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2020年3月16日

理化学研究所

光受容によるタンパク質の翻訳変化を解明

-遺伝子の発現量調節への応用に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター合成ゲノミクス研究グループの栗原志夫研究員、蒔田由布子研究員、松井南グループディレクター、開拓研究本部岩崎RNAシステム生化学研究室の岩崎信太郎主任研究員らの研究チームは、植物が環境変化を経験したときに起こる翻訳変化の一端を解明しました。

本研究成果は、今後、作物の環境応答における遺伝子発現レベルの望まれる変化を人為的に起こす技術の確立につながると期待できます。

植物は、土の中で発芽した後、地上に芽を出し、光を受容すると、形態形成を始めます。しかし、光受容によって起こる遺伝子の発現変動やその制御機構については、まだ詳しく分かっていません。

今回、研究チームは、暗所で発芽したシロイヌナズナを青色光下へ露光したときに翻訳される、メッセンジャーRNA(mRNA)[1]上にあるORF(open reading frame)[2]と呼ばれる領域を同定し、それらのタンパク質または短いペプチドの生産量(翻訳量)および生産効率(翻訳効率)の変化やその制御機構を明らかにしました。これまで、mRNAの蓄積量が遺伝子の発現レベルを決めると考えられてきましたが、今回、翻訳量もその重要な因子であることが分かりました。

本研究は、日本植物生理学会誌『Plant and Cell Physiology』(3月号)およびオンライン版(2019年12月3日付)に掲載されました。

背景

植物は、発芽後、光を受容すると、遺伝子発現プロファイルを劇的に変化させ、形態形成を始めます。植物は主に青色光・赤色光・遠赤色光(赤色光よりも波長の長い光)を受容しますが、それら単色光の受容による遺伝子の発現変動については、まだ多くの謎が残っています。

ゲノム上の遺伝子の情報(塩基配列)は、まずメッセンジャーRNA(mRNA)に「転写」されます。そして、mRNAは細胞小器官の一つであるリボソーム[3]に運ばれ、タンパク質に「翻訳」されます。

mRNA上には、「ORF(open reading frame)」と呼ばれる領域があります。ORFには「mORF(main open reading frame)[2]」、「uORF(upstream open reading frame)[2]」、「sORF(short open reading frame[2])」の3種類があります。mORFはタンパク質をコードする主要な領域で、sORFはタンパク質をコードしない(ただし短いペプチドを生産する)短い領域です。uORFはmORFより上流[4]に位置する短い領域で短いペプチドを生産し、mORFの翻訳を阻害することが知られています。

mORF、sORF、uORFのどれもタンパク質またはペプチドに翻訳されますが、植物の光応答によるタンパク質・ペプチドの生産量(翻訳量)、生産効率(翻訳効率)の変化は分かっていませんでした。

研究手法と成果

研究チームは、リボソームプロファイリング法[5]を用いて、暗所で発芽したシロイヌナズナを青色光下へ露光したときの翻訳量の変化を全ゲノムで調べました。まず、リボソームがORF上を3塩基からなるコドン[6]ごとに移動する性質を考慮し、実際に翻訳されているORFを予測しました。その結果、203個のsORFと1,378個のuORFを含む35,000個を超えるORFが翻訳されると見積もられました。それらのうち、40個のsORFと164個のuORFを含む6,000個を超えるORFの翻訳効率が、青色光への露光によって有意に変化することが分かりました(図1)。

暗所から青色光への露光におけるRNA量とリボソーム量の相関の図

図1 暗所から青色光への露光におけるRNA量とリボソーム量の相関

横軸は転写によるRNA蓄積量の変化率、縦軸は翻訳によるORF上のリボソーム蓄積量(翻訳量)の変化率を示す。青色光への露光によって翻訳効率が上がったORFを赤点、下がったORFを青点、変化がなかったORFを灰色点で示しており、翻訳されている35,000個以上のORFのうち、翻訳に変化があったORFは6,000個以上存在していた。

さらに、同一mRNA上で、暗所ではuORFが下流[4]のmORFの翻訳を抑制させる傾向にありました。しかし、その中で、青色光への露光によってuORFによる翻訳阻害を免れる下流mORFも存在することが分かりました(図2)。

uORFの下流mORFの翻訳への影響のイメージ図の画像

図2 uORFの下流mORFの翻訳への影響のイメージ図

暗所ではuORF(緑線)は下流のmORF(黄緑線)の翻訳(リボソームの数)を抑制するが(左)、青色光への露光によって翻訳阻害が軽減される遺伝子が存在することが分かった(右)。

本研究成果は、ゲノムから転写されたRNAの蓄積量の変化に加えてリボソームによる翻訳量の変化も、青色光への応答時の各ORFの発現量を決定する重要な因子であることを示しています(図3)。

シロイヌナズナ幼苗の青色光への露光時における翻訳変化のイメージ図の画像

図3 シロイヌナズナ幼苗の青色光への露光時における翻訳変化のイメージ図

mRNA上のタンパク質をコードするmORFに加えて、sORFやmRNA上のuORFもリボソームにより翻訳される。青色光への露光によってRNAの量が変化するが、あるRNA上のORFを翻訳するリボソームの量も変化する。必ずしも、RNAの量の変化と翻訳しているリボソームの量の変化は一致するものではない。

今後の期待

本研究では、シロイヌナズナ幼苗を暗所から青色光へと露光させたときに実際に翻訳されているORFを予測し、それらのORFの翻訳量と翻訳効率の変化を全ゲノムで明らかにしました。

これまでの研究では、mRNAの蓄積量が遺伝子の発現レベルを反映すると考えられてきましたが、今回、翻訳量も遺伝子の発現レベルを決定する重要な因子であることが分かってきました。したがって本成果は、今後、遺伝子発現レベルを語る上で、mRNAの蓄積だけではなく、翻訳も考慮する必要があることを示しています。

本研究成果は今後、作物の環境応答における遺伝子発現プロファイルの望まれる変化を、翻訳の人為的な改変によって起こす技術の確立につながると期待できます。

補足説明

  • 1.メッセンジャーRNA(mRNA)
    生物の体内では多くのタンパク質が働いているが、タンパク質は核内のDNA配列の遺伝子にあたる部分がRNAという形でコピーのように写し取られ(転写)、それが読み出される(翻訳)ことで作られる。この転写されたRNAをメッセンジャーRNAと呼ぶ。タンパク質の翻訳はリボソームで行われる。
  • 2.ORF、mORF、uORF、sORF
    ORFは、ゲノムもしくはmRNA上で、タンパク質や短いペプチドへ翻訳される可能性がある塩基配列のこと。uORFとmORFは、同一のmRNA上にある。mORFはタンパク質をコードする領域で、uORFは、mORFより上流に位置し、1~100アミノ酸長程度の短いペプチドをコードする領域である。uORFはmORFの翻訳を抑制することが知られている。sORFはタンパク質はコードせず小さなペプチドをコードする領域である。ORFはopen reading frame 、sORFはshort open reading frame、mORFはmain open reading frame、uORFはupstream open reading frameの略。
  • 3.リボソーム
    細胞の小器官の一つ。mRNAから情報を読み取り、タンパク質へ翻訳する。転写されたmRNAはリボソームに結合する。そこにtRNA(トランスファーRNA)が遺伝子情報に対応したアミノ酸を運び、タンパク質が作られる。
  • 4.上流、下流
    ゲノム上において、遺伝子の読まれる方向と同じ向きを下流、逆の向きを上流と呼ぶ。
  • 5.リボソームプロファイリング法
    組織からリボソームを抽出し、リボソームと結合しているRNA配列を同定することにより、どの遺伝子がどの程度の効率で翻訳されているかを知る解析法。
  • 6.コドン
    タンパク質の中のアミノ酸の並び方は、そのタンパク質の遺伝子(DNA)の中の塩基配列に対応している。三つの塩基がひとまとまりになって一つのアミノ酸に対応しており、この3塩基の並びを「コドン」と呼ぶ。

研究チーム

理化学研究所
環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ
グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)
研究員 栗原 志夫(くりはら ゆきお)
研究員 蒔田 由布子(まきた ゆうこ)
研修生 下平 春花(しもひら はるか)

開拓研究本部 岩崎RNAシステム生化学研究室
主任研究員 岩崎 信太郎(いわさき しんたろう)
研修生 藤田 智也(ふじた ともや)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「植物の光応答時の翻訳効率および翻訳開始点の変化についての解析(研究代表者:栗原志夫)」の支援を受けて実施されました。

原論文情報

  • Yukio Kurihara, Yuko Makita, Haruka Shimohira, Tomoya Fujita, Shintaro Iwasaki, Minami Matsui, "Translational landscape of protein-coding and non-protein-coding RNAs upon light exposure in Arabidopsis.", Plant and Cell Physiology, 10.1093/pcp/pcz219.

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ
研究員 栗原 志夫(くりはら ゆきお)
研究員 蒔田 由布子(まきた ゆうこ)
グループディレクター 松井 南(まついみなみ)

開拓研究本部 岩崎RNAシステム生化学研究室
主任研究員 岩崎 信太郎 (いわさき しんたろう)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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