理化学研究所(理研)情報統合本部 先端データサイエンスプロジェクトの芦崎 晃一 技師、医療データ数理推論チームの石川 哲朗 客員主管研究員、野村皮膚科医院の野村 有子 院長の共同研究グループは、アトピー性皮膚炎の生物学的製剤[1]デュピルマブ[2]における治療効果の層別化を行いました。
本研究成果は、アトピー性皮膚炎患者の治療選択に対し、新たな判断基準の提供に貢献すると期待できます。
今回、共同研究グループは、アトピー性皮膚炎患者がデュピルマブ治療を受けた後に残る顔の紅斑[3]の重症度の変化が3パターンに分類されることを見いだしました。また、この治療経過のパターンを患者の背景因子(年齢・性別)と血液検査データに基づいて高精度で予測できることを示しました。治療効果の高低を識別する患者特性を明らかにすることで、アトピー性皮膚炎治療における個別化医療の進展に貢献する可能性を示しました。
本研究は、科学雑誌『Journal of the European Academy of Dermatology and Venereology』オンライン版(2月26日付)に掲載されました。
背景
アトピー性皮膚炎は、軽快や悪化を繰り返すかゆみのある湿疹を主病変とする慢性炎症性の皮膚疾患です。患者は生活の質や仕事の生産性に大きな影響を受けることがあります。
アトピー性皮膚炎の主要なメカニズムには、皮膚のバリア機能の低下と、免疫・アレルギー的要素があり、遺伝的背景や環境ストレス、発汗などさまざまな因子が関わって症状が現れます。アトピー性皮膚炎の臨床表現型は非常に多様であり、遺伝的、免疫学的、環境的要因が全ての患者において同等に寄与するわけではありません。
2018年に承認されたアトピー性皮膚炎の治療薬であるデュピルマブは、特定の免疫タンパク質によるシグナル伝達を抑えて炎症を防ぐことから、症状の背後にあるメカニズムに即した根本的な治療法となることが期待され、著しく効果が出る症例も多く見られます。しかし、臨床現場では顔の紅斑が残存する難治症例が報告されており、デュピルマブの治療を受けた後も顔の紅斑が持続する理由は明らかになっていませんでした。
研究手法と成果
本研究では、野村皮膚科医院でデュピルマブの治療を受けた15歳から71歳までの49人のアトピー性皮膚炎の患者を対象としました。2018年7月から2021年7月にかけて、顔の紅斑の評価と分析を行いました。顔の紅斑の重症度は、アトピー性皮膚炎の重症度指数(EASI)のスコアに基づいて、2週間ごとに最大16週間にわたって評価しました。デュピルマブ投与前と、投与後16週目付近で血液検査を行いました。
まず、デュピルマブ投与前と、投与8回目までの顔の紅斑スコアの経過を、教師なし機械学習の階層的クラスタリング[4]を使用して分類しました。投与は2週間ごとに行われるため、16週間にわたる症状経過を分類していることになります。その結果、患者は早期に寛解する群、緩徐(かんじょ)に改善する群、そして顔の症状が残存する傾向にある群の三つのグループに大きく分けられました(図1)。

図1 治療による顔の症状経過の時間変化パターン
階層的クラスタリングによって、顔の紅斑の経過が「早期寛解」「残存傾向」「緩徐に改善」の3グループに層別化された。
次に、年齢・性別・血液検査データのうちデュピルマブの治療効果予測に重要な因子を特定するため、見いだされた患者グループに対し、教師あり機械学習手法である勾配ブースティング決定木[5]のLightGBMで予測モデルを構築し、各因子の変数重要度を算出しました。早期寛解群と残存傾向群を比較する2クラス分類モデルは、受信者動作特性(ROC)[6]曲線の曲線下面積(AUC)[7]が0.86となり、9割近い精度で識別できました。この識別に重要な変数の上位の因子には、年齢、性別の他に、血液検査と植物の花粉に対するアレルギー検査のデータが含まれていました。(図2)

図2 早期寛解群と残存傾向群の識別と変数重要度
- (a)年齢、性別、投与前後の検査データを用いて教師あり機械学習で予測モデルを構築・評価した。早期寛解群と残存傾向群を識別する場合は、AUC=0.86の予測精度を達成した。AUCが1に近いほど予測精度が高いことを示す。
- (b)高い予測精度に寄与していた上位20因子の変数重要度。
早期寛解群と残存傾向群を見分けるための重要な因子として年齢と性別が挙げられ、10代、40代、50代では残存傾向が高く、女性に比べて男性は残存傾向が高いことが分かりました(図3)。また、検査データにおける重要な因子の上位六つは、乳酸脱水素酵素(LDH)、免疫グロブリンE(IgE)、好酸球(Eo)、白血球、ハンノキアレルギー、スギアレルギーでした。デュピルマブ投与前において、残存傾向群ではこれらが全て早期寛解群より高い傾向がありました。特に、LDHは投与前後で特徴的な変化を示し、投与前は早期寛解群の方が中央値が低かったのに対し、投与後はこの傾向が逆転し、残存傾向の方が低い傾向を示しました(図4)。これらの因子は、デュピルマブ投与前に治療効果を予測するための指標として利用できる可能性があります。

図3 早期寛解群と残存傾向群における年齢分布と男女比
患者背景因子である年齢と性別を群ごとに可視化した。

図4 早期寛解群と残存傾向群を見分けるために重要な検査データ
血液検査項目(LDH値、IgE、好酸球、白血球)およびアレルギー検査項目(ハンノキアレルギー、スギアレルギー)の6種類について、投与前後の検査値の推移を群ごとに示した。
続いて、代理モデル[8]を用いて勾配ブースティング決定木による分類の視覚化を試みました(図5)。代理決定木の視覚化は、複雑なモデルにおいて各因子がどのように機能しているかを理解し、直感的な解釈を可能にします。例として図5に、デュピルマブ投与前の患者がどのように識別されるかを示します。最初の分岐は性別であり、この患者は男性であるため、分岐は右下に移動します。次に、ハンノキアレルギーの検査値が閾値を超えるため、右下に移動し、白血数が閾値を超えるため、さらに右下に移動して「残存傾向」の予測に至ります。このように治療前のデータによる分岐を図示することで、患者が早期寛解群と残存傾向群のどちらに属するかを予測することが可能です。

図5 モデル解釈のための代理決定木の視覚化
この決定木は、勾配ブースティング決定木による予測結果を単独の決定木を用いて近似している。特徴の分割方法、予測の行われ方の視覚的な理解を促進する代理モデルである。
今後の期待
デュピルマブ治療を受けたアトピー性皮膚炎患者における顔の紅斑残存パターンの層別化に関連する重要な因子の同定は、AIを活用した予後予測モデルの基礎を築くものです。この基礎研究は、アトピー性皮膚炎治療のみならずさまざまな治療選択における将来の医療支援ツール開発のための実質的な基盤を提供し、個別化された治療アプローチの実現と臨床現場での意思決定の有効性を高めることが期待されます。
補足説明
- 1.生物学的製剤
生体から抽出された、あるいは生体で生成された有効成分を含む薬剤。分子構造が複雑であることが多く、通常の化学合成法では製造できない。生物学的製剤の一つである抗体医薬は特定のタンパク質に対して高い特異性を持つ。 - 2.デュピルマブ
アトピー性皮膚炎を対象とした世界初の生物学的製剤(抗体医薬)。IL-4ならびにIL-13と呼ばれる特定の免疫タンパク質の働きを直接抑えることで、皮膚の2型炎症反応を抑制する。その結果、皮膚内部の炎症に伴うかゆみや皮膚症状の改善が期待される。 - 3.紅斑
アトピー性皮膚炎において皮膚に現れる症状を皮疹(ひしん)と呼ぶ。この皮疹にはいくつかタイプがあり、そのうちの一つである紅斑は皮膚の真皮内血管が広がることで起こり、皮膚の赤みを特徴とする平坦な皮膚病変を指す。 - 4.階層的クラスタリング
データをクラスタに分割し、クラスタ間の類似性や距離に基づいて階層構造を作り上げる教師なし機械学習の手法。例えば、患者の似た症状経過パターンをグループにまとめることができる。 - 5.勾配ブースティング決定木
複数の特徴量に基づいてデータを分類する決定木をベースにした教師あり機械学習。複数の決定木を順次微調整しながら組み合わせるブースティングと呼ばれるアンサンブル学習のアルゴリズムを用いることで、より精度の高いモデルを構築することができる。 - 6.受信者動作特性(ROC)
機械学習モデルにおいて、2クラスを判別するカットオフポイントに応じて、モデルの性能を視覚的に表したもの。縦軸に真陽性率(感度)、横軸に偽陽性率(1-特異度)を尺度としてプロットする。今回は残存傾向を陽性、早期寛解を陰性に割り当てている。 - 7.曲線下面積(AUC)
曲線下面積は、ROC曲線を作成した際の、グラフの曲線より下の部分の面積のこと。0から1までの数値をとり、1に近いほど判別性能が高いことを示す。AUCはarea under the curveの略。 - 8.代理モデル
元のモデルがどのように予測を行うかを分析し、その予測を説明可能な特徴やルールに変換する手法。このような特徴やルールを人間が理解しやすい形で提示することで、モデルの予測や振る舞いを説明、解釈しやすくなる。
共同研究グループ
理化学研究所 情報統合本部
先端データサイエンスプロジェクト
技師 芦崎 晃一(アシザキ・コウイチ)
先端データサイエンスプロジェクト 医療データ数理推論チーム
客員主管研究員 石川 哲朗(イシカワ・テツオ)
(慶應義塾大学 医学部 石井・石橋記念講座(拡張知能医学)准教授)
野村皮膚科医院
院長 野村有子(ノムラ・ユウコ)
研究支援
本研究は、野村皮膚科医院の協力ならびにアトピー性皮膚炎臨床研究奨励賞学会発表賞(第121回日本皮膚科学会総会)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP20K21837、JP21K02356)、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業(JP23ek0410090)による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Koichi Ashizaki, Tetsuo Ishikawa, Yuko Nomura, "Residual Facial Erythema in Atopic Dermatitis Patients Treated with Dupilumab Stratified by Machine Learning", Journal of the European Academy of Dermatology and Venereology, 10.1111/jdv.19909
発表者
理化学研究所
情報統合本部 先端データサイエンスプロジェクト
技師 芦崎 晃一(アシザキ・コウイチ)
先端データサイエンスプロジェクト 医療データ数理推論チーム
客員主管研究員 石川 哲朗(イシカワ・テツオ)
野村皮膚科医院
院長 野村 有子(ノムラ・ユウコ)



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理化学研究所 広報室 報道担当
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