2025年9月10日
理化学研究所
東北大学
熊本大学
豊橋技術科学大学
藻類の太陽光エネルギーの高効率な伝達状態を解明
-巨大タンパク質複合体の単離と光エネルギー移動の詳細-
理化学研究所(理研)放射光科学研究センター 生体機構研究グループの川上 恵典 研究員、米倉 功治 グループディレクター(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 理研-JEOL連携プロジェクト 副プロジェクトディレクター、東北大学 多元物質科学研究所 教授)、熊本大学 産業ナノマテリアル研究所の小澄 大輔 准教授、同大学院自然科学教育部の板東(魚谷)未希 博士後期課程学生、木田 雅俊 博士前期課程学生(研究当時)、廣田 悠真 博士前期課程学生(研究当時)、同大学理学部理学科物理学コースの加藤 善大 学士課程学生(研究当時)、豊橋技術科学大学 応用化学・生命工学系の広瀬 侑 准教授の共同研究グループは、太陽光エネルギーを高効率で吸収する藻類の光捕集タンパク質複合体「フィコビリソーム(PBS)[1]」と水を分解して酸素を発生する膜タンパク質複合体「光化学系Ⅱ(PSⅡ)[2]」が相互作用したフィコビリソームー光化学系Ⅱ(PBS-PSⅡ)超複合体の調製法を確立し、その全体構造の評価と、フィコビリソームからPSⅡへの光エネルギー伝達の速度と経路を明らかにしました。
本研究成果は、藻類が吸収した太陽光エネルギーがどのようにPBSからPSⅡへと効率よく伝達されるのかを解明したもので、この知見を人工光合成研究[3]に取り入れることで高効率光エネルギー伝達システムの構築に貢献すると期待されます。
今回、共同研究グループは、温泉から採取された好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus vulcanus(T. vulcanus)[4]からPBS-PSⅡを単離する調製法を確立し、染色剤で試料を染めた後に電子顕微鏡を用いた単粒子構造解析を行うことでその全体構造を評価するとともに、光エネルギーがどのような経路を経てPBSからPSⅡへ伝達されるのかを明らかにしました。
本研究は、科学雑誌『Plant and Cell Physiology』オンライン版(9月10日付:日本時間9月10日)に掲載されました。

T. vulcanusからのPBS-PSⅡの調製とその全体構造
背景
シアノバクテリアや紅藻・灰色藻といった藻類は、光合成の初期反応に関わる巨大な光捕集複合体「フィコビリソーム(PBS)」を用いて太陽光エネルギーを高効率に吸収し、そのエネルギーを主に光化学系Ⅱ(PSⅡ)へと伝達します。PSⅡはPBSが吸収したエネルギーを利用して水を分解し、生物が生きていく上で必須な酸素を発生させます。
PBSとPSⅡはどちらも非常に巨大なタンパク質複合体で、いずれも不安定です。これまでこの二つのタンパク質複合体が相互作用したPBS-PSⅡ超複合体を得ることができず、PBSからPSⅡへのエネルギー伝達の詳細な速度・経路については解明されていませんでした。
研究手法と成果
共同研究グループは、和歌山県田辺市の「湯の峰温泉」で採取された好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus vulcanus(T. vulcanus)からPBS-PSⅡ超複合体を得るために、新たな試料調製法を確立しました。この新規調製法によって得た試料を、電子顕微鏡用染色剤である酢酸ウラン溶液を用いて染色し、その後、電子顕微鏡測定で観察された粒子像を2次元クラス分類[5]することで、T. vulcanusのPBS-PSⅡ超複合体が得られていることを確認しました。さらに、得られた試料の時間分解蛍光測定を行うことで、PBSからPSⅡへの超高速な光エネルギー伝達の速度と経路が明らかになりました(図1)。

図1 T. vulcanusフィコビリソームー光化学系Ⅱの光エネルギー伝達の速度と経路
フィコビリソーム(PBS)の先端部に位置するフィコシアニン(PC)ロッドで吸収された光エネルギーは、まずアロフィコシアニン(APC)へと伝達され、その後APCの中心部位、PSⅡへと伝達される。一部の光エネルギーは、このエネルギー伝達の過程で相互作用の弱いPCから蛍光として放出される。そしてPSⅡ内には「トラッピングサイト」と呼ばれるエネルギー伝達の迂回(うかい)経路があり、一部のエネルギーはトラッピングサイトを経由してPSⅡの中心部へと伝達される。ピコ:1兆分の1、ナノ:10億分の1。
T. vulcanusのPBSは、主にフィコシアニン(PC)[6]とアロフィコシアニン(APC)[7]で構成されます。PCとAPC内ではフィコシアノビリン(PCB)[8]と呼ばれる色素が結合し、PCBによって光エネルギーが吸収されます。PBSの光エネルギー伝達はタンパク質内のPCB間で行われ、PBSの先端部に位置するPCロッドが光エネルギーを吸収すると、まずAPCに光エネルギーが伝達され、その後APCの中心部位、PSⅡへと主に蛍光共鳴エネルギー移動[9]を利用して伝達されていきます。この光エネルギーの伝達はピコ秒~ナノ秒という超高速で行われており、詳細な時間分解蛍光測定によってPBSが吸収した光エネルギーがどういう経路をたどってPSⅡへと伝達されるのかが明らかになりました。
今後の期待
本研究では、新たに構築した試料調製法によってシアノバクテリアのPBS-PSⅡ超複合体が得られることを、電子顕微鏡測定と2次元クラス分類による解析によって評価し、得られた試料の時間分解蛍光測定から、PBSからPSⅡへの超高速なエネルギー伝達の詳細を明らかにしました。
光エネルギーを吸収するタンパク質複合体間の高効率なエネルギー伝達の仕組みを理解し、その知見を人工光合成研究に取り入れることで、高効率光エネルギー伝達を行うことができる人工デバイスの構築が行えると期待されます。
補足説明
- 1.フィコビリソーム(PBS)
多くの藻類が持つ、太陽の光を捕集し伝達する機能を持つタンパク質複合体。PBSはphycobilisomeの略。 - 2.光化学系Ⅱ(PSⅡ)
植物や藻類の中に存在し、太陽光エネルギーを吸収して電子伝達を行うとともに、水を分解して酸素を発生させることができる膜タンパク質複合体。クロロフィルやカロテノイドといった多数の色素を持ち、フィコビリソームから光エネルギーを受け取ることができる。PSⅡはphotosystemⅡの略。 - 3.人工光合成研究
植物や藻類が行う天然光合成とは異なり、光合成を人工的に行う技術を開発する研究。化石燃料や原子力の代替エネルギーの開発として注目されている。 - 4.好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus vulcanus(T. vulcanus)
生育最適温度が50~60˚C程度の中度好熱性のシアノバクテリアの一種であり、温泉源に多く生息している。得られるタンパク質は耐熱性であるため、植物や藻類が行う天然光合成を調べるための生化学・分光学・構造解析に適している。 - 5.2次元クラス分類
電子顕微鏡を用いた構造解析手法の一つ。撮影した電子顕微鏡画像から目的粒子を多数抽出し、類似した形状・配向ごとにクラス分けして粒子のふるい分けと粒子画像の平均化を行う。 - 6.フィコシアニン(PC)
フィコビリソームを構成するタンパク質の一つで、光を吸収・伝達する色素フィコシアノビリンを持つ。三つのフィコシアノビリンでリング状の三量体を形成し、それが積み重なることでフィコビリソームのロッドを構築している。PCはphycocyaninの略。 - 7.アロフィコシアニン(APC)
フィコビリソームを構成するタンパク質の一つで、光を吸収・伝達する色素フィコシアノビリンを持つ。三つのアロフィコシアニンでリング状の三量体を形成し、それが積み重なってシリンダーを形成することで、フィコビリソームの中心部分を構築している。APCはallophycocyanineの略。 - 8.フィコシアノビリン(PCB)
青色の色素で、シアノバクテリアや紅藻、灰色藻といった多くの藻類が持つ。太陽光エネルギーを吸収・伝達することができる。PCBはphycocyanobilinの略。 - 9.蛍光共鳴エネルギー移動
近接する二つの色素同士の相互作用により、光エネルギーが移動する仕組み。
共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター 生体機構研究グループ
研究員 川上 恵典(カワカミ・ケイスケ)
グループディレクター 米倉 功治(ヨネクラ・コウジ)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 理研-JEOL連携プロジェクト 副プロジェクトディレクター、東北大学 多元物質科学研究所 教授)
熊本大学
産業ナノマテリアル研究所
准教授 小澄 大輔(コスミ・ダイスケ)
(理研 放射光科学研究センター 生体機構研究グループ 客員研究員)
大学院自然科学教育部
博士後期課程学生 板東(魚谷)未希(バンドウ(ウオタニ)・ミキ)
(同大学研究開発戦略部)
博士前期課程学生(研究当時)木田 雅俊(キダ・マサトシ)
博士前期課程学生(研究当時)廣田 悠真(ヒロタ・ユウマ)
理学部理学科物理学コース
学士課程学生(研究当時)加藤 善大(カトウ・ヨシヒロ)
豊橋技術科学大学 応用化学・生命工学系
准教授 広瀬 侑(ヒロセ・ユウ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「クライオ電子顕微鏡による光合成蛋白質超複合体の構造解析基盤(23H02428、研究代表者:川上恵典)」、同基盤研究(C)「好熱性シアノバクテリア由来光合成超複合体の機能・構造解明(20K06528、研究代表者:川上恵典)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「光合成超複合体のエネルギー伝達機構の解明(20H05109、研究代表者:川上恵典)」、同学術変革領域研究(A)「光合成ユビキティ:あらゆる地球環境で光合成を可能とする超分子構造制御(領域代表者:栗栖源嗣)」の研究課題「近赤外光で駆動する光合成超分子構造の解明(24H02106、研究代表者:川上恵典)」「制御系の進化から解き明かす始原的光合成超分子の環境適応原理(23H04962、研究分担者:広瀬侑)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「サブ10フェムト秒分光を用いた光合成アンテナにおける電子コヒーレンス過程の解明(18H05173、研究代表者:小澄大輔)」「極限的時間分解分光による光合成機能の分子レベル解明(20H05108、研究代表者:小澄大輔)」、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業探索加速型「微小結晶構造の自動・高精度電子線解析(JPMJMI20G5、研究代表者:米倉功治)」、日本医療研究開発機構(AMED)「高分解能単粒子解析、電子線結晶構造解析及びAI測定の高度化と支援(JP24ama121006、米倉功治)」、熊本大学パルスパワー科学研究所(現産業ナノマテリアル研究所)共同研究(2017~2020年度、研究代表者:川上恵典)による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Keisuke Kawakami, Miki Bandou-Uotani, Masatoshi Kida, Yoshiharu Kato, Yuma Hirota, Yuu Hirose, Daisuke Kosumi, Koji Yonekura, "Preparation, structural characterization, and ultrafast energy transfer dynamics of the phycobilisome-photosystem II megacomplex in a thermophilic cyanobacterium", Plant and Cell Physiology, 10.1093/pcp/pcaf076
発表者
理化学研究所
放射光科学研究センター 生体機構研究グループ
研究員 川上 恵典(カワカミ・ケイスケ)
グループディレクター 米倉 功治(ヨネクラ・コウジ)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 理研-JEOL連携プロジェクト 副プロジェクトディレクター、東北大学 多元物質科学研究所 教授)
熊本大学
産業ナノマテリアル研究所
准教授 小澄 大輔(コスミ・ダイスケ)
大学院自然科学教育部
博士後期課程学生 板東(魚谷)未希(バンドウ(ウオタニ)・ミキ)
博士前期課程学生(研究当時)木田 雅俊(キダ・マサトシ)
博士前期課程学生(研究当時)廣田 悠真(ヒロタ・ユウマ)
理学部理学科物理学コース
学士課程学生(研究当時)加藤 善大(カトウ・ヨシヒロ)
豊橋技術科学大学 応用化学・生命工学系
准教授 広瀬 侑(ヒロセ・ユウ)

発表者のコメント
藻類が持つフィコビリソームと光化学系Ⅱはどちらも光エネルギーを吸収する巨大かつ極めて不安定なタンパク質複合体で、両者が相互作用した超複合体を安定に得る方法はこれまで確立されていませんでした。本研究では、この巨大な超複合体を安定に得る手法を確立し、その全体構造と光エネルギー伝達の仕組みを解明しました。(川上 恵典)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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