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2017年6月27日

理化学研究所

熱しても冷やしてもできる超分子ポリマー

-材料開発における新たな設計指針-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発ソフトマター研究グループの宮島大吾上級研究員、ヴェンカタ・ラオ・コタギリ特別研究員、相田卓三グループディレクターらの研究チームは、試験管中で原料を加熱・冷却のどちらの操作でも形成できる「超分子ポリマー[1]」の開発に成功しました。

超分子ポリマーとは、小分子(モノマー)間に働く非共有結合[2]と呼ばれる引力でモノマー同士を接着させることで作るポリマーです。超分子ポリマーは共有結合[2]に比べて弱い力で結合しているため、磁石のN極とS極が力をかけることで離れるように、超分子ポリマーの連結も物理的な力によって解除することができ、また力を緩めることで自動的に再連結します。このような超分子ポリマーの可逆的性質は自己修復材料[3]などさまざまな応用が可能であるため、新しい材料として大きな期待が寄せられています。しかし、一般に超分子ポリマーは熱によって分解され(脱重合)、構成するモノマーに戻ることが知られており、高温下では使用できないなど、その応用が制限されてきました。そこで、研究チームは従来の超分子ポリマーの常識に反し、加熱によって重合が進行する超分子ポリマーの開発に取り組みました。

今回、研究チームは近年知られるようになった“分散したポリマーが加熱により凝集する現象”に着目し、超分子ポリマーの開発を行いました。作製したモノマー「PORcu」からなる1次元の超分子ポリマーを調べた結果、アルコールとPORcuの濃度を適切に調整した条件下で加熱すると、バラバラだったPORcuが重合し超分子ポリマーが形成され、冷却することで再びバラバラになることが確認されました。また、バラバラの状態からさらに温度を下げると超分子ポリマーが再形成されることが分かりました。つまり、ある温度ではバラバラのモノマーが加熱・冷却どちらでも重合が進行する超分子ポリマーを作製することができました。

本材料は加熱により重合が進行するため、温度上昇に伴い粘度が大きく上昇すると考えられます。このため、温度上昇に伴い粘度が上昇することが求められるエンジンオイルなどへの応用が期待できます。また、本研究は材料開発において、新しい設計指針を与えるものと期待できます。

本研究は、国際科学雑誌『Nature Chemistry』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(6月26日付け:日本時間6月27日)に掲載されます。

背景

私たちの身の回りにあふれているプラスチックやゴムといった素材は、高分子(ポリマー)と呼ばれる物質が絡み合ってできています。ポリマーは、小分子(モノマー)が鎖や数珠のようにたくさんつながってできた長大な分子です。ポリマーはモノマーのつなぎ方を制御することで、素材としてさまざまな機能を発揮するため、多くの用途に用いられています。例えば、ポリマーの鎖を長くしていくと絡み合いの度合いが増し、その状態は、粘度の高い液体⇒ワックス⇒固体のように変わっていきます。日常生活の多様なニーズに応えるため、これまでさまざまなポリマーが開発されてきました。

そのような中、1980年代後半に新しいタイプのポリマーである「超分子ポリマー」が、フランスのジャン=マリー・レーン博士やオランダのバート・マイヤー博士らによって報告されました。超分子ポリマーはモノマーを化学反応で連結させるのではなく、非共有結合と総称される、水素結合や分子間の相互作用などのモノマー間に働く引力を利用してモノマーを連結させているポリマーです。本来、非共有結合は弱く、分子がくっついたり離れたりを繰り返しますが、超分子ポリマーでは複数点で非共有結合することで離れるのを防いでいます。また、超分子ポリマーは共有結合に比べて弱い力で結合しているため、磁石のN極とS極が力をかけることで離れるように、超分子ポリマーの連結も物理的な力によって解除でき、また力を緩めると自動的に再連結します。

このような超分子ポリマーの可逆的性質は自己修復材料などさまざまな応用を可能にし、新時代の材料として大きな期待が寄せられています。ただし、一般に超分子ポリマーは熱によって分解され(脱重合)、モノマーに戻るため、その応用が制限されてきました。

そこで、研究チームは従来の超分子ポリマーの常識に反し、加熱によって重合が進行する超分子ポリマーの開発を試みました。

研究手法と成果

熱力学の法則では、集合体は温度が上昇するにつれてバラバラになろうとします。これに従い、超分子ポリマーも加熱すると脱重合し、モノマーとなってバラバラになります。従来のポリマーは、共有結合によってモノマー同士が極めて強固に結び付いているため、通常取り扱う温度範囲(200℃以下)でバラバラになることはめったにありません。

一方で近年、この熱力学の法則に反したような現象が知られるようになりました。それは、あるポリマーが溶けた水溶液を加熱すると、低温では水中で分散していたポリマーが、ある温度で凝集し、沈澱や不定形の集合体を形成するというものです(図1a)。この集合体が形成される温度のことを「下限臨界温度(LCST:Lower critical solution temperature)」と呼びます。ここでは「分散したポリマーが加熱により凝集する現象」そのものをLCSTと呼ぶことにします。

LCSTは、温度が上昇すると集合体がバラバラになろうとする熱力学の法則に反しているように思われます。しかし、LCSTを起こすポリマーは加熱前の分散状態のときは、それぞれが表面に水分子を強く引きつけています。そして、加熱によりポリマーが凝集すると同時に、多くの水分子がポリマーから開放されます。そのため、水分子を含む系全体としてはよりバラバラになっており、熱力学の法則に従っているといえます(図1b)。これまでLCSTで形成される集合体は、秩序性が低い凝集体ばかりでした。研究チームは、LCSTの原理を利用することで、加熱により1次元の超分子ポリマーを形成できると考えました。

そこで、図2左に示す分子構造のモノマー「PORcu」を設計・開発しました。PORcuには、中央にポルフィリン[4]と呼ばれるπ共役の環状骨格があり、その周りにそれぞれ二つずつのアミド基(-NH-CO -)を持つ4本の側鎖が結合しています。すなわち、1分子中に8個のアミド基が存在しています。PORcuはドデカンのような非極性溶媒中では重合し、1次元の超分子ポリマーを形成します(図2右)。この超分子ポリマーは、中央のπ共役コア同士が重なり合うことで生じるπ-π相互作用[5]と側鎖のアミド基間で形成される水素結合によって、強く安定化されています。そのため、このPORcuからなる超分子ポリマーは110℃以上に加熱しても脱重合しません。

次に、非極性溶媒中のPORcuからなる超分子ポリマーにヘキサノールのようなアルコールを十分量加えたところ、超分子ポリマーは速やかに脱重合しバラバラになることが分かりました。これは、アルコールの水酸基(-OH)がPORcuのアミド基と水素結合を形成することによって、それまでPORcu同士で形成されていた分子間水素結合が解除され、安定性が低下したためだと考えられます。

ここで、バラバラになったPORcu1分子中には8個のアミド基が存在するため、多くのアルコールと強く相互作用していることになります。そのため研究チームは、加熱するとアルコールがPORcuから離れ、PORcu同士の相互作用が可能になり、再び超分子重合が起こるのではないかと考えました。実際に、アルコールの量やPORcuの濃度を適切に調整した条件下では、加熱することで超分子ポリマーが再形成されることが確認され、温度を下げると超分子ポリマーは再びバラバラになりました(図3)。このように、加熱することで重合が進行するという従来の常識とは真逆の超分子重合の開発に成功しました。

また、温度をさらに下げると超分子ポリマーが再形成されました。つまり、ある温度ではバラバラのモノマーを加熱・冷却することで、どちらの場合も超分子ポリマーが形成されました(図4)。冷却により超分子ポリマーが再形成されたのは、非極性溶媒中ではアルコールはアルコール同士で水素結合を形成し、「逆ミセル[6]」と呼ばれる球状集合体を形成するように集まったからだと考えられます。そのため、温度を下げアルコール同士の集合体形成が促進されることで、PORcuと相互作用できるアルコールの濃度が低下し、超分子ポリマーの形成が促進されたと考えられます。このように、アルコールの水素結合能をうまく利用することで、これまでにない、加熱・冷却のどちらでも重合が進行する超分子ポリマーの開発に成功しました。

今後の期待

温度変化により重合・脱重合が可逆的に変化できる材料は、粘度などの物理的性質を温度によって可逆的に変化させることが可能です。一般に温度の上昇に伴い粘度は低下しますが、エンジンオイルなどでは温度上昇に伴い粘度が上昇することが求められます。加熱による重合の進行に伴い粘度が大きく上昇すると考えられる本材料の応用が期待できます。また本研究は材料開発において、従来の超分子ポリマーの常識にはない新しい設計指針を与えるものと期待できます。

原論文情報

  • K. Venkata Rao, Daigo Miyajima, Atsuko Nihonyanagi and Takuzo Aida, "Thermally Bisignate Supramolecular Polymerization", Nature Chemistry, doi: 10.1038/nchem.2812

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発ソフトマター機能研究グループ
上級研究員 宮島 大吾(みやじま だいご)
特別研究員 ヴェンカタ・ラオ・コタギリ(Venkata Rao Kotagiri)
グループディレクター 相田 卓三(あいだ たくぞう)

宮島大吾 上級研究員の写真 宮島大吾
ヴェンカタ・ラオ・コタギリ特別研究員の写真 Venkata Rao Kotagiri
相田卓三グループディレクターの写真 相田卓三

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.超分子ポリマー
    従来の高分子(ポリマー)は小さな分子(モノマー)が化学反応を経て、共有結合と呼ばれる非常に強い結合によって鎖状に連結され作られていた。超分子ポリマーは分子間に働く引き付け合う力(非共有結合)を利用し分子同士を接着し、鎖状に連結することで合成される高分子である。この接着は温度を上げる、特定の有機溶媒を使うなどすると容易に外れ元の小分子に戻すことができる。
  • 2.非共有結合、共有結合
    共有結合とは原子同士の間で電子を共有することで生じる化学結合で、結合力が強い。非共有結合は共有結合以外の原子同士を結びつける力を表し、水素結合やπ-π相互作用[5]などが知られている。共有結合に比べて結合力は弱い。
  • 3.自己修復材料
    傷などのダメージを修復することができる材料。一般的な高分子からできた材料は、傷ができる際にポリマー分子の切断を伴い、一度切れたポリマーは再度結合することはなく、このダメージは不可逆で修復することは困難である。超分子ポリマーはモノマーが非共有結合で連結されているため、一旦切断されても容易に再結合が可能であり、自己修復材料に用いられることが多い。
  • 4.ポルフィリン
    ピロール環と呼ばれる窒素原子を一つ含む5員環の化合物が、環状に四つ結合した構造を骨格とする化合物の総称。配位子として中心に金属イオンを持つ錯体を生成する。金属が鉄の場合はヘモグロビン、マグネシウムの場合はクロロフィルなどとして、動植物中に広く存在する。
  • 5.π-π相互作用
    π電子を多く持つ芳香環の間に働く相互作用の一種。
  • 6.逆ミセル
    ミセルとは、有機化合物が水中において疎水性基を内側に配置するように集まった球状集合体のことである。逆ミセルは、親水性基を内側に集めるように形成されるミセルを指す。基本的に非極性溶媒中において形成される。
分散したポリマーが加熱により凝集するLCSTと呼ぶ現象の図

図1 分散したポリマーが加熱により凝集するLCSTと呼ぶ現象

(a)LCSTを起こすポリマーの水溶液を加熱すると、ある温度でポリマーが凝集し白く濁る。

(b)LCSTのメカニズムの解説図。LCSTを起こすポリマーは、分散しているときはそれぞれが表面に水分子を強く引き付けている。加熱によりポリマーが凝集すると同時に、多くの水分子がポリマーから開放される。そのため、水分子を含む系全体としてはよりバラバラになっており、熱力学の法則に従っている。

本研究で開発したモノマーPORcuとPORcuの超分子ポリマーの図

図2 本研究で開発したモノマーPORcuとPORcuの超分子ポリマー

左)モノマーPORcuの分子構造。中央にポルフィリン(π共役コア)が銅イオンに配位しており、その周りにそれぞれアミド基を二つずつ持つ側鎖が4本ある。1分子中にアミド基は合わせて8個存在する。

右)PORcuのポルフィリン構造を灰色の円盤、アミド基を持つ側鎖を赤色で表す。モノマーのPORcuは非極性溶媒中では、集合して1次元の超分子ポリマーを形成する。この超分子ポリマーは、中央のπ共役コア同士が重なり合うことで生じるπ-π相互作用、ならびに側鎖のアミド基間で形成される水素結合によって強く安定化されている。

PORcuとヘキサノールを用いた加熱により進行する超分子重合の模式図の画像

図3 PORcuとヘキサノールを用いた加熱により進行する超分子重合の模式図

ヘキサノールの量やPORcuの濃度を適切に調整した条件下では、バラバラだったPORcu(左)は加熱することで超分子ポリマーが形成され(右)、冷却すると超分子ポリマーは再びバラバラになる(左)。

PORcuとヘキサノールを用いた加熱・冷却により進行する超分子重合の模式図の画像

図4 PORcuとヘキサノールを用いた加熱・冷却により進行する超分子重合の模式図

ある温度ではバラバラのモノマーのPORcu(中)を加熱・冷却することで超分子ポリマーが形成される。

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