2014年8月12日
独立行政法人理化学研究所
米国国立高磁場研究所
理研ライフサイエンス技術基盤研究センターと米国国立高磁場研究所が研究協力の推進に合意
-新型NMRの共同開発をはじめとする高温超伝導分野の発展に期待-
理化学研究所(理研、野依良治理事長)ライフサイエンス技術基盤研究センター(CLST、渡辺恭良センター長)と米国国立高磁場研究所(NHMFL、グレゴリー・ベービンガー所長)は、新型NMR(核磁気共鳴装置)[1]開発を行うための研究協力を推進することで合意し、8月8日(現地時間)米国において、覚書を交わしました。
今回合意した研究協力には、研究者の交流、次世代を担う研究者の教育訓練の共同実施なども含まれます。
覚書をもとに、2014年中にも、高温超伝導技術の応用による超高磁場NMRの開発に向けた共同研究契約が締結される予定です。共同研究は、独立行政法人科学技術振興機構 研究成果展開事業戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)の支援により実施されます。
高温超伝導技術分野では、世界的な開発競争が進んでいます。同技術の開発における世界的拠点である2者が連携して研究開発に取り組むことで、超高磁場NMRの開発で世界を先導する役割を果たすことが期待されます。
背景
NMRは、タンパク質などの生体高分子の立体構造解析、有機化学や材料研究など幅広い分野に利用されている分析装置です。NMRの感度と分解能は、試料にかける磁場の強さで決まります。かける磁場の強さに比例して試料測定に使う電波の周波数が高くなることから、NMRの磁場の強さを電波の周波数で表すのが通例になっています。これまでの低温超伝導ワイヤを用いた超伝導コイルでは、周波数1GHzに対応した磁場の強さ(23.5テスラ)が限界とされ、また高磁場化に伴う装置の大型化も課題となっています。そこで、高温超伝導技術を用いることにより、従来の限界を超える高磁場・高感度のNMRの開発が期待されています。
経緯
理研横浜キャンパスのNMR施設(前田秀明施設長)は、わが国における構造生物学研究の中核的研究拠点(COE)としての「構造生物学研究センター」構築を目的に建設・整備が進められ、2000年に開設されました。現在では、900MHzをはじめとした高性能NMR装置10台を擁する世界最大規模のNMR集積施設となっています。
NMR施設は、2013年から理研ライフサイエンス技術基盤研究センター(CLST)の下で運用されており、文部科学省「先端研究基盤共用・プラットフォーム形成事業」の「NMR共用プラットフォーム」に採択され、代表機関として国内の他のNMR施設と連携協力しながら、NMR技術領域の利用と発展を先導するとともに、最先端技術開発の基盤として装置開発・技術開発を行っています。2013年には、極薄高温超伝導ワイヤを開発し、NMR開発のみならず高温超伝導分野でも注目されました注)。
米国フロリダ州にある米国国立高磁場研究所(NHMFL:National High Magnetic Field Laboratory)は、世界最大の高磁場研究所で、共同利用施設として定常磁場実験を行える世界最高の45テスラハイブリッド磁石を備えています。より高い磁場を発生できる技術開発に注力し、新しい高温超伝導線材の開発とそれを用いた磁石開発で世界をリードしてきました。さらに、独自開発した900MHz NMR装置なども所有し、これらを利用した研究も進めています。
これまでNMR施設の前田秀明施設長は、NHMFL応用超伝導センターのデイビッド・ラバレステイア センター長らと、国際会議などを通じて超高磁場のNMRに応用可能な高温超伝導技術についての意見交換を行ってきました。NHMFLは高温超伝導線材のビスマス-2212線材のコイルを開発できる世界で唯一の機関です。一方、理研は、レアアース系の高温超伝導線材のコイル開発と、それを利用したNMRの開発技術とノウハウを有します。
今回、両者が包括的な研究協力体制を構築し、お互いの先端技術を組み合わせた共同研究を実現することで、今後のNMR研究の発展と高温超伝導分野の技術革新に大きく貢献するとの認識で一致しました。
注)2013年8月12日プレスリリース「絶縁部分が4μmの次世代高温超伝導ワイヤを開発」
研究協力の内容と今後の期待
CLSTとNHMFLは、研究者の交流を含む国際共同研究、セミナーやワークショップを通じた人的交流、研究材料や情報の交換、次世代を担う研究者やポスドクの教育訓練の共同実施など包括的な協力関係を結ぶことで合意し、2014年8月8日(米国時間)に米国フロリダ州タラハシーのNHMFLにて覚書を交わしました。この覚書のもとで行われる共同研究の1つとして、高温超伝導技術の応用による高超磁場NMRの開発が予定されています。
共同研究の第一段階は、NHMFLによるビスマス-2212高温超伝導線材を用いたNMR用新型コイルの製作です。一般的にはこのような新技術を用いたコイルの試験は、磁場強度の値を測定する実験となりますが、さまざまな機器への応用や技術の将来性を評価するには、磁場の精度やシステムとしての成立性などに関して、より実用的な性能試験が求められます。理研は、レアアース系やビスマス-2223といった高温超伝導線材のコイルを用いたNMRの試験機のシステムを、世界に先駆けて開発している実績があります。そこで共同研究では、NHMFLが製作した新型コイルを理研のNMRに組み込み、両機関の研究者が実際にタンパク質試料などの解析を行うことで、その実用的な性能を評価することを目的とします。これにより、新型コイルの性能の精密な評価ができ、改良やさらなる磁場強度の向上、NMRに応用可能な高温超伝導技術の評価法の標準化などにつながる成果が得られる可能性があります。理研におけるNMR試験の開始は2015年8月を予定しています。
高温超伝導技術は、リニアモーターカーやMRI(核磁気共鳴)、加速器などさまざまな先端機器への応用が期待されていますが、中でもNMRは、最も精密な磁場が要求される装置です。したがってNMRで実績を得た高温超伝導技術は、他の装置への応用も十分可能な技術として期待できます。今回の共同研究は、NMR開発に限らず、高温超伝導分野そのものの進展に大きく貢献すると期待できます。
共同研究についてのコメント
米国NHMFL応用超伝導センター デイビッド・ラバレステイア センター長)
“It will be a huge pleasure working with Professor Maeda’s group who have led the application of high temperature superconductors to NMR magnet applications. The opportunity to test a coil made from Bi-2212 optimized using the special overpressure process developed at the NHMFL will be a very exciting step towards the goal that we both share, superconducting NMR magnets operating at well over 1 GHz.”
(日本語仮訳)
高温超伝導のNMRへの応用を主導してきた前田先生のグループと共同研究ができることはとても光栄です。NHMFLで開発した独自のオーバープレッシャー法(訳注:熱処理の時に100気圧近い圧力をかけることで高温超伝導線材の熱処理時の特性劣化(破裂)を防ぐ方法)を用いたビスマス-2212コイルのテストが実現するのです。これは、1GHzを超える周波数で運転する超伝導NMR磁石を開発するという、NHMFLと理研の共通のゴールに向けた、わくわくするような一歩になるでしょう。
前田秀明施設長(理研CLST NMR施設):
わが国では文部科学省が先導して、高温超伝導を用いた装置の開発が進められています。NMRは最も有望です。高温超伝導を使うことにより、これまでは作れなかった高い磁場が実現できるので、NMR技術に大きなインパクトがあります。わが国でこの分野をリードする理化学研究所と、米国の高温超伝導技術のリーダーである高磁場研究所が研究協力することにより、NMRにとどまらず、高温超伝導技術における世界的なリーダーシップを発揮できる関係が構築できると期待しています。
発表者
独立行政法人理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 構造・合成生物学部門
NMR施設 施設長 前田 秀明 (まえだ ひであき)
基礎科学特別研究員 柳澤 吉紀 (やなぎさわ よしのり)
上級研究員 高橋 雅人 (たかはし まさと)
問い合わせ先
ライフサイエンス技術基盤研究推進室
Tel: 045-503-7091 / Fax: 045-503-9113
報道担当
独立行政法人理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター
チーフ・サイエンスコミュニケーター 山岸 敦 (やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.
- NMR(核磁気共鳴装置)
- 原子核には核スピンがあり、これがゼロではない水素や炭素原子は強い磁場の中に置かれると、2つのエネルギー状態に分かれることが知られている。このエネルギー差に相当する電磁波を当てると、共鳴現象が起きて電磁波が吸収される。その振動数は、原子核の種類と磁場の強さで決まるが、原子核の周りの電子の状態に影響されるので、周辺の電子の分布や原子の結合状態を知る手がかりになる。従って、NMRは分子構造の決定手段として利用される。
米国NHMFLで記念講演を行う前田秀明施設長(米国東部時間2014年8月8日)
覚書調印式(米国東部時間2014年8月8日)
左:米国国立高磁場研究所(NHMFL)グレゴリー・ベービンガー所長
右:NHMFL応用超伝導センター デイビッド・ラバレステイア センター長