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2020年6月22日

理化学研究所

高性能な高分子熱電変換材料を開発

-新しいn型高分子半導体と分子配向制御により熱電特性が向上-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発分子機能研究チームのワン・ヤン訪問研究員と瀧宮和男チームリーダーの研究チームは、独自の高分子半導体[1]材料を用いて高性能な熱電変換材料を開発しました。

本研究成果は、IoTや小型IT機器類の自立型電源に向け、身の周りのわずかなエネルギーを電力に変換する環境発電技術に貢献すると期待できます。

近年、身の周りに遍在する熱エネルギーを電気エネルギーとして回収するために、安価かつ安全に熱電変換を行える材料の開発が望まれています。

今回、研究チームは、独自に開発したナフトジチオフェン(NDTI)と呼ばれる半導体骨格に2種類の分子を組み合わせ、新しいn型半導体[2]の高分子材料「pNB-Tz」を合成しました。溶剤に溶けやすくするために、pNB-Tzの高分子主鎖構造に枝分れ構造を持つ側鎖を結合させましたが、その側鎖の構造を調整したところ、薄膜中での分子配向を制御できることを見いだしました。さらに、pNB-Tzに電子ドープ[3]を行った結果、高い電気伝導率とゼーベック係数[4]を示し、熱電変換特性の指標であるパワーファクター[5]は53μW/m K2に達しました。これらの特性は、これまでに報告されているn型高分子半導体を基盤とする熱電材料で最も優れています。また、薄膜中での分子配向の制御が高性能な熱電変換材料の開発に有効であることが分かりました。これら知見は、今後の優れた材料の探索指針になると考えられます。

本研究は、科学雑誌『Advanced Materials』の掲載に先立ち、オンライン版(6月22日付:日本時間6月22日)に掲載されます。

新しいn型高分子半導体「pNB-Tz」の粉末と、ガラス基板上に塗布した薄膜試料の図

新しいn型高分子半導体「pNB-Tz」の粉末(左)と、ガラス基板上に塗布した薄膜試料(右)

背景

工場や自動車エンジンから出る高温の廃熱から、家庭やオフィスの電子機器類から出る低温の廃熱まで、私たちの身の周りにはさまざまな未利用の熱エネルギーが存在しています。これらの熱エネルギーをより使いやすい電気エネルギーに変換する「熱電変換技術」は、エネルギー問題の解決の一助になると期待されています。例えば、普及が進むIoT機器への電源供給手段として注目を集める環境発電(環境からエネルギーを回収し発電すること)において、熱電変換技術はその有力な候補と考えられています。しかし「エネルギーの最終形態」とも呼ばれる、熱エネルギーを他の形態のエネルギーへ変換することは技術的に容易ではありません。

熱電変換技術は、金属や半導体などに与えられた温度差が電圧に変換されるゼーベック効果[4]という現象を基盤にしています。従来、熱電変換材料としてはビスマステルルなどの無機化合物が用いられていましたが、コストや毒性などの問題から、その用途は人工衛星や腕時計などに限られていました。そのため、より安価かつ安全な材料を用いた熱電変換技術の開発が望まれており、その条件を満たす材料として有機半導体や高分子半導体が注目されています。

有機半導体[1]や高分子半導体は、溶剤に溶かし基板に塗布することで簡便にデバイスを作れることに加え、柔軟な基材の上で半導体機能を発現できます。最近、有機半導体材料を熱電変換に用いることが検討され始め、キャリア種がホール(正孔)であるp型半導体[2]材料では、ホールがドープされた高分子材料で高い特性のものが報告されています注1)。一方、電子をキャリアとするn型半導体の熱電材料の開発は立ち遅れており、p、n両型の材料を用いる高効率熱電変換への応用において大きな課題となっていました。

研究手法と成果

有機半導体や高分子半導体の大きな特徴の一つが、有機合成化学の知見を用いてさまざまな物性を持つ半導体材料を自在に設計・創出できる点です。これまで創発分子機能研究チームでは、独自の分子設計指針と高効率な有機合成技術を組み合わせ、有機半導体や高分子半導体の材料を開発してきました注2-4)

この中で、ナフトジチオフェンジイミド(NDTI)と呼ばれるn型有機半導体用の分子骨格を開発し、さまざまな応用を試みました。そして今回、NDTIを高分子半導体材料の主要な構成成分とし、それにビチオフェンイミドとチアゾールを組み合わせることで、新しいn型高分子半導体材料「pNB-Tz」を開発しました(図1)。これらの構成成分は電子不足の芳香族骨格であることからpNB-Tzは電子ドープにより電子が注入されやすいn型半導体であり、また電子移動度も高いことが明らかになりました。

新しいn型高分子半導体 pNB-Tzの構造の図

図1 新しいn型高分子半導体 pNB-Tzの構造

独自の半導体骨格であるナフトジチオフェンジイミド(NDTI)からなる新しいn型高分子半導体 pNB-Tzの構造式。青の部分構造がNDTIを示す。NDTIの右側は、ビチオフェンイミドとチアゾールからなる構造。Rは側鎖のアルキル基で、左が2-デシルテトラデシル基、右が3-デシルペンタデシル基。

さらに、電気伝導率を高めるために、pNB-Tzとn型ドープ剤[6]のN-DMBIを溶液中で混合することで電子ドープを施し、その溶液を基板に塗布し薄膜を作製しました。すると、その薄膜は最高で11.6 S cm-1の高い電気伝導率を示し、またゼーベック係数も高い値を保っていたことから、熱電変換特性の指標であるパワーファクターは53.4μWm-1 K-2に達することが分かりました。これらの特性は、これまでに報告されているn型高分子半導体材料の中で最も優れています(図2)。

pNB-Tzの電子ドープ後の熱電特性の図

図2 pNB-Tzの電子ドープ後の熱電特性

ドープ率30mol%のpNB-Tzの電気伝導率は11.6 S cm-1、パワーファクター(熱電変換特性の指標)は53.4μWm-1 K-2に達した。

次に、このような特性の原因を明らかにするために、pNB-Tz分子の薄膜中における集積構造をX線回折法[7]により調べたところ、側鎖の化学構造の違いにより薄膜中での集積構造が異なることが分かりました。pNB-Tzには、溶剤に溶けやすくなるように、側鎖として分岐アルキル基が結合しています(図3)。最も優れた特性を示したpNB-Tz分子には、側鎖として3-デシルペンタデシル基が導入されており、その半導体骨格部分は、「エッジ-オン」と呼ばれる基板に対して立ち上がった構造と、「フェイス-オン」と呼ばれる基板上に横たわった構造が混ざった配向を持っていました(図4)。一方、3-デシルペンタデシル基よりも炭素鎖が一つ短い2-デシルテトラデシル基を側鎖に持つpNB-Tz分子では、エッジ-オン構造のみでした。この結果から、側鎖構造のわずかな違いにより分子配向が異なること、また分子配向により熱電材料としての特性が大きく異なることが分かりました。

この理由として、エッジ-オン構造とフェイス-オン配向が混合することで、電気伝導が薄膜の面内および面外の全ての方向で起こりやすくなり(3次元的な電気伝導)、電気伝導率が向上したと考えられます。さらに、二つの配向の混合により生じた空隙に、n型ドープ剤に由来する対カチオン種[6]が効率的に保持され、電子ドープ効率も向上したと考えられます(図4)。これら二つの構造的な特徴が、高い熱電特性を発現するために重要であることが明らかになりました。

半導体高分子pNB-Tzの主鎖構造とアルキル側鎖の図

図3 半導体高分子pNB-Tzの主鎖構造とアルキル側鎖

主鎖のNDTIには、分岐したアルキル基が側鎖として結合している。図で示している側鎖は3-デシルペンタデシル基。

新しいn型高分子半導体 pNB-Tzの分子配向の図

図4 新しいn型高分子半導体 pNB-Tzの分子配向(模式図)

X線回折から予測される分子配向の模式図。3次元的な電気伝導(白矢印の方向)により、電気伝導率が向上したと考えられる。また、2種類の配向(エッジ-オン配向とフェイス-オン配向)が混合することで生じる空隙(赤破線内部)に、n型ドープ剤に由来する対カチオン種(N-DMBI+)が効率的に保持され、電子ドープ効率が向上したと考えられる。青がエッジ-オン配向、緑がフェイス-オン配向を示す。

今後の期待

本研究で得られた熱電特性は、これまでのn型高分子半導体材料の中では最高レベルであるものの、実用化のためにはさらなる高性能化が必要です。一方で、3次元電気伝導経路の構築とn型ドープ剤由来の対カチオン種の効果的な収容という高性能化のための指針が明確になったことから、今後、これらを意識した材料設計と開発を進めます。分子集合体構造の設計は容易ではありませんが、研究チームでは分子間相互作用に由来する集合体構造の設計と予測に関する研究も進めており、これらの知見を融合することで、さらに優れた特性を示すn型高分子熱電材料の開発に結び付けたいと考えています。

補足説明

  • 1.高分子半導体、有機半導体
    通常使われる半導体材料はシリコン(Si)などの無機化合物であり、優れた半導体特性を示す一方で、重くて硬く、また、デバイスの製造には高価な真空プロセスが必要である。Siの同族元素である炭素(C)からなるπ電子系分子を基本とするものが「有機半導体」であり、その中でπ電子系分子が繰り返し構造として無数につながり、分子量が大きいものを「高分子半導体」と呼ぶ。分子構造の設計によって、さまざまな特性を持つ有機半導体の合成が可能となり、そのデバイス作製には溶液プロセスなどの安価な製造方法を用いることができる。有機半導体は、発光(有機EL)、スイッチング(有機トランジスタ)、光電変換(有機太陽電池)などさまざまな電子デバイスに応用されている。
  • 2.n型半導体、p型半導体
    半導体はキャリアの種類により、電子をキャリアとするn型半導体とホール(正孔)をキャリアとするp型半導体に分類される。
  • 3.電子ドープ
    中性状態の高分子半導体ではキャリア密度が低いため、電気伝導は示さない。一方、n型半導体高分子に電子ドープを行うと、電子がキャリアとなり電気伝導を示す。
  • 4.ゼーベック効果、ゼーベック係数
    ゼーベック効果は、金属や半導体に与えられた温度差が直接電圧に変換される現象のことで、熱電効果の一つである。単位温度あたりの発生電圧(V/K、またはμV/K)をゼーベック係数(S)という。
  • 5.パワーファクター
    材料の熱電変換能は性能指数ZZ = S2σ / κ、S: ゼーベック係数、σ : 電気伝導率、κ : 熱伝導率)で評価される。ただし高分子材料の場合、一般的に熱伝導率が小さく材料間の差も小さいため、ゼーベック係数と電気伝導率から導かれるパワーファクター(PF = S2σ)を材料評価の指標として用いることが多い。
  • 6.n型ドープ剤、対カチオン種
    n型高分子半導体に電子を与え、電子密度を高めるための試薬をn型ドープ剤という。n型ドープを行うと、ドープ剤はカチオン種(陽イオン種)へと変化し、それが対になった対カチオン種として材料膜中に残存する。
  • 7.X線回折法
    薄膜材料にX線を照射し、回折ピークを観測することで、薄膜中の材料の周期性や分子配向を明らかにする測定手法。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)(一般)「超分子有機半導体の創製(研究代表者:瀧宮和男)」、同特別研究員奨励費「リレンジイミドを基盤とするn型有機半導体の熱電変換特性に関する研究(研究代表者:瀧宮和男)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Yang Wang, Kazuo Takimiya, "Naphthodithiophenediimide-Bithiopheneimide Copolymers for High-Performance n-Type Organic Thermoelectrics: Significant Impact of Backbone Orientation on Conductivity and Thermoelectric Performance", Advanced Materials, 10.1002/adma.202002060

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発分子機能研究チーム
訪問研究員 Wang Yang(ワン・ヤン)
チームリーダー 瀧宮 和男(たきみや かずお)

瀧宮 和男チームリーダーの写真 瀧宮 和男
Wang Yang訪問研究員の写真 Wang Yang

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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