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2020年3月13日

理化学研究所

乳酸ががん細胞の増殖を助ける

-2型自然リンパ球による抗腫瘍免疫が弱まる機構を解明-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター免疫細胞システム研究チームの小安重夫チームリーダーらの国際共同研究チームは、がん細胞が産生した乳酸[1]2型自然リンパ球(ILC2)[2]の機能を弱めることで、がん細胞の増殖を助けていることを発見しました。

本研究成果は、自然リンパ球によるがん増殖抑制機構の解明や新たながん免疫療法の開発に貢献すると期待できます。

2010年に発見されたILC2は、さまざまな自己免疫疾患[3]や炎症性疾患において重要な役割を果たすことが報告されていますが、がんにおいてはどのように機能するのかほとんど分かっていませんでした。

今回、国際共同研究チームは、悪性黒色腫[4]にILC2を活性化するサイトカイン[5]インターロイキン-33(IL-33)[6]を投与すると、がん細胞の増殖が抑えられることを発見しました。さらに、がん細胞が乳酸を産生し、がんの周囲が酸性に傾いた環境になると、ILC2の機能が低下し、この結果、がん細胞が巧妙にILC2の免疫監視を免れて増殖しやすい環境を保つことを明らかにしました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Cell Reports』(2月25日付)に掲載されました。

背景

2型自然リンパ球(ILC2)は、2010年に理研の茂呂和世チームリーダー、小安重夫チームリーダーらによって発見された新しいリンパ球です。ILC2は、寄生虫の感染やアレルギーといった2型免疫と呼ばれる免疫反応をつかさどります。皮膚や粘膜など、体と外界とのバリアを形成する上皮細胞が、外界から危険シグナルを受け取ると、体内への警鐘としてサイトカインのインターロイキン-33(IL-33)が放出されます。すると、ILC2がIL-33に反応して大量の2型サイトカイン(IL-4、IL-5、IL-13など)を産生し、IL-5が好酸球[7]による炎症反応を誘導することが明らかになっています。

近年、さまざまな自己免疫疾患や炎症性疾患において、ILC2が重要な役割を果たすことが報告され、これまで未解明だった疾患発症機構を明らかにする新たな免疫機構として注目されています。しかしがんにおいて、ILC2がどのように機能するかはほとんど分かっていませんでした。

研究チームは、上皮細胞系の固形がんの患者では好酸球増多が認められることから、ILC2ががん免疫に関与しているのではないかと考えました。がん細胞は、さまざまな方法で免疫の監視を免れて体内で増殖することが分かってきています。これまで知られていない、ILC2の免疫監視を逃れるようながん細胞増殖の仕組みが存在するのではないかと仮定し、皮膚がんの一種である悪性黒色腫に着目して、がん周囲の環境とILC2との関係を調べることにしました。

研究手法と成果

研究チームは、ILC2の抗腫瘍活性を検討するために、悪性黒色腫を植えたマウスに3日ごとにIL-33を投与することでILC2を継続的に刺激しながら、がん細胞の増殖を観察しました。すると、がん組織の中へ多数の好酸球が浸潤し、がん細胞の増殖を劇的に抑制することが分かりました(図1)。このことは、ILC2が悪性黒色腫に対して抗腫瘍活性を持つことを意味しています。

一方、悪性黒色腫周囲の皮膚や脂肪組織を調べたところ、がん組織の周囲でILC2が減少していること、その減少が悪性度の高いがんであるほど著しいことに気がつきました。また、がん細胞をILC2と一緒に培養すると、がん細胞の塊の周囲でILC2の増殖や活性が低下したことから、がん細胞によってILC2の生存や機能が抑制される可能性が示されました。

研究チームは、ILC2の活性低下はがん組織が産生する物質によって起こるのではないかと考え、がん細胞の代謝に注目しました。がん細胞では活発な細胞増殖に伴って、糖代謝に関わる糖輸送体や乳酸産生に必須な酵素が多く発現します。また、ワールブルグ効果[1]として知られるように、がん細胞では糖代謝においてグルコースが解糖系から乳酸へ代謝され、がんの周囲には乳酸が蓄積して、がんの微小環境が酸性に傾くことが報告されています。

そこで実際に、体内でがん細胞が産生する乳酸の影響を調べるため、RNA干渉法[8]を用いて、乳酸の産生に必須な酵素の発現を低下させた悪性黒色腫の細胞(乳酸低下型がん細胞)を作製しました。この乳酸低下型がん細胞と通常のがん細胞をマウスの体内で比較したところ、乳酸低下型がん細胞では、ILC2や好酸球が大量にがん組織内へ浸潤し、がん細胞の増殖が著しく抑制されることが分かりました(図2)。一方で、乳酸産生を上昇させると、がん細胞の増殖が強まることも分かりました。

最後に、悪性黒色腫の皮膚がん患者についても同様のメカニズムが存在するかどうか、がん細胞の発現データベースを用いて解析を行いました。その結果、ヒトの悪性黒色腫でも同様に、IL-33と好酸球の発現が増大する、つまりILC2活性が高い症例では生存率が高いこと、乳酸産生が増加するとILC2や好酸球の動員が低下することが分かりました。また、肺扁平上皮がんや膵臓腺がんでは、生存率とIL-33や好酸球数との関係は見られなかったことから、がん種によってILC2の機能が異なることが示されました。

ILC2による抗腫瘍活性の図

図1 ILC2による抗腫瘍活性

マウスに悪性黒色腫を植えた後、3日おきにIL-33を投与してILC2を活性化すると、悪性黒色腫の中にILC2と好酸球が浸潤し、がん組織の増大が抑制される。

乳酸ががん細胞の増殖を助けるメカニズムの図

図2 乳酸ががん細胞の増殖を助けるメカニズム

がん細胞の産生する乳酸は、2型自然リンパ球(ILC2)の機能を弱めることで、抗がん作用を持つ好酸球の動員を減少させ、がんが増殖しやすい環境を保つ。マウスで実験的にがん細胞からの乳酸の産生を低下させると、がん細胞の増殖を抑えることができる一方、乳酸産生の上昇によってがん細胞の増殖が強まることが明らかになった(枠内)。

今後の期待

国際がん研究機関(International Agency of Research and Cancer)によると、世界で2018年には1年間で1810万症例のがんの発症があり、960万人の人ががんによって死亡しています。今後もがんの発症は増えてゆくと予想されています。

ILC2によるがん抑制活性やがん細胞によるILC2の機能阻害を示した本研究の成果は、将来、新たながん免疫治療の方向性に貢献すると期待できます。

  • 注1)International Agency for Research on Cancer, GLOBOCAN 2018.

補足説明

  • 1.乳酸、ワールブルグ効果
    乳酸は解糖系の生成物の一つである。がん細胞は有酸素下でもミトコンドリアの酸化的リン酸化よりも,解糖系でATPを産生する活性が高い。この際、グルコースは解糖系で代謝された後にミトコンドリアに入ることなく、乳酸に変換され、細胞外へ分泌される。これをワールブルグ効果と呼ぶ。
  • 2.2型自然リンパ球(ILC2)
    抗原受容体をもたない自然リンパ球の一種であり、上皮細胞が産生するインターロイキン(IL)-33、IL-25やThymic Stromal Lymphopoietin(TSLP)などによって活性化され、大量の2型サイトカイン(IL-4、IL-5、IL-13など)を産生する。
  • 3.自己免疫疾患
    何らかの免疫異常によって自分の身体を構成する物質を異物のように認識し、自己抗体や自己に反応するリンパ球が作られ、自分の組織を攻撃する疾患。代表的なものに関節リウマチなどあるが、根本的な治療法は見つかっていない。
  • 4.悪性黒色腫
    皮膚、眼窩内組織、口腔粘膜上皮などに発生するメラニン生成細胞(メラノサイト)に由来する悪性腫瘍。
  • 5.サイトカイン
    細胞同士の情報伝達に関わるさまざまな生理活性を持つ可溶性タンパク質の総称。
  • 6.インターロイキン-33(IL-33)
    サイトカインの一種である。皮膚や粘膜を構成する上皮細胞、血管内皮細胞、脂肪細胞などの核に存在し、細胞がネクローシスなどで障害を受けると細胞外に放出され、IL-33受容体を持つ細胞を活性化する。
  • 7.好酸球
    白血球の一種である顆粒球の一つである。細胞質中に、エオジンで橙黄色に染まる均質・粗大な顆粒(好酸性顆粒と呼ぶ)を持ち、二つに分葉した核を持つことが特徴である。Major basic protein(MBP)などの細胞毒性を持つタンパク質を分泌することで、寄生虫感染防御に機能するが、同時にアレルギー性炎症における組織損傷も誘導する。
  • 8.RNA干渉法
    二本鎖RNAと相補的な塩基配列を持つmRNAが分解される現象を利用して、人工的に二本鎖RNAや相補性を持つヘアピン型のRNAを導入することにより、目的の遺伝子の発現を抑制する手法。

国際共同研究チーム

理化学研究所 生命医科学研究センター
免疫細胞システム研究チーム
チームリーダー 小安 重夫(こやす しげお)

ベルゲン大学 生命医科学部
研究員 ワーグナー マレック(Wagner, Marek)

理化学研究所 生命医科学研究センター
自然免疫システム研究チーム
研究員(研究当時) イーリー カフィ N.(Ealey, Kafi N.)
研究生 鉄 啓恵(てつ ひろえ)
基礎科学特別研究員 木庭 乾(きにわ つよし)
客員研究員 本村 泰隆(もとむら やすたか)
チームリーダー 茂呂 和世(もろ かずよ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)「自然リンパ球に注目した脂肪組織恒常性維持機構の解明(研究代表者:小安重夫)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Marek Wagner, Kafi N. Ealey, Hiroe Tetsu, Tsuyoshi Kiniwa, Yasutaka Motomura, Kazuyo Moro and Shigeo Koyasu, "Tumor-Derived Lactic Acid Contributes to the Paucity of Intratumoral ILC2s", Cell Reports, 10.1016/j.celrep.2020.01.103

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター 免疫細胞システム研究チーム
チームリーダー 小安 重夫(こやす しげお)

小安チームリーダー(左)とワーグナー研究員(右)の写真 小安チームリーダー(左)とワーグナー研究員(右)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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