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研究最前線 2022年10月17日

実験を止めない!理研のヘリウムリサイクル

理研の敷地内であちこちに立ち並ぶ大きな銀色の円筒。極低温の液化ヘリウムを貯留するタンクです。ヘリウムは、サイクロトロンの冷却やNMR(核磁気共鳴)装置の超伝導電磁石の冷媒、物性物理の実験や開発など、さまざまな研究に欠かせません。しかし、世界的に供給量が不足しており、近年入手が困難になっています。国内外で争奪戦が繰り広げられるなか、理研和光地区で使用済みヘリウムガスの回収と液化リサイクルに携わる段塚知志技師に話を聞きました。

段塚 知志の写真

段塚 知志(ダンツカ・トモユキ)

仁科加速器科学研究センター
加速器基盤研究部
低温技術チーム
技師

高まるヘリウムのニーズと価格の高騰

水素に次いで2番目に軽い元素、ヘリウムは1個の原子で安定な"単原子分子"のため、極めて不活性であり、沸点は-269℃と元素の中で最も低い。気体と液体の2態で存在し、産業界において、気体は半導体や光ファイバーを製造する際のガスとして、液体は医療用MRIやNMRの超伝導電磁石の冷媒として広く活用されている(図1)。

国内ヘリウムの消費状況の図

図1 国内ヘリウムの消費状況

日本国内におけるヘリウムの用途(2021年)。気体は666.0万m3、液体は266.7万m3、合計932.7万m3が消費されている。低温工学(大学・研究機関)はヘリウムガスと液体ヘリウムを合計しても46.6万m3で全体の5%程度しかないが、回収して再液化しているため、実際の使用量はこの8~9倍(約400万m3)になり、全体の30%程度を占める。

出典:一般社団法人日本産業・医療ガス協会 ※液体ヘリウムの数字は小数点以下切り捨てのため合計が100となっていません。

また、理研などの研究機関や大学でも、絶対零度(-273.15℃)に近い極低温で現れる超伝導や超流動といった現象を用いる低温工学の分野においてヘリウムは高性能な冷却材として欠かせない。近年では量子コンピュータの研究開発にも用いられるなど、ますます需要が高まっている。

ところが、中国や東南アジアを中心に半導体などのハイテク産業が急拡大していることに加え、医療用MRIの普及が進んでいることから世界的に消費量が増加している。しかし、生産量が増えないために2019年以降、価格が高騰し続けている。

ヘリウムは、宇宙には大量にあるが地球上では非常に希少性の高い気体で、大気中にはわずか0.0005%(5ppm)しか存在しない。そのため地中にあるヘリウムを天然ガスから採取するのだが、ヘリウムの含有量が多い天然ガス田は限られている。2020年には世界の生産量の約52%を米国が、約32%をカタールが担っており、二つの国だけで8割以上を占めている状況だ。ロシアでも生産プロジェクトが進んでいたが、ウクライナ侵攻に伴って中断されてしまった。

約60年前から取り組んできたリサイクル

1964年からヘリウムを実験に用いてきた理研では、当初から、実験に使った際にどうしても蒸発して漏洩してしまう貴重なヘリウムを、ヘリウムガスとして回収し液化してリサイクルする取り組みを進めてきた。大きな特徴は、各実験室での使用状況がわかるシステムを開発して導入したことで、各実験室の回収率を速やかに算出できるようになっていることだ。2021年度は平均回収率98.5%を達成し、13万L(リットル)以上を供給した。液化設備の規模としてはまだ余裕があり、年間18万L以上の実績を持つ。

具体的なリサイクルの流れは次の通りだ。まず、ヘリウムを使用している各研究棟から、地下の配管を通して使用後のヘリウムガスを回収する。回収したヘリウムガスは酸素や窒素などの不純物を含んでいるため、それを除去して精製する。精製したヘリウムガスを等温圧縮し、液体窒素や断熱膨張させたヘリウムガスと熱交換させた後、ジュール=トムソン膨張というプロセスを経て液化する。この際、ヘリウムガスから液体ヘリウムにすることで、体積は約700分の1になる。最後に液化ヘリウムを小分けにしてタンクに入れれば、リサイクルの準備は完了だ(図2)。

リサイクルされ、再度配給されるのを待つ液体ヘリウムの写真

図2 リサイクルされ、再度配給されるのを待つ液体ヘリウム

「ヘリウムは"出たがり"なんです」と2007年に入所して以来、和光地区にあるヘリウム液化設備の運用・管理を担ってきた段塚技師。微小な穴からどんどん漏れ出していってしまうため、貯蔵するだけでも大変だという。実験室などから使用済みのヘリウムガスを回収するため、和光地区内に張り巡らされた地下配管は総延長2km。配管を通過しながらもわずかずつ目減りしていく。「装置の老朽化により補充量が増えた2016年から2020年にかけて、各装置の改修と増設を進めてきました。また実験室でのヘリウム使用状況の点検や使用者の意識向上の結果、回収率は右肩上がりで推移し、現在では約95%以上に達しています」

理研では、実験中や保管中に漏洩し、回収できずに減ってしまった分のみをヘリウムガスとして購入している。つまり、回収率の向上はヘリウムガス購入費の削減に直結する。2022年度の購入ヘリウムガスの価格は、10年前に比べて約5倍にも跳ね上がっている。「研究者の皆さんの苦労は計り知れないものがあります。少しでも購入量を減らせるように、今後もさらなる回収率向上を目指していく計画です」

広めたいリサイクルの気運

タンクに小分けにした液体ヘリウムは、再び実験室に配送される。小さなクレーンを搭載したトラックやパワーゲート付きの小型トラックを、特殊免許を持つ段塚技師が自ら運転。「今はまだ理研内部に供給するだけで精一杯ですが、今後、何か緊急事態が発生した際には、この専用トラックを使って外部に速やかに液体ヘリウムを供給することも物理的には可能です。いずれは理研以外にもリサイクルの気運を広めていきたいですね」

ヘリウムの回収量や供給量、使用量は建物ごとに常時モニタリングしており、和光地区内のヘリウムの流れは、パソコン画面を通じて遠隔地からでも一目瞭然でわかるようになっている。「使用量の急増など気付いた変化があればすぐに連絡を入れ、ガス漏れがないか研究室にチェックしてもらいます」。「針穴一つも許さない!」と、意識を高く持ってくれる研究室もあり、個別にリークディテクター(ヘリウムのガス漏れ検知器)を貸し出すこともある。

「生きているうちに、ふんだんに使える"ヘリウムバブル"到来を見たい」と冗談めかして言う一方で、ヘリウムを使わない医療用MRIの開発など、技術革新による脱ヘリウムの動きにも期待を寄せる段塚技師。

「理研に入所する前から25年にわたり、企業や研究機関でヘリウムの運用・管理を行ってきましたが、近年のような深刻な事態は初めての経験です。今後も価格が上昇し続けることが懸念されますが、ヘリウム不足による研究開発の遅延や中断を防ぐ。それが私の使命です」と結んだ。

(取材・構成:山田久美/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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