2009年3月30日
理化学研究所
蛍光細胞周期プローブ「Fucci」を組み込んだマウスの提供開始
- 理研とAmalgaam社が生物遺伝資源寄託同意書を締結 -
ポイント
- 4月1日から、非営利機関による学術研究に限り、Fucciマウスを実費で提供
- 細胞周期を2色の蛍光タンパク質(Amalgaam社製品)で可視化できる形質転換マウス
- Fucciマウスの普及により、ライフサイエンス研究が大幅に加速
概要追加
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)とAmalgaam(アマルガム)有限会社[1](辻井伸治社長)は、非営利機関による学術研究を対象として、蛍光タンパク質により細胞周期[2]をリアルタイムに観察できる「Fucci(フーチ)」技術を組み込んだマウス(Fucciマウス)の提供受付を4月1日から開始します。
2008年のノーベル化学賞が、蛍光タンパク質の発見と開発に対して授与されたように、蛍光タンパク質の利用は今日のライフサイエンス研究に不可欠な技術です。Fucciは、理研脳科学総合研究センターの宮脇敦史チームリーダーらが2008年に開発した細胞周期観察のための蛍光プローブ[3]で、細胞周期の異なる時期に存在する2種類のタンパク質の調節領域をコードする遺伝子と、理研とAmalgaamで共同開発した赤および緑色の蛍光タンパク質(mKO2およびmAG)をコードする遺伝子を結合した融合遺伝子です。がんや発生・再生の研究では、細胞周期進行に伴う細胞増殖の状況を個体レベルで逐次観察する技術の開発が切望されてきました。Fucciマウスはこの要望に応える革新的な研究ツールといえます。これまで、Fucciマウスを使って、発生過程の神経細胞の分化・移動における細胞周期の進行がリアルタイムで観察されています。
Amalgaam社は、自社製品の蛍光タンパク質mAGおよびmKO2を組み込んだFucci技術の普及を促進するため、理研より非独占的なライセンス許諾を受け、世界的なマウスリソースセンターである理研バイオリソースセンター(理研BRC、小幡裕一センター長)に配布を依頼しました。理研BRCとAmalgaam社はFucciマウスに関する生物遺伝資源寄託同意書(MTA)を2008年に締結し、理研BRCの実験動物開発室(吉木淳室長)から、非営利機関における学術研究に対しての実費提供が可能となりました。
Fucciマウスの提供希望者は、Amalgaam社からの提供承諾書を得て、理研BRCと生物遺伝資源提供同意書(MTA)を取り交わした後、提供を受けることができます。提供は非営利事業として行われ、提供希望者は実費として提供手数料を理研BRCに支払います(マウス個体1匹の場合8,715円)。理研BRCは、Fucciマウスを国際的なマウスデータベースIMSR[4]に登録し、海外の非営利学術研究への普及も図ります。
背景
細胞は、多くのタンパク質分子が参加するネットワーク制御のもと、細胞周期を規則正しく進行させています。特定の時期に機能すべきタンパク質は、常に合成される一方、機能すべきでない時期になるとすみやかに分解されます。そこで、理研脳科学総合研究センターの宮脇敦史チームリーダーらは、細胞周期に従って分解されるタンパク質群に着目し、細胞周期に則して蛍光を発するようなプローブを作製し、このプローブを導入して細胞周期を観察するFucci(Fluorescent ubiquitination-based cell cycle indicator)技術を開発しました(図1、2008年2月8日プレスリリース)。
理研BRCは、“信頼性”、“継続性”、“先導性”を事業のモットーに、戦略的かつ継続的にバイオリソース整備を実施しています。理研BRC実験動物開発室は、マウスの収集・保存・品質管理・提供やマウスリソースに関する世界最先端の技術開発を行う公的マウスリソースセンターで、2002年から文部科学省が展開するナショナルバイオリソースプロジェクト[5]の中核機関として活動しています。現在では、米国のジャクソン研究所(TJL)[6]、欧州マウスミュータントアーカイブ(The European Mouse Mutant Archive:EMMA)[7]とともにマウスリソースの世界三大拠点のひとつとなっています。
これまで、Amalgaam社の許諾を得て正式にFucciマウスを供給する公的機関がなかったため、利用希望が殺到しているにも関わらずFucciマウスの普及が遅れていました。今回理研は、Amalgaam社とFucciマウスの寄託同意書を締結し、理研BRCから国内外の非営利機関に対して、Fucciマウスを実費のみで提供する体制を整えました。今後、理研BRCは、純国産の優れた技術の代表ともいえるFucciマウスの安定供給を目指します。
提供事業について
(1)提供するマウスの系統
理研BRCでは、主に国内の研究者が開発してきた、ライフサイエンス研究に有用なマウス系統を収集、保存し、品質管理を施した上で、高品質な実験動物として国内外の研究者に提供しています。今回、提供を開始するFucciマウスは、遺伝子操作により作出されたトランスジェニックマウスで、組換え生物に該当します。細胞周期を個体レベルで赤と緑の2色の蛍光タンパク質により観察可能で、脳・神経、がん、発生・再生などの幅広い研究分野で有用なマウス系統です(図2)。
(2)提供を受けるための条件
無償提供の対象となるのは、以下の条件に当てはまる場合です。
- 大学などの非営利団体に所属し、かつ、非営利の学術研究に限ります。当該リソースの営利目的での利用(営利団体による利用、非営利団体が営利団体から直接・間接を問わず資金などを受けて実施する研究、非営利団体と営利団体との共同研究、非営利団体による特許取得・ライセンス契約等の行為など)については、提供に先立ちAmalgaam社との間で別途、使用許諾に係る契約締結を行う必要があります。
- 利用者は、事前にAmalgaam社からの提供承諾書を得ます。
- 研究成果の公表に当たっては、寄託者の指定する文献を引用します。
- Sakaue-Sawano, A., et al., Cell 132, 487-498 (2008)
- Niwa, H., et al., Gene 108, 193-200 (1991)
(3)提供までの流れ
提供希望者は、提供を受けるまでに以下の手続きが必要となります。
- 1.理研BRCホームページから提供申込に必要な書類をダウンロードし、必要事項を記入して、理研BRCへ送ります。
提供申込に必要な書類等:- 生物遺伝資源提供同意書(MTA)(理研BRCへ2部提出し、1部は理研BRCより提供希望者に返送)
- 提供依頼書
- 「遺伝子組換え実験承認書」もしくは「計画書」の写し
- Amalgaam社からの提供承諾書の写し
- 2.必要書類に不備がなければ、理研BRCはFucciマウスの発送作業を開始します。
- 3.Fucciマウスの到着後、理研BRCから請求書が届き、提供希望者は記載額を支払います。
(4)提供形態
Fucciマウスは当面、マウス個体(生体)として提供を行います。提供は非営利事業として行いますが、実費として、マウス個体1匹あたり8,715円が必要です。ただし、別途送料や輸送箱代などが加算されます。凍結胚・精子による提供を希望する場合は、理研BRCへ別途相談することとなります。
今後の展開
Fucciマウスのような優れた技術を含むマウス系統を保有する企業は、理研BRCと寄託同意書を締結することにより、理研BRCを通じて国内外の利用希望者にマウス系統を分与することが可能となります。これにより、開発したマウス系統の利用が促進でき、研究成果のフィードバックが得られ、マウス系統の新たな利用方法の開発や付加価値向上につながります。理研BRCの活用方法は、以下のとおりです。
- 1.寄託の希望を理研BRCまで連絡します。後日、寄託に関する案内と寄託に必要な書類が届きます。
寄託に必要な書類:- 生物遺伝資源寄託同意書(MTA)(理研BRCに2部提出し、1部は理研BRCより寄託希望者に返送)
- 系統のデータシート
- 遺伝子組換え生物の情報
- 2.生物遺伝資源寄託同意書の締結を行います。
- 3.マウス系統の輸送日程や方法などを相談して決定します。輸送容器は理研BRCから発送し、引き取りも手配します。輸送費用は理研BRCが負担します。
- 4.微生物・遺伝子などの品質検査を終え、理研BRCからの提供が可能になれば、理研BRCのホームページやIMSRを通じて、提供可能系統として公開します。
お問い合わせ先
独立行政法人理化学研究所 バイオリソースセンター 実験動物開発室
室長 吉木 淳(よしき あつし)
Tel: 029-836-9193 / Fax: 029-836-9010
筑波研究推進部企画課
猿木 重文(さるき しげふみ)
Tel: 029-836-9136 / Fax: 029-836-9100
Amalgaam有限会社 技術開発部
部長 唐澤 智司(からさわ さとし)
Tel: 03-5943-2311 / Fax: 03-5248-2930
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.
- Amalgaam(アマルガム)有限会社
- 本社所在地は東京都板橋区板橋2-9-3。資本金3,000,000円。2003年10月1日設立。辻井伸治社長。蛍光タンパク質の新たな産業利用を目指して事業を展開している。
- 2.
- 細胞周期
- 細胞は、分裂を繰り返して増殖するが、この細胞分裂のサイクルを細胞周期と呼ぶ。細胞周期は、分裂が起こるM(Mitosis)期と、DNAの複製が起こるS(Synthesis)期、それぞれの間をつなぐG1(Gap1)期、G2(Gap2)期からなり、サイクルはG1→S→G2→M→G1→…の順に進む。
- 3.
- 蛍光プローブ
- 蛍光を利用して、生体内の特定の物質を検出する材料や方法。タンパク質を利用した多くの有用な蛍光プローブが開発されている。
- 4.
- IMSR
- 理研BRCなどの世界各国の中核的なマウスリソース機関は、国際連盟Federation of International Mouse Resources(FIMRe)による連携を行っている。その連携のひとつが、世界の研究者が誰でも利用できるマウス系統に関する共通のデータベース IMSR(International Mouse Strain Resources)である。IMSRにより、どのマウスがどのFIMRe参画機関によって提供されているかを検索することができる。
- 5.
- ナショナルバイオリソースプロジェクト
- ライフサイエンス研究の基礎・基盤となるバイオリソース(動物、植物など)について収集・保存・提供を行うとともに、バイオリソースの質の向上を目指し、保存技術の開発、ゲノム等解析によるバイオリソースの付加価値向上により時代の要請に応えたバイオリソースの整備を行う、文部科学省が展開する国家プロジェクト。2002~2006年の第1期が終了し、現在、2007~2011年度の第2期にあたる。
- 6.
- ジャクソン研究所(TJL)
- 1929年に設立された、世界で最も歴史が古くかつ最大規模のマウスリソース機関。代表的な近交系マウスから遺伝子操作系統まで、4,000系統以上のマウスを世界中に向けて提供している。
- 7.
- 欧州マウスミュータントアーカイブ(The European Mouse Mutant Archive:EMMA)
- 欧州7カ国の10研究機関からなるマウスリソース機関連合。1,000系統以上のマウスを収集・保存し、世界中に向けて提供している。
図1 Fucci技術により、細胞周期の進行に応じて細胞の核の色が変化する様子
図2 胎生13日のマウスの大脳皮質の組織を蛍光観察した例
(上左) ダブルトランスジェニックマウス(504Bsi/596Bsi)の大脳皮質。Ventricular Zone (VZ)では盛んに細胞増殖が起こり(緑)、表層のCortical Plate(CP)では分化を終えたニューロン(赤)が層状に配列している。
(上中) G1期の核が赤い蛍光を発するトランスジェニックマウス(596Bsi)の大脳皮質を抗PCNA抗体(青)で染色した像。PCNAはS/G2/M期の核に存在するタンパク質。
(上右) Brdu投与した胎仔の大脳皮質組織を抗Brdu抗体により蛍光染色した像。BrduによりS期の細胞が選択的に標識される(緑)。
(下) 胎生11.5日のダブルトランスジェニックマウス(504Bsi/596Bsi)の全体像。全身で細胞周期の進行が観察できる。