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2019年3月5日

見ると壊れる量子現象を計算に利用する研究者

電子や原子などミクロな粒子が働く量子力学の世界では、日常感覚では理解し難い現象が起きる。その奇妙な量子現象を解明するとともに、それを計算に利用する量子コンピュータの研究を進めている研究者がいる。創発物性科学研究センター(CEMS)量子機能システム研究グループの中島 峻 研究員だ。量子コンピュータは、従来のスーパーコンピュータでも計算量が多過ぎて現実的には解くことが難しいある種の問題を、短時間で解けると期待されている。中島研究員の素顔に迫る。

中島峻

中島峻 研究員

創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ

1982年、東京都生まれ。博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科博士課程広域科学専攻中途退学。東京大学 助教などを経て2013年、創発物性科学研究センター 特別研究員。2017年より現職。

隣り合わない量子ビット間 で量子もつれをつくる手順の図 図 隣り合わない量子ビット間 で量子もつれをつくる手順
① 量子ビットAに2個の電子を入れて 量子もつれをつくる。 ② そのうちの1個の電子を量子ビットB に転送する。 ③ 量子もつれの関係にない量子ビット CとBのスピンを入れ替える。 こうして、隣り合っていない量子ビット AとCの量子もつれを実現できる。

「小学生のころ、父がいろいろな本を薦めてくれました。その中に、量子力学を紹介した講談社ブルーバックスなどの本が何冊かありました。直感的に理解できず、納得できない世界に興味を持ったのです」。やがて東京大学大学院に進学。「量子力学の理論研究をしてみたいと、総合文化研究科の清水明 教授を訪ねました。すると、『量子現象は理論研究だけでは解明できない。理論は実験が苦手な人がやればいい。ぜひ実験をやるべきだ』と説得されました」

中島研究員は、固体中の電子が示す量子伝導現象を実験で調べる研究で学位を取得。その後、2013年に理研CEMSに入り、量子コンピュータの研究を進めている。量子コンピュータも従来のコンピュータと同様に0と1を表現するビットが情報を表す基本単位だ。ただし、従来のビットは0か1のどちらか一方しか表現できないのに対し、「量子重ね合わせ」により0と1を同時に表現する量子ビットを用いる。「電流を流すなど何らかの方法で量子ビットを観察すると、その影響で量子重ね合わせが壊れて、0か1のどちらか一方になります。ただし10回観察すると3回は0、7回は1、などと任意の比率で0と1を重ね合わせることができます。このような直感に反する現象が、私が納得できなかった量子力学の世界です」

イオンや光を利用するなど、いくつかの方式の量子ビットが研究されており、固体を使うものでは超伝導回路の研究が先行している。「私たちは、半導体に微小な構造をつくり、そこに閉じ込めた1個の電子を量子ビットに用いる研究を進めています」。電子にはスピンという自転に似た性質があり、アップとダウンの2種類の向きのスピンがある。それを0と1に対応させる。計算を行うには、量子ビットAがアップならばBはダウンであることが確定するような、量子力学的な相関関係をつくる必要がある。それを「量子もつれ」と呼ぶ。超伝導回路よりも電子1個の量子ビットのサイズは小さく、集積化に有利だ。ただし、隣り合う量子ビット間以外では、量子もつれを容易につくれないという大きな課題があった。中島研究員らは2018年、その課題を解決する新技術を開発することに成功した。

「図のような手順のアイデアは以前からありました。しかし最後のスピンの入れ替え操作をゆっくり行う必要があり、その間に外部からの電気や磁気のノイズで量子重ね合わせや量子もつれが壊れてしまい、実現できませんでした。電流を流してスピンの向きを観察することもノイズになります。ただし量子ビットBとCは量子もつれの関係にないので、量子重ね合わせや量子もつれを壊さずに、BとCの関係を観察できます。私たちの実験により、BとCの関係を観察しながら操作をすると、スピンの入れ替えが素早く起きるという予想外のことが分かりました」

小学生のころに納得のいかなかった量子現象の疑問は解けたのか。「納得できる部分は増えましたが、研究を進めると奇妙な量子現象が新たに見えてきて、100%は納得できていません。量子コンピュータ用に開発した新技術で、納得できない量子現象の解明を進める。そこで分かったことを利用して新技術を開発する。その両輪で研究を進めていくつもりです」

最近、量子現象以外にも興味のある観察対象ができた。6歳と3歳の息子たちだ。「長男は突然、車のギアの仕組みについて質問をしてきたりします。いろいろなことに興味を持ち始め、観察していると面白くて不思議な存在です」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2019年3月号より転載

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