理研播磨地区の放射光科学研究センターにある二つの大型施設。「SPring-8は電子が光を『いってらっしゃい』と送り出す施設で、SACLAは電子と光がおしゃべりしだす施設です」。愛情たっぷりにそう説明する矢橋牧名グループディレクターは、準備段階から25年以上にわたって両施設の技術開発に携わってきました。実はピアニストを目指していた時期もあったという若者が、放射光施設を支える研究者になるまでを聞きました。
矢橋 牧名(ヤバシ・マキナ)
放射光科学研究センター
SACLA ビームライン基盤グループ
グループディレクター
SPring-8の建設、そしてSACLAへ
高校生の頃、米国のブルックヘブン国立研究所でのサマースクールに参加し、世界中の高校生たちと「本物」の放射光施設を体験しました。このときの強烈な印象が、将来の道につながりました。
大学の学部では進路に悩む時期もありましたが、大学院ではX線光学を研究し、1996年に大型放射光施設「SPring-8」の建設に参加するチャンスに恵まれました。大学の研究室とは違って、SPring-8の大規模プロジェクトでは、さまざまな立場の大勢の人たちとわいわいやりながら進めていく。それがとても楽しかったですね。自分の担当に取り組みながら、全体が組み上がっていく過程を見ることも刺激的でした。その10年後には、X線自由電子レーザー施設「SACLA」の立ち上げに携わることになりました。
「できるの?」を克服した試行錯誤
X線自由電子レーザーは放射光と電子を相互作用させてつくるのですが、電子と光を精確に制御しなければならない難しさがあり、理論的に可能であることは知られていたものの、最初は海外だけでなく国内からも「そんなことできるの?」という疑いの目が向けられていました。実際に取り組み始めてみるとやはり大変で、プロトタイプ加速器をつくったものの最初はレーザーを出すなんて夢のまた夢でした。
やるべきことを積み上げるしかないという思いで、私の担当の、光をモニターするさまざまな観測装置を立ち上げました。それを使って加速器の調整が行なわれ、ついにゴールにたどり着きました。これが成功してからは味方もだいぶ増えましたね(笑)。「唯一無二のことをやっている」という気持ちがモチベーションでした。
この世界に足を踏み入れるようになったきっかけとして、ブルックヘブンでの体験が糧になっていたことは否めません。高校生といえども手加減をせずに本物をみせる米国エネルギー省(ブルックヘブン国立研究所を管轄)の戦略はしたたかだったな、と思います(笑)。
播磨から発信したい「本物」の存在感
SACLAが稼働してはや10年。今では世界をリードする施設になりました。国内外からユーザーが集い、10年前ではとても考えられなかったような研究をしています。そんな研究の最前線を間近に見ることができるのも面白いですね。
世界で存在感を示せる施設であり続けるには、施設を使う人材、支える人材がともに重要です。色々な会議で、よく若手の人材育成が話題になりますが、私は、若手を「育てる」という上から目線には違和感があり、むしろ、われわれがやる気のある若者に「選んでもらう」立場だと考えています。そのためにもSPring-8とSACLAが魅力的な施設であり続けるよう、全力を尽くしていきたいと思います。
(撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
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