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研究最前線 2022年2月14日

小脳全体の可視化がもたらした新発見

脳は、どのように働いているのか。神経細胞のレベルでの研究は進んできましたが、全容を捉えるには、より広い範囲で脳の活動を見る必要があります。20年にわたって小脳の観察に挑んできた道川貴章研究員は、小脳全体の活動の可視化に成功。その先には、感覚入力に関する大きな発見がありました。

道川 貴章の写真

道川 貴章(みちかわ たかゆき)

光量子工学研究センター
生命光学技術研究チーム
研究員
1964年東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科修了。博士(医学)。東京大学医科学研究所、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、埼玉大学脳科学融合研究センターなどを経て、2013年より現研究チーム。2018年より現職。

小脳に「体部位再現地図」はあるか?

脳の働き方には、特定の領域がそれぞれ異なる身体機能を担うと考える「局在論」と、脳全体が協調してさまざまな機能を担うと考える「全体論」の二つの考え方があり、長年議論が続いている。大脳皮質の局在論では、身体を動かす指示を出す部分や触覚情報を受け取る部分など、身体の各部位に対応する脳の領域があることを示す「体部位再現地図」があるとされてきた。では、小脳はどうなのか。道川研究員らの発見により、小脳には「体部位再現地図」がないことが分かった。

これを可能にしたのは、小脳の表面全体でニューロン(神経細胞)のシグナルを可視化する技術。「ニューロンが活動するとカルシウム濃度が上がります。脳内のカルシウムを感知できるよう遺伝子組換えをしたマウスと、広い範囲を観察できるマクロ顕微鏡システムを組み合わせ、小脳皮質からの出力を担うプルキンエ細胞の活動を計測しました」(動画)

動画 「小脳の大規模可視化に成功」

小脳皮質の背側全域を同時に計測可能な実験システムの開発に成功し、時々刻々と変化する細胞の様子を可視化した。(10秒)

浮き上がってきた十字形の構造

小脳皮質の表面全体を可視化することで観察できるプルキンエ細胞は2万個以上。その全ての活動電位(スパイク発火)を測定して小脳の感覚入力を調べた結果、身体刺激に対する反応は小脳全体に及んでいることが分かった。さらに、個々のプルキンエ細胞が独立して活動しているのではなく、道川研究員らが「セグメント」と名付けたプルキンエ細胞の小集団(クラスター)ごとに同期して発火していることも分かった。

マウスの四肢を前後左右別々に刺激した場合には、常に小脳全体が反応するが、そこに整然とした構造があることも見えた(図1)。「小脳皮質の活動は十字形の構造になっており、十字の中央部分の発火が増加すると、四つの先端の発火が減少するというように、相互相関があったのです。このような構造は予想外だったため、モニターに目が釘付けになりました」

マウスの四肢への電気刺激に対するスパイク発火の図

図1 マウスの四肢への電気刺激に対するスパイク発火

筋肉への電気刺激により発火が増加したセグメントを赤、減少したセグメントを青で示している。四肢への刺激から、小脳内に局在した反応の領域がないことが分かる。

統計手法で応答から刺激を読み解く

次に、現象から原因を推定する統計手法(ベイズ推定)を用いて、観測で得た小脳皮質の発火から、どの筋肉が刺激されたかを読み取った。その結果、単一のセグメントではなく、集団でのセグメントの活動パターンの組み合わせが、時々刻々と変化する感覚入力(筋肉の刺激)の情報伝達を担っていることが明らかになったのだ。

「1秒に1回とゆっくりしたリズムで発火するプルキンエ細胞の働きは長年の謎でしたが、細胞2万個に及ぶ全体像が見えたことで、小脳の神経回路の動作原理に関する全く新たな知見を得ることができました。感覚入力と運動制御の相互作用を明らかにすることで、将来的には運動障害などのリハビリテーションやブレイン・マシン・インターフェイスなどの開発にも役立つと思います」

(取材・構成:牛島美笛/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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