2023年5月19日
「量子もつれ」における重大な性質を新発見
現在、世界各国で研究開発が進められている量子コンピュータ。量子計算をする上で不可欠なものに「量子もつれ」という物理現象があります。量子もつれには謎が多く、その解明は量子コンピュータの発展に大きく寄与します。このような中、量子もつれの重大な性質の一つを理論的に明らかにしたのが、桑原 知剛 理研白眉研究チームリーダーです。
桑原 知剛(クワハラ・トモタカ)理研白眉研究チームリーダー
謎の多い「量子もつれ」という物理現象
量子とは粒子と波の性質を併せ持つ、極めて小さな物質やエネルギーの単位のことをいう。このようなミクロな世界での物理現象を記述するのが量子力学であり、その中の奇妙な現象の一つに「量子もつれ」がある。量子もつれとは、2個以上の量子が古典力学では説明できない不思議な相関を持つことをいう。
桑原 理研白眉研究チームリーダーはこう話す。「例えば、量子にはスピンという自転のような性質があり、スピンは上向きと下向きの2通りしかないことが知られています。ここで、上向きのスピンの量子と下向きのスピンの量子が、量子もつれを起こしているとき、この二つの量子同士の距離がどんなに離れていようとも、片方の量子のスピンの向きが変われば、もう片方の量子のスピンの向きも瞬時に変わるという話を聞いた方も多いのではないでしょうか。しかし、実はこの話は、周囲の影響をほとんど受けない光子(光の粒子)などの量子に限られます。電子などの量子は熱などの影響を受けやすく、量子もつれは簡単に壊れてしまいます。では、電子などによる量子もつれが壊れることなく安定的に存在できる条件とは何か。その謎を解明したい、これが私の研究目標です」
量子計算には3個以上の量子もつれが必要
当初は、量子もつれは2個の量子間で起こる現象だと考えられていた。しかし、研究が進むにつれて3個以上の量子による量子もつれも存在し(図)、さらに近年は、3個以上の量子もつれについては、「トポロジカル構造」と呼ばれる特殊な構造にすることで、絶対零度(-273.15℃)をほんの少しでも上回るある一定の温度(有限温度)においては、熱による影響を受けやすい電子などの量子であっても、安定的に存在できることが分かってきた。それにより、トポロジカル構造の量子もつれを用いることで、量子計算を安定的に実行できる可能性が高まったのだ。
「一方で、仮に電子のような熱の影響を受けやすい量子であっても、2者間の量子もつれが有限温度でも存在するならば、3者間によるトポロジカル構造にしなくても、より容易に量子計算を実現できるはずです。そこで、私はまず2者間の量子もつれが存在する条件の解明に取り組むことにしたのです」
そして、桑原 理研白眉研究チームリーダーは数学を駆使し、理論計算を進めていった。その結果、絶対零度以外の環境では、2者間の量子もつれは、量子同士の距離が離れるに従って急速に減衰していくことを明らかにしたのだ。「つまり、2者間の量子もつれは、絶対零度では存在できるものの、有限温度においては、特殊な3者間量子もつれしか生き残ることができないということです。これは、現実的には量子コンピュータには、3者間以上の量子もつれを利用する必要があるということを意味しています」
桑原 理研白眉研究チームリーダーは今後も量子もつれに関する研究を通して、日本における量子計算分野のさらなる発展に貢献していきたいと意気込みを見せる。
(取材・構成:山田 久美/撮影:盛 孝大/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
2022年8月2日公開「クローズアップ科学道」より転載