理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発生体関連ソフトマター研究チームのクリシュナチャリ・サリコリミ特別研究員、石田康博チームリーダーらの国際共同研究グループは、原料を混ぜるだけでできる「超分子ポリマー[1]」を開発し、このポリマーが「キラル[2]化合物」における左手分子と右手分子[3]の分離に利用できることを実証しました。
本研究成果により、長らく構造制御の研究一辺倒であった超分子ポリマーの分野が今後、機能探求の段階に突入すると期待できます。
キラル化合物を通常の方法で合成すると、左手分子と右手分子が等しい割合で生成されます。両分子の物理的性質は全く同じであるため、これらの分離は非常に難しくなります。しかし、左手分子と右手分子とでは生体に与える効果が異なることから、特に新薬の開発において両分子の分離は避けて通れない課題です。
今回、国際共同研究グループは、「キラルでないカルボン酸分子」と「キラルなアミン分子」を混ぜるだけでできる、らせん状の超分子ポリマー[4]を開発しました。この超分子ポリマーは、同じ方向にねじれる分子のみを内部に取り込むため、キラル化合物の左手分子と右手分子を効率良く分離できます。
本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(5月8日付)に掲載されました。
らせん状の超分子分子ポリマー(左)と左手分子と右手分子の分離への応用(右)
背景
化学結合を用いず、物理的相互作用のみで単量体を連結した特殊な重合体(ポリマー)を「超分子ポリマー」といいます。超分子ポリマーは、合成時のエネルギー消費や有害物生成がゼロである、いったん単量体に戻して再度ポリマーにするといった再利用が極めて容易である、また、例えば暑いときにはポリマーが短くなって粘性が下がり、寒くなるとポリマーが長くなって粘性が上がるなど環境変化に対しスマートに応答するといった特徴を持ちます。そのため環境にも人間にも優しい次世代材料として、近年、世界中で盛んに研究されています。
また、ほとんどの超分子ポリマーは、特別な操作をしなくても精密ならせん構造を取ることから、物質のキラリティ[2]に関連するさまざまな機能を発現すると考えられています。化学結合により単量体が連結された古典的ポリマーの中にも、らせん構造を取るものが存在し、これらのキラリティ関連機能(左手分子と右手分子を分離する機能、非線形光学効果[5]など)は、既に私たちの日常生活を支える技術として実用化されています。そのため、らせん構造に由来する機能と超分子ポリマーゆえの特徴とが相乗することで、古典的ポリマーには見られない、私たちの予想を超えた有用性が期待できます。
しかし、これまでの研究では、超分子ポリマーのらせんキラリティはもっぱら、超分子ポリマー自身の構造を調べる際の道具として利用されており、その機能探求は未開拓の状態にありました。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、「キラルでないカルボン酸分子」と「キラルなアミン分子」を溶液中で混合すると、両者が酸-塩基相互作用[6]によりペアを作り、複数のペアが物理的相互作用を介して連結された結果、アミン分子を内側、カルボン酸分子を外側に配置したらせん状の超分子ポリマーが自動的に組み上がることを見いだしました(図1)。ここで用いるカルボン酸分子は、国際共同研究グループが独自に開発したものであり、6工程の有機合成により得られます。一方でアミン分子は、化学合成あるいは天然由来のさまざまな市販品をそのまま使用できます。
図1 本研究で開発したらせん超分子分子ポリマーの構造
①キラルでないカルボン酸分子と②キラルなアミン分子を溶液中で混合すると、③両者が酸-塩基相互作用によりペアを作る。④複数のペアが物理的相互作用を介して連結され、アミン分子を内側、カルボン酸分子を外側に配置した左巻き/右巻きのらせん超分子ポリマーができる。
また、超分子ポリマーのらせんがねじれる方向は、アミン分子のねじれる方向によって決まり、右巻きのアミン分子を用いれば右巻きらせんの超分子ポリマーが、左巻きのアミン分子を用いれば左巻きらせんの超分子ポリマーが得られることが、原子間力顕微鏡[7]観察により明らかになりました(図2)。これまでに報告されている超分子ポリマーと比べて、この超分子ポリマーは、2成分により構成される点、うち1成分(アミン分子)がバラエティー豊かで入手容易な化合物群で置き換えられる点において、独特なものといえます。
図2 らせん超分子ポリマーの原子間力顕微鏡像
超分子ポリマーのらせんがねじれる方向は、アミン分子のねじれる方向によって決まる。左図のように、左巻きのアミン分子を用いれば、左巻きらせんの超分子ポリマーができる。右図のように、右巻きのアミン分子を用いれば、右巻きらせんの超分子ポリマーが得られる。スケールバーの単位の1nm(ナノメートル)は10億分の1メートル。
超分子ポリマーは一般的に、単量体が化学結合ではなく物理的相互作用によって連結されているため、いったんでき上がった連結を組み替えることができます。したがって、似て非なる2種類の超分子ポリマーを共存させたとき、2種類の単量体が混ざって連結され新たな超分子ポリマーができる可能性もあれば(図3左)、両者が混ざらずにそれぞれで連結する可能性もあり(図3右)、どちらになるのかは両者の構造類似性に依存します。
この点に着目し、今回開発された超分子ポリマー8種類(同一のカルボン酸分子に対し、8種類のキラルなアミン分子を混合することで得られたもの)について、系統的な混合実験を行いました。その結果、らせんの巻き方向が同じである超分子ポリマーは混ざり合うが、らせんの巻き方向が異なる超分子ポリマーは混ざり合わないという法則が、普遍的に成り立つことが明らかになりました(図3)。見方を変えると、この超分子ポリマーは、共存する超分子ポリマーのらせんの巻き方向を厳密に見分ける能力を持つといえます。
図3 らせん超分子ポリマーの巻き方向と融合性との関係
2種類のらせん超分子ポリマーを混合すると、らせんの巻き方向が同じである超分子ポリマーは混ざり合い融合するが(左)、らせんの巻き方向が異なる超分子ポリマーは混ざり合わず分離したままになる(右)。
さらに、開発した超分子ポリマーが、キラル化合物における左手分子と右手分子の分離に利用できることを実証しました。キラル化合物を通常の方法で合成すると、左手分子と右手分子とが等しい割合で生成されます。左手分子と右手分子の物理的性質は全く同じであるため、これらの分離は物質分離の中で最も難しいものになります。左手分子と右手分子とでは、生体に与える効果が異なるため、特に新薬の開発においては、これらの分離は避けて通れない課題です。
今回着目したのは、上述の超分子ポリマー群に成り立つ「らせんの巻き方向と融合性の法則」を使うことにより、左手分子の超分子ポリマーと右手分子の超分子ポリマーとの間に溶解性の差を生み出せる点です。
まず、分離剤となる可溶性の超分子ポリマー(左巻きらせん)をあらかじめ有機溶媒中に溶解しておき、この溶液に分離対象である左手アミン分子と右手アミン分子(同じ量の混合物)、添加剤となるキラルでないカルボン酸分子を共存させます。すると、左手アミン分子は左巻きの分離剤と融合して高溶解性の超分子ポリマーとなる一方、右手アミン分子は左巻きの分離剤と融合できずに自身で連結して低溶解性の超分子ポリマーとなります。その結果、前者は上澄み液中に存在し、後者は沈殿するため、両者は容易に分離可能となります(図4)。このたった1回のバッチ操作により、はじめ50:50だった左手分子と右手分子の割合を上澄み液中に最大で95:5まで偏らせることに成功しました。さらに、この有機溶媒中の上澄み液を酸性の水で抽出すると、水中にアミン分子(左手アミン分子が過剰)を取り出すことができます。
図4 らせん超分子ポリマーによる左手分子と右手分子の分別
分離剤となる可溶性の左巻き超分子ポリマーを溶解させた溶液に、分離対象である左手アミン分子と右手アミン分子(同じ量の混合物)と添加剤のキラルでないカルボン酸分子を共存させる(上段)。すると、左手アミン分子は左巻きの分離剤と融合して可溶性の超分子ポリマーとなる一方、右手アミン分子は左巻きの分離剤と融合できずに自身で連結して不溶性の超分子ポリマーとなる(中段)。その結果、可溶性の超分子ポリマーは上澄み液中に存在し、不溶性の超分子ポリマーは沈殿する(下段)。
今後の期待
潜在的な能力が認められながらも、長らく構造制御(長さ・太さ・ねじれ具合などの調節)の研究一辺倒であったらせん超分子ポリマーについて、今回初めて、キラル化合物における左手分子と右手分子を分離可能であるという重要な実用的機能を持つことが実証されました。本研究により、らせん超分子ポリマーに関する研究は、いよいよ構造制御から機能探求へとシフトし、さまざまな機能が見いだされると期待できます。
左手分子と右手分子が混合または分離する現象は、キラル化合物の高効率生産に直結するとともに、地球上におけるキラリティの偏りの起源を解き明かす鍵にもなります。シンプルなメカニズムにて、らせんの巻き方向が同じなら混合し、巻き方向が逆なら分離するという特徴を示す今回の超分子ポリマーは、関連研究における有用なモデル系になると考えられます。
補足説明
- 1.超分子ポリマー
複数の単量体が、鎖状または網状に連結されることでできた化合物のことをポリマーと呼ぶ。通常のポリマー中では、単量体は化学結合により連結されているが、最近、単量体が化学結合ではなく物理的相互作用により連結された新しいタイプのポリマーが注目されており、これを超分子ポリマーと呼ぶ。 - 2.キラル、キラリティ
ある構造を鏡に映した際、得られる構造が元の自分自身と重ならない構造を、キラルな構造と呼ぶ。右掌を鏡に映すと左掌が得られ、これは元の右掌には重ならない。このことから、キラルな物質のことを、掌性(キラリティ)を持つ物質と呼ぶ。 - 3.左手分子と右手分子
分子は三次元的な構造物なため、キラリティを持つことがある。互いに鏡に映した関係にある分子のペアを、左手分子および右手分子と呼ぶことがある。これらの分子のペアを光学異性体とも呼ぶ。 - 4.らせん状の超分子ポリマー
ポリマーの中には、同じ方向にねじれ続けることにより、らせん構造をとるものがある。らせんがねじれる方向には、左巻きと右巻きの2通りがある。左巻きらせんと右巻きらせんとは互いに鏡に映した関係にあるため、らせん構造はキラリティを持つ。 - 5.非線形光学効果
物質に強い光を照射したときに起きる、光と物質の非線形な(光の強度に比例しない)相互作用に由来した光応答のこと。入射光強度の2乗、3乗、・・・に比例する光学効果を、それぞれ2次、3次、・・・の非線形光学効果と呼ぶ。 - 6.酸-塩基相互作用
水素イオン(H+)を放出しやすい物質を酸、水素イオンを受け取りやすい物質を塩基と呼ぶ。酸と塩基が共存すると、水素イオンの授受が起こり、両者が引き合うようになることを、酸-塩基相互作用と呼ぶ。 - 7.原子間力顕微鏡
先端の尖った針(カンチレバー)で試料の表面をなぞり、探針と試料に作用する原子間力を電気信号に変換することにより、試料の表面におけるナノスケールの凹凸形状を三次元的に計測する手法のこと。
国際共同研究グループ
理化学究所 創発物性科学研究センター 創発生体関連ソフトマター研究チーム
チームリーダー 石田 康博(いしだ やすひろ)
特別研究員 クリシュナチャリ・サリコリミ(Krishnachary Salikolimi)
専門技術員 山田 邦代(やまだ くによ)
テクニカルスタッフⅠ 堀本 訓子(ほりもと のりこ)
インド工科大学 グワハティ校 化学専攻
准教授 アチャルクマル・アマサナドゥ・スダカル(Achalkumar Ammathnadu Sudhakar)
CSIR-インド国立学際科学技術研究所
助教 バカイル・カルティケヤン・プラビン(Vakayil Karthikeyan Praveen)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術(研究統括:北山研一)」の研究課題「殆どが水よりなる動的フォトニック結晶の開発と応用(研究代表者:石田康博)」による支援を受けて行われました。
原論文情報
- Krishnachary Salikolimi, Vakayil K. Praveen, Achalkumar Ammathnadu Sudhakar, Kuniyo Yamada1, Noriko Nishizawa Horimoto 1 & Yasuhiro Ishida, "Helical supramolecular polymers with rationally designed binding sites for chiral guest recognition", Nature Communications, 10.1038/s41467-020-16127-6
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発生体関連ソフトマター研究チーム
理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発生体関連ソフトマター研究チーム
特別研究員 クリシュナチャリ・サリコリミ(Krishnachary Salikolimi)
チームリーダー 石田 康博(いしだ やすひろ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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