1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2021

2021年10月15日

理化学研究所

直接光子による陽子内グルーオンの運動の観測に成功

-グルーオンの回転運動はあまり大きくなかった-

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター理研BNL研究センター実験研究グループの秋葉康之グループリーダー、放射線研究室の後藤雄二先任研究員、ラルフ・サイデル専任研究員、中川格専任研究員らのPHENIX実験国際共同研究グループ[1]は、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)のRHIC衝突型加速器[2]を使い、偏極陽子[3]と陽子の衝突から生じる直接光子[4]の「横スピン非対称度[5]」の精密測定に成功しました。

これはRHICスピン物理研究プログラム[6]の大きな成果で、陽子内に存在する素粒子グルーオン[7]の回転運動の解明につながるものと期待できます。

陽子はクォーク[8]とグルーオンから作られていますが、陽子内でグルーオンがどのように運動しているかはよく分かっていません。陽子同士の衝突により生じる直接光子の横スピン非対称度を測定すれば、グルーオンがスピン軸の周りを回転する運動の大きさが分かることが理論的に示されています。しかし、直接光子の測定は非常に難しく、26年前に一度だけ行われたものの、得られた横スピン非対称度の値は低精度でした。

今回、PHENIX実験国際共同研究グループは、偏極している陽子と偏極していない陽子を高エネルギーで衝突させ、生じる直接光子の横スピン非対称度を約0.4%という、先行測定の50倍の高精度で測定することに成功しました。得られた横スピン非対称度の値は測定精度内でゼロと一致することから、グルーオンの回転運動の大きさは、理論の最大予想値ほどは大きくないことが明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(10月12日付)に掲載され、そのweekly tip sheet for reportersに選ばれました。

背景

原子核を構成する陽子と中性子は、どちらもクォークとグルーオンと呼ばれる素粒子から構成されています。陽子がクォークとグルーオンからどのように作られているかを解明するために、これまで世界中で多くの研究が行われてきましたが、まだ多くの謎が残されています。

特に、陽子にはコマの回転に似た「スピン」と呼ばれる向きを表す性質がありますが、スピンの向きにクォークやグルーオンがそれぞれどのように寄与しているかはよく分かっていません。陽子のスピンの一部は、グルーオンが陽子のスピン軸の周りを回転して生み出していると考えられていますが、その割合がどれくらいかは全く分かっていません。

スピンの向きがそろっている陽子を「偏極陽子」といい、スピンの向きが陽子の進行方向に垂直な場合は「横偏極陽子」といいます。一方、偏極していない陽子はスピンを持っていないのと同じ状態です。横偏極陽子(以下、「偏極陽子」)を偏極していない陽子(以下、「陽子」)と高エネルギーで衝突させると、陽子内のクォークと偏極陽子内のグルーオンが衝突し、偏極陽子内のグルーオンが光子に変換されることがあります。この光子を「直接光子」と呼びます(図1左)。

図1右に示すように、このとき偏極陽子の右側で陽子のクォークと偏極陽子のグルーオンが衝突すれば、グルーオンの回転運動の分だけ強い衝突となります。反対に左側で衝突すれば、グルーオンの回転運動の分だけ弱い衝突となります。このため、生じる直接光子の数に左右の差が生じます。この、左右での直接光子の数の差を「横スピン非対称度」と呼びます。

偏極陽子と陽子の衝突と横スピン比対称度の概念の図

図1 偏極陽子と陽子の衝突と横スピン比対称度の概念

  • 左)横偏極陽子(偏極陽子)と偏極していない陽子(陽子)の衝突により、直接光子が生じる様子。
  • 右)左図の衝突点を上から見た図。偏極陽子のグルーオンは、スピン軸の周りを左回りに回転している。陽子のクォークが偏極陽子のグルーオンと衝突すると、偏極陽子のグルーオンは直接光子に変換される。衝突が偏極陽子の右側でおこると、グルーオンの回転運動の分だけ強い衝突となる。反対に、衝突が偏極陽子の左側でおこると、グルーオンの回転運動の分だけ弱い衝突となる。これが左右に生み出される直接光子の数に違いを生む。この違いを横スピン非対称度という。

直接光子の横スピン非対称性を測定すれば、偏極陽子内のグルーオンの運動の様子が分かると理論的に予想されていました。しかし、直接光子の測定は非常に難しいために、横スピン非対称度は26年前に一度測定されただけであり、しかも得られた横スピン非対称度の精度は20%以下という低いものでした。理論的に予想される直接光子の横スピン非対称度は1%以下であることから、結局、偏極陽子のスピン軸周りのグルーオンの回転運動については何も分からなかったのです。

研究手法と成果

PHENIX実験国際共同研究グループは、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)のRHIC衝突型加速器を用いて、偏極陽子と陽子を衝突エネルギー200ギガ電子ボルト(GeV、1GeVは10億電子ボルト)で衝突させ、生じた直接光子の横スピン非対称度を測定しました。測定には、偏極陽子を高エネルギーまで加速し、衝突させることが不可欠です。RHICは偏極陽子を加速し、衝突させることができる世界で唯一の衝突型加速器です。本実験は、理研とBNLの国際協力によって実現しました。

高エネルギーの陽子同士の衝突では、中性パイ中間子[9]などの粒子が多く発生します。中性パイ中間子は、発生後すぐに2個の光子に崩壊します。粒子の崩壊から生じる「崩壊光子」の量は直接光子の何倍もあるため、直接光子の測定を妨げる雑音になります。そのため、直接光子の信号を崩壊光子の雑音と分離する必要がありました。

この問題を解決するために、まず、光⼦の中でパイ中間⼦起源と分かるものを⾒つけて取り除きました。また、崩壊光子は、その近くに他の高エネルギー粒子が発生していることが多いのに対して、直接光子の周囲には、高エネルギーの粒子があまり発生せずに「孤立」しているという違いがあることから、周辺に高エネルギー粒子が発生している光子を取り除きました。こうして、測定した光子の中で直接光子の占める割合を5割以上に高めることができました。さらに、残された崩壊光子の影響を補正して、直接光子の横スピン非対称度を測定しました。

実験では、直接光子の四つのエネルギーにおける横スピン非対称度を測定しました。図2に示す4個のデータ点が測定された横スピン非対称度です。データ点についている縦棒は測定精度を示しています。真の横スピン非対称度はこの縦棒の範囲内にあり、例えば、一番左のデータ点では横スピン非対称度の真の値は-0.004~0.003であり、測定精度は約0.4%です。これは、これまでの唯一の先行測定と比較して約50倍も高い精度です。

また、横スピン比対称度の四つの測定結果は全て、測定精度の範囲内でゼロと一致しています(図2)。これは、グルーオンの回転運動の大きさが小さいため、それによって生じる横スピン非対称度が測定精度よりも小さいことを意味しています。「陽子内のグルーオンの回転運動の大きさがどれだけ小さいか」が初めて明らかになりました。

図2では、二つの理論モデルから予想される横スピン非対称度を、最大・最小値の範囲で示しています。二つの理論モデル予想の最大値は、どちらも一番左のデータ点の縦棒よりも上にあります。これは、「グルーオンの回転運動の大きさは、理論モデルの最大予想ほどは大きくない」ことを意味しています。これにより、陽子内のグルーオンの回転運動の大きさに、初めて実験的な制限がかかったことになります。これは、測定精度が約0.4%と非常に高かったためですが、精度があと数倍高ければ、ゼロでない測定結果が得られ、グルーオンの回転運動の大きさを測定できていた可能性があります。

直接光子生成の横スピン非対称度の測定結果と理論モデルの比較の図

図2 直接光子生成の横スピン非対称度の測定結果と理論モデルの比較

横軸は、光子のエネルギーに相当する。黒丸のデータ点についている縦棒は測定精度を表す。青点線と赤点線は二つの理論モデルから予想される非対称度の最大・最小範囲を表している。

今後の期待

現在、PHENIX実験はsPHENIXという新しい実験に向けて順調にアップグレードが進んでおり、2023年にはsPHENIX実験として開始する予定です。sPHENIX実験装置は、今回の実験データの10倍以上の数の直接光子を測定できる性能を持っているため、測定精度が約0.1%に向上します。sPHENIX実験により、横スピン比対称度がゼロでないという測定結果が得られれば、陽子内でグルーオンが回転運動していることの確証となり、回転運動の大きさの最初の測定になると期待できます。

補足説明

  • 1.PHENIX実験国際共同研究グループ
    PHENIXは、RHIC衝突型加速器を用いた実験の一つで、世界14カ国から78研究機関、数百名が参加する国際共同研究実験である。重イオン衝突で生み出される超高温・高密度クォーク・グルーオン・プラズマや、偏極陽子衝突反応による陽子の内部構造の研究を行う。日本からは理研、東京工業大学、京都大学、立教大学、日本原子力研究開発機構、東京大学、筑波大学、広島大学、高エネルギー加速器研究機構、長崎総合科学大学、奈良女子大学の11機関が参加している。2016年より秋葉康之グループリーダーが実験代表者を務める。PHENIXはthe Pioneering High Energy Nuclear Interaction eXperimentの略。
  • 2.RHIC衝突型加速器
    米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)にある衝突型加速器で、全周は約3,800mである。二つの独立な超電導加速リングを持ち、陽子から金原子核までをほぼ光速まで加速し、衝突させることができる。2000年以降、さまざまな粒子の組み合わせの衝突実験を行っている。RHICはRelativistic Heavy Ion Colliderの略。
  • 3.偏極陽子
    通常の陽子は、スピンの向きがそろっていないため、スピンがないのと同じ状態にある。一方、スピンの向きがそろっている陽子を偏極陽子と呼び、人工的に作ることができる。RHICは偏極陽子を加速・衝突させることができる世界初かつ唯一の衝突型加速器。RHICを用いた偏極陽子加速は、理研とBNLの国際協力により実現した。
  • 4.直接光子
    高いエネルギーを持った光は粒子として振る舞い、光子と呼ばれる。陽子同士の衝突反応から光子が生成されるが、そのほとんどは、反応で生じたパイ中間子などが崩壊して間接的に生成される。これに対して、陽子内のクォークやグルーオンの衝突反応から直接生成される光子を直接光子と呼ぶ。
  • 5.横スピン非対称度
    偏極陽子のスピン軸が進行方向に直交しているとき、横偏極しているという。横偏極した陽子を別の陽子に衝突させると、衝突から生じる粒子(直接光子)の発生量が、横偏極陽子の進行方向の左側と右側で異なる場合がある。これを「横スピン非対称性」と呼び、左右の直接光子の発生量の違いを「横スピン非対称度」と呼ぶ。
  • 6.RHICスピン物理研究プログラム
    理研とBNLの国際共同研究プログラムで、RHICを用いた偏極陽子衝突実験により、陽子の構造、特に陽子のスピンがクォークやグルーオンからどのように作られているかを研究する。RHICの偏極陽子加速・衝突は、この国際共同研究プログラムにより実現した。
  • 7.グルーオン
    グルーオンは、クォーク間の「強い力」を媒介する粒子。
  • 8.クォーク
    物質を構成する素粒子。陽子は3個のクォークからできている。
  • 9.パイ中間子
    原子核内で、陽子と中性子を結び付けている粒子。湯川秀樹博士がパイ中間子の存在を予言し、その業績によって日本人初のノーベル賞を受賞した。

原論文情報

  • PHENIX Collaboration, "Probing Gluon Spin-Momentum Correlations in Transversely Polarized Protons through Midrapidity Isolated Direct Photons in p+p Collisions at √s=200 GeV", Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.127.162001

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 理研BNL研究センター 実験研究グループ
グループリーダー 秋葉 康之(あきば やすゆき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

お問い合わせフォーム

Top