2020年2月5日
メタボローム解析から「未知」をなくす研究者
生物が体内でつくる代謝物を質量分析装置で網羅的に調べていくのが、メタボローム解析だ。しかし、代謝物は種類が膨大で構造も複雑なため、検出されたものが何であるかを同定するには時間と労力を要する。結果、「未知」とされてしまうものも多い。その状況を変えたいと、質量分析で得られたビッグデータから高精度、高速、簡便に代謝物の情報を得る手法を開発している研究者がいる。環境資源科学研究センター メタボローム情報研究チームの津川裕司 研究員である。周囲からは「スーパーポジティブな人」と言われている。その素顔に迫る。
津川裕司 研究員
1985年、大阪府生まれ。大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2012年より理研植物科学研究センター メタボローム情報研究チーム特別研究員。2017年より現職。生命医科学研究センター メタボローム研究チーム研究員兼務。
「私の人生はバスケットボールでできている」と津川研究員は言い切る。小学校から大学までバスケ漬けの日々を送り、大学院のときはコーチまでやっていた。「小学5年生のとき、新卒の先生がバスケ部の顧問になりました。熱心で指導がうまかったその先生に憧れて、自分も教師になって子どもたちにバスケを教えよう、と考えていました」
しかし勉強はほとんどせず、中学では数学以外の成績は悲惨だった。「バスケ部の勉強ができる友達と口げんかになり、バスケだけでなく勉強でも勝ちたいと、3年生の春から初めて必死に勉強しました。成績がどんどん上がっていくのが楽しかった。何に対しても勝ちたいんです」。高校ではバスケに打ち込む一方、物理の難しい問題を解くことに喜びを感じていた。得意な数学を活かして大阪市立大学の数学科に進んだが、物理を応用した技術への興味が大きくなり、もう一度受験した。そして大阪大学工学部応用自然科学科へ。「バスケを続けるために、研究室は唯一、部活動が許されていたところに決めました。そんな私でも、教職課程はきちんと取っていました。根は真面目なんですよ」
研究室では、微生物のメタボローム解析に取り組んだ。試料を質量分析装置にかけると、横軸に質量、縦軸に検出強度を取ったマススペクトルが得られる。スペクトル一本一本について既知の代謝物の情報と比較して、種類や構造を同定していく。「手作業なので、時間もかかるし、とても疲れるんです。1秒でも早く体育館に行ってバスケをしたいので、プログラミングを独学で学び、解析を自動でできるプログラムをつくってしまいました。初めてプログラムが動いて正解を出したときの達成感は忘れられません。バスケをする時間を確保できただけでなく、そのプログラムを使った人が喜んでくれるのもうれしかったですね」。自動化したことで解析する人による差がなくなり、再現性の高い結果が得られるようにもなった。
修士号を取ったら教師になろうと思っていたが、もう少しバスケと研究がしたいと博士課程に進んだ。「質量分析装置は、物理や化学の知識の塊です。その仕組みに興味があり、それを理解することで新たな解析技術の開発を目指しました」。そして次々と解析プログラムを開発し、高度な解析を可能にしていった。そうした成果が高く評価され、普通3年かかるところを1年半で博士号を取得。「バスケをやるために、もっと大学院生でいたかった」と笑う。そして2012年10月、理研へ。ここで一大決心をする。「本当に集中できることは一つです。バスケは封印して研究に集中すると決めました」
2015年には、統合解析プログラムMS-DIALを開発(図)。これまで1回の解析で同定できる代謝物は100~200種類程度だったが、1,000種類を同定できるようになった。2017年には、改良したMS-DIAL 2など三つの解析プログラムを組み合わせることで、通常とは異なる性質や構造を持った、疾患にも関わるエラー代謝物を包括的に発見することに成功した。
植物がつくる代謝物は多様で、種ごとに固有のものも多く、その全体像はつかめていない。そこで2019年には、植物がつくる未知代謝物の炭素数の決定、組成式の算出、部分構造の決定、既知の代謝物との類似性を示すネットワーク構築などを可能にするMS-DIAL 3を開発。この成果をもとに制作されたイラストが論文掲載誌の表紙を飾った(写真)。「工学部出身だからこそ、これができるようになったら科学がさらに発展する、という技術をつくることを意識しています」
性格を聞くと、「自信家」と返ってきた。「努力をしていることは隠します。そして何事もポジティブに考える。その能力だけは一種の才能ではないかと思いますね」
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)
『RIKEN NEWS』2020年2月号より転載