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2021年4月6日

理化学研究所
関西学院大学
日本医療研究開発機構

老化による幹細胞のがん化機構の発見

-ショウジョウバエwhite変異体の発見から111年目の新展開-

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター動的恒常性研究チームのユ・サガンチームリーダー(理研開拓研究本部Yoo生理遺伝学研究室主任研究員、関西学院大学理工学部客員准教授)、開拓研究本部Yoo生理遺伝学研究室の佐々木彩伽研修生(研究当時)、生命機能科学研究センター動的恒常性研究チームの高野智美テクニカルスタッフ(Yoo生理遺伝学研究室特別技術員)、成長シグナル研究チーム(研究当時)の西村隆史チームリーダーらの共同研究グループは、ショウジョウバエを用いて、個体の老化に伴って腸の幹細胞(腸幹細胞[1])が過剰に増殖し、がん化する分子機構を発見しました。

幹細胞による組織の維持とがん化はショウジョウバエと哺乳類のどちらでも観察されることから、本研究成果は、将来ヒトの老化に伴うがん発生機構の解明にも貢献すると期待できます。

老化したショウジョウバエの死因の一つとして、腸幹細胞のがん化が知られています。今回、共同研究グループは、老化に伴い腸幹細胞が過剰に増える原因を調べた結果、ショウジョウバエで最初に発見された白色眼変異体であるホワイト(white[2])に着目しました。野生型の老齢個体では腸幹細胞でwhite遺伝子の発現が増加する結果、葉酸代謝物[3]が蓄積し、細胞が過増殖することを突き止めました。さらにwhite遺伝子の機能もしくは葉酸代謝物の蓄積を抑えることで、腸幹細胞のがん化を抑制し、個体の寿命が伸びることも発見しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Metabolism』オンライン版(4月5日付:日本時間4月6日)に掲載されます。

モーガン博士が1910年に発見したwhite変異体では、腸幹細胞の老化が抑制されていたの図

モーガン博士が1910年に発見したwhite変異体では、腸幹細胞の老化が抑制されていた(イラスト:ウチダヒロコ)

背景

細胞の適切な新陳代謝による組織の再生は、多細胞生物の体を生涯にわたって維持する仕組みの一つです。分化した細胞は増殖能を失っているため、失われた細胞を埋め合わせする成体幹細胞[4]は成体の維持に重要な役割を果たしています。一方で、幹細胞が無秩序に増殖するとがんが生じるため、幹細胞の増殖は厳密に制御される必要があります。消化管は皮膚とともに新陳代謝の激しい組織であり、幹細胞による組織の維持とがん化の機構の研究対象として注目されてきました。

ショウジョウバエは、多細胞生物を代表する遺伝学、発生学のモデル生物として1世紀以上にわたり使用されてきました。近年、ショウジョウバエでも成体幹細胞の存在が明らかになり、特に腸における細胞の新陳代謝は、哺乳類の腸管上皮組織の再生と似ており、その分子機構の解明に貢献してきました。また、ショウジョウバエでもヒトと同様に、老化に伴って腸の幹細胞(腸幹細胞)が過剰に増殖・がん化し、個体を死に至らしめる場合があることが知られています。しかし、なぜ老化した腸幹細胞が過剰に増殖し、がん化してしまうのか、その分子機構はほとんど分かっていません。

今回、共同研究グループは、ショウジョウバエの複数の系統を調べることで、老化時の腸幹細胞の増殖に関係する遺伝的背景の解明を試みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、ショウジョウバエの野生型3系統と、遺伝学実験でほぼ野生型と同様に扱われることの多いwhite(ホワイト;白色眼)変異体の2系統について、若齢(羽化後1週)と老齢(同1.5~2カ月)の個体の腸における分裂細胞を数えました。老齢個体で分裂細胞が多く観察されれば、老化に伴い腸幹細胞が過増殖していると考えられます。しかし、意外なことに、野生型では老化に伴う腸幹細胞の過増殖が観察された一方、white変異体では過増殖は見られませんでした(図1)。それでは、white遺伝子は老化の際の腸幹細胞の過増殖・がん化にどう関わっているのでしょうか。

老化に伴う腸幹細胞のがん化の図

図1 老化に伴う腸幹細胞のがん化

老齢の野生型(左)とwhite変異体(右)の腸の蛍光顕微鏡観察。細胞膜を緑色で、核を青色で示す。野生型個体では細胞の過剰増殖が見られるが、white変異体では増殖が抑制されている。スケールバーは50マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)。

white遺伝子の産物(タンパク質)は、ABCトランスポーター[2]と呼ばれる膜タンパク質の一種であることが分かっています。トランスポーターは細胞の膜や細胞内の小胞の膜に、さまざまな代謝物を透過させる通路を作ります。これまで、white遺伝子は眼の色素合成と神経系の機能を制御していることが知られていましたが、個体全体の代謝の動態とどう関わっているかはよく分かっていませんでした。

そこで、共同研究グループはメタボロミクス[5]という手法を用い、野生型とwhite変異体それぞれの若齢個体と老齢個体において代謝物解析を行いました。その結果、野生型老齢個体の腸幹細胞に葉酸代謝物が蓄積すること、およびwhite変異体ではこの蓄積が起きないことを新たに見いだしました。葉酸代謝物は、DNA合成を制御し、細胞の増殖に必要な物質です。詳細な解析を行ったところ、老化の際にまず、腸幹細胞でwhite遺伝子の発現が増加し、それによって葉酸代謝物が腸幹細胞に蓄積することを見いだしました。そして、細胞内に蓄積した葉酸代謝物がDNA合成を促進し、細胞増殖、がん化を促進することを突き止めました。一方、人為的に腸幹細胞でwhite遺伝子の発現を抑制したり、葉酸代謝物の蓄積を抑制したりすることで、腸幹細胞のがん化が抑えられ、ショウジョウバエの寿命が伸びることも分かりました(図2, 図3)。さらに、DNA合成を阻害する薬剤を投与した場合も、老化に伴う腸幹細胞のがん化が見られなくなりました。

腸幹細胞の老化と葉酸代謝物の蓄積の図

図2 腸幹細胞の老化と葉酸代謝物の蓄積

  • 写真(左):腸での葉酸代謝物(マゼンタ)の蓄積を蛍光顕微鏡で観察した。腸幹細胞は、核に緑色蛍光タンパク質を発現させており、核染色(青色)との加色混合によりシアンで示される。その他の細胞核は青色で示す。スケールバーは10マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)。若齢および老齢のそれぞれで、葉酸代謝物のみの像(上)と核染色を合わせた像(下)を比較した。左列の野生型個体では、老齢個体の腸幹細胞で葉酸代謝物の蓄積が見られる(矢頭)。一方、RNAi法によりwhite遺伝子の発現を抑制した場合(中列)と、葉酸代謝物の合成に関わる酵素(DHFR)の発現を抑制した場合(右列)では、老齢個体の腸幹細胞での葉酸代謝物の蓄積が見られなくなった。
  • グラフ(右):腸幹細胞で葉酸代謝物の合成に関わる酵素(DHFR)の機能を抑制したところ、老齢個体において分裂細胞の割合が減少した。グラフ上の( )の数字は、調査した個体数。
腸幹細胞特異的なwhite遺伝子の抑制による寿命を伸ばす効果の図

図3 腸幹細胞特異的なwhite遺伝子の抑制による寿命を伸ばす効果

薬剤(RU486)投与により、腸幹細胞特異的にwhite遺伝子の発現を抑制する実験系を構築し、飼育日数の経過と死生存率を調べた。対照群(灰丸)に比べて、white遺伝子抑制群(黒丸)では40日以降の生存率の落ち方が緩やかであり、80日以降まで生き延びる個体が観察された。

以上の結果から、ショウジョウバエの老化の過程では、腸幹細胞で発現が増加するwhite遺伝子産物(ABCトランスポーター)の働きで葉酸代謝物が腸幹細胞に蓄積し、DNA合成を促進することで細胞が過剰に増殖するというモデルが示唆されました(図4)。

老化に伴う葉酸代謝物の蓄積とがん化のメカニズムの図

図4 老化に伴う葉酸代謝物の蓄積とがん化のメカニズム

本研究から示された、老化に伴う腸幹細胞の増殖モデル。white遺伝子がコードするABCトランスポーターは、葉酸代謝物の膜を隔てた輸送を促進する働きを持つ(図では、細胞内の小胞に蓄えられた葉酸代謝物が細胞質に放出されるメカニズムを想定した)。腸幹細胞でのwhite遺伝子の発現は若齢では低く、老齢では高い。そのため、老化に伴い腸幹細胞に蓄積した葉酸代謝物がDNA合成を促進し、細胞の過剰な増殖を引き起こす。

今後の期待

本研究には、生物学的な意義と医学的な意義の二つの大きな意義があります。

生物学的な意義として、今回着目したwhite遺伝子は、ショウジョウバエ研究の創始者であるトーマス・ハント・モーガン[6]が1910年に初めて発見した、ハエの眼が白くなる原因遺伝子です。white遺伝子による眼の色の制御は、多くの高校の教科書にも紹介されている有名な現象です。同じ遺伝子が老化の際の腸幹細胞のがん化に関わるという今回の発見は、遺伝子機能の多様さ、複雑さを示す好例であり、生物研究における波及効果は大きなものになると予想されます。

医学的な意義としては、ショウジョウバエでの老化の際におこる幹細胞のがん化機構の解明が、将来的にはヒトにおける老化でのがん化機構の解明につながることが期待できます。興味深いことに、今回着目したwhite遺伝子に似た遺伝子がヒトにも存在しています。また、葉酸代謝がヒトのがんに関わることはよく知られており、葉酸代謝を阻害する薬剤(メソトレキセートなど)は抗がん剤としてよく使われています。本研究では、葉酸代謝物が細胞のがん化に必要なだけでなく、その過剰な細胞内での蓄積が、細胞増殖・がん化を促進するドライビングフォース(駆動力)であるということを発見したのが新しい点です。

補足説明

  • 1.腸幹細胞
    消化管の上皮は外界から取り込んだ物質に常にさらされ、皮膚と同様に細胞の脱落と再生により維持されている。腸幹細胞は、増殖能と、腸を構成する細胞に分化する能力を併せ持つ成体幹細胞である。ショウジョウバエ成虫の腸組織は安定な細胞で構成されると考えられてきたが、近年、哺乳類と同様に幹細胞で維持されることが分かってきた。
  • 2.white、ABCトランスポーター
    whiteは1910年に発見された、ショウジョウバエの最初の変異体の名前。正常では猩猩色(鮮やかな赤色)の眼が白色になる。ABCトランスポーターは、ATPを分解するエネルギーを利用して物質の能動輸送を行う膜タンパク質であり、white遺伝子は、ABCトランスポーターのサブファミリーG(ABCG)をコードする。
  • 3.葉酸代謝物
    葉酸は、ビタミンB群に属する必須成分の一つ。体内で代謝されるとジヒドロ葉酸を生じ、ジヒドロ葉酸はジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)によりテトラヒドロ葉酸に還元され、補酵素として働く。本研究では、葉酸代謝物としてテトラヒドロ葉酸に着目した。
  • 4.成体幹細胞
    胚性幹細胞に対し、成体内に存在する未分化な細胞で、増殖、組織に応じた分化能を持つ細胞。
  • 5.メタボロミクス
    細胞や組織、個体に存在する代謝物を網羅的に解析する手法。
  • 6.トーマス・ハント・モーガン
    米国の遺伝学者(1866年~1945年)。遺伝において染色体の果たす機能の解明により、1933年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

共同研究グループ

理化学研究所
生命機能科学研究センター
動的恒常性チーム
テクニカルスタッフ 高野 智美(たかの ともみ)
(Yoo生理遺伝学研究室 テクニカルスタッフ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 内藤 早紀(ないとう さき)
チームリーダー ユ・サガン(Sa Kan Yoo)
(Yoo生理遺伝学研究室 主任研究員、関西学院大学理工学部 客員准教授)
成長シグナル研究チーム(研究当時)
チームリーダー 西村 隆史(にしむら たかし)
(現 群馬大学生体調節研究所 教授)
開拓研究本部
Yoo生理遺伝学研究室
研修生(研究当時) 佐々木 彩伽(ささき あやか)
(研究当時:関西学院大学 理工学部 生命科学科 修士課程学生)

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域における研究開発課題「老化の遺伝学的・非遺伝学的分子基盤の解明(研究代表者:兪 史幹)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究A「個体レベルでの物理的損傷に対する応答・修復メカニズムの解明(研究代表者:兪 史幹)」、基盤研究B「栄養環境の変化に対する適応戦略と成長・代謝制御機構の解析(研究代表者:西村隆史)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Ayaka Sasaki, Takashi Nishimura, Tomomi Takano, Saki Naito, Sa Kan Yoo, "white regulates proliferative homeostasis of intestinal stem cells during aging in Drosophila", Nature Metabolism, s42255-021-00375-x

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 動的恒常性研究チーム
チームリーダー ユ・サガン
(理研 開拓研究本部 Yoo生理遺伝学研究室 主任研究員、関西学院大学理工学部客員准教授)
テクニカルスタッフ 高野智美
成長シグナル研究チーム(研究当時)
チームリーダー 西村隆史
開拓研究本部 Yoo生理遺伝学研究室
研修生(研究当時) 佐々木彩伽

佐々木彩伽、ユ・サガンの写真 佐々木 彩伽(左)、ユ・サガン(右)
西村 隆史の写真 西村 隆史

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課
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