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2025年12月3日

理化学研究所
東京大学大学院工学系研究科

堅牢なのに塩水中で分解するプラスチック

-安価な木材成分から製造できる次世代高分子材料-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 創発ソフトマター機能研究グループの相田 卓三 グループディレクター(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)、陳 政宏 研修生(研究当時)、洪 揚 客員研究員、水上 輝市 特別研究員(東京大学 大学院工学系研究科 特任助教)らの研究チームは、豊富な天然資源である木材成分セルロースの誘導体から、しなやかなのに堅牢(けんろう)で、しかも塩水中など自然環境で速やかに分解する新型プラスチックを開発しました。

本研究成果は、従来のプラスチックの代替材料として、マイクロプラスチックによる環境汚染の抑制にも貢献すると期待されます。

今回、研究チームは、米国食品医薬品局(FDA)承認の安全な食品添加物を可塑剤[1]として使い、力学特性を自在に調整できる新型プラスチックを開発しました。さらに、このプラスチックは、使用済みのものから同じ品質のプラスチックを何度でも再生できる水平リサイクルが可能であり、また、使用後に仮に海洋に流出してもマイクロプラスチックを一切生じません。

本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』オンライン版(11月19日付)に掲載されました。

背景

これまでの「生分解性」プラスチック、例えばポリ乳酸(PLA)は生分解性だとされていますが、水になじまないために分解が遅く、石油由来のプラスチック同様、風化によりマイクロプラスチックと呼ばれる5mm以下の微細な粒子を生じます。マイクロプラスチックは、エコシステム(生態系)の崩壊や人や動物の健康を阻害することが懸念されています。相田グループディレクターらはこの問題を根本から解決するため、超分子イオン重合(supramolecular ionic polymerization)という革新的な合成法を開拓しました注)

研究手法と成果

今回、研究チームは、木材パルプ由来のカルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)[2]と、独自に設計した安全な架橋性物質、硫酸グアニジニウムモノマー(PEIGu)を室温にて水中で混ぜるだけで、それぞれ負と正の電荷を有するこれらの原料分子(イオン性モノマー[3])が磁石のように引き合い、堅牢な架橋高分子ネットワークを形成することを見いだしました(図1)。

超分子イオン重合によって製造された超分子プラスチックフィルムの図

図1 超分子イオン重合によって製造された超分子プラスチックフィルム

木材パルプ由来のカルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)と硫酸グアニジニウムモノマー(PEIGu)を水中、室温で混合すると、静電相互作用(塩橋)に基づくクロスリンクポリマー(架橋高分子)ネットワークが形成される。この架橋成分を乾燥させると、無色透明で非常に硬いガラス状のプラスチック(CMCSPフィルム)が得られる。

硫酸グアニジニウムモノマーは、ポリエチレンイミン(PEI)[4]から容易に合成することができます。水素結合で強化された静電相互作用(塩橋)[5]によって2種類の原料が互いに接着し、堅牢な架橋高分子ネットワークを形成します。この架橋成分を乾燥させると無色透明で硬いガラス状のプラスチック(CMCSP)が得られますが、ガラスに特徴的な脆(もろ)さも有しています。

研究チームは、食品添加物としてFDAから承認されている安全・安価な塩化コリン(ChCl)がCMCSPの特別な可塑剤として働くことを発見しました。ChClの添加量に応じて、CMCSPが硬いガラス状から、しなやかなのに堅牢なプラスチックに、さらには130%も伸びる弾性体に変化します(図2)。堅牢化させた薄膜は、厚さ0.07mmでも幅が1cmを超えると大人でも破れません(図3)。

塩化コリンの構造とプラスチックの力学特性への影響の図

図2 塩化コリンの構造とプラスチックの力学特性への影響

異なる塩化コリン含有量における超分子プラスチックの硬さ(上)、伸縮性(中)、および靭性(じんせい)(下)。塩化コリンの添加量で超分子プラスチックの力学特性を制御することができる。塩化コリンの添加量が少ないとプラスチックはガラス状で硬く脆い。一方、塩化コリンをたくさん加えると、プラスチックは柔らかく、伸びるようになる。適度な量の塩化コリンの添加で、しなやかなのに堅牢なプラスチックが得られる。

堅牢な超分子プラスチックの映像の図

図3 堅牢な超分子プラスチックの映像

厚さ0.07mm、幅1cmの薄膜を引っ張っても、簡単に引き裂かれない様子が分かる。

重要なことは、これまでに報告した超分子プラスチックと同様に、この素材も塩水中に浸しておくと、架橋がほどけ、自然界にて代謝される原料分子に戻るという驚くべき特性を有していることです。塩水中で解離したモノマーは、エタノールを用いて簡単に分離・回収でき、品質の劣化を伴わずに超分子プラスチックに戻すことができます。化石資源由来の従来型プラスチックをリサイクルするには、回収・分類・分解・再利用などで多大なエネルギーを要しますが、超分子プラスチックはそれとは対照的です。もちろん、超分子プラスチックの表面を撥水(はっすい)薄膜で保護しておけば、被膜に傷を付けない限り、塩水を含む水中でも長期の使用が可能となります。

今後の期待

超分子イオン重合のコンセプトは柔軟です。簡単に言えば、それぞれ正と負の電荷を有するモノマーを水中で混ぜると、ポリマーができます。今回のカルボキシメチルセルロースを原料に使ったケースでは、可塑剤の添加によってその力学特性を自在に調整することが可能でした。新たなモノマーに巡り合うことで超分子イオン重合は今後も進化を続けます。地球をプラスチック汚染から守るべく、研究を深めていきます。

補足説明

  • 1.可塑剤
    プラスチックや樹脂などを柔らかくして扱いやすくするための添加剤。もともと硬くて割れやすいプラスチックに可塑剤を加えることで、しなやかさや弾力が生まれ、曲げたり伸ばしたりしても壊れにくくなる。身近なところでは、ラップフィルム、ビニール手袋、ケーブルの被膜などに使われている。
  • 2.カルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC)
    天然パルプ由来のセルロースを加工して作られる水溶性高分子。優れた増粘性、吸水性、保水性を示し、食品の乳化安定剤として使用される。さらに、ゲル形成性やフィルム形成性にも優れ、医薬品、化粧品、工業材料など幅広い分野で、粘度調整・分散安定化・成形補助といった用途に利用されている。生分解性を持つことから環境配慮型素材としても注目されている。
  • 3.イオン性モノマー
    正電荷または負電荷を帯びたモノマー(単量体)。
  • 4.ポリエチレンイミン(PEI)
    エチレンイミンという小さな分子から成る水溶性高分子。「枝分かれ構造」と「直鎖構造」の2種類が存在する。今回使用した枝分かれ構造のPEIは、高い電荷密度と多点での相互作用が可能である。枝分かれ型は、窒素を含むアミン基と呼ばれる反応しやすい部分が分子の至る所にあり、物質をつなぎ留めたり、引き寄せたりする性質がある。洗浄剤や接着剤、化粧品などの製品や、生化学分野の試薬として利用される。
  • 5.静電相互作用(塩橋)
    水素結合とイオン結合という二つの非共有結合相互作用の組み合わせ。塩橋は、非共有結合としては最も強い。

研究チーム

理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発ソフトマター機能研究グループ
グループディレクター 相田 卓三(アイダ・タクゾウ)
(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)
研修生(研究当時)陳 政宏(Chen Zhenghong)
客員研究員 洪 揚(Hong Yang)
テクニカルスタッフⅠ 犬塚 寛之(イヌヅカ・ヒロユキ)
特別研究員 水上 輝市(ミズカミ・キイチ)
(東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 特任助教)

研究支援

本研究は、理化学研究所TRIPユースケース高分子化学により実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業特別推進研究「超分子ポリマーの固体材料科学と応用(研究代表者:相田卓三、JP23H05408)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Zhenghong Chen, Yang Hong, Hiroyuki Inuzuka, Kiichi Mizukami, Takuzo Aida, "Supramolecular Ionic Polymerization: Cellulose-Based Supramolecular Plastics with Broadly Tunable Mechanical Properties", Journal of the American Chemical Society, 10.1021/jacs.5c16680

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発ソフトマター機能研究グループ
グループディレクター 相田 卓三(アイダ・タクゾウ)
(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)
研修生(研究当時)陳 政宏(Chen Zhenghong)
客員研究員 洪 揚(Hong Yang)
特別研究員 水上 輝市(ミズカミ・キイチ)
(東京大学 大学院工学系研究科 特任助教)

相田 卓三 グループディレクターの写真 相田 卓三

発表者のコメント

自然界におけるセルロースの年間生産量は1兆トンともいわれています。われわれは、自然界に最も豊富に存在するこのセルロースという天然物から、しなやかで堅牢でありながら、海洋で安全に分解するプラスチック素材をつくり出しました。反応は水中にて室温で瞬時に終わります。この技術は、地球をプラスチック汚染から守ります。プラスチックをどんどん進化させていきますので、応援をお願いします。(相田 卓三)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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