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研究最前線 2022年11月4日

DXとAIが新しい科学の世界を切り開く

情報技術を使った「DX(デジタルトランスフォーメーション)」がさまざまな場所で進んでいます。高橋恒一チームリーダーが挑むのは研究現場のDX。AIやロボットを使いこなす新しい科学研究現場には新しい価値観や文化の醸成が大事だと語ります。

高橋恒一の写真

高橋 恒一(タカハシ・コウイチ)

生命機能科学研究センター
バイオコンピューティング研究チーム
チームリーダー

挑むのは生命科学研究の自動化

高橋チームリーダーはいま、神戸市のポートアイランドにある理研神戸地区内に、ロボットによる生命科学実験の拠点を構築している。その主力となる実験ロボットが、汎用ヒト型ロボット「LabDroidまほろ」である(図1)。このロボットは個別の実験操作を高精度でこなすが、これまではどの実験操作をいつどのようにどのような順番で行うのか、という計画を自ら立てることはできなかった。そこで、高橋チームリーダーらは自動で実験計画を立案するAIを開発し、AIとロボットに自らiPS細胞のより良い培養条件を発見させることに成功した。高橋チームリーダーが提唱する「AI駆動型科学」の将来像を予見させるような成果だ。

この研究は、高橋チームリーダーが進める「研究現場のDX」の一つの先行例でもある。生命科学では遺伝子の配列情報やタンパク分子の機能などのデータを機械可読、つまりコンピュータに解析可能なかたちで公開するオープンサイエンスの文化が比較的成熟しており、デジタル技術との相性が良い。また、分子細胞生物学は実験が実験室の中で完結しており、境界条件が比較的明瞭だ。つまり、ロボットが正確な実験を何度も繰り返すことでAIの学習に適したデータを大量に取得できる。生命科学は研究DXの起点に適した分野の一つなのだ。

国も研究のDXを推進しており、文部科学省は令和3年度戦略目標の一つとして「バイオDX」を掲げている。

匠の技や暗黙知の共有

料理にはレシピには載っていないコツがある。生命科学の実験にも、論文に書かれた手順だけでは分からないコツがある。匠の技や暗黙知と呼ばれるものだ。具体的には、実験室の温度や試薬の上手な混ぜ方など、論文には書かれない細かい手順や手技のことである。実験用ロボットは、室温などの環境条件を含めて、実験の全てを記録することができる。その記録を利用すれば、ほかの研究室でも全く同じ条件でロボットに実験を行わせることが可能だ。つまり、匠の技を世界中で共有できるのである。

実験用ロボットが正確に実験を再現できることは、研究結果の信頼性を高めることにも繋がる。生命科学や医学の分野では、論文に書かれた手順で実験を行っても同じ結果が得られない(再現性がない)ことがあるという問題が以前から指摘されてきた。これは実験を行う人の習熟度や実験環境の違いが一因だと考えられている。ロボットを使えばそのような違いを生むさまざまな要因の大半を制御下に置くことができる。

実験を行う「LabDroid まほろ」の図

図1 実験を行う「LabDroid まほろ」

まほろはロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社により開発された生命科学実験用のヒューマノイドロボットシステム。2本のロボットアームを器用に動かし、ピペットの使用やインキュベーターの扉の開け閉めなど一連の実験操作を行うことができるだけでなく、人間の実験担当者が持つ匠の技を再現できるのが強みだ。

AIが「第五の科学」の扉を開く

高橋チームリーダーは、AIとロボットの活用は現在の研究の単なる効率化にとどまらず、その先には新たな科学的方法論の萌芽があると考えている。それが、「実験・観察」「理論」「計算」「データ」の4つの方法論に続くAI駆動の「第五の科学」だ。

今日の科学研究では、何らかの仮説やモデルを出発点にしてその正しさを実験や観察から得られたデータで検証することで新たな知識を生み出す「モデル駆動」と、実験などによって得られたデータを出発点に何らかの法則を見出しそこから仮説を生み出す「データ駆動」という、大きく分けて二つのスタイルがある(図2)。「モデル駆動とデータ駆動を一つの大きなサイクルとして結合し力強く回してゆくことは科学的方法論に大きな飛躍を生むはずです。この結合のためにAIとロボットを使います。つまり、仮説やモデルの検証に必要な大量の高品質データ取得のための道具としてロボットを、そしてデータが示す仮説空間を高速探索するための道具としてAIを使います。これが『第五の科学』の根幹です」と高橋チームリーダーは話す。

科学研究のサイクルの図

図2 科学研究のサイクル

科学研究の多くは、モデルかデータのどちらかを出発点にして研究が始まる。モデルは仮説の一種である。演繹的なモデル駆動と帰納的なデータ駆動とをAIとロボットの力によって一つのサイクルとして統合するのが第五の科学である。

人間とAIで共に科学を進歩させる

AIとロボットは、今後の科学研究にどのような段階を踏んでどのように浸透してゆくのだろうか。高橋チームリーダーは理研未来戦略室の活動の一環として科学研究プロセスの自動化がどのように進展するかの見通しについての提案を行っている。自動車の自動運転レベルに倣った「科学AIの自律性レベル」の設定だ。「近年、多くの科学哲学者や歴史学者から、AIの発展により科学の営みが人間の手を離れて人間には役に立たないものや理解不能なものに変わってしまうのではないかという懸念が示されています。人間という要素をどのように組み込んでゆくかには大きな注意を払いました。つまり『人間中心のAI駆動型科学』です」と語る。

本当の変革を起こす次世代のために

これまでの情報化とDXとはどう違うのだろうか。既存の仕事の仕方を前提に情報技術で業務プロセスを効率化することが情報化だったが、DXはデジタル技術を前提に業務プロセスを一から考え直す。「新しい価値観や文化が重要です。2020年からは義務教育でも情報の科目が必修になり、10年後にはその世代が社会に進出します。僕らの世代ががんばることはもちろんですが、本当の変革はロボットやAIを当たり前に使いこなす新しい世代を育て、仲間に迎えた時に起きるのだと思います」と高橋チームリーダーは語る。「ロボット・AIネイティブの未来の科学者が最大限の力を発揮できる環境の準備は、今から始めないと間に合いません。それが僕らの世代に求められている一番大きなことかなと思っています。ロボット実験拠点は、その試みの一つです」

(取材・構成:福田伊佐央/撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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