2020年8月21日
理化学研究所
情報通信研究機構
大阪大学
株式会社エムティーアイ
筑波大学
東京大学
科学技術振興機構
30秒ごとに更新するゲリラ豪雨予報
-首都圏でのリアルタイム実証実験を開始-
理化学研究所(理研) 計算科学研究センターデータ同化研究チームの三好建正チームリーダー、情報通信研究機構 電磁波研究所リモートセンシング研究室の佐藤晋介研究マネージャー、大阪大学 大学院工学研究科の牛尾知雄教授、株式会社エムティーアイ ライフ事業部気象サービス部の小池佳奈部長、筑波大学 計算科学研究センターの朴泰祐教授、東京大学 情報基盤センターの中島研吾教授らの共同研究グループは、2020年8月25日から9月5日まで、首都圏において30秒ごとに更新する30分後までの超高速降水予報のリアルタイム実証実験を行います。
本研究成果は、近年増大する突発的なゲリラ豪雨[1]などの降水リスクに対して、コンピュータ上の仮想世界と現実世界をリンクさせることで、超スマート社会Society 5.0[2]の実現に貢献すると期待できます。
共同研究グループは、2016年にスーパーコンピュータ「京」[3]とフェーズドアレイ気象レーダ(PAWR)[4]を生かした「ゲリラ豪雨予測手法」を開発しました注1)。今回、この手法を高度化し、さいたま市に設置されている情報通信研究機構が運用する最新鋭のマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)[5]による30秒ごとの雨雲の詳細な観測データと、筑波大学と東京大学が共同で運営する最先端共同HPC基盤施設(JCAHPC)のスーパーコンピュータOakforest-PACS[6]を用いて、リアルタイムで30秒ごとに新しいデータを取り込んで更新し、30分後まで予測する超高速降水予報システムを開発しました。この予測データを、理研の天気予報研究のウェブページでは30秒ごとに分割して連続的に表示します。これまでの天気予報と比べて桁違いに速い速度で更新することにより、わずか数分の間に急激に発達するゲリラ豪雨を予測できます。このリアルタイム予報は世界初かつ唯一の取り組みで、研究開発に着手した2013年10月から継続してきたさまざまな成果の集大成です。
実証実験で得る予報データは、気象業務法に基づく予報業務許可のもと、理研の天気予報研究のウェブページ(理研天気予報研究)および株式会社エムティーアイのスマートフォンアプリ「3D雨雲ウォッチ」で8月25日午後2時から公開します。
ただし、この予報は試験的に行うものであり、実用に供する気象予報に十分な精度や安定した配信環境が保証されたものではなく、利用者の安全や利益に関わる意思決定のための利用には適したものではありません。
- 注1)2016年8月9日プレスリリース「『京』と最新鋭気象レーダを生かしたゲリラ豪雨予測」
背景
近年、局地的に突発的な大雨をもたらす「ゲリラ豪雨」のリスクが高まっています。
スーパーコンピュータを使ったシミュレーションに基づく現在の天気予報は、1kmより粗い解像度で、1時間ごとに新しい観測データを取り込んで更新されます。例えば、気象庁で運用されている局地モデル(LFM)[7]は、全国を対象に解像度2kmで1時間ごとに新しい観測データを取り込んでいます。しかし、ゲリラ豪雨は、わずか数分の間に積乱雲が発生し、急激に発達するため、現在の天気予報では予測が困難です。また、1kmより粗い解像度では、ゲリラ豪雨を引き起こす積乱雲を十分に解像できません。
三好建正チームリーダーらは2016年に、スーパーコンピュータ「京」を使った解像度100mの高精細シミュレーションと、フェーズドアレイ気象レーダの双方から得られる高速かつ膨大なデータを組み合わせることで、「解像度100mで30秒ごとに更新する30分後までの天気予報」という空間的・時間的に桁違いな「ゲリラ豪雨予測手法」を開発しました。しかし当時は、本来30秒以内に完了しなければならない計算に、およそ10分かかっており、30秒ごとに送られてくるデータを時間内に処理できず、リアルタイムに動作させることはできませんでした。
また、2017年には、内閣府のSIP「レジリエントな防災・減災機能の強化」の施策として、情報通信研究機構をはじめとする研究グループが開発した世界初の実用型「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)」が、埼玉大学(さいたま市)に設置されました(図1右の赤点)。
研究手法と成果
共同研究グループは、リアルタイムの予測を実現するためのさまざまな技術的課題に取り組みました。まず、計算時間を大幅に短縮するため、スーパーコンピュータ上での大規模データの入出力を抑える工夫を行うとともに、予報モデルの計算を高速化しました。これにより、およそ10分かかっていた計算時間を20秒程度にまで短縮し、約30倍の高速化に成功しました。
また、2019年8月にシャットダウンしたスーパーコンピュータ「京」に代わり、筑波大学と東京大学が共同で運営する最先端共同HPC基盤施設(JCAHPC)のスーパーコンピュータOakforest-PACSを使用できるように、システム全体の移植を行いました。これにより、システム全体の汎用性が増しました。さらに、新しいMP-PAWRの観測データを即時にOakforest-PACSに転送するデータ取得ソフトウェアJIT-DTを開発しました。
このほか、米国国立環境予測センターの全球数値天気予報システム[8]の予報結果をリアルタイムに取得し、これを側面境界値[9]とした解像度18kmの領域(D1)から、解像度6kmの領域(D2)、解像度1.5kmの領域(D3)、解像度500mの予報領域(D4)までを4重の入れ子にして(図1)、リアルタイムに実行するための全体のワークフローを構築しました。
図1 4重の入れ子に設定したシミュレーション計算領域
左上図の領域D1(解像度18km)の内側に左下図の領域D2(解像度6km)、その内側に右図の領域D3(解像度1.5km)、さらにその内側に右図赤枠の領域D4(解像度500m)を入れ子に設定し、最も内側の領域D4で30秒ごとに更新する予報を行う。マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)の設置場所(赤点、円の中心)と探知範囲60kmの円、またその内側に40km、20kmの円を示している。
開発した超高速降水予報システムでは、雲の発生・発達・衰弱・消滅などの気象学的なメカニズムを考慮したシミュレーションを用いるため、短時間で発達するゲリラ豪雨の急激な変化を捉えます。そのため、現在実用されている気象庁の高解像度降水ナウキャスト[10]では捉えられなかった数分で急激に発達する雨雲(図2左)を、実際のMP-PAWRによる観測のように予報できます(図2中)。
また、この急発達する雨雲のすぐ西側では、雨雲が衰弱しています。気象庁の高解像度降水ナウキャストでは、この変化が捉えられず、強いままになっていますが、本予報システムでは、実際のMP-PAWRによる観測のように雨雲の衰弱を予報できることを確認しました(図2右)。
図2 2019年8月24日15:40 UTC(日本時間25日午前0時40分)における降水強度分布
- (左)気象庁高解像度降水ナウキャストの10分後予測。
- (中)本研究の予報システムの10分後予測。
- (右)さいたま市でのMP-PAWR観測。赤いほど強い雨を表す。
本研究の成果である予報データは、気象業務法に基づく予報業務許可を得て、理研の天気予報研究のウェブページ(理研天気予報研究)および株式会社エムティーアイのスマートフォンアプリ「3D雨雲ウォッチ」で8月25日午後2時から公開します(図3)。
図3 スマートフォンアプリ「3D雨雲ウォッチ」による表示例
水色、青、黄、橙、赤、紫の順に強い雨を表す。わずか5分の間に橙(時間30mm以上の豪雨)から紫(時間80mm以上の猛雨)へと急発達する雨雲を良く予報している。
ただし、この予報は試験的に行うものであり、実用に供する気象予報に十分な精度や安定した配信環境が保証されたものではなく、利用者の安全や利益に関わる意思決定のための利用には適したものではありません。
今後の期待
増大するゲリラ豪雨のリスクに対し、直前予測による対応は重要であり、コンピュータ上の仮想世界と現実世界をリンクした超スマート社会Society 5.0の好例となります。2016年に開発した「ゲリラ豪雨予測手法」が、今まさにリアルタイムに実証実験する段階となりました。今後、この実証実験の結果を分析、検証することで、実用化の加速が期待できます。
補足説明
- 1.ゲリラ豪雨
予測が困難で、不意を突いて急に局地的に降る大雨を比喩して、「ゲリラ豪雨」と呼ばれる。学術用語ではなく、定量的・客観的な定義はない。 - 2.超スマート社会Society 5.0
サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。 - 3.スーパーコンピュータ「京」
文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。2019年8月にシャットダウンした。 - 4.フェーズドアレイ気象レーダ(PAWR)
ゲリラ豪雨や竜巻などを観測するため、情報通信研究機構、大阪大学、東芝が開発した最短10秒間隔で隙間のない三次元降水分布を100mの分解能で観測することが可能な最新鋭の気象レーダ。将来的には突発的な気象災害の監視や短時間予測に役立つことが期待されている。 - 5.マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)
内閣府のSIP「レジリエントな防災・減災機能の強化」の施策として、情報通信研究機構をはじめとする研究グループが世界で初めて開発した。MPレーダの高い観測精度とフェーズドアレイ気象レーダの高速(およそ30秒で)3次元観測性能を併せ持ち、長期にわたる降雨の連続観測も可能である。 - 6.スーパーコンピュータOakforest-PACS
筑波大学計算科学研究センターと東京大学情報基盤センターが共同運営する、最先端共同HPC基盤施設(JCAHPC:Joint Center for Advanced High Performance Computing)の共同利用スーパーコンピュータシステム。米国Intel Corporationによる超高性能メニーコア型プロセッサである次世代インテル Xeon Phi プロセッサと、インテル Omni-Path アーキテクチャを搭載した計算ノードを、8,208台搭載した国内最大規模の超並列クラスタ型スーパーコンピュータ。 - 7.局地モデル(LFM)
局地モデルは、メソモデルより細かい水平格子間隔(2km)と高い頻度(1日24回[毎時])で10時間先までの予測計算を行っており、目先数時間程度の局地的な大雨の発生ポテンシャルの把握に利用されている。 - 8.全球数値天気予報システム
地球全体を対象とした数値天気予報システム。 - 9.側面境界値
計算領域の側面に与える気象変数の値。 - 10.降水ナウキャスト
観測データによる直近の降水分布の動きを捉え、それがそのまま持続すると仮定して、将来の降水分布を予測する手法。雨雲の発生や発達などの気象学的なメカニズムを考慮しないため、計算が単純で高速でできるが、予測時間が長くなると精度が急速に低下するという問題がある。
共同研究グループ
理化学研究所 計算科学研究センター
データ同化研究チーム
チームリーダー 三好 建正(みよし たけまさ)
研究員 大塚 成徳(おおつか しげのり)
基礎科学特別研究員 本田 匠(ほんだ たくみ)
特別研究員 雨宮 新(あめみや あらた)
特別研究員 前島 康光(まえじま やすみつ)
特別研究員 ジェームズ・テイラー(James Taylor)
特別研究員(研究当時) グオ-ユエン・リエン (Guo-Yuan Lien)
(現:台湾中央気象局)
複合系気候科学研究チーム
チームリーダー 富田 浩文(とみた ひろふみ)
研究員 西澤 誠也(にしざわ せいや)
特別研究員 末木 健太(すえき けんた)
客員研究員 吉田 龍二(よしだ りゅうじ)
技師 山浦 剛(やまうら つよし)
フラッグシップ2020プロジェクト
プロジェクトリーダー 石川 裕(いしかわ ゆたか)
情報通信研究機構 電磁波研究所リモートセンシング研究室
研究マネージャー 佐藤 晋介(さとう しんすけ)
大阪大学 大学院工学研究科
教授 牛尾 知雄(うしお ともお)
株式会社エムティーアイ
ライフ事業部気象サービス部
部長 小池 佳奈(こいけ かな)
スタッフ 星 絵理香(ほし えりか)
新技術開発室
室長 猪狩 一郎(いがり いちろう)
テクノロジー本部システムアーキテクト部
スペシャリスト 平野 祐一(ひらの ゆういち)
筑波大学 計算科学研究センター
教授(センター長) 朴 泰祐(ぼく たいすけ)
教授 建部 修見(たてべ おさむ)
東京大学 情報基盤センター
教授(センター長) 田浦 健次朗(たうら けんじろう)
教授 中島 研吾(なかじま けんご)
准教授 塙 敏博(はなわ としひろ)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究課題「「ビッグデータ同化」の技術革新の創出によるゲリラ豪雨予測の実証(研究代表者:三好建正)」「EBD: 次世代の年ヨッタバイト処理に向けたエクストリームビッグデータの基盤技術(研究代表者:東京工業大学 松岡聡教授、主たる共同研究者:三好建正)」、AIP加速課題「ビッグデータ同化とAIによるリアルタイム気象予測の新展開(研究代表者:三好建正)」、「富岳」成果創出加速プログラム「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測(研究代表者:佐藤正樹、協力機関分担者:三好建正)」、「ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発」重点課題「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化(研究代表者:高橋桂子、担当責任者:三好建正)」、研究教育拠点(COE) 形成推進事業「複数の災害リスク評価に基づく都市計画に資する災害科学研究(研究代表者:富田浩文)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「大気乱流および積雲対流のスケール間相互作用 (研究代表者:西澤誠也)」「次世代の天気予報での雷予報を見据えた先駆的雷気象モデルの開発(研究代表者:北海道大学 佐藤陽祐、研究分担者:本田匠)」、同若手研究「超高解像度アンサンブルシミュレーションで探るゲリラ豪雨の予測可能性限界(研究代表者:本田匠)」、「「ゲリラ豪雨」予報高精度化に向けた超高頻度・高解像度雷発光データ同化(研究代表者:前島康光)」、同若手研究(B)「対流スケールの予測可能性の理解と向上(研究代表者:大塚成徳)」による支援を受けて行われました。
また、大型計算機資源について、「京」高度化枠「データ解析とシミュレーションの融合研究のための共通基盤的研究開発(課題番号:ra000015)」「データ同化のハブ拠点形成に関わる共同研究(課題番号:ra001011)」および「計算方法組み合わせの比較・計算方法評価のための基盤的ライブラリの研究開発 (課題番号:ra000006)」、HPCI一般課題「ゲリラ豪雨予測を目指した「ビッグデータ同化」の研究(課題番号:hp150019、hp160162、hp170178、hp180062、hp190051、hp200026)」、2020年度学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点(JHPCN)公募型共同研究課題「ゲリラ豪雨予測のリアルタイム実証実験」(課題番号jh200062)、文部科学省フラッグシップ2020プロジェクト(ポスト「京」の開発)「ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題」における重点課題④「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境予測の高度化(課題番号: hp160229、hp170246、hp180194、hp190156)」による支援を受けて行われました。
発表者
理化学研究所
計算科学研究センター データ同化研究チーム
チームリーダー 三好 建正(みよし たけまさ)
情報通信研究機構 電磁波研究所リモートセンシング研究室
研究マネージャー 佐藤 晋介(さとう しんすけ)
大阪大学 大学院工学研究科
教授 牛尾 知雄(うしお ともお)
株式会社エムティーアイ ライフ事業部気象サービス部
部長 小池 佳奈(こいけ かな)
筑波大学 計算科学研究センター
教授(センター長) 朴 泰祐(ぼく たいすけ)
東京大学 情報基盤センター
教授 中島 研吾(なかじま けんご)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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情報通信研究機構 広報部 報道室
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株式会社エムティーアイ 広報室
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科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404 / Fax: 03-5214-8432
Email: jstkoho [at] jst.go.jp
JST事業に関すること
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
舘澤 博子(たてさわ ひろこ)
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