2022年12月、物理学を研究する夫とフランスから来日したアメリ・デュクロワ基礎科学特別研究員。植物がストレスを受けたときにできる異常なタンパク質を処理する小胞体ストレス応答(UPR)を研究しています。「日本でずっと暮らしたい」と語るフランス人研究者を、とりこにした植物と日本の魅力とは。
植物の環境ストレス対応と向き合う
「私が植物の小胞体ストレス応答を対象に研究する理由は、この応答が植物が生きていくために不可欠な"サバイバル戦略"だから。動けない植物が持つ、その巧みな戦略にとても興味があります」とデュクロワ 基礎科学特別研究員。例えば、植物は熱によるストレスを受けるとタンパク質がつくられる過程で過ちが生じ、小胞体内に異常なタンパク質が蓄積する。その結果、生存に危険が及ぶ。そのとき、小胞体ストレス応答によって、異常タンパク質を排除する仕組みが強化され、ストレスが軽減される。
2022年に発表された研究で、熱ストレスの代わりに、ある種の抗生物質を使って植物に異常なタンパク質をつくらせることが可能となった。また、そのとき、どのような遺伝子が発現しているかが解析された。これらはフランスの研究所での業績で、「熱ストレスは細胞膜など、小胞体だけでなく、細胞の他の部分にも影響することが分かりました。薬でストレスを起こせるようになったので、小胞体ストレス応答の解明に役立つモデルになるでしょう」。
子どものころから動植物が大好き。高校のとき理科の授業でDNAを知った。特に、「DNAの特定の塩基配列を認識して切断する制限酵素に、どうしてこんなことができるのだろう?と感銘を受け、生物学の研究者を目指すと決めたのです」。
日本の美しさを楽しむ
海外への憧れは常にあった。「休暇を取って海外旅行をするのは楽しいですが、その国の文化を深く理解するには休暇だけでは短すぎます」。まったく違う文化の国で暮らしてみたいとの思いが強く、その一つが日本だった。直接のきっかけはフランスで研究していた頃、同じ研究室に理研在籍経験のある研究者がいたこと。理研のウェブサイトを見て、研究環境も研究レベルも、世界的にみて素晴らしく高く、さらに植物の小胞体ストレス応答の研究は日本が進んでいることが決め手になった。
大学時代に知り合った夫は物理学を専攻。2人とも日本に興味があり、夫も日本で研究職を見つけ2022年12月、一緒に来日した。
「日本での暮らしは大満足」。美しいものを見るのが大好きだからだ。「例えば、金沢の金箔工芸品や加賀水引(かがみずひき)、手まりは素晴らしい。着物の染色の工程も見学しました」と金沢での思い出を振り返る。
「東京では上野が好き」。池があって植物が豊か、博物館や美術館もある。「フランスにはないもの、興味深いものがたくさんあります」。日本食も大好きで自分でもつくる。得意はなめこのみそ汁。塩ラーメンが好きだが、最近は上野にある鴨とねぎのラーメン屋さんがお気に入りという。
休日にはなるべく研究のことは考えない。「美しさを楽しむことに没頭する時間を大切にしたいのです」。
温暖化による収量減を解決したい
小胞体ストレス応答は熱だけでなく、乾燥や高温といったさまざまな環境ストレスに対する植物の耐性を高める。地球温暖化の影響で農作物の収量が少なくなることが懸念されているが、小胞体ストレス応答の研究が解決のヒントとなるかもしれない。自身の研究の幅をさらに広げて、植物と細菌の共生にも取り組みたいという。もともと根粒菌と共生しているマメ科の植物は、窒素肥料に頼らなくても栽培できる。多くの研究者によって研究が発展し、稲や小麦、トウモロコシなど主要作物であるイネ科の植物で共生できれば、窒素肥料の大幅な削減につながり温暖化防止にも役立つのも夢ではない。小胞体ストレス応答の研究が根粒菌の利用の効率化に繋がる可能性も大いにある。
母国フランスは欧州を代表する農業大国。自身の研究を日仏両国で課題解決に活かせればと思う。「最終的な目標を達成するのはとても難しく、何年もかかるでしょう。もし私が取り組んでいる小胞体ストレス応答の研究が貢献できるならとても幸せ。そしてもう一つ。私も夫も日本で働き続けたいと願っています」。
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