2025年9月7日(日)、47回目となる科学講演会を、日本科学未来館とYouTubeライブ配信で実施しました。今回のテーマは、「量子科学」。原子や分子といったミクロな世界では、私たちが普段見ているマクロな世界では想像できない、とても不思議で奇妙な現象が起きており、それらを記述する学問が量子科学です。量子科学の誕生から今年で100年が経ったことを記念して、量子科学に関する研究を進める3名の理研の研究者たちが、それぞれの取り組みを紹介しました。若い世代を中心に約120名が来場し、YouTubeでは延べ3,673回の視聴がありました。

左からファシリテーターを務めた寺倉 千恵子 上級技師、講演した藤代 有絵子 理研ECL研究ユニットリーダー、阿部 英介 ユニットリーダー、山口 敦史 専任研究員
「国産量子コンピュータ『叡』の開発 ~量子を使う100年へ~」
阿部 英介 ユニットリーダー(量子コンピュータ研究センター 超伝導量子エレクトロニクス連携研究ユニット)は、まず量子科学の歴史を紹介し、10年ほど前から研究が急加速したことにより、現在は複雑な量子の現象を理解する時代から、量子を使う時代に来ていると話しました。

続いて、自身が開発に関わる超伝導量子コンピュータ「叡(えい)」を紹介しました。叡の頭脳に当たるプロセッサは、複数の「人工原子」を用いて集積回路が組まれています。人工原子とはその名の通り人工的に作られた原子のような働きを持つもので、性質を自由にデザインすることができるため、自然に存在する原子よりも制御しやすいのが特徴です。超伝導体で作られた人工原子を極低温に冷やすと、人工原子が量子力学の法則に従い、情報を処理する際の最小単位「量子ビット」として動きます。従来のコンピュータは、0と1の2つの数字で情報を処理していたのに対し、量子ビットは量子力学の「重ね合わせの原理」により、0と1の両方の状態を取ることができます。さらに、「量子もつれ」と呼ばれる性質により、1つの量子ビットの状態が他の量子ビットに影響を与える仕組みを利用します。そうすることで、従来のコンピュータでは困難な問題をも解くことができ、膨大な量の情報を非常に速いスピードで処理することができると言います。「今後さらに量子コンピュータの開発が進めば、創薬や触媒などの物質設計への貢献をはじめ、データ検索や人工知能、物流や交通など、データサイエンスの分野にも役立つことが考えられます」と話しました。

稼働する際は白い筒状の冷却装置で覆う。量子ビットチップは最下部付近に配置されている。

叡のプロセッサ。グレーの大きな円が1量子ビットで、64量子ビット分組まれている。「マクロなサイズにも関わらず、ミクロな世界の量子の動きを実現できる」と阿部 英介ユニットリーダーは説明する。
「極限環境がひらく量子物質の未来」
藤代 有絵子 理研ECL研究ユニットリーダー(創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム 極限量子固体物性理研ECL研究ユニット)は、まず、特殊な磁石の中に存在する、電子のユニークなスピン構造について説明しました。固体中の電子は、磁石の起源となる「スピン」と呼ばれる量子力学的な性質を持っています。トポロジーという理論に基づく特殊な磁石の中では、複数の電子スピンが渦を巻くように配列されています。これをトポロジカルなスピン構造と言い、こうした磁気構造は電子の状態が安定しているため、非常に壊れにくいのです。学生時代に新しいトポロジカル磁気構造を発見したことなども紹介し、強固な磁気構造を解明することは、次世代の高密度磁気メモリや低消費電力メモリへの応用にも繋がると語りました。

「スキルミオン」と呼ばれる構造で、複数の電子スピンが渦のように配列されている。
(© Y. Okamura et al., Nature Communications, 2016)
藤代 理研ECL研究ユニットリーダーは、頑丈で壊れにくいスピン構造を無理やり解くとどのような現象が起こるかを調べた際、巨大な装置で強力な磁場をかけ、物質を極限環境に追いやることで、物質の変化を調べました。この実験で「極限環境」の魅力に取りつかれたと話し、現在は強磁場実験だけでなく、超高圧実験にも力を注いでいます。「実は私たちには、頭上からゴリラ3頭分ほどの重さの大気圧が日常的に掛かっています。この数十~百万倍もの圧力を物質に掛けると、物質中の原子と原子の距離が縮まり、電子の相互作用をものすごいエネルギースケールで変えることができます。今後も極限環境での実験を通して、誰も予想しなかった新たな物質を作ったり、物質を制御する方法を解明していきたいです」と述べました。

「時計はどこまで正確になれるのか?~原子核時計の開発~」
山口 敦史 専任研究員(光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム)は、まず、「1秒」の長さを定義している「セシウム原子時計」の仕組みを解説しました。振り子時計が振り子の揺れをカウントして1秒の長さを決めるように、時計はある周期的な現象を発振器として用い、その周期を数えることで成り立ちます。セシウム原子時計は、電磁波の一種であるマイクロ波を発振器としています。しかし、マイクロ波は温度や気圧の影響を受けやすく、常に正しい周期に調整し続ける必要があります。そこで、「電子遷移」という原子の量子的な特性を利用します。原子中の電子は外部からのエネルギーを吸収したり放出したりすることで、自身のエネルギー状態が高くなったり低くなったりするのです。セシウム原子にマイクロ波を当てると、周波数が9,192,631,770Hzのときのみ、電子のエネルギーが高まり、いわゆる励起状態になります。電子が励起された時に発振器の周波数を数えれば、正確な1秒がわかるという訳です。発振器の振動数が多い方がより正確に時間を計ることができるため、最先端の原子時計では、マイクロ波よりも振動数の高い電磁波であるレーザーを発振器として使い、宇宙年齢の138億年経っても1秒もズレない正確さが実現されています。

(山口 敦史専任研究員作図)
山口 専任研究員は、さらに正確な1秒の計測を目指して、レーザーの周波数を調整するのに、原子ではなく原子核を用いた「原子核時計」を開発中です。「原子は原子を取り巻く電場や磁場が揺らぐと、電子遷移に影響が生じてしまいます。一方で、電子の約10万分の1の大きさである原子核を利用すれば、そうした場の影響を受けにくいです。原子核時計が完成すれば、2000億年経っても1秒もズレない正確な時計になると期待されています」と語り、開発をどのように進めているかを説明しました。

最後に、寺倉 千恵子 上級技師(創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ)の進行のもと、来場者と3名の研究者とのディスカッションを行いました。会場からは「研究にやりがいを感じる瞬間は?」「今後の目標は?」など多くの質問が寄せられ、和やかな雰囲気の中、研究者たちはざっくばらんに答えました。
アンケートには、「研究を身近に感じられて、自分の将来について想像する助けになった」(大学生)、「初心者で前提知識がない状態でも充分楽しめた」(50代)、「量子というものの面白さについて触れられる良い機会だと思った。量子と言っても分野が多岐に渡っていて、こんな所でも量子が出てくるのかと思った」(大学生)といった声が寄せられました。

※講演会の様子を後日、YouTube「理研チャンネル」にてアーカイブ配信予定です。
関連リンク
- 2025年9月7日イベント「理化学研究所 科学講演会2025「No 量子, No Life!-量子科学がつくる未来の技術-」」