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2018年3月14日

理化学研究所

新たなリズム時計の発見

-中枢時計より堅固な概日リズムを示す脈絡叢-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター精神生物学研究チームの内匠透シニアチームリーダーらの国際共同研究グループは、マウスを用いて、脈絡叢[1]が、中枢時計を司る視交叉上核[2]よりも堅固な概日リズム[3]を刻むことを発見しました。

概日リズムはほぼ全ての生物に存在する基本的生命現象であり、ヒトを含む哺乳類においては、さまざまな生理機能を制御しています。哺乳類の時計中枢は、視交叉上核と呼ばれる脳内視床下部に存在する神経核であることが知られています。

今回、国際共同研究グループは、リズムレポーターマウス[4]の脳における概日リズムを体系的に調べることにより、脈絡叢が中枢時計よりも堅固な概日リズムを刻むことを発見しました。また、組織培養系や遺伝子組換えマウスを用いた実験により、脈絡叢時計は脳脊髄液[5]の循環を介して中枢時計に作用し、概日行動リズムを制御していることを明らかにしました。

本成果は、中枢時計である視交叉上核時計よりも堅固な生物時計が脈絡叢に存在するという驚きの発見であるだけなく、ギャップ結合[6]を制御する薬剤などにより、中枢時計を介して概日リズムを操作できる可能性を示しています。今後、最近注目されている睡眠の意義との関連も注目されます。

本成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(3月14日付)に掲載されます。

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)「気分障害と概日リズムの分子相関理解のための統合的研究(研究代表者:内匠透)」と科学技術振興機構(JST)国際科学技術協力推進事業(研究交流型)「生物時計中枢としての視交叉上核:定量化、シミュレーション、機能解析(研究代表者:内匠透)」の支援を受けて行われました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所脳科学総合研究センター 精神生物学研究チーム
シニアチームリーダー 内匠 透 (たくみ とおる)
研究員(研究当時) ミョン・ジーワン (Jihwan Myung)
研修生(研究当時) 築澤 良亮 (つきざわ よしあき)

フンボルト大学
教授 ヘルチェル ハンスピーター(Hanspeter Herzel)
研究員(研究当時) ボルデュゴフ・グリゴリー (Grigory Bordyugov)
研究員 シュマル・クリストフ (Christoph Schmal)
大学院生 ローズ・ピア (Pia Rose)

沖縄科学技術大学院大学
教授 デシュッター・エリック (Erik De Schutter)
研究員 ホング・ソンホ (Sungho Hong)

ワシントン大学 医学部
教授 ホルツマン・マイケル (Michael J Holtzman)
研究員 ツァン・ヨン (Yong Zhang)

背景

私たちの体には、約24時間周期でさまざまな体内現象のタイミングを調節している体内時計というメカニズムが存在します。体内時計はホルモンの分泌や代謝、睡眠リズムといった概日リズム(1日を周期として起こる体内環境の変動)を制御しています。体内環境の概日リズムに異常が起きると、時差ボケや睡眠障害などのリズム障害を引き起こすだけでなく、がんや生活習慣病、精神疾患を引き起こす要因にもなると考えられています。体内時計は、体中の細胞にある約24時間を周期とする概日時計がオーケストラのように協調し合うことで機能します。脳の視床下部には、視交叉上核という約1万個の神経細胞からなる神経核があり、体中の概日時計を制御する中枢時計として、いわばオーケストラの指揮者のような役割を果たしています。

脈絡叢は脳脊髄液を産生し、脳室に分泌する重要な臓器であり、脈絡叢上皮細胞は毛細血管の血管内皮細胞とともに血液脳関門[7]を形成しています。脳脊髄液の産生にも概日リズムがみられます。また、脳脊髄液の産生および吸収は、睡眠中に間質液から脳の代謝物が自浄される脳内のリンパ系システムとも深く関係しています。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、リズムレポーターマウスの脳における概日リズムを体系的に調べたところ、脳内でさまざまな領域に概日リズムがみられることを明らかにしました(図1)。その中で脈絡叢、下垂体の概日リズムは非常に堅固で、特に脈絡叢の概日リズムは時計中枢である視交叉上核よりも堅固な概日リズムを刻むことを発見しました(図2)。

視交叉上核では神経細胞間ネットワークが中心になりますが、脈絡叢では非神経系の細胞間ネットワークが働くためギャップ結合が重要です。実際に、脈絡叢においてもギャップ結合に関わるコネキシン43タンパク質の強い発現がみられました。また、ギャップ結合阻害剤であるMFA(meclofenamic acid)により、濃度依存的に脈絡叢の概日リズムの振幅は減少し、その周期は増加しました。

さらに、脈絡叢の概日リズムの周期は生後0日目で最も長く、発達とともに周期が短くなることを見いだしました。この発達依存的な周期の減少は視交叉上核の概日リズムではみられず、両者のカップリング機構に違いがあることが示されました。

そこで、視交叉上核と脈絡叢との概日リズムのカップリングにおける関連を明らかにするために、それぞれの共培養実験を行ったところ、視交叉上核の概日リズムは脈絡叢によって短周期になる一方、脈絡叢の概日リズムは視交叉上核によって周期に影響を受けないことが分かりました。これらの結果は、脈絡叢から視交叉上核へ内因性の同調シグナルが存在することを示しています。

また、コンディショナルノックアウトマウス[8]を用いた行動解析により、脈絡叢特異的にコアの時計遺伝子[9]Bmal1を欠損したマウスでは、野生型に比べて周期が長くなることを見いだしました(図3)。

以上のことから、脈絡叢時計は脳脊髄液の循環を介して中枢時計に作用し、概日行動リズムを制御していることを明らかにしました。

今後の期待

本研究により、脈絡叢から視交叉上核へのシグナルを介して概日リズムが制御されることが分かりました。脈絡叢の概日リズムにはギャップ結合を介したカップリングが関与することから、末梢組織、脈絡叢およびギャップ結合を制御する薬剤などにより中枢時計を制御できる可能性が考えられます。また、脈絡叢から視交叉上核への内因性シグナル分子の同定が期待できます。

脈絡叢は脳脊髄液の産生に関与していることから、睡眠が脳内の老廃物の浄化に関与しているという仮説に照らし合わせると、脳内のリンパ系システムと関連という観点からも、今後、脈絡叢の概日リズムの生理的・病理的意義のより詳細な解明が重要になリます。

原論文情報

  • Jihwan Myung, Christoph Schmal, Sungho Hong, Yoshiaki Tsukizawa, Pia Rose, Yong Zhang, Michael J Holzman, Erik DeSchutter, Hanspeter Herzel, Grigory Bordyugov, Toru Takumi, "The choroid plexus is an important clock component", Nature Communications, doi: 10.1038/s41467-018-03507-2

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 精神生物学研究チーム
シニアチームリーダー 内匠 透 (たくみ とおる)

内匠透シニアチームリーダーの写真 内匠 透

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.脈絡叢
    脈絡叢は脳脊髄液を産生し、脳室に分泌する重要な臓器であり、脈絡叢上皮細胞は毛細血管の血管内皮細胞とともに血液脳関門を形成している。側脳室、第三脳室、第四脳室のそれぞれの脳室の天井部分で、血管が脳室上衣細胞を伴って脳室内に進入してできる。
  • 2.視交叉上核
    脳の視床下部に存在する神経核で、哺乳類の概日リズムの中枢。動物の視交叉上核を破壊すると概日リズムがなくなることが知られている。
  • 3.概日時計
    約24時間の周期を有する生物リズム。24時間周期で自転する地球環境に適応するために生物が獲得した基本的生命現象と考えられている。地球上に棲むほぼ全ての生物が概日リズムを持つとされる。
  • 4.レポーターマウス
    各種のイメージング手法などを用いて遺伝子発現をモニターできるマウス。
  • 5.脳脊髄液
    脳室系とクモ膜下腔を満たす無色透明の液体。髄液とも呼ばれ、脳室系の脈絡叢から産生され、脳の水分含有量を緩衝する。
  • 6.ギャップ結合
    互いに接触した二つの細胞をつないでイオンなどの小分子を透過させる構造。二つの細胞の細胞膜が近接した部位に、タンパク質でできたコネクソンと呼ばれる貫通構造が形成され、これが小分子を透過させる。神経細胞では、イオンなどの情報伝達分子を透過させると考えられている。
  • 7.血液脳関門
    脳の毛細血管では、内皮細胞、基底膜、星状膠細胞の突起に覆われ、脳の実質と隔絶されている。すなわち、血管内の血液と脳実質中の組織液の間には直接的なつながりがない。
  • 8.コンディショナルノックアウトマウス
    Cre/loxPシステム(loxP配列と呼ばれるDNA配列に対し、DNA組み換え酵素)を用いて、時期特異的、部位特異的に遺伝子を欠失させたマウス。
  • 9.時計遺伝子
    概日リズムに関わる遺伝子群。概日リズムの異常を示す変異体から見いだされた period遺伝子が最初の時計遺伝子である。 period遺伝子の発現自体に概日リズムがみられることから、その概日リズム変動の分子メカニズムとして、転写翻訳のフィードバックループが提唱され、それらを構成する中心的遺伝子を時計遺伝子と呼ぶ。
マウス脳の各部位での概日リズムの図

図1 マウス脳の各部位での概日リズム

  • (a) Bmal1-Elucレポーターマウスの脳部位の画像。LV CPは側脳室脈絡叢、4V CPは第4脳室脈絡叢、OVLTは終板脈管器官、SCNは視交叉上核、DMHは視床下部腹内側核、MEは正中隆起を示す。時計遺伝子Bmal1の遺伝子産物であるBmal1を発光イメージング用ルシフェラーゼElucで発光させている。
  • (b) マウス脳の模式図。3V CPは第3脳室脈絡叢、Pituitaryは下垂体、Pinealは松果体、APは最後野を示す。
  • (c) スライス培養におけるPER2-LUC振動。PER2も脳内のさまざまな領域で概日リズムがみられることが分かった。Liverは肝臓、PAGは水道周囲灰白質、VTAは腹側被蓋野である。PER2は時計遺伝子perの遺伝子産物、LUCは発光イメージング用ルシフェラーゼ。
脈絡叢(CP)と視交叉上核(SCN)の概日リズムの比較の図

図2 脈絡叢(CP)と視交叉上核(SCN)の概日リズムの比較

aはPER2-LUC活性の単一細胞レベルでの概日振動、bはBmal1-ELuc活性の単一細胞レベルでの概日振動を示す。どちらも脈絡叢の概日リズムの方が視交叉上核よりも一細胞毎の波形にばらつきがなく堅固なことが分かる。

脈絡叢の時計遺伝子Bmal1欠損マウス行動リズムの延長の図

図3  脈絡叢の時計遺伝子Bmal1欠損マウス行動リズムの延長

  • (a) 脈絡叢のBmal1を欠損したマウスの活動の時間変化を表わすアクトグラム。脈絡叢のBmal1を欠損したマウスはコントールマウス(b)に比べて活動リズムの周期が長くなっている。
  • (b) コントロールマウスのアクトグラム。
  • (c) コントロールマウスに比べて脈絡叢特異的Bmal1欠損ヘテロマウス、ホモマウスは概日行動リズムの周期が長くなる。
  • (d) 脈絡叢(CP)は脳脊髄液を介して視交叉上核(SCN)を制御する(実線の矢印)。一方、視交叉上核は脳脊髄液を介さずに光シグナルを脈絡叢に伝える(破線の矢印)。

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