ICT(情報通信技術)はいまや、医療や教育など、身の回りの社会活動にも広く活用されています。その一方で、情報漏えいなど個人情報の取り扱い事故に関するニュースも目にするようになりました。一人一人の情報という資源を、安全に活用していくにはどうすればよいのでしょう。柴田健一特別研究員(以下、研究員)は、その問いへの一つの答えとして、データを分散管理するシステムを研究開発しています。
柴田 健一(しばた けんいち)
革新知能統合研究センター
社会における人工知能研究グループ
分散型ビッグデータチーム
特別研究員
1988年長野県生まれ。2017年静岡大学創造科学技術大学院自然科学系教育部情報科学専攻修了。博士(情報学)。同年、一般社団法人みんなの認知症情報学会事務局調査研究部長、2021年より現職。
個人に関するデータの「貯蔵庫」で問題を解決!
超高齢社会へ突入した日本では、医療機関や介護事業者が連携して高齢者を支援する地域包括ケアシステムの構築が推進されている。支援の対象である高齢者の暮らしや健康に関するデータを共有できれば理想的だが、問題となるのが個人情報の扱い方だ。複数の事業者から集約したデータを自治体のサーバーなどで集中管理する場合、常に情報漏えいのリスクがつきまとい、対策にも膨大なコストがかかる。この問題を解決する新たな手法として、柴田研究員が所属するチームが提唱しているのが、パーソナルデータ(個人に関するデータ)を分散管理するPLRシステムだ。PLRとは、Personal Life Repositoryの略で、直訳すると「個人の生活の貯蔵庫」となる。
図1 集中管理と分散管理の違い
複数のパーソナルデータを自治体などのサーバーで管理する集中管理に対し、分散管理はパーソナルデータを本人が安全に活用できるメリットがある。なおどちらの場合も、形式が異なる複数事業者のデータを集約する際に、統合する技術だけでなく相互利用のための同意などの手続きが必要になる。
新たに提案するPLRシステムでは、パーソナルデータの管理は個人に委ねられる。といっても、実際のデータはクラウドサーバーに保管されており、必要に応じて、個人が自らの意思を持って特定の相手とだけデータを共有できるという仕組みだ。「データはクラウドに保存されますが、すべて暗号化されています。集中管理と違って一度に何十万人分ものデータが流出するようなリスクはありません」と柴田研究員。このシステム運用には、「Personary(パーソナリー)」というアプリを使用する。データの暗号化やクラウド共有、データの作成・閲覧などの機能を備えたツールで、すでに電子母子手帳のシステムなどで実用化が始まっている。
図2 PLRによるパーソナルデータと各種サービスの連携
PLRでパーソナルデータを集約するが、各個人が管理し、特定の人との共有を承認する。高齢者支援だけでなく、医療、教育、ビジネスなど、あらゆる分野で応用できる。
AIでパーソナルデータを管理運用
柴田研究員が所属する分散型ビッグデータチームが目指すのは、パーソナルデータをスマートフォンなど本人の端末からでも安全かつ安価に扱える仕組みで、高齢者支援などのサービスを社会実装すること。分散管理には形式が異なる複数のデータを用途に応じてまとめる技術が必要になるが、それをPLRに付随する本人専用のパーソナルAIエージェント(PAIA)が助ける。本人に代わってパーソナルデータを管理運用するシステムの構築なども視野に入れ、応用研究も進む。「これらは橋田浩一チームリーダーの知見があってこそ実現できる研究」と語る柴田研究員は、目下、認知症当事者とその家族や支援者が、本人の望む範囲でパーソナルデータを安全に共有できるシステムを企業と共同開発中だ。ゆくゆくは一般向けの学習支援や健康管理にも応用していきたいという。情報が重要な資源となった現代社会で、人生の全体最適化を目指し、未知の領域への挑戦は続く。
(取材・構成:丸茂健一/撮影:古末拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
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