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研究最前線 2025年11月28日

SPring-8-Ⅱが変える科学

世界最高レベルの強く明るいX線(放射光)で原子・分子の世界を観察できる大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」(兵庫県佐用町)は、共同利用施設としてさまざまな分野で優れた研究成果を上げてきました。共用開始から30年近くが経過した今、放射光の明るさを現状の100倍以上に高める「SPring-8-Ⅱ」への大規模改修計画が進んでいます。放射光科学研究センターの石川 哲也 センター長は、その狙いを「『見えなかったものを見る』先端研究の追求と、『これまで見ようとしなかった分野』への応用拡大」と説明します。最高性能の分析装置を新たに得て、科学はどのように変わるのでしょうか。

石川 哲也の写真

石川 哲也(イシカワ・テツヤ)

放射光科学研究センター センター長

求められるアップグレード

私たち人類は顕微鏡や望遠鏡を発明し、生物が細胞からできていることや、宇宙の中心が地球ではないことを知った。新しい「道具」は、科学の新たな扉を開いてきたのだ。

SPring-8も、1997年の共用開始以来、X線で極小の世界を分析する「道具」として世界最高レベルの性能を誇り、半導体の構造解析や光合成の反応過程の解明、多孔性材料の開発や評価、小惑星リュウグウの試料分析、三角縁神獣鏡の分析など、物質科学・生命科学から考古学に至る幅広い分野で課題解決に貢献してきた。

SPring-8の仕組み
ほぼ光速に加速した電子の進路を磁石で曲げることで、強く明るいX線(放射光)を発生させる。その明るさはレントゲンの1,000万倍以上に達し、通常の顕微鏡では見えないナノサイズの微細構造を観察できる。電子を発生し加速する入射器と、その電子を周回させる1周約1.5キロメートルの「蓄積リング」などから成り、放射光を用いて実験できる場所(ビームライン)がリングに沿って約60カ所ある。
SPring-8の仕組みの図

図1 SPring-8の仕組み

国内で最先端の放射光施設が利用できる重要性は、特に産業界にとって大きい。

その一例が低燃費タイヤの開発を支えたゴムの内部構造解析だ。国内に最先端施設があればこそ、データや技術を守りながら研究を進めることができた。石川 センター長は、「SPring-8があったからこそ開発が進められた」と胸を張る。

とはいえ、SPring-8も共用開始から30年近くが経過したうえ、海外では次世代型へのアップグレードや新規建設の動きが盛んになった。そこで、SPring-8も高性能化に向けた大規模改修が決まったのだ。

1ナノメートル以下を「見る」

SPring-8-Ⅱは、これまでのSPring-8と何が違うのだろうか。

最大の変化は、放射光の輝度(明るさ)が従来の100倍以上になることだ。これは、蓄積リングを周回している時に水平方向に広がってしまう電子ビームを、最新技術で点状に絞り込むことによって実現する。太陽光を虫眼鏡で一点に集めるのと同じ原理である。

「明るくなればなるほど、細かいところまで鮮明に見えるようになります」。どれだけ小さい世界を見ることができるかを示す実用空間分解能は、従来の50ナノメートル(nm、1nm=10億分の1m)から1ナノメートル以下へと飛躍的に向上する見込みだ。

これにより、回路の線幅が2ナノメートル級の次世代半導体の微細な3次元構造を壊さずに観察したり、動作中の燃料電池内で起きている化学反応を原子のレベルでリアルタイムに捉えたりすることが可能になる。

消費電力をほぼ半減

消費電力をほぼ半分にするという省エネ化も大きな特徴だ。

電子ビームの絞り込みに成功したため、蓄積リング内で電子を周回させるエネルギーを8GeV(ギガ電子ボルト)から6GeVに抑えることができる。さらに、入射器の変更や、電子の進路を曲げるための電磁石を永久磁石に置き換えることなどによって大幅な省エネが実現する(図2)。

SPring-8-Ⅱが挑む課題として、エネルギーや環境問題など持続可能な社会を実現するための「グリーン」な研究が多く想定される。その過程で大量のエネルギーを消費していては、いくらグリーンな研究成果を得ても説得力がない。施設自体のグリーン化は必須なのだ。

電子ビームの極小化の図

図2 電子ビームの極小化

「データ駆動」で科学を変える

SPring-8は2027年の夏に運転を停止し、約1年かけて装置の入れ替えを進める。SPring-8-Ⅱとしての共用開始は2029年度の予定だ。

SPring-8-Ⅱのプロトタイプの図

図3 SPring-8-Ⅱのプロトタイプ

パワーアップしたSPring-8-Ⅱには、道路のアスファルトの劣化解析や、地球温暖化に対応する米の品種改良など、SPring-8が成果を積み上げてきた社会インフラや農業分野においてもいっそうの貢献が期待される。

そして「見えなかったものが見えるようになるだけでなく、放射光が利用されていなかった分野への応用拡大も期待される」(石川 センター長)という。

放射光が明るくなることによって、同じ時間で得られる情報量が格段に増え、測定時間を大幅に短縮できるのが、その理由だ。従来は放射光を利用しようという発想がなかったり、利用が現実的ではなかったりした分野への応用が広がるのだ。

さらに、SPring-8-Ⅱは科学そのものを変える可能性を秘める。従来の科学は、仮説を立て、その仮説を検証するために実験をデザインしていた。SPring-8-Ⅱが存在する未来には、「得られるデータをすべて得て、そこから法則性を見いだす」という「データ駆動科学」が本格化する。

SPring-8の整備が始まった三十数年前からともに歩んできた石川 センター長は、こう話す。

「『あるといいね』だった放射光施設は、SPring-8によって今や『ないと困る』施設になりました。SPring-8-Ⅱはさらに『なくてはならない存在』になることでしょう」

世界中の研究者が、2029年度の共用開始を待ち望んでいる。

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