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2020年1月21日

理化学研究所
東京大学
科学技術振興機構

スキルミオンとアンチスキルミオンの相互変換に成功

-トポロジカルスピン構造の量子情報ビットへの応用研究を加速-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター電子状態マイクロスコピー研究チームのポン・リソン特別研究員、于秀珍チームリーダー、スピン創発機能研究ユニット(研究当時)の関真一郎ユニットリーダー、強相関量子構造研究チームの有馬孝尚チームリーダー、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクターらの研究グループは、トポロジカル数[1]「+1」を持つ「アンチスキルミオン[2]」と「-1」を持つ「スキルミオン[3]」との相互変換の直接観察に成功しました。

本研究成果により、トポロジカル数を持つナノスケール電子スピン構造の量子情報ビット[4]への応用研究が加速すると期待できます。

今回、共同研究グループは、室温において化学組成がMn1.4Pt0.9Pd0.1Sn(Mn:マンガン、Pt:白金、Pd:パラジウム、Sn:スズ)で表されるホイスラー合金[5]の薄片に外部磁場を加えて、磁場の向きや強さを変えると、アンチスキルミオンとスキルミオンを相互に変換できることをローレンツ電子顕微鏡[6]を用いた観察によって明らかにしました。また、同じ薄片を-23℃に冷却すると、室温で作られたアンチスキルミオンの正方格子構造がスキルミオンの三角格子構造に変化することが分かりました。

本研究は、英国の科学雑誌『Nature Nanotechnology』の掲載に先立ち、オンライン版(1月20日付:日本時間1月21日)に掲載されます。

アンチスキルミオンとスキルミオン(矢印は電子スピンの方向、Nはトポロジカル数)の図

図 アンチスキルミオンとスキルミオン(矢印は電子スピンの方向、Nはトポロジカル数)

背景

外部刺激、例えば磁場を加えることにより、固体中の多数の電子スピンが「渦」のように整列し、磁気渦構造を形成することがあります。この「スキルミオン」と呼ばれる磁気渦は、トポロジカル数「-1」として特徴づけられ、一度生成されると安定した"粒子"として振る舞うことが分かっています。スキルミオンの三角格子構造の存在は、2009年にキラル結晶[7]のマンガンシリコン(MnSi)において初めて証明されました注1)。2010年には、MnSiと同じ結晶構造を持つFe0.5Co0.5Si(Fe:鉄、Co:コバルト)におけるスキルミオン格子および各スキルミオン内部のスピン配列の可視化が、ローレンツ電子顕微鏡観察により実現しました注2)

一方、アンチスキルミオンはトポロジカル数「+1」で特徴づけられ、スキルミオンの反粒子としての性質を持ちます。2017年にホイスラー合金に外部磁場を加えるとアンチスキルミオンが生成されることが、実空間観察により確認されました注3)。スキルミオンとアンチスキルミオンは、トポロジーによって保護される磁性粒子とその反粒子(反渦)の性質を持つだけでなく、1~100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の微小な粒子であるため、大容量情報担体としての利用が期待されています。また、近年、低電流でスキルミオンを駆動できることも示されています注4)

これまで、スキルミオンとアンチスキルミオンはそれぞれ異なる物質中で発見されていましたが、一つの物質の中で相互に変換できるかどうか、さらに、それらの安定性がどのように異なるかは明らかになっていませんでした。

  • 注1)S.Mühlbauer,et al.,Skyrmion Lattice in a Chiral Magnet.Science 323, 915-919 (2009).
  • 注2)X. Z. Yu, et al., Real-space observation of a two-dimensional skyrmion crystal. Nature 465, 901-904 (2010).
  • 注3)A. K.Nayak,et al., Magnetic antiskyrmions above room temperature in tetragonal Heusler materials. Nature 548, 561-566 (2017).
  • 注4)X. Z. Yu, et al.,Skyrmion flow near room temperature in an ultra-low current density, Nature Communications, 3, 988 (2012).
    2012年8月8日プレスリリース「電子スピンの渦「スキルミオン」を微小電流で駆動

研究手法と成果

共同研究グループは、キラルな結晶構造を持つバルク状のホイスラー合金Mn1.4Pt0.9Pd0.1Sn(Mn:マンガン、Pt:白金、Pd:パラジウム、Sn:スズ)をアルゴンイオンビームによって、電子線が通過できる程度の厚さである100nm以下の薄片に加工し、外部磁場を加えながら、その様子をローレンツ電子顕微鏡で観察しました。

外部磁場がゼロのときには、直交しているらせん磁気構造に対応した縞状の模様が観測されました。次に、薄片に垂直な方向に0.35テスラの磁場を加えると、正方格子構造のアンチスキルミオンが観察されました(図1a)。正方格子中の磁気構造(黄色点線で囲まれた部分)を解析すると、図1bのような磁化分布マップが得られ、それは理論で予測されたアンチスキルミオン(図1c)と一致しました。

また、薄片を-23℃まで冷却して、垂直な方向に0.4テスラの磁場を加えると、アンチスキルミオンは消失し、代わりに互いに直交する方向に伸びた楕円型スキルミオンが観察されました(図1d)。それらを解析すると、時計回りと反時計回りの三角格子の構造をした楕円型スキルミオンでした(図1e, f)。

ホイスラー合金(Mn1.4Pt0.9Pd0.1Sn)の薄片に形成された磁気構造の図

図1 ホイスラー合金(Mn1.4Pt0.9Pd0.1Sn)の薄片に形成された磁気構造

  • a:室温において、薄片に磁場を加えることで生成された正方格子構造をしたアンチスキルミオン。
  • b:aの黄色点線に囲まれた磁気構造内の磁化分布マップ。黄色矢印はブロッホラインを、白矢印は面内磁化方向を示す。
  • c:理論予測されたアンチスキルミオンの模式図。色矢印は電子スピンの向きを示す。
  • d:薄片試料を-23℃に冷やし、磁場を加えることで生成された三角格子構造の楕円型スキルミオン。
  • e:dの下側の黄色点線で囲まれた楕円型スキルミオン内の磁化分布マップと模式図。
  • f:dの上側の黄色点線で囲まれた楕円型スキルミオン内の磁化分布マップと模式図。

次に、室温において、薄片の面内方向に0.003テスラの磁場を加えたところ、アンチスキルミオンが2本のブロッホライン[8]を持つ磁気バブル[9](トポロジカル数0)へと変化しました(図2a, b)。さらに、その面内磁場を取り除くと、磁気バブルがスキルミオンへ変化することを観察しました(図2c)。

室温における面内磁場印加によるアンチスキルミオンからスキルミオンへの変換の図

図2 室温における面内磁場印加によるアンチスキルミオンからスキルミオンへの変換

  • 上:左からアンチスキルミオン、磁気バブル(非トポロジカルバブル)、楕円型スキルミオンの磁化分布マップ。
  • 下:上のパネルのそれぞれの電子スピン構造の模式図。色矢印は電子スピンの向きを示す。

今後の期待

本研究では、外部磁場や温度の変化によりアンチスキルミオンとスキルミオンの相互変換、およびこれらの格子構造転移の制御やスキルミオンの回転方向の制御に成功しました。また、系統的に磁場と温度を制御した実空間観察によりスキルミオンとアンチスキルミオンの安定性の違いを明らかにしました。

これにより今後、ナノスケールのトポロジカル磁性粒子と反粒子の安定性とその相互変換に関する研究や、トポロジーの制御に関連した創発電磁現象[10]の研究がさらに活発に行われると期待できます。

補足説明

  • 1.トポロジカル数
    「トポロジー」とは位相幾何学のことであり、磁気渦を特徴づける「巻き数」に相当する数は、渦の幾何学的な性質で決まる。これをトポロジカル数と呼び、渦が(連続的な)変形を起こしても、このトポロジカル数は変化しない。
  • 2.アンチスキルミオン
    トポロジカル数+1を持つ電子スピンの集団構造のこと。アンチスキルミオンの内部の電子スピンは渦状に整列し、渦の中心スピンとアンチスキルミオンの外周スピンは反平行である。その間の電子スピンは、スクリュー状に整列した四つの磁壁(ブロッホ型磁壁)と、直径に沿って回転するサイクロイド状に整列した四つの磁壁(ブロッホライン)が交互に配置している。
  • 3.スキルミオン
    渦状の模様を形成している電子スピンの集団構造(渦状スピン構造)のこと。スキルミオンの中心スピンと外周スピンは反平行であり、その間のスピンは少しずつ方向を変えながら、渦状に配列している。スキルミオンのスピンは球面を一周覆う(立体角4πを覆う)ため、トポロジカル数は-1になる。
  • 4.量子情報ビット
    電子スピンの向きなどに符号化された量子情報の最小単位のこと。量子ビットともいう。通常のデジタル回路では「0もしくは1」の2状態に情報が保持されるのに対し、量子情報ビットでは「0でありかつ1でもある」状態を任意の割合で組み合わせて表現できる。これを量子力学的な重ね合わせ状態と呼び、通常量子情報ビットの状態は任意の向きの矢印によって表される。
  • 5.ホイスラー合金
    銅とアルミとマンガンが原子数比2:1:1で形成する合金において、原子が規則的に配列すると磁石となる。この合金を発見者にちなんでホイスラー合金と呼ぶが、現在では、同種の結晶構造を持つ三種あるいはそれ以上の元素からなる合金もホイスラー合金と呼ばれることがある。
  • 6.ローレンツ電子顕微鏡
    磁場による電子線の偏向を利用して、磁性体の磁化状態を実空間で観察する手法。空間分解能が高く、ナノメートルオーダーの磁化状態の観察に適している。
  • 7.キラル結晶
    右手と左手の関係のように、鏡に映して得られる構造が、元の自分自身の構造と重ならない結晶構造を「キラル」な結晶構造と呼ぶ。
  • 8.ブロッホライン
    ブロッホ型磁壁断面に沿ったサイクロイド状に整列した電子スピン構造のこと。
  • 9.磁気バブル
    磁性薄膜の膜面に対し垂直な円柱状磁区のこと。磁気バブルの中心と外周の電子スピンは膜面に対し、それぞれ上向きと下向きで反平行である。
  • 10.創発電磁現象
    物質中の各電子スピンの向きが、同一平面上にないように配列した(非共面的な)スピン構造は、隣接した三つの電子スピンが張る立体角の大きさに応じて、通過する伝導電子に実効的な仮想磁場を与える。すなわち、この伝導電子は配列した電子スピンの影響により偏向する。このように非共面的なスピン構造により誘起される電磁現象を創発電磁現象と呼ぶ。

研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
電子状態マイクロスコピー研究チーム
特別研究員 ポン・リソン(Peng Licong)
テクニカルスタッフI 中島清美(なかじま きよみ)
チームリーダー 于 秀珍(う しゅうしん)
スピン創発機能研究ユニット(研究当時)
研究員(研究当時) 高木 里奈(たかぎ りな)
(現東京大学大学院 工学系研究科 助教)
ユニットリーダー(研究当時) 関 真一郎(せき しんいちろう)
(現東京大学大学院 工学系研究科 准教授、科学技術振興機構さきがけ研究者)
強相関量子構造研究チーム
基礎科学特別研究員(研究当時) 柴田 基洋(しばた きよう)
(現東京大学 生産技術研究所 助教)
チームリーダー 有馬 孝尚(ありま たかひさ)
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授)
強相関理論研究グループ
上級研究員 小椎八重 航(こしばえ わたる)
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授、科学技術振興機構CREST研究代表者)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学国際高等研究所 東京カレッジ 卓越教授)

研究支援

本研究の一部は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究A「電子顕微鏡によるトポロジカルスピン構造とそのダイナミクスの実空間観察(研究代表者:于秀珍)」、「磁気構造のトポロジー・対称性に由来した新しいマグノン・熱輸送現象の開拓(研究代表者:関真一郎)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「磁気構造と電子構造のトポロジーを利用した巨大創発電磁場の生成と制御(研究者:関真一郎)」、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Licong Peng, Rina Takagi, Wataru Koshibae, Kiyou Shibata, Kiyomi Nakajima, Taka-hisa Arima, Naoto Nagaosa, Shinichiro Seki, Xiuzhen Yu and Yoshinori Tokura, "Controlled transformation of skyrmions and antiskyrmions in a non-centrosymmetric magnet", Nature Nanotechnology, 10.1038/s41565-019-0616-6

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 電子状態マイクロスコピー研究チーム
特別研究員 ポン・リソン(Peng Licong)
チームリーダー 于 秀珍(う しゅうしん)
スピン創発機能研究ユニット
ユニットリーダー(研究当時) 関 真一郎 (せき しんいちろう)
(現 東京大学大学院工学系研究科准教授、科学技術振興機構さきがけ研究者)
強相量子構造研究チーム
チームリーダー 有馬 孝尚(ありま たかひさ)
(東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)
(東京大学大学院工学系研究科教授、科学技術振興機構CRESTプロジェクト研究代表者)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学国際高等研究所東京カレッジ卓越教授)

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