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2017年12月19日

理化学研究所
住友電気工業株式会社

広い温度と磁場の領域で電気抵抗ゼロを示す超電導接合

-安価で簡便な冷却方式のMRI・NMR装置の実現に前進-

要旨

理研(理化学研究所)ライフサイエンス技術基盤研究センター構造・合成生物学部門NMR施設の前田秀明施設長、理研CLST-JEOL連携センターの柳澤吉紀ユニットリーダーと住友電気工業株式会社パワーシステム研究開発センター次世代超電導開発室の永石竜起室長らの共同研究グループは、レアアース系高温超電導線材[1]同士の接合部において、広い温度と磁場の領域でその電気抵抗をゼロにする新しい接合技術を開発しました。

強力な磁場を必要とする核磁気共鳴画像(MRI)装置[2]核磁気共鳴(NMR)装置[3]は、電磁石として超電導コイルを搭載しています。このような超電導装置には、これまで金属系低温超電導線材[4]が用いられてきましたが、液体ヘリウム(-269℃)で冷却する点が、さらなる普及の制約になっていました。一方、レアアース系高温超電導線材は、安価で取り扱いやすい液体窒素(-196℃)で超電導状態(電気抵抗ゼロ)を維持できます。さらに、液体ヘリウム温度まで冷やすことで、金属系低温超電導線材より強い磁場を作ることができます。MRI装置やNMR装置に使われる超電導コイルを作るには、長い線材同士を何回もつなぎ合わせる必要があります。しかし、つなぎ目に強い磁場がかかると電気抵抗が発生するため、強い磁場の中でも電気抵抗ゼロを示す「超電導接合」の技術開発が強く求められていました。

今回、共同研究グループが開発した超電導接合技術は、レアアース系高温超電導線材の表面にナノ粒子のレアアース系高温超電導材料を付着させ、これを他方のレアアース系高温超電導線材とサンドイッチさせて高温で熱処理することが特徴です。この接合部は、液体ヘリウム温度から液体窒素温度の広い温度領域で電気抵抗ゼロを維持できるだけでなく、数テスラの強い磁場の中でも電気抵抗が発生しないことを確認しました。また、接合工程の信頼性も高く、従来手法と比べて約10分の1の時間で処理できるため、レアアース系高温超電導技術の普及を促進する要素技術となります。

本成果により、レアアース系高温超電導線材を用いた装置の適用範囲が飛躍的に広がると期待できます。今後共同研究グループは、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業(大規模プロジェクト型)を通じ、多くの機関との連携のもと、実際の高磁場のNMR装置で実用化するための技術に高めて行きます。

本研究の一部は英国の科学雑誌『Superconductor Science and Technology』2017年11月号に掲載されました。また、12月13日から開催された「第30回国際超電導シンポジウム」で発表されました。

本研究は、文部科学省先端研究基盤共用促進事業「NMR共用プラットフォーム」の一環として行なわれました。

※共同研究グループ

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
構造・合成生物学部門NMR施設
施設長 前田 秀明(まえだ ひであき)

理研CLST-JEOL連携センター 超高磁場NMR実用化ユニット
ユニットリーダー 柳澤 吉紀(やなぎさわ よしのり)

住友電気工業株式会社
パワーシステム研究開発センター次世代超電導開発室
室長 永石 竜起(ながいし たつおき)

物質・材料研究機構
機能性材料研究拠点
副拠点長 北口 仁(きたぐち ひとし)

一般財団法人ファインセラミックスセンター(JFCC)
ナノ構造研究所電子顕微鏡基盤グループ
グループ長 加藤 丈晴(かとう たけはる)

背景

強力な磁場を必要とする核磁気共鳴画像(MRI)装置や核磁気共鳴(NMR)装置には、電磁石として超電導コイルが使われています。これらの装置では、長い線材同士を何回もつなぎ合わせることで、電気抵抗ゼロの電流ループとする技術が使われています。これにより一旦電流をコイルに流すと、外部から電力を供給しなくてもコイルに永久電流[5]が流れます。超電導状態となる極低温にコイルを維持すれば磁場を出し続けることができるため、省エネ効果が得られるとともに、停電時の緊急対応の心配などもありません。

現在市販されているMRI装置やNMR装置には、液体ヘリウム温度(-269℃)レベルで超電導になる金属系低温超電導線材が使われています。しかし、冷却のために高価な液体ヘリウムが必要で、大がかりな低温設備が必要となります。さらに、金属系低温超電導線材の超電導接合はおおむね1テスラ[6]以下の低い磁場でなければ電気抵抗ゼロを維持できないため、接合部をコイルから遠ざけて設置する必要があり、装置の小型化の障害になります(図1)。

一方、レアアース系高温超電導線材は、安価で簡単に取り扱うことができる液体窒素の温度(-196℃)で超電導になる利点があります。そのため、液体窒素冷却のMRI装置やNMR装置への活用が期待でき、レアアース系高温超電導線材でも超電導接合の実現が試みられてきました。しかし、レアアース系高温超電導線材同士を超電導接合するには、結晶方位[7]のそろった厚さ数マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)の高温超電導薄膜同士をつなぐ極限微細技術が必要なため、再現性よく安定して接合部を形成することが困難です。さらに、接合形成時の熱処理過程で、超電導特性に必要な酸素原子が抜けてしまい、この酸素原子を再導入する回復処理も必要になります。

レアアース系高温超電導線材の超電導接合を製作した例はありますが、回復処理を含めた接合の製作に10日以上必要であったり、接合部に流せる超電導電流が小さかったり、製作の歩留まり[8]が悪いなどの問題がありました。

研究手法と成果

共同研究グループは、レアアース系高温超電導線材の表面にナノ粒子(ナノ結晶[9])のレアアース系高温超電導材料を付着させ、これをもう一方のレアアース系高温超電導線材とサンドイッチさせて高温熱処理することにより、付着したナノ結晶が単結晶[10]化して超電導線材同士を緻密に接合する技術を開発しました(図2)。これは住友電気工業株式会社の開発した先端技術で、intermediate Grown Superconducting(iGS)接合法と呼ばれます。

従来法に比べ10分の1以下の時間(1日以下)で接合でき、歩留まりも向上しました。図3に示すように、ある電流以下では電気抵抗ゼロで電流を流せます。この技術を用いて試験的に製作した小さなコイルを液体窒素中に置いて電流を流したところ、永久電流状態を観測し、超電導接合になっていることが確認できました。また、超電導接合部が原子レベルで接続されていることは、ファインセラミックスセンターの高分解能の電子顕微鏡[11]で確認しました(図2右)。

さらに、液体ヘリウム温度から液体窒素温度の間で、0~10テスラの磁場の中での超電導接合の特性評価を物質・材料研究機構の温度・磁場可変の超電導評価システムで実施しました。その結果、液体ヘリウム温度から液体窒素温度の広い温度領域で電気抵抗ゼロを観測しただけでなく、数テスラの強い磁場の中で大きな電流を流しても超電導状態を保つことが分かりました(図4)。

従来の金属系低温超電導線材の超電導接合は、液体ヘリウムによる冷却が必要で、かつおおむね1テスラを下回る低い磁場の中でなければ電気抵抗ゼロになりませんでした。今回の接合技術はこれら使用環境の制約を超えて、はるかに広い温度-磁場の領域で使用できます。

今後の期待

今回開発した超電導接合技術により、液体窒素で冷却できる永久電流のMRI装置やNMR装置の開発が可能になります。また液体へリウム冷却では、これまで以上の強磁場を持つNMR装置の永久電流運転が期待できます。NMR装置の磁場向上により、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患の要因と目されているアミロイドタンパク質の構造情報の取得が飛躍的に進展し、創薬や医療への展開が期待できます。

今後、本技術の実証・応用研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(大規模プロジェクト型)の平成29年度採択研究開発課題「高温超電導線材接合技術の超高磁場NMRと鉄道き電線への社会実装(代表者:前田秀明)」(技術テーマ:エネルギー損失の革新的な低減化につながる高温超電導線材接合技術)で進められる予定です。共同研究グループは、多くの機関との連携により、現時点でのNMRの世界最高磁場である1,020MHz(24.0テスラ)を超える1.3GHz(30.5テスラ)のNMRマグネット磁石に向けた超電導接合技術の実装技術の開発に取り組みます。

原論文情報

  • K. Ohki, T. Nagaishi, T. Kato, D. Yokoe, T. Hirayama, Y. Ikuhara, T. Ueno, K. Yamagishi, T. Takao, R. Piao, H. Maeda and Y. Yanagisawa, "Fabrication, microstructure and persistent current measurement of an intermediate grown superconducting (iGS) joint between REBCO-coated conductors", Superconductor Science and Technology, doi: 10.1088/1361-6668/aa8e65
  • 学会発表情報
    Y. Yanagisawa et al. presented at 30th International Symposium on Superconductivity, Tokyo, Japan, Dec. 13-15, 2017
    K. Ohki et al. presented at 30th International Symposium on Superconductivity, Tokyo, Japan, Dec. 13-15, 2017
    The 30th International Symposium on Superconductivity

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 構造・合成生物学部門 NMR施設
施設長 前田 秀明(まえだ ひであき)

ライフサイエンス技術基盤研究センター 理研CLST-JEOL連携センター 超高磁場NMR実用化ユニット
ユニットリーダー 柳澤 吉紀(やなぎさわ よしのり)

住友電気工業株式会社 パワーシステム研究開発センター 次世代超電導開発室
室長 永石 竜起(ながいし たつおき)

前田秀明 施設長の写真 前田 秀明
柳澤吉紀ユニットリーダーの写真 柳澤 吉紀

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦(やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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住友電気工業 広報部 広報グループ
Tel: 06-6220-4119(大阪) / 03-6406-2701(東京)
web [at] info.sei.co.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  • 1.レアアース系高温超電導線材
    レアアース(希土類元素)、バリウム、銅、酸素から構成される薄膜超電導線で、金属テープ上に形成される。単結晶に近いため、超電導臨界電流値が高く(4mm幅で液体窒素温度において外部磁場なしで200A程度)、かつ低温では高磁場下で超電導電流を維持できる。なお、「超電導」と「超伝導」はどちらもsuperconductivityの訳語であり、本リリースでは超電導に統一した。
  • 2.核磁気共鳴画像(MRI)装置
    磁力中における水素原子の核スピンの共鳴現象により、人体などの断面撮像を行う装置。脳や血管などの画像診断に広く使われ、磁力を高くすることにより、より高分解能の診断が可能となる。MRIはMagnetic Resonance Imagingの略。
  • 3.核磁気共鳴(NMR)装置
    磁力中に置かれた原子核の核スピンの共鳴現象により、物質の分子構造の解析や物性の解析を行う装置。分子の相互作用などの情報も得られるため、生命科学、医薬、化学、食品、材料物性といった幅広い分野で利用されている。NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。
  • 4.金属系低温超電導線材
    NbTi(ニオブチタン)、Nb3Sn(ニオブスズ)に代表される金属系の超電導体を用いて作製された超電導線材。NbTiは-263.7℃、Nb3Snは-254.9℃の極低温で超電導となる。
  • 5.永久電流
    全てが超電導体でできているコイルに電流を流すと、抵抗がないため半永久的に電流が流れ続ける。この現象を永久電流と呼ぶ。
  • 6.テスラ
    磁場の単位で1テスラは1万ガウス。1万ガウスはネオジウム系などの希土類系強力磁石の表面磁力と同等の強さ。
  • 7.結晶方位
    結晶は、原子またはイオンが規則正しく並んだ面の集まりでできている。この面の並びの方向を結晶方位と呼ぶ。
  • 8.歩留まり
    製造業などにおいて、投入した原材料に対して実際に得られた生産数(量)の比率を指す用語。歩留まりが良い(悪い)とは、製造効率が高い(低い)ことを示す。
  • 9.ナノ結晶
    単結晶の微小な集合体で、粒径がnmサイズのもの。一般的に、結晶方位のそろった構造を取っていない。本開発に用いたサイズは20nmから200nm程度。1nmは10億分の1m。
  • 10.単結晶
    原子の配列が周期的に繰り返され、また結晶の向きである結晶軸方向も一定で変わらない結晶。
  • 11.電子顕微鏡
    光学顕微鏡の光の代わりに、光よりも短い波長の電子を照射して拡大像を得る顕微鏡。
核磁気共鳴画像(MRI)装置や核磁気共鳴(NMR)装置に使われる超電導コイルの概念図の画像

図1 核磁気共鳴画像(MRI)装置や核磁気共鳴(NMR)装置に使われる超電導コイルの概念図

長い超電導線材同士をコイルの外で何回もつなぎ合わせ、電気抵抗ゼロの電流ループとする。接合部は強い磁場にさらされると電気抵抗が発生するので、コイルから離れた磁場の弱い場所に設置される。

レアアース系高温超電導線材同士の超電導接合の概要図

図2 レアアース系高温超電導線材同士の超電導接合の概要

左は、開発したレアアース系高温超電導線材同士の超電導接合の構成。右は、接合部の断面における原子レベルのナノスケール(nm)微細構造。図中の縞模様は高温超電導体の結晶方位がそろっていることを示す。1nmは10億分の1m。

液体窒素温度における超電導接続の電圧-電流特性の図

図3 液体窒素温度における超電導接続の電圧-電流特性

開発した超電導接合の液体窒素温度(-196℃)における電圧-電流特性(▲印)。破線の枠内では電圧の発生がなく、超電導状態(抵抗ゼロ)で電流が流れていることを示す。今回製作した小型コイルでは、70アンペア付近で電気抵抗が発生しているが、理論的には線材自体の電圧-電流特性(〇印)である167アンペアまで電流容量を拡大できると考えられる。

レアアース系高温超電導線材の超電導接合の温度-磁場特性の図

図4 レアアース系高温超電導線材の超電導接合の温度-磁場特性

開発したレアアース系高温超電導線材同士の超電導接合が抵抗ゼロを示す温度-磁場の範囲。従来の金属系低温超電導線材同士の超電導接合と比べ、抵抗ゼロを示す範囲がはるかに広く、レアアース系高温超電導線材を用いた装置の適用範囲が飛躍的に広がる。また、接合部の電流容量拡大により、さらなる領域拡大が見込める。

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