理化学研究所(野依良治理事長)は、文部科学省の委託事業「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発※1(以下ライフサイエンス・グランドチャレンジ)」(統括責任者: 茅幸二 理研プログラムディレクター)の成果の活用を目的に、第一三共株式会社(中山讓治代表取締役社長)と6月26日に共同研究契約を締結しました。
共同研究では、ライフサイエンス・グランドチャレンジの6つの研究開発チームのうち、分子スケール研究開発チーム(木寺詔紀チームリーダー)が開発中のソフトウェアの1つである、全原子分子動力学シミュレーションソフトウェア「MARBLE(マーブル)※2」を使用します。世界トップレベルの計算性能を誇るスーパーコンピュータ「京」の能力を最大限に活用し、社会的ニーズの高い医薬品などの機能分子を合理的に創製する手法の開発に取り組んでいきます。
背景
有効な医薬品がいまだに見つかっていない難病の存在や、さらなる高齢化社会の進展により、わが国は新しい医薬品の開発に早急に取り組む必要に迫られています。一方、構造生物学の急速な発展は、生体内で働くタンパク質の機能を原子レベルの立体構造で理解可能となりました。医薬品など機能分子の作用メカニズムについても、原子レベルでの研究が進んでいます。こうした研究では、スーパーコンピュータを用いた大規模なシミュレーションが不可欠です。
ライフサイエンス・グランドチャレンジの6チーム(分子スケール研究開発チーム、細胞スケール研究開発チーム、臓器全身スケール研究開発チーム、データ解析融合研究開発チーム、脳神経系研究開発チーム、および生命体基盤ソフトウェア開発・高度化チーム)では、ライフサイエンス・医療分野の先進ソフトウェア約30個を対象に2006年10月から研究開発を進めてきました。理研は、2011年11月にスーパーコンピュータ「京」で、当初の性能目標である10.51ペタフロップスを達成しており、スーパーコンピュータ「京」は2012年9月末から共用が開始される予定です。これにより、「京」を活用したライフサイエンス・医療分野の先進ソフトウェア群を使ったシミュレーションが可能な環境が整うことになります。
共同研究の概要
理研と第一三共との共同研究の目的は、ライフサイエンス・グランドチャレンジで開発を進めてきた先進ソフトウェアを利用して、医薬品などの機能分子の創製手法を開発していくことにあります。今回、約30個の先進ソフトウェアの中から、分子スケール研究開発チームの池口満徳横浜市大准教授が開発してきた、生体分子の作用メカニズムの詳細な理解を目的とした全原子分子動力学シミュレーションソフトウェア「MARBLE」を使用します。共同研究では、理研の持つスーパーコンピューティング基盤技術と、MARBLEの研究開発を行っているライフサイエンス・グランドチャレンジの基礎研究能力、および第一三共の持つ創薬研究能力を組み合わせることで相乗効果を上げていきます。
各社概要
(1)独立行政法人理化学研究所
独立行政法人理化学研究所は、科学技術(人文科学のみに係るものを除く)に関する試験および研究などの業務を総合的に行うことにより、科学技術の水準の向上を図ることを目的とし、日本で唯一の自然科学の総合研究所として物理学、工学、化学、生物学、医科学などにおよぶ広い分野で研究を進めています。研究成果を社会に普及させるため、大学や企業との連携による共同研究、受託研究などを実施しているほか、知的財産権の産業界への技術移転を積極的に進めています。
(2)第一三共株式会社
第一三共グループは、「革新的な医薬品を継続的に創出し、多様な医療ニーズに応える医薬品を提供することで、世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」ことを企業理念に掲げております。世界中で多くの患者の皆さまに服用いただいている高血圧症、高コレステロール血症、感染症領域の薬剤に続き、次代のフランチャイズとして血栓症領域の新薬に取り組んでおります。さらには研究の重点疾患領域として「がん」「循環代謝」を定め、新薬創出に向けて取り組みを強化しております。
また、第一三共グループは、患者・医療関係者等の皆さまの多様なニーズに対応するべく、"ハイブリッドビジネス"を推進し、イノベーティブ医薬品(新薬)に加え、エスタブリッシュト医薬品(ジェネリック薬等)、ワクチン、OTC医薬品の事業をそれぞれ強化しております。詳細については、第一三共株式会社ホームページをご覧ください。
お問い合わせ先
独立行政法人理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部 横断プログラム推進室
次世代計算科学研究開発プログラム担当
Tel: 048-462-1488 / Fax: 048-462-1220
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.
- 文部科学省委託事業「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」
-
平成18年度から文部科学省が進めている「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトでは、
①世界最先端・最高性能のスーパーコンピュータ「京」の開発・整備
②スーパーコンピュータ「京」を最大限活用するためのソフトウェア(グランドチャレンジ・アプリケーション)の開発・普及
③スーパーコンピュータ「京」を中核とする世界最高水準のスーパーコンピューティング研究教育の拠点の形成
を推進している。
この中で、理研の次世代計算科学研究開発プログラムでは、国内の大学・研究機関の研究者の参加のもと、文部科学省委託事業「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」の研究開発拠点を担っている。具体的には、分子レベルから全身レベルまで生体内で起こるさまざまな現象を統合的に理解するため、基礎原理に基づいて現象に迫る「解析的アプローチ」と、大量の実験データから未知の経路と法則に迫る「実験データから解析へのアプローチ」の2つを統合的に進めることを目標にしている。スーパーコンピュータ「京」での利用を目指した超高並列アプリケーション・ソフトウェアの開発と、実験およびコンピュータシミュレーションが一体となって初めて可能となる新しい知見の獲得に取り組んでいる。
- 2.
- MARBLE(マーブル)
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タンパク質や核酸など生体分子の立体構造で水素まで含んだ全原子モデルを解く分子動力学ソフトウェアで、膜タンパク質が大規模に構造変化する様子もシミュレーションできる。開発責任者は、ライフサイエンス・グランドチャレンジの分子スケール研究開発チームの池口満徳横浜市大准教授。なお医薬品など機能分子の合理的な創製に必要な高精度の自由エネルギー計算を可能にするため、MARBLEには、京都大学の松林伸幸准教授が開発したエネルギー表示法を組み合わせる。
ライフサイエンス・グランドチャレンジ終了の2012年度末以降も、MARBLEの研究開発は文部科学省の HPCI戦略プログラム※3「分野1:予測する生命科学・医療および創薬基盤」の中で、またエネルギー表示法の研究開発は「分野2:新物質・エネルギー創成」の中でさらなる高度化を図っていく計画である。
- 3.
- HPCI戦略プログラム
-
HPCI戦略プログラムは、「京」の能力を最大限に活用して世界最高水準の研究成果を創出するとともに、その分野において計算科学技術推進体制を構築する取組を支援するために実施されるプロジェクト。
2009年に文部科学省が社会的・学術的に大きなブレークスルーが期待できる分野として以下の5分野を決定した。- 分野1 予測する生命科学・医療および創薬基盤
(実施機関:理化学研究所) - 分野2 新物質・エネルギー創成
(実施機関:東京大学物性研究所、分子科学研究所、東北大学金属材料研究所) - 分野3 防災・減災に資する地球変動予測
(実施機関:海洋研究開発機構) - 分野4 次世代ものづくり
(実施機関:東京大学生産技術研究所、宇宙航空研究開発機構、日本原子力研究開発機構) - 分野5 物質と宇宙の起源と構造
(実施機関:筑波大学、高エネルギー加速器研究機構、国立天文台)
- 分野1 予測する生命科学・医療および創薬基盤