象を発見

-トポロジカル電子状態の理解と発展に道-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの上田健太郎研修生(研究当時)、金子竜馬研修生(東京大学大学院工学系研究科大学院生)、十倉好紀グループディレクター(同教授)、強相関界面研究グループの藤岡淳客員研究員(同講師)、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(同教授)、ソウル大学のボン-ジュン・ヤン准教授らの国際共同研究グループは、固体中で強く相互作用する相対論的電子の新しい相転移[1]現象を発見しました。

多くの遷移金属酸化物は電子間の相互作用が強いために、電子が互いに反発して動くことができず絶縁体となります。これら強相関電子系と呼ばれる物質群では、電荷、スピン[2]軌道自由度[3]が大きなエネルギースケールで作用し合っているため、圧力や磁場などの外部刺激によってさまざまな秩序相が現れることが知られています。特に近年では、パイロクロア型結晶構造[4]を持つイリジウム酸化物において、磁性[5]と結合した新たな電子状態が実現する可能性について活発に議論されています。

今回、国際共同研究グループは高品質の単結晶を合成し、圧力、温度、磁場を細かく制御しながら電気輸送特性測定(電気抵抗率測定)を行うことで、新たな磁気・電子相および相転移に伴う異常応答の開拓を目指しました。まず、磁性絶縁体(絶縁性の高い磁性体)である「ネオジウム・プラセオジウムイリジウム酸化物((Nd1-xPrx)2Ir2O7)」を合成し、圧力下で電気輸送特性の測定を行ったところ、相転移温度が絶対零度(0K)になる量子臨界点の近傍において巨大な磁気抵抗効果[6]を観測しました。さらに電気抵抗率の変化に伴い、キャリアの性質を反映するホール伝導度[7]が符号の変化を含めた異常な磁場依存性を示すことを明らかにしました。また、磁気構造を考慮に入れた理論計算から、観測された現象が新しいタイプのトポロジカル電子相[8]の発現を示している可能性を見いだしました。これらの結果から、これまで理論的に予測されていなかった電子相が量子臨界点近傍に多数存在することを実験的、理論的に実証しました。

本成果は、固体中における磁性と電子状態に関する基礎的な理解を深めるとともに、トポロジカル電子相に関する新たな知見を与えると期待できます。

本研究は、国際科学雜誌『Nature Communications』(5月24日付け)に掲載されました。

本研究は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」、科学研究費補助金事業の一環として実施されました。

※国際共同研究チーム

理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関物理部門
強相関物性研究グループ
研修生(研究当時)上田 健太郎(うえだ けんたろう)(現マックスプランク固体物性研究所 博士研究員)
研修生 金子 竜馬(かねこ りょうま)(東京大学大学院 工学系研究科 大学院生)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)(東京大学大学院 工学系研究科 教授)

強相関界面研究グループ
客員研究員 藤岡 淳(ふじおか じゅん)(東京大学大学院 工学系研究科 講師)

強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)(東京大学大学院 工学系研究科 教授)

ソウル大学
准教授 ボン-ジュン・ヤン(Bohm-Jung Yang)
大学院生 タエクー・オー(Taekoo Oh)

背景

多くの遷移金属酸化物は電子間の相互作用が強いために、電子が互いに反発して動くことができず絶縁体となります。こういった強相関電子系と呼ばれる物質群では、電荷、スピン、軌道自由度が強く結合しているため、圧力や磁場などの外部刺激によってさまざまな秩序相が現れます。最近では、強いスピン軌道相互作用[9]を持つ5d電子系酸化物において、従来の強相関電子系とは異なる興味深い磁性や電子状態が実現する可能性が提案され、精力的に研究が進められています。

なかでも、パイロクロア型結晶構造を持つイリジウム酸化物は、磁気秩序したトポロジカル電子相の発現の可能性が理論的に予測されて以来、大きな注目を集めています。しかしこれまでの研究では、試料合成が難しいため実験例が少なく、予測された電子相が実在するかはよく分かっていませんでした。

そこで国際共同研究グループは、パイロクロア型イリジウム酸化物における新奇な磁気・電子相および相転移に伴う異常応答の開拓を目指しました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、相転移温度が絶対零度(0K)になる量子臨界点近傍の磁性絶縁体(絶縁性の高い磁性体)であるパイロクロア型イリジウム酸化物「ネオジウム・プラセオジウムイリジウム酸化物「(Nd1-xPrx)2Ir2O7)」に着目しました。カリウムフッ化物(KF)を溶媒としたフラックス法[10]を用いて、結晶軸方向がそろった結晶性の高い単結晶体を作製し試料としました。

パイロクロア格子は、希土類[11]イオン(本研究では、ネオジウムイオンまたはプラセオジウムイオン)とイリジウムイオンがそれぞれ四面体を組み、頂点共有でつながった構造をしています(図1a)。強いスピン軌道相互作用のために、四面体の頂点に位置するスピンは、各頂点と四面体の重心を結んだ方向に向きやすくなります。このため、隣り合った頂点上のスピンが反平行に並ぼうとすると、つまり反強磁性体[5]になろうとすると、四面体頂点の四つのスピンが全て中あるいは外を向いた磁気構造が最も安定となります(図1b)。十分に大きな外部磁場を高対称な結晶軸方向に加えるとスピンの向きが変わり、磁気構造を制御することができます(図1c,d)。

パイロクロア型結晶は、静水圧力[12]を加え格子を等方的に縮ませることで、固体中の相転移現象において重要なパラメータであるバンド幅[13]を調節することができます。また、希土類イオンを、ネオジウムからプラセオジウムに置換することでも類似の効果が得られます。本研究では、この圧力と化学置換という二つのアプローチを用いて系のパラメータ制御を行いました。常圧下では、温度を下げていくと23K(約-250℃)で磁気転移(磁気を示すようになる)を起こし、電気抵抗率が急激に増加します(図2a)。圧力を加えるまたは化学置換する(Xの割合を変える)と、磁気転移温度[14]が低下していき、6ギガパスカル(GPa、1 GPaは10億Pa)付近で反強磁性絶縁体相がほぼ完全に消失しました(図2b,c)。さらに、1 GPa以上の反強磁性絶縁体相が消失する近傍において、巨大な磁気抵抗効果が観測されました。これは、圧力によって、複数の磁気・電子相が互いに拮抗している臨界領域に系が引き寄せられたためだと考えられます。

次に、観測された磁気抵抗効果の知見を得るために、電気抵抗率に加えキャリアの性質を反映するホール伝導度の磁場依存性を測定しました。その結果、大きな抵抗率変化に伴い、ホール伝導度も符号の変化を含めた複雑な磁場依存性を示すことが分かりました。これは、磁場によって磁気構造が変化したことに起因すると考えられます。磁気構造変化を考慮に入れて理論計算を行った結果、それぞれの磁気対称性[15]を反映したトポロジカル電子相が発現している可能性が見いだされました(図3)。これまでの理論計算では、そのような電子状態の存在は予測されていませんでしたが、本研究で圧力と磁場を細かく制御することにより、新たな電子相が実現することを実証しました。

以上の結果から、磁気転移が絶対零度(0K)で消失する量子臨界点近傍において、さまざまな磁気構造に由来した多様なトポロジカル電子状態が実現している可能性が明らかになりました。

今後の期待

本研究は、今まで理論的に予測されていなかった電子状態が磁気構造やバンド幅を制御することにより多数実現することを、実験的、理論的に実証しました。これは、固体中における磁性とトポロジカル電子状態の関係について重要な知見を与えると考えられます。また、今回確立した温度、圧力、磁場をパラメータとした相図は、今後、強相関トポロジカル物質の設計指針となると期待できます。

原論文情報

  • Kentaro Ueda, Taekoo Oh, Bohm-Jung Yang, Ryoma Kaneko, Jun Fujioka, Naoto Nagaosa, and Yoshinori Tokura, "Magnetic-field induced multiple topological phases in pyrochlore iridates with Mott criticality", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms15515

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
研修生(研究当時) 上田 健太郎(うえだ けんたろう)
(現マックスプランク固体物性研究所 博士研究員)
研修生 金子 竜馬(かねこ りょうま)
(東京大学大学院工学系研究科 大学院生)
客員研究員 藤岡 淳(ふじおか じゅん)
(東京大学大学院工学系研究科 講師)
グループディレクター 十倉 好紀
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.相転移
    相とは物質の性質が一様でかつ単一の熱力学関数で記述できる状態のことで、相転移とはある相から別の相へ変化することである。例えば、常温常圧下における水は液相であるが、冷却して0℃以下にすると固相へ相転移し、加熱して100℃以上にすると気相へ相転移する。
  • 2.スピン
    電子の持っている小さな磁石としての性質のこと。隣り合うスピンの向きがそろうと全体として大きな磁化を持ち磁石となるが、隣り合うスピンの向きが逆向きになると全体としては磁化を持たなくなる。
  • 3.軌道自由度
    電子軌道とは、原子核の周りを回っている電子の配置のことで、量子数に応じてs軌道、p軌道、d軌道などと呼ばれる。量子力学において、電子の場所は特定することができないため確率分布として記述され、その形状から電子雲とも呼ばれる。軌道自由度とは、電子雲の形状、または電子がどの軌道を占有するかという自由度のことを指す。
  • 4.パイロクロア型結晶構造
    パイクロアとは黄緑石のこと。ニオブ(Nb)の原料となる天然鉱石で理想的な組成式はCa2Nb2O7。実際には、Caの一部がNaで、Nbの一部がTa(タンタル)で、Oの一部がFでそれぞれ置換されたり、Hが付け加わったりすることもある。この結晶構造をパイロクロア型結晶構造と呼ぶ。基本的な構造を変えないままで、多くの元素での置き換えが自由に行えるため物質設計が容易である。これまで、数多くのパイロクロア型物質が人工的に合成されている。
  • 5.磁性、反強磁性体
    磁性とは、内部に各電子の回転運動に起因した微小な磁石(スピン)が生じさせる物性のこと。磁性を持つ物質(磁性体)は通常冷却すると、巨視的な数の電子スピンが何らかのパターンで整列する磁気秩序を示す。主として、磁石としての巨視的な磁化を示す鉄・コバルト・ニッケルなどの「強磁性体」、磁化が内部で打ち消されている「反強磁性体」、スピンが秩序化しない「常磁性体」などに分類される。
  • 6.磁気抵抗効果
    外部磁場を加えることで、電気抵抗が変化する現象のこと。
  • 7.ホール伝導度
    ホール効果とは、電流に対して磁場をかけたときに、電流と磁場の両方に直交する方向に起電力が現れる現象のこと。ホール抵抗率は、横方向の電圧に対して縦方向の電流で割った値として定義され、ホール伝導度は抵抗率テンソルの逆行列非対角項として定義される。
  • 8.トポロジカル電子相
    トポロジカル電子相とは、電子波動関数の特殊な幾何学的位相を反映した電子相のこと。固体中の電子は波として振る舞うため、波を特徴づける量である位相が、電子の運動に重要な役割を果たす。相対論的スピン軌道相互作用の強い系などにおいて、しばしば位相に量子力学的な項が生じ、古典論では説明できない現象が現れる。例として、中身は絶縁体であるにも関わらず表面は金属であるトポロジカル絶縁体や、相対論的量子力学で用いられるディラック方程式またはワイル方程式で電子の運動を記述できるディラック半金属、ワイル半金属が挙げられる。
  • 9.スピン軌道相互作用
    電子は自転に対応する固有の角運動量を持っており、それをスピンという。原子核の周りを回転運動する電子は軌道角運動量を持っており、相対論的量子力学によれば、電子のスピンと軌道角運動量の内積に比例するエネルギー項が存在する。このエネルギー項のことをスピン軌道相互作用と呼び、電子スピンの向きを変える働きを持つ。
  • 10.フラックス法
    単結晶を合成する手法の一つ。目的の物質を低温で融解しやすくするために融剤を添加し、高温で溶解させた後に徐冷することで、再結晶化した物質を得ることができる。
  • 11.希土類
    周期表第3族であるスカンジウムとイットリウムおよびランタノイドに属する15個の元素を合わせた計17元素の総称。
  • 12.静水圧力
    静止している水中において働く圧力。水中の一点に作用する圧力は、方向によらず同じ大きさである。
  • 13.バンド幅
    固体中では、電子はエネルギーの低いものから順に、バンドと呼ばれる電子の受け入れ領域に詰まっていく。このバンドの受け入れ可能なエネルギーの範囲の大きさをバンド幅と呼ぶ。
  • 14.磁気転移温度
    通常、物質は十分高温では「常磁性」という磁性を持たない状態であるが、ある温度以下で「強磁性」などの磁性を示すようになる。磁性を示すようになった温度が磁気転移温度である。
  • 15.磁気対称性
    多くの磁性体において、スピンはある周期性を持って整列する。磁気対称性とは、結晶の対称性に加えてスピンの並び方を考慮に入れた対称性のこと。
Nd2Ir2O7の結晶構造と磁気構造の図

図1 Nd2Ir2O7の結晶構造と磁気構造

a:パイロクロア型Nd2Ir2O7の結晶構造。希土類イオンNdと遷移金属イオンIrがそれぞれ四面体を組んで、頂点共有でつながった構造を持つ。

b:ゼロ磁場下での磁気構造。四面体頂点の四つのスピンが全て中あるいは外を向いている。all-in all-out磁気構造と呼ばれる。

c:[001]結晶軸方向の磁場下における磁気構造。四面体頂点の四つのスピンのうち、二つが中、残り二つが外を向いている。2-in 2-out磁気構造と呼ばれる。

d:[111]結晶軸方向の磁場下における磁気構造。四面体頂点の四つのスピンのうち、三つが中あるいは外、一つが外あるいは中を向いている。3-in 1-out磁気構造と呼ばれる。

Nd2Ir2O7の抵抗率の温度依存性と相図の画像

図2 Nd2Ir2O7の抵抗率の温度依存性と相図

a,b:Nd2Ir2O7における抵抗率の温度依存性(a. 0 GPa, b. 1 GPa)。黒線がゼロ磁場下での抵抗率、赤線が[001]結晶軸方向に磁場を加えたときの抵抗率、青線が[111]方向に磁場を加えたときの抵抗率。0 GPa(≒常圧)では、磁気転移温度23K(-250℃)以下で抵抗率が急激に増加するが、1 GPa(10億Pa)では磁気転移温度が23Kよりも低くなっている。磁場下における抵抗率も、常圧下と比べて大きく変化している。

c:圧力、化学置換(Xの変化)に対する電子・磁気相図。圧力を増加させていくと磁気転移温度が低下していき、約6 GPaで反強磁性絶縁体相が消失する。

理論計算による磁気・電子相図の画像

図3 理論計算による磁気・電子相図

aは、[001]結晶軸方向に磁場を加えたときの相図。bは、[111]結晶軸方向に磁場を加えたときの相図。クーロン相互作用および磁場の大きさによって、さまざまな磁気・電子相が生じる可能性を示している。

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