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2020年1月28日

理化学研究所
国立医薬品食品衛生研究所
島根大学
日本医療研究開発機構

サルファ剤による重症薬疹のリスク因子を発見

-遺伝子検査への活用により、副作用の回避を目指す-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センターファーマコゲノミクス研究チームの莚田泰誠チームリーダー、国立医薬品食品衛生研究所医薬安全科学部の斎藤嘉朗部長、厚生労働省難治性疾患政策研究事業 重症多形滲出性紅斑に関する調査研究班(研究代表者:島根大学医学部 森田栄伸教授)らの共同研究グループは、サルファ剤[1]の服用によって生じる重症薬疹が、特定のHLA[2]型である「HLA-A*11:01」と関連することを発見しました。

本研究で同定されたHLA-A*11:01は、将来、サルファ剤の服用による重症薬疹の発症リスクを予測するバイオマーカー[3]として活用されることが期待できます。

スルファメトキサゾールとサラゾスルファピリジンは、共通の化学構造をもつサルファ剤であり、それぞれ抗菌薬またはリウマチ治療薬として広く使用されている医薬品です。しかし、これらの薬を服用すると、一部の患者では重症薬疹である皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群、SJS)[4]中毒性表皮壊死融解症(TEN)[5]薬剤性過敏症症候群(DIHS)[6]を来し、死亡または重篤な後遺症が残る症例があることが知られています。

今回、共同研究グループは、サルファ剤の服用による重症薬疹患者におけるHLA-A*11:01の保有率は67%であり、日本人集団における保有率17%と比較して統計的に有意に高頻度であることを突き止めました。

本成果は、米国の科学雑誌『Journal of Investigative Dermatology』オンライン版(1月22日付)に掲載されました。

背景

スルファメトキサゾールとサラゾスルファピリジンは、共通の化学構造(スルホンアミド)を持つサルファ剤であり、前者は抗菌薬として、後者はリウマチ治療薬として広く使用されています(図1)。しかし、服用した患者の一部に薬疹(薬によって起こる皮膚や眼、口などの粘膜に現れる発疹)が起こることが、治療上、大きな問題になっていました。

これまでは、サルファ剤による薬疹が起こりやすい患者を事前に予測する方法がなかったため、医療現場では、服用後に薬疹が出現した場合は、直ちにサルファ剤を中止するなどの対応がとられています。しかし、一部の患者では薬疹が重症化し、皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群、SJS)、中毒性表皮壊死融解症(TEN)、薬剤性過敏症症候群(DIHS)を来し、死亡したり、重篤な後遺症が残ったりすることがあります。

厚生労働省へ報告された医薬品の副作用を集計した報告注1)では、SJSまたはTENは年間に平均して602例発症し、そのうち、8.7%(52.4例/年)が死亡、5.3%(31.6例/年)が後遺症ありまたは未回復でした。また、スルファメトキサゾールおよびサラゾスルファピリジンによるSJSまたはTENの年間発症数は、それぞれ1~10例および3~12例でした注2)

スルファメトキサゾールとサラゾスルファピリジンの化学構造式の図

図1 スルファメトキサゾールとサラゾスルファピリジンの化学構造式

両者は黄色部分で示した共通の化学構造(スルホンアミド)を持つ。

  • 注1)厚生労働省『医薬品・医療機器等安全性情報』(No.290、2012年4月)
  • 注2)須藤チエ、東雄一郎、前川京子ほか、「医薬品副作用自発報告からみる重篤副作用4種の最近の動向」『国立医薬品食品衛生研究所報告』2011, 129:111-117

研究手法と成果

共同研究グループは、サルファ剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム配合剤またはサラゾスルファピリジン)の服用者に生じた重症薬疹患者15例のHLA遺伝子を解析し、日本人集団2,878例のデータと比較しました。

重症薬疹患者15例の内訳はSJSが7例、TENが1例、DIHSが7例であり、服用していたサルファ剤の内訳はスルファメトキサゾール・トリメトプリム配合剤が6例、サラゾスルファピリジンが9例でした。解析の結果、SJSまたはTENの患者8例のうち6例(75%)、DIHS患者7例のうち4例(57%)が「HLA-A*11:01」というHLA型を保有していることが分かりました。

全ての重症薬疹患者におけるHLA-A*11:01の保有率は67%であり、日本人集団における保有率17%と比較して、統計的に有意に高頻度であることを突き止めました(P値[7] = 0.000214)(図2)。また、ある事象(副作用など)の起こりやすさの比較尺度であるオッズ比は、9.84と非常に高い値を示しました(図2)。これにより、HLA-A*11:01はサルファ剤による重症薬疹の発症に密接に関連することが明らかになりました。

サルファ剤による重症薬疹患者におけるHLA-A*11:01の保有率の図

図2 サルファ剤による重症薬疹患者におけるHLA-A*11:01の保有率

スルファメトキサゾールとサラゾスルファピリジンによる重症薬疹患者におけるHLA-A*11:01の保有率は、日本人集団における保有率と比較して、統計的に有意に高頻度であった。

近年、コンピュータを用いたHLA分子と医薬品分子のドッキング・シミュレーション[8]により、薬疹の原因になる医薬品の特定のHLA型への結合親和性を予測することが可能になりつつあります。そこで、スルファメトキサゾールとサラゾスルファピリジンのHLA-A*11:01との相互作用を解析したところ、いずれもHLA-A*11:01に強く結合することが推定されました。HLA分子への結合親和性の指標である50%阻害濃度(IC50値)[9]は、それぞれ78マイクロモーラー(μM、1μMは100万分の1モーラー)および13μMと計算され、臨床用量のスルファメトキサゾールおよびサラゾスルファピリジンを服用した場合の最高血中濃度(それぞれ229μMおよび16μM)と同程度であったことより、両薬物とHLA-A*11:01は直接的に相互作用しうると考えられます。

今後の期待

今回の研究結果から、HLA-A*11:01を保有する人は、保有しない人に比べてサルファ剤の服用時に重症薬疹を発症するリスクが高いことが示唆されました。本研究で同定したHLA-A*11:01は、サルファ剤による治療における重症薬疹の発症リスクを予測するバイオマーカーとして、将来的には発症予防法の確立に活用されることが期待できます。

補足説明

  • 1.サルファ剤
    分子内にスルホンアミド部位を持つ薬の総称。細菌の葉酸代謝経路を阻害することによって抗菌作用を示すスルファメトキサゾール(抗菌薬トリメトプリムとの配合剤として使われる)、スルファジメトキシン、スルファモノメトキシンなどの合成抗菌薬や抗リウマチ薬サラゾスルファピリジンが分類される。
  • 2.HLA
    ヒト白血球型抗原(human leukocyte antigen:HLA)を決定する遺伝子群。HLA遺伝子には多くの種類が存在し、さらにそれぞれの遺伝子が数十種類の異なるタイプを持つ。HLAは免疫に関係が深く、多くの疾患の発症や副作用の発現のリスク因子であることが報告されている。HLA-A*11:01はHLAのタイプの一つ。
  • 3.バイオマーカー
    疾患・副作用の発症や進展の予測に役立つ生体由来の物質のこと。特定の遺伝子配列や血液中の代謝産物などが対象になる。
  • 4.皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群、SJS)
    高熱(38℃以上)を伴って、発疹・発赤、火傷のような水ぶくれなどの激しい症状が、比較的短期間に全身の皮膚、口、目の粘膜に現れる病態。その多くは医薬品が原因と考えられており、原因となる医薬品は抗菌薬、解熱消炎鎮痛薬、抗けいれん薬などの広範囲にわたる。SJSはStevens-Johnson syndromeの略。
  • 5.中毒性表皮壊死融解症(TEN)
    全身の体表面積の10%を超える火傷のような水ぶくれ、皮膚の剥がれ、ただれなどが認められ、高熱(38℃以上)、目が赤くなるなどの症状を伴う重症の皮膚障害。中毒性表皮壊死融解症の症例の多くが、スティーブンス・ジョンソン症候群の進展型と考えられている。TENはtoxic epidermal necrolysisの略。
  • 6.薬剤性過敏症症候群(DIHS)
    高熱(38℃以上)を伴って、全身に赤い斑点がみられ、さらに全身のリンパ節(首、わきの下、股の付け根など)が腫れたり、肝機能障害などの血液検査値の異常が見られたりする重症の皮膚障害。通常の薬疹とは異なり、原因となる医薬品の服用後すぐには発症せずに2週間以上経ってから発症することが多い。DIHSはdrug-induced hypersensitivity syndromeの略。
  • 7.P値
    ある試験において、二つの群間の差が偶然生じる可能性を示す指標。例えば、「P値が0.05である」とは、その結果を偶然生じることが100回に5回あることを意味する。すなわち、P値が小さいほど、二群間の差が生じている可能性が高い。
  • 8.ドッキング・シミュレーション
    医薬品分子が薬理作用を発現するためには、薬理作用に密接にかかわる生体内の標的分子(酵素や受容体など)と直接的に相互作用する必要がある。コンピュータを用いて、このような相互作用の強さ(結合親和性)を予測する手法がドッキング・シミュレーションである。本研究のドッキング・シミュレーションでは、スルファメトキサゾールおよびサラゾスルファピリジンととの相互作用様式およびそれらの結合親和性を求めた。
  • 9.50%阻害濃度(IC50値)
    タンパク質の活性に対する医薬品の阻害作用の有効度を示す値で、50%の阻害効果を示す濃度。IC50値を計算することにより、医薬品分子とタンパク質(本研究ではサルファ剤とHLA-A*11:01)の結合の強さを評価することができる。

共同研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター ファーマコゲノミクス研究チーム
チームリーダー 莚田 泰誠(むしろだ たいせい)
研究員 大関 健志(おおぜき たけし)

国立医薬品食品衛生研究所 医薬安全科学部
部長 斎藤 嘉朗(さいとう よしろう)
協力研究員 中村 亮介(なかむら りょうすけ)
客員研究員 鹿庭 なほ子(かにわ なほこ)
研究員 塚越 絵里(つかごし えり)

東海大学 先進生命科学研究所
教授 平山 令明(ひらやま のりあき)

千葉大学 予防医学センター
教授 関根 章博(せきね あきひろ)
大学院生 山下 泰生(やました たいき)
大学院生 真下 陽一(ましも よういち)

藤田医科大学 医学部 アレルギー疾患対策医療学講座
教授 松永 佳世子(まつなが かよこ)

厚生労働省難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)重症多形滲出性紅斑に関する調査研究班

島根大学 医学部 皮膚科学講座
教授 森田 栄伸(もりた えいしん)
講師 新原 寛之(にいはら ひろゆき)

杏林大学 医学部 皮膚科学教室
名誉教授 塩原 哲夫(しおはら てつお)
教授 水川 良子(みずかわ よしこ)

昭和大学 医学部 皮膚科学講座
主任教授 末木 博彦(すえき ひろひこ)
教授 渡辺 秀晃(わたなべ ひであき)

奈良県立医科大学 医学部 皮膚科学教室
教授 浅田 秀夫(あさだ ひでお)
助教 小川 浩平(おがわ こうへい)

横浜市立大学 大学院医学研究科 環境免疫病態皮膚科学教室
教授 相原 道子(あいはら みちこ)
准教授 山口 由衣(やまぐち ゆきえ)

研究支援

本研究の一部は、日本医療研究開発機構(AMED)医薬品等規制調和・評価研究事業「複数の免疫学的重篤副作用に関する遺伝学的要因及び感染症要因の同定と安全対策への応用に関する研究(研究代表者:斎藤嘉朗)」及び厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策等研究事業(難治性疾患政策研究事業)「重症多形滲出性紅斑に関する調査研究(研究代表者:森田栄伸)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Ryosuke Nakamura, Takeshi Ozeki, Noriaki Hirayama, Akihiro Sekine, Taiki Yamashita, Yoichi Mashimo, Yoshiko Mizukawa, Tetsuo Shiohara, Hideaki Watanabe, Hirohiko Sueki, Kohei Ogawa, Hideo Asada, Nahoko Kaniwa, Eri Tsukagoshi, Kayoko Matsunaga, Hiroyuki Nihara, Yukie Yamaguchi, Michiko Aihara, Taisei Mushiroda, Yoshiro Saito, Eishin Morita, "Association of HLA-A*11:01 with sulfonamide-related severe cutaneous adverse reactions in Japanese patients", Journal of Investigative Dermatology, 10.1016/j.jid.2019.12.025

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター ファーマコゲノミクス研究チーム
チームリーダー 莚田 泰誠(むしろだ たいせい)

国立医薬品食品衛生研究所 医薬安全科学部
部長 斎藤 嘉朗(さいとう よしろう)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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国立医薬品食品衛生研究所 総務部業務課
Tel: 044-270-6620 / Fax: 044-270-6622
Email:ohashi [at] nihs.go.jp

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