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研究最前線 2021年11月24日

いろいろなものを取り込むソフトな結晶

"結晶"というと水晶やダイヤモンドなど硬い物質を思い浮べる人も多いのではないでしょうか。「柔らかい結晶ができたら面白い機能を発揮するのではないか」と発想した佐藤弘志ユニットリーダー(UL)。柔らかさを実現するために佐藤ULが注目したのは、結晶を構成する分子の形でした。

佐藤 弘志の写真

佐藤 弘志(さとう ひろし)

創発物性科学研究センター
統合物性科学研究プログラム 創発分子集積研究ユニット
ユニットリーダー
1980年大分県生まれ。2008年東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻修了。博士(工学)。京都大学物質-細胞統合システム拠点、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻を経て、2021年より現職。

きれいに並んだ分子は面白い

万華鏡の幾何学模様のようにきれいに並んだ原子たち(図1左)。この図を見て、黄色い部分に注目し「この孔はガスを吸着する機能を持つはず」と発想するのが化学者だ。孔の大きさは原子何個分が良いのか。どの原子を、どんな順に並べたら良いのか。原子を思い通りに並べるために、どのような化学反応を使えば良いか。そんな戦略を立てては、分子をつくる。そして、合成した物質の分子構造を分析し、狙い通りの機能を発揮するかを調べる。

佐藤ULはこれまでに、幾何学的な繰り返し構造を持つ結晶を数多くつくり出してきた。特に、孔がたくさんある多孔性物質を合成し、構造と機能の関係を調べてきた。

例えば、図1の多孔性物質は、窒素(N2)と一酸化炭素(CO)が混ざったガスからCOだけを効率的に回収する機能を持つ。しかも、気体中で圧力をかけていくと、あるところで急にCOを大量に吸着し始めるというこれまでにない特殊な機能も持っていた。

一酸化炭素(CO)を吸着する多孔性物質の図

図1 一酸化炭素(CO)を吸着する多孔性物質

COが孔(LとS)に吸着すると孔がそれぞれ広がる。COの吸着が、さらにCOを呼び込むスイッチとなっていた。佐藤ULは2020年に「特異吸着機能を示す刺激応答性多孔体の創製」で日本吸着学会の奨励賞を受賞。

柔らかい結晶への挑戦

このような研究をしていた佐藤ULが着目したのが、二つのリング状の分子がつながったカテナン(図2)という構造だ。

カテナンの分子同士を直接つなぐ化学結合はない。しかし、二つのリングが鎖のようにつながっている。このつながりをトポロジカル結合といい、化学結合に比べるとリングが自由に動きやすい。

カテナンのトポロジカル結合の図

図2 カテナンのトポロジカル結合

佐藤ULは、このカテナンをパーツとして立体的に並べたら、柔らかい結晶ができるのではないかと考えた。それまでにもカテナンを並べた研究はあったが、それは隙間なく密に並べるもので、カテナンのリングは自由に動けなかった。「これではカテナンの良さが生かされていない。多孔性物質のように隙間のある3次元構造なら、カテナンの動きが自由になるスペースをとれるはず」と考えたのだ。

そこで、多孔性物質の合成法を応用して、カテナンのリング一つに対してジョイントパーツとしてカルボキシ基を二つ付けた。ジョイント同士をつなぐ役割は、金属イオンでできるはずだと考えたのだ。

そして、世界で初めて、カテナンとコバルトが3次元的に組み上がった結晶、CTNMOFをつくり上げた(図3、4)。できあがった結晶を解析したときの様子を佐藤ULは「炭素や酸素などの原子の位置を示すデータを目の前にして、カテナンが一体どうつながっているのかを理解するのに2週間かかりました。ジャングルジムのように整然と並んでいるのを見て、とても驚きました」と語る。

合成したCTNMOFの図

図3 合成したCTNMOF

濃度や反応温度などの条件検討を重ねた結果、カテナンとコバルトを短時間で一気に結合させるより、ゆっくり結合させるほうが、原子が整然と並ぶ結晶を合成できることが分かった。「結合したり離れたりを繰り返しながら、一番ひずみの少ない構造に落ち着くのです。整然と並んだときに一番安定します」と佐藤UL。

柔らかい結晶CTN MOFの図

図4 柔らかい結晶CTNMOF

ジョイント(カルボキシ基:CO2H)を付けたカテナン(左)と柔らかい結晶CTNMOFの配列のイメージ(右)。MOFは Metal-Organic Frameworkの略で金属-有機構造体の意。

柔らかさの理由を確かめる

CTNMOFは本当に柔らかいのか。まず、針で結晶を押した際の変形しやすさ「ヤング率」を測定した。すると、ペットボトルに使われる樹脂と同じくらいの柔らかさであることが分かった。しかも、通常は針を押し込むと残る針痕が、CTNMOFには残らない(図5)。まるでグミのように元に戻る性質も持っていた。

針を押しつけた結晶の図

図5 針を押しつけた結晶

白点線部が針を押しつけた位置。HKUST-1という違う種類の結晶には針痕がくっきりと残る(上)がCTNMOFは痕が残っていない(下)。

佐藤ULは、この柔らかさはカテナンのリングの動きによるものなのかを解明しようとした。だが、解析の専門家に相談しても「結晶を押しながら結晶構造を解析するのは無理だ」と返ってきた。諦めきれずにいたところ、「液体中で結晶をダイヤモンドの板ではさみ、圧力をかけながら解析すればできるかもしれない」という専門家が現れ、共同研究を始めた。解析を重ねたところ、圧力をかけるとカテナンのリング同士が寄っているというデータを得た。これは圧力を受けた際のカテナン結晶のリングの動きを世界で初めて明らかにした解析だと評価され、科学雑誌『Nature』に掲載された。

人を驚かせる物質をつくりたい

他の多孔性物質と同様にCTNMOFは二酸化炭素(CO2)を吸着する性能を示した。佐藤ULは、CTNMOFがもっと柔らかくなれば、CO2を回収する使い勝手の良い結晶になると考えている。通常、CO2を吸着しやすい材料では、ひとたび吸着したCO2を引き離すために大きなエネルギーを必要とする。佐藤ULの理想は、小さい力で吸着したCO2を、ぎゅっと押し出せるスポンジのように柔らかい材料だ。「そのためにも、今より1,000倍くらい柔らかくするのが目標です。ただ、指でつまむという圧力をかけた状態でガス吸着量を測れる装置がないので、その装置もつくらないと」と楽しげに語った。「リングが三つ以上つながったカテナンを使ったり、ジョイントの数を減らしたりすれば、より柔らかい結晶になるのではないかと予想しています」

さまざまな戦略を練りながら物質をつくり出してきた佐藤ULは「ときには期待を超えた機能を持つ物質ができることもあります」と言う。現に、図1の物質が持つ機能は予想を超えたものだった。「自分でも思いもしなかったような、人をあっと驚かせる機能を持った物質をつくりたいですね」

そんな偶然の発見"セレンディピティ"に恵まれるために「目標を達成するための研究は、もちろんきっちり行う。でも、それだけではなく、その先に面白そう!や、新しい!と感じることができそうな研究も試してみる、そんな研究を思い切りエンジョイする心を忘れないようにしています」と目を輝かせた。次は、どんな面白い物質がつくり出されるのだろうか。

(取材・構成:大石かおり/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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