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2018年11月2日

理化学研究所
住友電気工業株式会社
ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社
株式会社JEOL RESONANCE
科学技術振興機構

高温超電導線材の超電導接合を持つ永久電流NMR

-NMRの普及に大きく貢献-

理化学研究所(理研)放射光科学研究センターNMR研究開発部門超高磁場磁石開発チームの柳澤吉紀チームリーダー、住友電気工業株式会社パワーシステム研究開発センター次世代超電導開発室の永石竜起室長、ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社の斉藤一功技術総括部長、日本電子株式会社の連結子会社である株式会社JEOL RESONANCEの蜂谷健一副主査、科学技術振興機構の前田秀明プログラムマネージャーらの共同研究グループは、高温超電導線材[1]超電導接合[2]を持つ永久電流[3]核磁気共鳴(NMR)装置[4]によるNMR信号取得に成功しました。

本成果によって医薬品検査に用いられる定量NMR[5]や、アルツハイマー病発症に関わるアミロイドβペプチド[6]の構造が超微量試料で得られる次世代高磁場NMRの実現など、小型化・高性能化を伴ったNMRの普及拡大が期待できます。

NMR装置の超電導コイル(NMRコイル)は、線材同士を超電導接合でつないで永久電流運転します。しかし、高温超電導線材の超電導接合はまだ原理検証レベルにあり、高精度の磁場を発生させるNMRコイルへの実装と永久電流運転に成功した研究機関はありませんでした。今回、共同研究グループは、レアアース系高温超電導線材の実用レベルの超電導接合技術(iGS®接合)を実装したNMRコイルを初めて開発し、9.39テスラ[7]の磁場中での永久電流運転を実現しました。1時間あたりの磁場の変化率は10億分の1レベルと極めて安定で、これはコイルを冷やし続ければ外部電源なしで10万年間も磁場が発生し続けることに対応します。この安定磁場の中でNMR信号の取得に成功しました。

本成果は、2018年11月1日に米国シアトルで開催される国際会議『Applied Superconductivity Conference 2018』の基調講演で発表されます。

高温超電導線材の超電導接合を持つNMR装置用コイル(左)と永久電流磁場・NMR信号(右)の図

図 高温超電導線材の超電導接合を持つNMR装置用コイル(左)と永久電流磁場・NMR信号(右)

※研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業 大規模プロジェクト型 エネルギー損失の革新的な低減化につながる高温超電導線材接合技術「高温超電導線材接合技術の超高磁場NMRと鉄道き電線への社会実装」(JPMJMI17A2)の支援を受けて行われました。

背景

強力な磁場を必要とする核磁気共鳴(NMR)装置や核磁気共鳴画像(MRI)装置[8]には、電磁石として超電導コイルが使われています。これらの超電導コイルでは、線材同士を超電導接合することで、回路全体にわたって電気抵抗ゼロのループになります。これにより、いったん電流をコイルに流すと、外部から電力を供給しなくてもコイルに半永久的に電流が流れます。これを永久電流と呼びます。超電導状態となる極低温にコイルを維持すれば磁場を出し続けることができるため、省エネ効果が得られるとともに、停電時の緊急対応の必要もありません。

現在市販されているNMR装置やMRI装置には、液体ヘリウム温度(-269℃)レベルで超電導になる金属系低温超電導線材[9]が使われています。しかし、冷却のためには高価な液体ヘリウムと大がかりな低温設備が必要となります。

一方、レアアース系やビスマス系の高温超電導線材は、安価で簡単に取り扱える液体窒素温度(-196℃)で超電導になる利点があり、液体窒素冷却のNMR装置やMRI装置への活用が期待できます。また、液体ヘリウム温度にまで冷やせば、低温超電導線材よりはるかに高い磁場を発生できるので、次世代超高磁場NMRの実現も期待されます。このため、高温超電導線材の超電導接合を使ったNMRの実現が求められています。

永石室長と柳澤チームリーダーらは、2017年にレアアース系の高温超電導線材同士の優れた磁場中通電特性を示す超電導接合手法(iGS®接合)を開発しましたが、接合サンプルや小さな試験コイルとしての原理検証レベルにとどまっていました注1)。10億分の1レベルという極めて高い磁場の空間均一度[10]が必要なNMR装置用超電導コイルでは、コイルから引き出した線材を複雑に引き回した上で、同種の線材で製作した永久電流スイッチと超電導接合する高度な技術が必要になります。すなわち、実際のNMR装置における超電導接合の実装には技術的なハードルが高く、これまで実現していませんでした。

注1)2017年12月19日プレスリリース「広い温度と磁場の領域で電気抵抗ゼロを示す超電導接合

研究手法と成果

共同研究グループが開発を目指すNMR装置用の超電導コイルは、高温超電導線材の内層コイルと低温超電導線材の外層コイルから成ります。今回、共同研究グループは、レアアース系高温超電導線材1本で巻いた小型のNMR用内層コイルを製作しました。コイルから引き出した薄いテープ形状の線材を構造物の障害にならないように引き回し、また、コイルから漏れてくる磁場が接合部の電気抵抗ゼロ特性に悪影響を与えないような接合部の最適な位置を導き出しました。その上で、線材の両端部を同じ線材で製作した永久電流スイッチの両端部と熱処理によって超電導接合することで、永久電流運転を可能にしました。このコイルを外層コイルの内側に設置しました(図1)。

これらのコイルにそれぞれ外部電源から電流を流し、内層コイルの磁場が4メガヘルツ[11]、外層コイルが396メガヘルツを発生することで、合計400メガヘルツの磁場を達成しました。その後、永久電流スイッチを動作させて、外部電源を切り離すことで、永久電流運転を開始しました。2日間にわたる磁場の変動を計測したところ、1時間あたり10億分の1レベルという非常に高い安定度が得られました(図2)。さらに、磁場の空間均一度を向上させ、NMR信号の取得に成功しました(図3)。

今回のNMR装置では、高温超電導線材の内層コイルの発生磁場は大きくはありませんが、高温超電導線材の超電導接合を用いたNMRの永久電流運転を初めて実証しました。

今後の期待

今回開発した永久電流NMR技術を発展させることで、定量NMRなどに応用可能な小型で汎用性の高い永久電流のNMR装置の開発が可能になります。また、これまで以上の高磁場を発生可能なNMR装置の永久電流運転が期待できます。NMR装置の磁場向上により、アルツハイマー病などの神経変性疾患の要因とされるアミロイドβペプチドの構造情報の取得技術が飛躍的に進展するなど、創薬や医療への展開も期待できます。

今後、今回の技術を生かし、1300メガヘルツ(30.5テスラ)の次世代超高磁場NMR装置の実現に向けた超電導接合の実装技術の開発に取り組みます。

原論文情報

  • 発表 H. Maeda, MIRAI Program and the New Super-high Field NMR Initiative in Japan, Applied Superconductivity Conference (ASC) 2018, Seattle, USA, Nov. 1st, 2018
    Website : ASC 2018

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター NMR研究開発部門 NMR開発グループ 超高磁場磁石開発チーム
チームリーダー 柳澤 吉紀(やなぎさわ よしのり)

住友電気工業株式会社
パワーシステム研究開発センター 次世代超電導開発室
室長 永石 竜起(ながいし たつおき)

ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社
技術総括部長 斉藤 一功(さいとう かずよし)

株式会社JEOL RESONANCE
技術部開発グループ第1チーム
副主査 蜂谷 健一(はちたに けんいち)

科学技術振興機構
未来社会創造事業 大規模プロジェクト型
プログラムマネージャー 前田 秀明(まえだ ひであき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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住友電気工業株式会社 広報部 広報グループ
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補足説明

  • 1.高温超電導線材
    銅酸化物高温超電導体を線材にしたもの。主にレアアース(希土類元素)系とビスマス系がある。液体窒素温度においても超電導状態を示し、また、液体ヘリウム温度においては高磁場下でも超電導状態を維持できる。なお、「超電導」と「超伝導」はどちらもsuperconductivityの訳語であり、本リリースでは超電導に統一した。なお、今回の開発では、住友電気工業製のレアアース系高温超電導線材(SCC®)を使用した。
  • 2.超電導接合
    超電導線材のつなぎ目(接合部)でも電気抵抗ゼロで電流を流す技術。酸化物材料を使った高温超電導線材の超電導接合は難しく、長らく不可能ともいわれていたが、近年実現する技術が開発された。今回、住友電気工業らが開発したiGS® (intermediate Grown Superconducting)接合(超電導の微結晶体を接合部で結晶成長させて線材同士を接合する技術)を適用した。
  • 3.永久電流
    全てが超電導体でできているコイルに電流を流すと、抵抗がないため半永久的に電流が流れ続ける。この現象を永久電流と呼ぶ。
  • 4.核磁気共鳴(NMR)装置
    磁場中に置かれた原子核の核スピンの共鳴現象により、物質の分子構造の解析や物性の解析を行う装置。分子の相互作用などの情報も得られるため、生命科学、医薬、化学、食品、材料物性といった幅広い分野で利用されている。NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。
  • 5.定量NMR
    物質に含まれる水素核の量を測ることができるNMRの特性を利用した定量法でqNMRとも呼ばれる。医薬、生薬、食品などにおいて、標準品の入手が難しい物質の定量にも適用可能な手法として近年急速に普及している。
  • 6.アミロイドβペプチド
    アミロイドβ前駆体タンパク質からプロテアーゼにより切断されて産生される生理的ペプチド。アルツハイマー病で見られるアミロイド斑の構成成分として発見されたことから、この過剰な蓄積がアルツハイマー病発症の引き金と考えられている。Aβはアミノ酸の長さで種類が分類されており、Aβ1-40、Aβ1-42が同定されており、Aβ1-42が最も神経毒性が高いとして解析が行われてきた。
  • 7.テスラ
    磁場の単位で1テスラは1万ガウス。1万ガウスはネオジム系などの希土類系強力磁石の表面磁場と同等の強さ。
  • 8.核磁気共鳴画像(MRI)装置
    磁場中における水素原子の核スピンの共鳴現象により、人体などの断面撮像を行う装置。脳や血管などの画像診断に広く使われ、磁場を高くすることで、より高分解能の診断が可能となる。MRIはMagnetic Resonance Imagingの略。
  • 9.金属系低温超電導線材
    NbTi(ニオブチタン)、Nb3Sn(ニオブスズ)に代表される金属系の超電導体を用いて作製された超電導線材。NbTiは-263.7℃、Nb3Snは-254.9℃の極低温で超電導となる。NbTiとNb3SnはNMR装置において、NbTiはMRI装置において広く実用化されている。
  • 10.磁場の空間均一度
    NMR装置では、測定する試料に印加される磁場の強さが、試料内部において均一であることが求められる。特に、溶液試料の高分解能NMR測定では、試料内部の磁場強度のずれが10億分の1レベルであることが求められる。
  • 11.メガヘルツ
    核磁気共鳴現象において、共鳴周波数は磁場強度に比例する。例えば、2.35テスラにおいて、水素核は100MHzの周波数で共鳴する。NMR装置では、慣習的に磁場の強さをメガヘルツで表現する。
開発した永久電流NMR装置の外観(左)、コイルの模式図と内層コイルの外観(右)の図

図1 開発した永久電流NMR装置の外観(左)、コイルの模式図と内層コイルの外観(右)

写真の銀色の円筒容器は断熱構造になっており、この中に超電導コイルを設置し、-269℃の液体ヘリウムに浸して冷やしている。超電導コイルは、外層部の低温超電導線材のコイルと、内層部の高温超電導線材のコイルから成る。高温超電導線材のコイルは、同様に高温超電導線材で作られた永久電流スイッチと超電導接合でつながれている。外部電源でコイルに電流を流した後、永久電流スイッチを動作させることで、外部電源を切り離しても電流が流れ続ける永久電流運転ができる。写真の黒い箱状の装置は、NMR信号を取得するための分光計で、PCを用いて制御する。

磁場の経時変動の図

図2 磁場の経時変動

2日間にわたるコイル中心磁場の時間変化を示す。計測時間全体にわたる磁場変化の平均値は、1時間あたり10億分の1レベルである。

400メガヘルツの磁場で取得した1次元NMRスペクトルの図

図3 400メガヘルツの磁場で取得した1次元NMRスペクトル

クロロホルム試料(アセトン溶媒)の1次元NMRスペクトル。スペクトルの幅が狭いほど、試料が置かれた空間の磁場の不均一性が小さいことを示す。スペクトルの半値幅は0.4Hzであり、これは、試料内の磁場の空間均一度が10億分の1レベルであることを示す。

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