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2024年8月8日

理化学研究所

電気化学的なCO2還元のメカニズムの解明

-温室効果ガスCO2の削減に向けた反応条件の解析-

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チームの和田 智之 チームリーダー、藤井 克司 研究員らの研究チームは、二酸化炭素(CO2)還元リアクター[1]において電気化学的なCO2還元と水電解が振動する現象を詳細に解析し、そのメカニズムを解明しました。

本研究成果は、地球温暖化の原因となっている温室効果ガスの一つであるCO2の大気中濃度削減に向けて、CO2を電気化学的に有用物質に変換する技術に貢献すると期待できます。

今回、研究チームは、固体電解質膜[2]を用いたゼロギャップ型CO2還元リアクターでCO2還元を実施した際に生じるCO2還元と水電解の双安定状態[3]の振動現象を解析し、CO2還元状態が優勢になる条件と水電解が優勢になる条件の違いを見つけ、この条件の違いが数十分のオーダーの非常に長い周期でのCO2還元状態と水電解状態の双安定振動の原因となることを見いだしました。さらに、この双安定振動の解析の結果、CO2還元が優勢となる条件を発見することができました。

電気化学的なCO2還元を行う技術はCO2をメタンやエチレンなどに変換できる技術の一つであり、このCO2還元が水電解より優勢となる条件を見つけ出したことにより、より安定したCO2還元条件の確立が期待されます。

本研究は、科学雑誌『ACS Energy Letters』オンライン版(8月1日付)に掲載されました。

背景

地球環境を急激に変化させる温室効果ガスを削減することは人類の大きな課題です。日本においても2030年までに温室効果ガスの46%削減(2013年比)、2050年までにカーボンニュートラルの達成という目標を掲げ、さまざまな政策の導入、技術の革新が行われています。CO2は代表的な温室効果ガスであり、その削減のためには、主要な発生源である化石燃料の使用量削減は避けられません。再生可能エネルギーによる水素生成とその利用は、化石燃料を使用しないでエネルギー利用が可能になる点において重要です。

さらに、大気中のCO2削減は、より直接的な温室効果ガスの削減となるため、大きな期待が寄せられています。この削減技術として、大気中のCO2を捕集して地中深く埋めて保存するCCS(Carbon dioxide Capture and Storage)技術と、大気中のCO2を資源と見なして有用な物質に変換して利用するCCU(Carbon dioxide Capture and Utilization)技術が提唱されていて、それぞれ技術開発が進んでいます。本研究は大気中のCO2を捕集した後に、有用な物質に変換するCCU技術に関するものです。

研究手法と成果

CO2を電気化学的に一酸化炭素(CO)、メタン(CH4)、エチレン(C2H4)などの有用な物質にエネルギー効率よく還元する手法として、固体電解質膜を介してアノード(+極)側とカソード(-極)側を接着させたゼロギャップ型CO2還元リアクターを用い、CO2還元触媒として銅(Cu)ナノ粒子を利用する方法があります。この方法は、実用化に近い方法として広く研究されています(図1)。このCO2還元リアクターの利用にはアノード側に電解液(多くは0.1~0.5mol/L程度の炭酸水素カリウム塩水溶液)を供給します。この電解液の構成物質であるカリウムイオン(プラスイオン)は、固体高分子膜としてアニオン交換膜(マイナスイオンを透過する膜)を使っているにもかかわらず、水を伴ってカソード側に移動することが知られています。

固体高分子膜を用いたゼロギャップ型CO2還元リアクターの断面模式図の画像

図1 固体高分子膜を用いたゼロギャップ型CO2還元リアクターの断面模式図

実用化に近いゼロキャップ型CO2還元リアクターは、固体高分子膜という電解質膜を挟んで、カソードとアノードがある。リアクターのカソード側ではカソード触媒としてCuナノ粒子が使われている。アノード側では電解液に炭酸水素カリウムが供給される。ただ、このリアクターにはフラッディングや塩の析出などの課題がある。

加えて、この移動した水の量が多いとカソード触媒(CO2還元触媒)が働かなくなり、水電解による水素生成が起こったり(フラッディングと呼ばれます)、電解液とCO2が接触している部分でカリウムイオンとCO2が反応し、炭酸水素カリウムが生成し析出する現象(塩の析出と呼ばれます)が起こったりすることが知られていました。しかしながら、これらの現象は十分には理解されていませんでした。

そこで、カソード側電極を固体高分子膜の反対側から観察できるように、カソード側を透明にした固体電解質膜を用いたゼロギャップ型CO2還元リアクターを作製し、フラッディングや塩の析出を観察することにしました。作製したリアクターの模式図を図2aに、写真を図2bに示します。このリアクターの反応電極面積は5cm2で、カソード側にCO2還元触媒として銅ナノ粒子を、アノード側に水電解酸素生成触媒として酸化イリジウム、電解液として炭酸水素カリウム塩水溶液を使っています。

透明の固体電解質膜を使ったゼロギャップ型CO2還元リアクターの図

図2 透明の固体電解質膜を使ったゼロギャップ型CO2還元リアクター

  • a)カソード側を透明にした固体電解質膜を用いたゼロギャップ型CO2還元リアクターの模式図。
  • b)このゼロギャップ型CO2還元リアクターをカソード側から見た写真。

このリアクターを用いてフラッディングや塩の析出の観察を、電極への電流密度を200mA/cm2一定として観察したところ、40分ほどの長周期で電圧が変動する(振動現象が起こる)ことが観察されました(図3上)。この現象はかなり再現性よく観察され、生成物をファラデー効率[4]により示すと、電圧が高いときにはCO2の還元物質である一酸化炭素やエチレンが主に生成され、電圧が低いときには水電解による水素が生成されていることが分かりました(図3下)。さらに、カソ―ド側電極の状態を観察すると、CO2還元状態のときに見られていたカソード側の電解液のフラッディングと塩の析出が、水電解水素生成状態に変化した際には、析出した塩が融解するとともにフラッディングがなくなることが観察されました。この現象は電圧低下後、数分という短い間に起こっていました。

CO2還元リアクターを動作させたときの電極電圧とファラデー効率の図

図3 CO2還元リアクターを動作させたときの電極電圧とファラデー効率

電流密度を200mA/cm2一定としての観察。上は電極電圧、下はファラデー効率。このファラデー効率はCO2還元の代表物質である一酸化炭素(CO)とエチレン(C2H4)、水電解における還元生成物である水素(H2)を示す。右図は上・下図の反応開始後12.5~14.5時間の部分を拡大したもの。

そこで、動作条件をさまざまに変えて実験したところ、次のようなことが分かりました。

  • 1)一定の値で供給する電流密度を変えた場合、電流密度が低いと周期が長くなり、電流密度が高いと周期が短くなる。
  • 2)電流密度でなく電圧を一定にすると、電流が周期的に変動する。
  • 3)カソード側の部材を別の金属に替えても、電流密度一定で、電圧の周期的な変動が観測される。

すなわち、この現象は動作条件やセルの構造などを変えても起こり、一般的な現象といえます。

また、この周期性についてロトカボルテラ解析[5]を行った結果、二つの安定的な状況が存在し、この二つの状態を行き来する双安定の状態になっていることが判明しました。この二つの状態は、実験の結果からCO2還元状態と水電解水素生成状態です。この電圧やファラデー効率の変化はカソード側に供給しているCO2ガスをアルゴンガスに変更し、強制的にCO2還元状態を水電解水素生成状態に変更した場合も同じでした。

これらの結果から、この変化の原因を検討した結果、カソード側で起きるCO2還元状態と水電解水素生成状態の反応の際に必要な水の量の違いがこの現象を起こしているという結論に達しました。すなわち、次のようなモデルとなります。

  • 1)CO2還元が起きている状態では、アノードからカソードへ移動する水の量が多く、徐々にカソード側CO2還元触媒である銅ナノ粒子の部分が水中に没していく。一部でも銅ナノ粒子の部分へCO2が供給されている間はCO2還元が維持される。
  • 2)CO2還元触媒銅ナノ粒子の部分が完全に水中に没すると、CO2還元に必要なCO2の供給が十分でなくなり、反応は水電解水素生成反応へ変化する。
  • 3)水電解水素生成反応に変化すると水の利用量が増えてカソード側の水の量が減り始めるとともに、水電解の際にカソード側の水素イオン指数(pH)も高くなり、析出した炭酸水素カリウムの塩が溶解する
  • 4)水の使用量が増えるため、カソード側CO2還元触媒である銅ナノ粒子部分にCO2が供給されるようになり、CO2還元に戻る。

この様子を図4に示します。

CO2還元と水電解水素生成反応の模式図の画像

図4 CO2還元と水電解水素生成反応の模式図

電流一定の際に電圧変動双安定現象を起こすCO2還元反応状態(左)と水電解水素生成状態(右)。触媒に供給される水の増減によってCO2還元反応と水電解水素生成反応が切り替わる。

今後の期待

今回の研究成果は、今まで十分に解析されていなかったCO2還元リアクターで起こるCO2還元と水電解水素生成反応の変化に対応したリアクター内部の状態と還元反応の対応を明確にしました。その結果、CO2還元リアクターでCO2還元反応を安定的に行う条件を示すことができました。今後は、この条件について検討を重ね、さらにCO2還元が優勢となる条件を見つけていく予定です。

補足説明

  • 1.二酸化炭素(CO2)還元リアクター
    電気を供給するアノード(+極)とカソード(-極)を持ち、アノードで水を酸化して酸素を生成し、カソードでCO2を還元して一酸化炭素、メタン、エチレンなど有用な化学物質へ変換するような電気化学反応を行うリアクター。リアクター内部のアノード側とカソード側の供給物質・生成物質が混合しないよう、この間に固体電解質膜([2]参照)を入れ、アノードとカソードの間では陽イオンもしくは陰イオンのみが通過可能な構造とする。
  • 2.固体電解質膜
    陽イオン(カチオン)もしくは陰イオン(アニオン)を選択的に透過することが可能な高分子膜。電気化学的なCO2還元を行う場合、通常は陰イオンを透過する固体電解質膜を用いる。
  • 3.双安定状態
    二つの状態がそれぞれ安定を保つことが可能な状況。それぞれの状態を安定に保持する条件が変わることにより、この二つの状態を行き来する双安定振動が生じる。
  • 4.ファラデー効率
    電気化学反応において電極部分に供給した電流のうちどの程度の割合がある生成物の生成に使われたかを示す指標。通常は%で表され、100%であれば、供給した電流の全てがその物質の生成に使われたことを示す。
  • 5.ロトカボルテラ解析
    捕食者と餌食の数的変化をモデル化する手法。捕食者と餌食の関係について両者を二次元的に図示した場合、ある特定な図形(X軸とY軸に平行な辺を持つ三角形)となる。今回の場合、CO2還元状態の反応過程(捕食者)が水電解水素生成状態の反応過程(餌食)を使って行われていることを想定して解析を行った。結果として、捕食者と餌食の関係の図形とはなっておらず(X軸とY軸のどちらにも平行でない直線的な関係)、CO2還元と水電解水素生成の反応がそれぞれ独立して起こっていることが分かった。

研究チーム

理化学研究所 光量子工学研究センター
光量子制御技術開発チーム
チームリーダー 和田 智之(ワダ・サトシ)
研究員 藤井 克司(フジイ・カツシ)
研究員 村上 武晴(ムラカミ・タケハル)
テクニカルスタッフⅠ 森下 圭(モリシタ・ケイ)
人材派遣(研究当時)木下 渚(キノシタ・ナギサ)
技師 小川 貴代(オガワ・タカヨ)
先端光学素子開発チーム
チームリーダー 山形 豊(ヤマガタ・ユタカ)
上級研究員 細畠 拓也(ホソバタ・タクヤ)

研究支援

本研究の一部は、NEDOムーンショット型研究開発事業/2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現「電気化学プロセスを主体とする革新的CO2大量資源化システムの開発(プロジェクトマネージャー:杉山正和(東京大学))」として実施されました。

原論文情報

  • Nagisa Mikami, Kei Morishita, Takeharu Murakami, Takuya Hosobata, Yutaka Yamagata, Takayo Ogawa, Yoshiharu Mukouyama, Shuji Nakanishi, Joel Ager III, Katsushi Fujii, Satoshi Wada, "Long Period Voltage Oscillations Associated with Reaction Changes between CO2 Reduction and H2 Formation in Zero-Gap-Type CO2 Electrochemical Reactor", ACS Energy Letters, 10.1021/acsenergylett.4c01256

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チーム
チームリーダー 和田 智之(ワダ・サトシ)
研究員 藤井 克司(フジイ・カツシ)

和田 智之 チームリーダーの写真 和田 智之
藤井 克司 研究員の写真 藤井 克司

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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